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所長ブログ

所長ブログでは、CRN所長榊原洋一の日々の活動の様子や、子どもをめぐる話題、所感などを発信しています。

赤ちゃんポスト

2018年9月14日掲載
正確には「こうのとりのゆりかご」と呼ばれる試みが熊本市のある病院で始まって11年になります。望まぬ妊娠のために中絶をしたり、子どもを捨てたりするような不幸な事例を減らすことができるのではないかという観点から賞賛する声もありましたが、同時に「無責任」な妊娠、出産が増えるのではないか、あるいは自分の生みの親を知らないで育つ子どもの知る権利はどうするのだ、といった批判も聞かれました。

当時私は数人の新聞記者から電話取材を受け、意見を聞かれましたが、子どもの知る権利はどうなるのだ、といった質問が多かったように記憶しています。考えてみれば、それが当時の新聞記者や新聞社の意見だったのでしょう。どのように答えたのかよく覚えていませんが、中絶されればそもそも生を受けなかったわけですし、親のことを知っていても捨てられれば、親が誰であるかどうかということはその子の人生の幸福につながらないのではないか、などと言ったような気がします。ただ記者の質問がなんとなく詰問調で、私に「子どもの知る権利を侵しておりけしからん」と言わせようとしているように感じたことを覚えています。

小さな子どもは自分の気持ちをうまく周囲に表明することができないので、大人は子どもの代弁者(アドボケート)として子どものために発言しなくてはならない、と言われますが、では「子どもは知りたいはずだ」という仮定は本当にいつでも正しいのでしょうか。

以前、子どもの知る権利に従って真実を知らせることが、必ずしも子どもの幸福につながらないある事例をアメリカで見聞したことがあります。やや専門的になりますがここで紹介したいと思います。

遺伝病の多くは子どもの時から症状が出ますが、大人になってはっきりした症状がでるハンチントン舞踏病という病気があります。発症後数年で不随意運動が進行し、寝たきりになってしまうことも多い病気です。この病気は優性遺伝という形式で遺伝し、親がこの病気だと子どもは2人に1人(50%)が発症します。現在では遺伝子検査でこの発症前でも診断がつきますが、私が見聞した時はまだ遺伝子による診断はできず、ある特殊な検査で発症前の子でも診断する方法が開発された時でした。アメリカで問題になったのは、この方法で30歳くらいになると自分がこの病気を発症してしまうことを知った若者の自殺が多いことでした。そして、子どもが幼少のうちに親の判断でこの検査を受けさせることが倫理的に許されるのか、ということが問題になったのです。検査をして陰性であれば良いのですが、陽性であれば早晩その子は結果を知ることになります。また親がそれを子どもに隠したとしても、30代過ぎに病気が発症することが分かってしまえば、それが子育ての態度になんらかの影響を与えてしまうことが予想されます。裁判になったこの医の倫理の難問は、確か親の判断で子どもの検査をすることは許されない、という結論だったように思います。赤ちゃんポストに預けられた子どもは、大きくなってから真実を告げられているそうですが、無前提に子どもの知る権利は当然だ、と言い切るのは難しいのかもしれません。皆さんはどう思われますか。

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子ども大学

2018年8月24日掲載
私は長年大学で学生に対して授業や実習などの教育を担当しました。教育に関わったことのある人は皆知っていることですが、幼稚園、小・中・高校で教員となるためには、国家資格である教員免許の取得が必須ですが、大学の教員になるためには、教員免許は要りません。普通に考えると、大学での教育には小中高より高度な内容を含んでいるはずですから、大学の教員に免許が必要ないことは不思議に思えるかもしれません。こういう私も、大学時代、教員免許に必要な科目は一つも受講しておらず、当然のことながら教員免許は取っていません。

では誰でも大学で教育できるのかというと、そうではなく、大学に就職する時にその人に教育をする能力があるかどうか、大学独自の審査があります。しかしそれは国家資格ではないために、例えば様々な分野(スポーツ、政治等)で活躍した人が、大学教員として招かれることは良くあります。私の知人の外交官は、退職後、ある大学の国際関係の学科で教えていますし、オリンピックに出場したアスリートで体育系の大学教員をしている人はたくさんいます。

冒頭に堅苦しい話をした理由は、小中高では教員に必要な資格を厳密に国が管理しているのに対し、大学では教員の資格は国で管理せず、大学に任せているという違いをはっきりさせておきたかったからです。大学ではそれだけ自由度の高い授業が可能なのです。

