CHILD RESEARCH NET

HOME

TOP > 論文・レポート > 子ども未来紀行~学際的な研究・レポート・エッセイ~ > 【一人一人の違いに寄り添うために】第11回 教育活動にデジタル端末を活用する真の意図

このエントリーをはてなブックマークに追加

論文・レポート

Essay・Report

【一人一人の違いに寄り添うために】第11回 教育活動にデジタル端末を活用する真の意図

ヒロックでは、日ごろから子どもたちもノートパソコンやタブレットなどのデジタル端末を活用しています。各家庭でご準備いただいた、自分専用の端末です。毎日家に持ち帰っている子もいれば、自宅ではクラウドを活用し、スクールに置きっぱなしにしている子もいます。

入学時にはタイピングができない子も、1か月も触っていればスラスラできるようになってしまいます。「まずはローマ字を覚えてから...」なんて大人は考えてしまいがちですが、そんな順番は必要ありません。子どもの学びは「同時」に起こります。むしろ同時の方がいい。というのも、タイピングができることは、その子にとっての自由の拡張につながりやすいんですよね。タイピングができれば、好きなものをインターネットで調べられる。タイピングができれば、友達とメッセージでやりとりできる。タイピングができれば、なんかかっこいい。様々な「できるようになりたい!」という動機がそこにはあります。

他方、「ローマ字を書けるようになりたい!」という動機は、なかなかもたせにくいですよね。日常でローマ字を使う場面が想定しづらいし、英語ほどかっこよさも有用性もない。だから、タイピングの練習をしながら同時にローマ字も学んでしまった方が、ストレスなくスムーズに身につくというわけです。

これは何もタイピングに限った考え方ではありません。私たち大人は、よかれと思って「まずは基礎から」教えがちです。学校のカリキュラムなんてまさにその典型ですよね。確かに、子どもの平均的な学びやすさの観点からすると理にかなってはいるのですが、子どもたちが学習意欲をもって主体的に取り組めるかというと、かなり厳しい方法でもあります。どうしても、評価や競争やゲーム性などを取り入れざるを得なくなってくる。それが、「競争に勝つことが価値」「不正解は恥ずべきこと」などの誤ったメッセージとして伝わってしまっているのでしょう。

スポーツやアートは、まず「やってみる」ことを大切にします。サッカーなら試合をやって、必要が出てくるからシュート練習をしたり、筋トレしたりするし、ピアノなら最初に弾きたい曲をやってみて、うまく弾くためにバイエルなどを練習していくでしょう。その動機は「試合でいいプレイをしたい」だったり「いつかあの曲を上手に弾きたい」だったりするわけです。そして、この観点で教科の学習をとらえ直そうとする手法の転換が、探究学習という考え方です。

話を戻します。ヒロックに見学に来られる方の中には、子どもたちが文房具の一種のようにデジタル端末を操っている光景に驚かれる方が少なくありません。「これからの時代を生き抜くためには、必要なスキルですからね」とおっしゃる方もいます。確かにそうなのかもしれません。しかし、私たちヒロックの狙いはそこではないのです。

デジタル機器は今日、ビジネススキルという小さい範ちゅうには収まっていません。日常の調べ物や娯楽、行政とのやりとり、買い物、友人とのコミュニケーションに至るまで、生活のほぼ全てに欠かせないものとなっているのではないでしょうか。そして、この世界的な変化を私は好意的に受け止めています。これまでの歴史を見返すと、情報は特権階級のみに限られ、情報へのアクセスは階層や能力、地理的要因などによって埋めようのない格差がありました。それが今日、ほぼ全ての人が、自分にあった方法で情報の入手ややりとりをできる世の中になったのです。そんな文明の利器を、「子どもだから」という理由で一律に使わせないのは、子どもの権利の面からもいかがなものかと思ってしまいます。

「デジタルは危険だから」「子どもはスキルが低いから」という理由で遠ざける方もいます。それでは、大人は十分に使いこなすスキルがあると言えるでしょうか。私たち大人も、デジタルを系統的に学んできている人はほとんどいないはずです。失敗を繰り返しながら、経験を積み重ねることでそれなりに使えるようになっているのではないでしょうか。そうであるなら、子どもたちにも学ぶ権利を与えるべきではないでしょうか。

ヒロックが子どもたちに積極的にデジタル端末の使用を推奨する理由は、子どもたちの学びの選択肢が増えるからです。端末があれば文字を書くのが苦手なあの子も、自分の意見を表明できるようになります。人前で話すことに抵抗があるあの子も、テキストや絵や音声でコミュニケーションできるようになります。学習がゆっくりなあの子も、膨大な教材の中から自分に最もあったものを選択し、ストレスなく学び続けることができるようになります。

10年後の社会や働き方なんて、誰にも分かりません。その頃でもタイピングは必須な能力かと問われると、自信をもって肯定できないし、デジタル端末を操る能力自体が必要なくなっている可能性だって十分にあり得ます。今現在、最新の社会をとらえることだけが、まだ見ぬ未来を占う唯一最善の方法でしょう。しかしそれは全て学びの副産物。そんな投資や目先の利益に頭を悩ますよりもまず、目の前の子たちの「学びたい」という動機を喚起し、「学ぶって楽しい!」の実感を保証する環境をつくること。そのためのデジタル環境をヒロックでは構築しているというわけです。

筆者プロフィール
minote_profile_pics.png
蓑手 章吾(みのて・しょうご)

HILLOCK(ヒロック)初等中等部 初代学院長。元公立小学校教員で、教員歴は14年。教鞭を持つ傍ら大学院にも通い、人間発達プログラムで修士修了。プログラミング教育で全国的に有名な前原小学校では、研究主任やICT主任を歴任。2022年4月、オルタナティブスクール・HILLOCK(ヒロック)初等部を開校。著書に『子どもが自ら学び出す!自由進度学習のはじめかた』『個別最適な学びを実現するICTの使い方』(ともに学陽書房)、共著に『知的障害特別支援学校のICTを活用した授業づくり』(ジアース教育新社)、『before&afterでわかる!研究主任の仕事アップデート』(明治図書出版)などがある。
このエントリーをはてなブックマークに追加

TwitterFacebook

インクルーシブ教育

社会情動的スキル

遊び

メディア

発達障害とは?

論文・レポートカテゴリ

アジアこども学

研究活動

所長ブログ

Dr.榊原洋一の部屋

小林登文庫

PAGE TOP