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何か(ものすごく!)変だよ、日本のインクルーシブ教育(12) 特別支援級の保護者だけに学校が求めた同意書の意図とは?

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9月16日の記事でも紹介しましたが、今回の国連によるインクルーシブ教育の実態についての審査過程で、明らかになったことがあります。

それは今年(2022年)の4月に文部科学省が全国の学校に出した通達(「特別支援学級及び通級による指導の適切な運用について」)です。通達内容の骨子は、特別支援級と通常級の交流活動を「週3日以内にする(減らす)」というものでした。

通常級と特別支援級の交流活動は、まさにインクルーシブ教育の理念に沿った活動であるために、国連の委員会はこの通達内容がインクルーシブ教育の方針に逆行すること(regress:退行)であると受け取ったのです。

この報告のことが頭にあったので、私の外来を受診した特別支援学級に在籍する自閉症スペクトラムの男児の母親が次のような訴えをされたときに、頭の中で何かピンときました。

「先生、最近私たち特別支援級に在籍する子どもの親は、校長先生から同意書を提出するように言われたんです。内容を見て、なぜ私たち特別支援級に在籍する子どもの親だけがこんな同意書を出さなければならないのか、全く納得がいきません」

以下にその同意書を示します。固有名詞や個人情報に関する部分は改変してあります。


特別支援学級保護者の皆様

令和4年9月X日
◯◯小学校
校長 xx xx

「新型コロナウイルス感染症拡大防止のための交流活動一時停止について」

(中略)

◯◯市教育委員会と協議した結果、(新型コロナウイルス感染症予防のために)特別支援学級と通常級との交流活動の一時停止を考えています。

交流は特別支援級、通常級の児童及び保護者の相互理解により実施することになります。つきましては次の留意点をご確認の上、お子様の交流学級の参加について記載し、特別支援級担任までご提出くださるようお願い申し上げます。

(留意点)
□校内及び該当学級の感染状況により交流予定が変更・中止される場合があります。
□感染予防対策として日頃の交流よりも、時間や回数を制限する場合があります。

・・・・・・・・・・・・・・キリトリセン・・・・・・・・・・・・・・

◯◯小学校長宛


◯月◯日以降における通常級との交流に(参加・不参加)

保護者のお名前 (         )
児童のお名前  (         )

一見すると、新型コロナウイルス感染症対策に関する学校の一般的方針をさりげなく示した文書のように見えますが、裏にその意図が透けて見える問題のある文書です。

問題点は2つあります。まず私の外来を受診した男児の母親がこぼしていたように、交流活動のもう一方の構成者である通常級の保護者には、このような文書が渡されていないことです。文書には「相互理解により実施」と謳っていますが、通常級に在籍する子どもの保護者には、この念書のような文書は配布されていないのです。

それだけでも問題ですが、学校からの新型コロナ感染症予防のお知らせという情報提供だけでなく、提出を求められている切り取り線以下の部分で、学校の方針に賛成するかどうか署名を求められているのです。一見、親が子どもを交流活動に参加させるかどうか、二択で自由に答えるような形式ですが、すでに本文の中で校長は「交流活動の一時停止を考えています」と言っていますので、「(参加)」という選択肢に丸をつければ、明白に学校の方針に「反対する」と意思表明をすることになり、保護者の立場としては選択しにくいようになっているのです。

分かりやすく言うと、上司からの業務命令文書に返答書がついており、その中に「この業務命令に(従います・従いません)」と書かれているようなものです。

どう考えてもこの文書を作成した学校(校長、教育委員会)の意図は、「新型コロナ対策の名の下に、交流活動を減少させること」、つまり「文科省の4月の通達に沿った学校運営をしたい」と解釈するしかありません。それが私がピンときた理由です。

「結局、提出せざるを得ませんでした」と涙ながら話した母親の悔しさがよくわかります。

この踏み絵のような狡猾な方法で、障害をもつ子どもを通常教育から分離(segregate)しようとしているのが日本の特別支援教育の方針の表れではないでしょうか。


後記:ちなみに「大阪の障害児の保護者らが、この文科省の4月の通達を『子どもの人権侵害である』として、大阪弁護士会に人権救済を申し立てた」というニュース*が流れました。



  • * 共同通信, 「文科省通知は人権侵害」 特別支援教育で救済訴え 2022.10.31

筆者プロフィール
sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。小児科医。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)、「子どもの発達障害 誤診の危機」(ポプラ新書)、「図解よくわかる発達障害の子どもたち」(ナツメ社)など。
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