今回のテーマである子ども大学の意義はそこにあります。

子ども大学は、2008年に埼玉県川越市で産声を挙げたNPO活動です。小学4、5、6年生の希望者を対象に、様々な専門分野の大学教員や、社会で活躍している多分野の専門家が教師となって講義や実習を行うという活動です。現在では日本各地に子ども大学ができています。CRNの名誉所長の小林登先生が、横浜市で2014年に立ち上がった「子ども大学よこはま」の学長になられ、私も誘われてそこの副学長をお引き受けしています。

現代は情報の時代であり、テレビやインターネットあるいは一般の講演会などで、小学生も小学校のカリキュラム以外の知識に接する機会はあります。しかし専門家が小学生向けに語りかけ、小学生が自由に質問できる双方向的な授業の機会は滅多にないのではないでしょうか?

「子ども大学よこはま」では、子ども大学としては先輩格の「子ども大学かまくら」の学長である養老孟司先生にも特別講義を受け持っていただいています。年間の講義回数は6回と少ないのですが、毎回保護者の方と一緒に元気な小学生が参加しています。今年度初回の講義は2本立てで、養老先生が虫の話、私が「なぜ医者になったか」というテーマで講義を行いました。

養老先生の講義は「今日は何の話をしようかな」で始まりました。話す内容を事前に考えずに、その場で自由に決められたのです。洒脱な語り口で、昆虫標本の作り方や、なぜオサムシという何の変哲もない虫を好きになったかから始まり、世界中には500万種類の昆虫がいるが、そのうち400万種はまだ同定されていない新種であることなど、気持ちの赴くままのまさに自由度いっぱいの話をされました。足が6本の昆虫は好きだが、足がたくさんあるクモやムカデは大嫌いであるという個人情報も聞かせて頂きました。養老先生のお話には、小学生だけでなく同伴している保護者の方々も熱心に聞き入っていました。

私は、世の中の様々な場所をあげて「この中に医者はいるかな?」というクイズ形式の講義をしました。病院や国会、拘置所や客船の中に医者がいることは多くの子どもが正解しましたが、オリンピックや海外遠征の登山隊などにも医者が随行することを話し、いろいろなところで働けることを強調することで、医者といえば病院にいるというイメージを壊してもらうことが講義の一番の目的でした。登山隊に参加する医師という話から、私自身のカラコルム登山隊での経験談、そしてその後のネパールやガーナの国際医療の話と私自身の経験に引きつけた話をしました。正直に白状すると、できれば受講生の中から医者(できれば小児科医)を目指す小学生がでればいいな、という下心もありました。

大学生や一般社会人を対象とした講演会では、講演後の質問は数人からあれば良い方ですが、子ども大学では、質問はありますか、と聞くとほぼ全員が元気いっぱい手を上げます。この旺盛で正直な好奇心が、どうして大学生や社会人になると陰を潜めてしまうのか、本当に不思議です。大人になって分別がついたのだと説明したくなりますが、小学生ほどではないものの外国の学生はよく手を挙げますから、日本独特の「分別」なのかもしれません。

授業の後、養老先生の所に何人かの子どもがサインをもらいにいったことで火がつき、ほぼ全員が養老先生と私の前に行列をなしてサイン会になってしまいました。

私にサインをもらいにきたまだ幼さの残る4年生の女の子が目を輝かせながら、「私も小児科医になりたいです」とうれしい告白をしてくれました。心の中で快哉を叫んだことはいうまでもありません。

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スイスから涼風を

2018年8月 3日掲載
もう60年以上生きてきた私ですが、これほどの夏の猛暑は初めてです。これを読んでいる皆さんも、このじりじりするような熱が過ぎ去るのを待ち望んでおられるでしょう。

そんな皆さんに、今回はスイスの山から涼風をお届けしたいと思います。

以前このブログにも書きましたが、学生時代からの山登りは私のほぼ唯一の趣味となっていました。衰える筋力やバランス感覚に逆らいながら、あと何年山登りが続けられるのか、やや焦りに似た気持ちがあります。

そうした気持ちの中で、若い頃からのあこがれであったスイスアルプスの山登りが、再び私の気持ちの中で頭をもたげてきていました。私と同じような気持ちをもっている大学時代の登山クラブの友人2人とともに、ついにスイスアルプスの登山に行ってきました。

昨年から計画を練っていましたが、なんといっても衰えた筋力をなんとかしなくてはならないということで、今年に入ってから、冬の八ヶ岳や残雪期の谷川岳、北アルプスで足慣らしをしました。学生時代であれば、登山地図に記されたコース時間の半分くらいで行けたのに、ほぼ標準時間いっぱいかかってしまうことに気を落としたり、どんどん追いこしていく若い登山者の後ろ姿を恨めしい気持ちで眺めたりしながらの登山でした。

7月初旬、友人と一緒にスイスのグリンデルワルトに向けて出発しました。目指す山は、世界3大北壁の一つ、アイガーの隣にあるメンヒ(4107メートル)です。スイスの山にはその難易度でランク付けがされており、メンヒはPD(Petit Difficile:やや難しい)で4000メートル超えの山としては比較的簡単です。でも一応ピッケルやアイゼン(クランポン)、そしてロープで身体を結び合って登る技術が必要です。

登山は、登山電車の終点であるユンクフラウヨッホから始まります。駅で登山ガイドと落ち合い、ヨーロッパで一番長いアレッチ氷河の上を約1時間歩いて、メンヒ登山の取り付き口である岩場に着きます。日本ではやや危険な岩場には、鎖やはしごが取り付けてありますが、スイスの山には、そうした設備はほとんどありません。自然な山の状態を保ちたい、という気持ちがあるのかもしれません。

登山開始の取り付きから、次の足場を探しながらの岩登りで、ロープで確保されているとはいえ、冷や汗をかきながらの登坂でした。その後は、やや楽になりましたが、ガイドの歩くスピードが速く、また高度が高いせいもあって、息を切らしながら最後の狭い雪の稜線にたどり着きました。切り立っているために「ナイフリッジ」とよばれる最後の稜線は、両側がすっぱりと数百メートル下まで切れ落ちています。下の写真は頂上から見たこのナイフリッジですが、通過している間は、緊張のあまり恐怖感を感じる暇もないほどでした。

chief2_56_01.jpg 頂上からの眺めはすばらしく、眼下にヨーロッパでもっとも長いアレッチ氷河や、前後にアイガーやユンクフラウなどの雪をかぶった秀麗な山が白く輝いて見えました。

へとへとになりながら、途中にある小屋まで降りてきましたが、60代半ばを過ぎて積年のあこがれをやり遂げたという満足感と、もうこんなに疲れる思いはしたくないという気持ちが半々でした。

でも猛暑の中で体力が回復してくると、また来年スイスの別の山に登りたいという気持ちが頭をもたげてきています。ランナーズハイならぬ、クライマーズハイになってしまったようです。

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今回は「発達障害」という名前(診断名?)に対する誤解について書きたいと思います。

発達障害という名前(診断名)は、極めて平易な言葉の組み合わせでできています。「発達」も「障害」も、誰でも知っている言葉です。そのため「発達」や「障害」という言葉のもつ意味について、誰でもその人なりの解釈をもつことができる、つまり「知っている」ことになります。

このことが、実は今回のテーマである大きな誤解のもとになっているのです。発達障害は字義通りに解釈すれば、「発達」が「障害」されている状態ということになります。発達や障害という概念はとても広い意味をもっているために、字義通りに解釈すると「発達障害」は、発達が障害されている状態すべてを包含することになります。

誤解その一:知的障害も発達障害に含まれる?

たとえば、知的発達が障害された状態は、知的障害(医学的には精神遅滞)ですので、知的障害は発達障害に含まれると考えたくなります。専門家も含めて、知的障害は発達障害に含めると考えている人がいるのは事実ですが、知的障害は発達障害には含まないというのが現在の考え方です。

こうした、知的障害を発達障害に含める考え方は、かつて日本精神薄弱学会という知的障害を主な研究対象とする学会が、現在日本発達障害学会と名称を変更していることや、そこで発行される学会誌の名称が「発達障害研究」であることなどが大きく影響しています。「発達障害研究」の中には、当然知的障害についての研究が掲載されています。ダウン症や脳性麻痺などに関する研究論文も載っています。こうした「発達障害」という言葉の使われ方の歴史を見れば、知的障害も発達障害の一つと考えたくなるのも無理もありません。

しかし、既に述べたように現在では発達障害は、基本的には知的障害を含みません。現在使用される発達障害の定義に大きな影響を与えているのが、平成16年に制定された「発達障害者支援法」です。発達障害者支援法には、「『発達障害』とは、自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害、その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するもの(2条1項)」と明記されています。法律がすべてではありませんが、現在は知的障害は含めずに、注意欠陥多動性障害、自閉症スペクトラム、学習障害(およびそれに類する状態)を発達障害を構成する主要な障害として考えることになっているのです。

誤解その二:「発達障害」は自閉症スペクトラムのこと?

誤解その一で説明したことが、きちんと理解できていれば、この「誤解その二」はそもそも存在しません。ところが、専門家を含めた多くの人々に、「発達障害」を自閉症スペクトラムという意味で理解、使用する強い傾向があるのです。私がそのように思う理由には、いくつも根拠があります。

先日ある障害に関するテレビ番組を見ました。100人の様々な障害をもつ人がゲストで出演しており、複数のお笑いタレントさんが、普段は聞きにくいような質問をゲストに質問する、という趣向の番組でした。しゃべりのプロであるタレントさんが、巧みに議論を盛り上げてゆく良くできた番組だと思いましたが、一つだけがっかりしたことがありました。一人一人のゲストは、胸に自分のもっている障害名(「脳性まひ」「てんかん」等)が書かれた名札をつけていましたが、その中に「発達障害」と書かれているものがあったのです。発達障害は、すでに述べてきたように3つの障害の総称であり、単一の障害を示したものではありません。この名札をつけて出演したゲストの方が、3つの障害のうちどれであるのか、まったく分かりませんでした。これは、例えば、狭心症の患者さんが「循環器疾患」、胃潰瘍の患者さんが「消化器疾患」という名札をつけるようなものです。

一般の人だけではなく、専門家にも同様の傾向が見られます。障害をもつ人が年金を申請する時に必要な診断書(国民年金・厚生年金保険 精神障害用)に、医師が記入する申請者の症状を記載する欄があります。そこで医師が、精神障害の種類と症状を選択するようになっています。その中に「発達障害関連症状」という項目があり、さらに詳しい症状を選ぶようになっています。そこには、「1.相互的な社会関係の質的障害、2.言語コミュニケーションの障害, 3.限定した常同的で反復的な関心と行動、4.その他」としか記載されていません。よく見るとすべて自閉症スペクトラム障害の症状です。注意障害や学習障害という項目はありますが、それらは知的障害等、という項目の中にあります。この申請書を作った人は専門家であるはずですが、専門家でさえこんな状態なのです。

まだまだこうした事例は枚挙にいとまがありません。歴史的な経緯や、かつて自閉症スペクトラム障害が広汎性発達障害という紛らわしい名前で呼ばれていたことなどが原因としてあるのだとは思いますが、専門家の間にこのような曖昧さがあるのでは、一般の人々の間にある誤解は当然かもしれません。

以前ある本のなかで、発達障害の専門家が、自閉症スペクトラム障害や注意欠陥多動性障害と細かな診断名を挙げるよりは、発達障害という総括的な名前で呼んでおいた方が便利かもしれない、という意見を述べていましたが、どうしてそのような考え方ができるのか、全く理解できません。共通点もあるかもしれませんが、3つの障害は病態や対応法が全く異なるのですから・・・。


関連コーナー:Dr. 榊原洋一の部屋【発達障害】
https://www.blog.crn.or.jp/lab/07/02/
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障害をもつ子どもに対する無理解や偏見がなかなか無くならないことは、すでに「何か変だよ」シリーズのブログで書いてきました。私たちの中にある、自分たちと同じでない者や事に対する心理的なメカニズムがこうした偏見の根底にあるのかもしれません。

こうした偏見やそれに基づく差別をなくす試みの一つであろうと思うのが、「障害」という言葉そのものを使わないようにすることです。発達障害や、その他の障害に関わる人々の間で、このような考えに基づいて言葉の言い換えがされていることがあります。

障害をもつ子どもが、偏見や無理解の対象になるのは、文字に黙示される悪い意味のせいだ、というのです。特に「害」という字に悪い意味があるということで、「がい」とひらがなで書いたり、あるいは「害」の代わりに「碍」(発音はガイ)を使うのです。

私は、こうした考え方に賛成できません。私たちの中にある障害に対する偏見や無理解は、その言葉にあるのではなく、前述したように、自分と異質の状態を理解したくない、あるいは受け入れたくないという心理的機転にあると思うからです。

「害」を「がい」と開いて書けば、「害」という字が、私たちの中に悪いイメージを引き起こすことを防ぐことができるという思いがあるのでしょうが、問題は「害」という字ではなく、「害」という字をみると私たちの中に悪いイメージが引き起こされるという心理的機転にあるのではないでしょうか。

「障碍」に至っては、お話になりません。「碍」という字に悪い意味がないと信じているのだと思いますが、漢和辞典を見れば「碍」という字と、その元字(碍は略字)である「礙」には、「さまたげる」「邪魔をする」「さわり」といった「害」とほぼ同じ意味があるのです。中国では現在でも「障碍」という言葉が日本語の「障害」と同じ意味で使われています。多くの人になじみのない字に置き換える事によって、カモフラージュしているようにさえ思えてしまいます。

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乳幼児健診は楽しい!

2018年6月15日掲載
私は大学病院にいた頃に先輩の医師から引き継ぎ、ある保育園で毎年2回乳幼児健診を続けています。分園を含めると120人の0歳児から5歳児までの園児の健康と発達の状態を半日で診なくてはならないので、結構重労働なのですが、私にとって本当に楽しい時間になっています。

楽しい理由は大きく2つあります。

1つは、乳児期から幼児期の健康な子どもに直に接する機会であることです。私を見ればただ泣きじゃくり、保育士さんの膝の上で身体をくねらせて診察を怖がった乳児が、たった数年で言葉を話し、診察に協力する幼児に変貌するのです。

本当は嫌なのに、聴診器を当てるあいだ身体を動かさずに我慢している子どもを見ると、こうした社会性はどうやって身に付いてくるのだろう、と感動すら覚えます。発達障害の子どもの診療が私の医師としての本業ですので、社会性や共感性が豊かに育っている子どもを見る機会があまりないことも背景にあります。毎年2回見ることによって、一人一人の子どもの成長や発達を確認できることも、人の発達を専門とする私にとっては、有意義な経験でもあります。半年前はまだ歩いていなかったり、言葉がでていなかった子どもが、大人の時間のスケールからすれば「ほんの一瞬」で、歩き、しゃべれる子どもに変貌するのです。毎日接していると気がつかないくらいの速度ですが、半年に一度だと、まるで早送り写真のようにスピード感を感じることができるのです。

この保育園では、様々な障害をもった子どもを受け入れています。こうした子どもの中に、医療機関で「自閉症スペクトラム」と診断された子どももいます。しかし、前に「過剰診断」のブログで書いたように、その多くが「他人の意図の理解」や、「顔の参照」といった社会性のある行動がみられており、親御さんに、私としては自閉症スペクトラムとは思えない、と伝えた経験が幾度とあります。

つい最近の春の健診では、かつて自閉症スペクトラムと診断され、私が多分過剰診断であろうと思っていた子どもが2人受診しました。2人ともよくおしゃべりをする普通の子どもに育っていました。保育士さんに、この子たちには保育上で何か問題がありますかと聞くと、まったく普通の子どもです、といううれしい答えが返って来ました。

私が乳幼児健診が楽しい、というもう一つの理由です。

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今回は、奇妙な対義語についての話から始めたいと思います。対義語とは意味が反対あるいは対照的な一組の言葉のことです。例えば、「入学」⇔「卒業」、「出口」⇔「入口」といった反対の意味をもつ一組の言葉や、「申請」⇔「受理」、「質問」⇔「回答」といった時間軸に沿った前後関係をもつ言葉などのことです。

では、「相談」の対義語は何になるのでしょうか?人生相談なら「回答」「助言」、保険の窓口での相談なら、「説明」になるでしょうか?

今回の「何か変だよ」は、「相談」の対義語が「判定」になるというお話です。

「判定」から逆方向に対義語を探すと「審判」「審査」といった言葉が適切に思えます。ともに法律や正式の手続きに関する強制力を背景にもった言葉だと思います。それに対して相談は任意の行為です。人に相談するときに、まさか強制力を伴う可能性のある判定を求めている人はいないのではないでしょうか。

ところが、「相談」すると「判定」されるという奇妙に思える関係が生きている現場があります。それが今回のテーマ「就学相談」です。

私は大勢の自閉症スペクトラムや注意欠陥多動性障害に代表される発達障害をもつお子さんを見てきました。医師として最も労力を傾注するのは、もちろん症状を如何に軽減させるか、ということですが、日常生活一般の課題についても相談を受けた時には助言をしています。(ほら、やはり「相談」の対義語は「助言」が納まりがいいですね)

そうした相談で一番重いのが、就学の相談です。以前に本ブログで述べた真のインクルーシブが日本で実現していれば、相談は必要ありません。なぜなら、相談のほとんどが、通常学級に行かせるべきか、それとも特別支援学級(校)にするか、ということだからです。就学に関する相談のほとんどは、翌春に小学校入学を控えた秋に集中します。それは、「就学相談」の時期が秋以降であるからです。共感性や社会性に富んだ子どもたちの中にいることの意義を私は重視していますので、注意欠陥多動性障害や言語的なコミュニケーションがある自閉症スペクトラムのお子さんには、通常学級をおすすめすることが多くなっています。

私の助言(意見書を書くこともあります)を持って、就学相談に望んだ親御さんの中に、しばらくして困惑した面持ちで再診される方がかなりおられます。就学相談で「特別支援学級」ないしは「特別支援学校」が適当という「判定」をうけた、と言ってこられるのです。この判定をもらうと、親が希望しても判定以外の学校へは行くことができません。判定は地元の教育委員会による強制力をもったものなのです。いちおう文科省は、判定を行う時には、保護者との合意の上で行うことが望ましい、という見解を明らかにしていますが、合意できなければ教育委員会の「判定」が優先されるのです(そもそも教育委員会が賛成しなければ合意形成はできません)。

明らかに、就学相談はその結果が判定という強制力をもつ行為ですので、内容的には「審査」にあたると思えます。では就学相談ではなく、就学審査にすれば良いのに、と思われるかもしれません(私は賛成できませんが)。ところが、実情はとても変なことになっているのです。就学相談を受けると半強制的な「判定」が待っていますが、就学相談を受けるかどうかは「任意」なのです。

ある教育委員会から私の患者さんの親に届いた文面でそのことがわかります。

「前提として、就学先の決定は教育委員会が行い、原則として6歳に達した日の翌日以降の最初の学年の始めから通常の学級に進学していただくことになっています。特別支援学級や特別支援学校への就学を希望する場合に就学相談を受けていただくことになります」「就学先の判断には、教育、心理、医療の3点での資料が必要となります。万が一資料がそろわず就学先をご提案できない場合や、就学相談での判断が通常の学級が適しているという結果の場合は、地元の通常学級に就学していただくことになります」「また、就学相談での判断が、保護者の方のご希望と異なった場合は、お子さんや保護者の意見は最大限尊重されますが、お子さん・保護者、教育委員会、学校の3者の合意形成を行う必要があります」

この文面では判定ではなく、判断という言葉が使われていますが、保護者や子ども本人の希望は最大限尊重されるが、それも合意形成がなければ実現されない(教育委員会の決定が優先)ということです。

また就学相談は、特別支援学級や特別支援学校を希望する時に行われるとあり、通常学級にするか特別支援学級(学校)にするか悩んでいる保護者は相談の対象になっていないのです。

また、特別支援学級を希望している親は(規定から就学相談を受ける必要がありますが)、教育委員会が特別支援学校と判断(判定)すれば、それに従わなければならない、と読めます。

このように「就学相談」とは、どのような子どもであれ、通常学級を含めてその子にどの進路がいいのか幅広く「助言」をしてくれる場所ではなく、教育委員会の方針で、その子どもを「特別支援学級」か「特別支援学校」かに仕分けをする制度にしか見えないのです。通常学級か特別支援学級か、あるいは特別支援学級か特別支援学校か、とグレーゾーンで迷っている子どもと親にとってはとても使いづらい「相談」窓口です。相談で専門家の「助言」を受け、親と子どもが自分たちの希望と専門家の助言を天秤にかけた上で、親が最終方針を決定できる場ではないのです。

そんな訳で、特に通常学級か特別支援学級かで迷っているお子さんと親御さんには、就学相談をせずに通常学級に就学することを勧めています。就学相談を受けなければ、通常学級に自動的に入学することになります。後日もし通常学級で授業を受けることが困難であることが明らかになれば、その時に特別支援学級(学校)への通学について考えても決して遅くはないからです。

※過去の「何か変だよ、日本のインクルーシブ教育 (1)~(3)」はこちら
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「俺はお前の父親で人生経験も豊かだから、お前のために判断してやる」

最初から乱暴な言葉で申し訳ありませんが、タイトルの「パターナリズム(父権主義)」とはそうした上から目線の態度のことです。

少し前の本欄で取り上げた「子どもの目と大人の目」の大人の判断もそうしたパターナリズムの一種といえます。

確かに、経験が少ない年少の子どもは自分自身のことを判断することが困難なことが多々あります。予防接種の意味を理解して、自分から痛い予防注射を受けると判断する幼児はいないでしょう。本人の意志(痛い注射はいや)に反して(無視してではなく)、大人が代わりに判断しなくてはならないことが許されるのは、それが子どもの利益につながる善行(benevolence)と見なされるからです。

医の倫理学では、大人(保護者)が子どもに代わって判断する場合には、それが善行であることが条件になっています。しかし、問題はそれが善行であるかどうか判断するのも大人なのです。

私の医師としての倫理的姿勢に大きな影響を与えた経験があります。それは約30年前、大学病院の助手として受け持ったK君の診療を通じての経験でした。K君は生後数ヶ月から呼吸困難が始まり、長く続くので、確定診断のために入院してきました。様々な検査の結果、筋肉が萎縮する病気であることがわかりました。医学の教科書には、治療法はなくそのままでは幼児期に呼吸困難で亡くなる、と書かれている病気でした。呼吸困難は気管切開と人工呼吸器で良くなりますが、教科書には「治らないので、人工呼吸器をつけて延命することは勧められない」と記載されていました。しかし私はご両親と相談し、人工呼吸器を開始しました。

K君のような子どもに人工呼吸器をつけることは欧米では行われていなかったので、ある国際学会でK君のことを発表したところ、ある北米の小児神経医の大御所から、「あなたは家族の負担をどう考えているんだ!」と一喝されたことを思い出します。

欧米の医の倫理学の論文をみると、K君のような子どもへの延命治療は行わない、と書かれていました。現在では、人工呼吸器の発達でK君と同じ診断名でも人工呼吸器をつける子どもが少しずつ出てきていますが、倫理学の論文では未だに、延命治療をすべきではない、と書かれているものが多いのです。確かに医療資源の問題や家族の負担等で一筋縄では解決できない問題です。

しかし、延命すべきでない、という倫理的判断の根拠は、「一生呼吸器をつけて生きてゆくことは『不毛な人生(futile life)』であるからだ」と書かれているのです。子どもの人生を「不毛な人生」と断じて、生命延長の治療を中止することがどうしてできるのでしょうか。こうした極端なパターナリズムに立脚した「医の倫理学」の専門家の意見を私はどうしても受け入れることができないで現在に至っています。人の人生を「不毛である」と言い切り延命をしないことがどうして善行なのか、理解できないからです。

現在K君は人工呼吸器をつけて、30歳を超えました。唯一動かせる目の動きで作曲しCDを出したりしています。

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粗野な運動?

2018年5月11日掲載
日本は明治以降、西洋から様々な事物を取り入れて、急速に欧米に追いつこうとしました。物事と同時に、新しい言葉や概念も旺盛に取り入れました。その際に、新たな日本語を作る必要がありました。Philosophy を哲学、science を科学などの新しい言葉で表し、西洋の言語に頼らなくても、日本語で記述することができるようになったのです。

医学分野でも、多くの西洋の言葉や概念について、新たな日本語を創作したり、意訳をすることが行われました。しかしその中に、とんでもない誤訳もありました。

日本語として定着してしまえば、元の言葉との関係なんてどうでもいい、という考え方もあると思いますが、使っているとどうしても気になります。

いくつかそうした例を挙げてみたいと思います。

まず「理学診断」「理学療法」「理学診療」の「理学」です。私たち医師が、臨床医学で最初に学ぶのは「理学診断法」です。視診、聴診、触診、血圧測定などは、理学診断学の初歩になります。私も医学生だったころ、どうして「理学」というのかなと思って調べたことがあります。その結果、先人が大きな初歩的翻訳ミスをおかした結果であることが分かりました。理学診断、理学療法、は英語では、physical diagnosis, physical therapy となります。なぜ誤訳が生じたかというと、physical には「物理学の」という意味と「身体の」という2つの異なった意味があるからです。正しくは、physical diagnosis, physical therapy は、身体診断、身体療法と訳されるべきだったのです。でも「理学」にはあまり悪い印象はありませんので、今さら変更する必要はないかもしれません。

問題は、誤訳のために、悪い印象の日本語に翻訳されてしまった医学用語です。人の随意運動は大きく粗大運動と微細運動に分類されると教科書には書いてあります。寝返り、歩行、跳躍(ジャンプ)は、「粗大運動」ですし、指先の細かな運動は「微細運動」となります。粗大、微細の英語の原語はそれぞれ、gross, fineですが、この gross を粗大と誤訳したまま定着してしまったのです。英和辞書をひくと、gross には、全体、全身という意味と、粗野な、粗悪なという異なった意味があるのです。Gross movement という「粗大運動」の原語は、正しくは「全身運動」と訳されるべきだったのです。「粗大」という言葉に対応する英語を和英辞書で引くと、rough とか coarse という粗野、野卑といった印象の良くない和訳がでてくるのです。日常生活で粗大という言葉は、ほぼ粗大ゴミ以外にはつかわれません。もう定着してしまった粗大運動ですが、それを「全身運動」に変更する全国運動を始めたい位ですね(笑)。

私がなにか変だよ、と感じるところの多い発達障害の分野でも誤訳にお目にかかります。以前のブログでもご紹介した、精神疾患の診断と統計マニュアル(DSM)の日本語版にも、明らかな誤訳がありました。ADHDの診断基準の中に、「しばしば日常生活を忘れてしまう」という項目がありました。日常生活を忘れる、とはどういう意味だろうと疑問に思った私は、英語の原文を読んでみてびっくりしました。原文は Often forgetful in daily activities. で、翻訳すると「しばしば日常生活の中で忘れっぽい」となります(現在はそのように修正されています)。定評のある医学出版社から出されているDSMの翻訳書でしたので、よもや誤訳はないだろうと思っていたのですが、このような初歩的な間違いがあるのです。

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S君が教えてくれたこと

2018年4月27日掲載
私の小児科医としての約40年の臨床経験の中で出会った多数の子どもたちの中に、どうしても忘れ難い子どもが何人かいます。その中でもS君のことは、ほんとうに鮮烈な印象として残っています。

中学生だったS君の病気は、神経芽細胞腫という悪性のがんでした。長期入院で強い抗がん剤による治療を続けていましたが、全身に転移を起こしていました。

病棟医長だった私は、院内学級の開校にこぎ着けることができ、しばしば病院内の教室での授業の様子を見に行ったり、教師の方々と院内学級の運営について相談したりしていました。S君も院内学級を楽しみにして熱心に通っている生徒の一人でした。S君は他の子どもに親切で人気者でしたが、彼の人気度をいやが上にも高めていたのが、音楽の授業で合唱をするときの彼の存在でした。斉唱ならいいのですが、S君以外は主旋律しか歌えなかったので、S君がいないと二重唱ができなかったのです。

最初のうちは歩いて院内学級まで通っていたS君ですが、病状が悪化し、ベッドに寝たままでしか授業に参加できなくなってきました。S君のがんの転移は、頭蓋骨への転移で、本人を含めてだれにも彼の頭に複数のこぶができているのを認めることができました。S君自身もそのことに気づいていたはずです。

亡くなる数ヶ月前に、私はS君の担任の教師から相談を受けました。相談の内容は、S君の余命はあとどの位かということと、彼に英語の宿題を出すべきか、という相談でした。前者の相談の意味はよくわかりますが、後者の相談の意図が分からず怪訝な顔をしている私に教師は相談の意図を次のように説明しました。「S君は本当に体がつらいのに、一生懸命英語の宿題をやってきます。でも、S君の余命を考えると、学んだ英語を実際に使う機会はないでしょう。使う機会のない英語の宿題を彼にやらせることがいいのでしょうか?宿題を出さずに、好きなことをさせてあげたい。」

一瞬、熱心に宿題をやっているS君の姿を思い浮かべ、胸がつまる思いをしながら、次のように答えたことを覚えています。「S君にとっては、当たり前の中学生がやっている生活をすることが一番やりたいことなのではないでしょうか」。

痛みのために常時鎮痛剤が必要になった最期の日々も、S君は音楽の授業だけは、ベッド上で点滴をしながら出席を続けました。なぜなら彼なしでは二重唱ができないからでした。

彼はその後しばらくして亡くなりましたが、S君が音楽の授業に出続けた理由が分かるような気がします。それは、そこで彼が「必要とされている」ことを知っていたからではないでしょうか。人から必要とされている、という気持ちがS君を最期まで支えていたのだと思います。

S君の生き方は、その後読んだ「人間の土地」(サンテグジュペリ)の中で私が感銘をうけた、一人の 園丁 えんてい の死の記述と重なります。死の床でこの園丁は言います。「私は、土を掘って掘って掘抜きたいほどです。土を掘るってことが、いい気持ちなんです。もし私が土を掘らなかったら、誰が私の樹木の手入れをしてくれましょう」

テグジュペリは、「彼は自分がそれをしなかったら、一枚の畑が 荒蕪地 こうぶち (荒れ野)になるように思えるのだ。彼は自分が耕さなかったら、地球全体が荒蕪地になるように思えるのだ。(中略)彼こそは仁者であり知者であり王者であったのだ」と書いています。

S君は中学生ながら私たちに生きてゆくことの意味を教えてくれたと思っています。

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