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【カナダBC州の子育てレポート】第37回 フルインクルーシブ教育:自立と自律を中心に考える

要旨:

障害のあるなしにかかわらず、児童生徒個人の学習の自律(自分で計画し、調整して学ぶ)や学習態度の自立(主体的に学ぶ姿勢)を考えたとき、フルインクルーシブ教育では個人に見合った学習を十分に満たせず、それによって目的が果たせないことが出てくるのではという懸念を、フルインクルーシブ教育の現場であるBC州の学校で英語専門教員として働く筆者の経験から、第二言語習得学習への考えと併せて、レポートにまとめました。

キーワード:

自立、障害者、自律、健常者、フルインクルーシブ教育、言語学習

BC州の公立学校現場で教員補助(Educational Assistance、以下EA)として働く友人と、話す機会がありました。AuDHD(自閉症および注意欠如多動症)*1をもっていて、BC州の基準*2でレベル2や3の児童が、フルインクルーシブ教育を実践している学校の算数の授業中を受けている様子についてのことでした。教員から配られたその児童に見合ったと思われるレベルの問題を解くのだが、小学4年の児童にとっても、サポートする側にとってもそれは困難で、サポートをしながら何とか数問が解けたとしても、計算と児童との将来の共存が見いだせないと言うのです。つまり、同じ教室で、同じことを常に行う意味があるのだろうかと。

BC州の教員は授業において内容の見直しや調整(DifferentiationやAdaptationと呼ばれる)を加え、児童個人に見合った内容を提供することを通常業務内で行っています。また、成績(成果)においても個人に見合った目標を置くようにします。その対象は広く、障害をもつ子ども、英語が母語ではない子ども、発語に問題がある子どもなど、個人それぞれと言えます。このような配慮があることで、また、それをサポートする教員補助が存在することで、公立学校においてフルインクルーシブ教育が(理論上は)成り立っています。

通常の教員は、特別支援教員(School Based Resource Teacher: SBRT)や臨床心理士、言語聴覚士や療法士と一緒に、児童にとっての個別の教育計画(Independent Educational Plan: IEP)を作成し、教科学習だけでなく、行動や情緒面での発達にも目を配ります。とはいえ、担任の教員が特別支援専門の知識や技術を十分に備えているわけではありません。私もそのような個別教育計画を作成する会議に立ち会ったことがありますが、個人への特別な配慮がどこまで正しくきめ細やかになされるかは不確かだと感じました。もちろん保護者からの要求に応えて教育計画を見直したりもしますが、実際のところ、教員の裁量に任されている点が多い気がします。筆者は現場に立って初めて、現在のBC州の学校教育現場が教職課程プログラムの掲げる教育理想像とは遠くかけ離れていると知りました。現場ではフルインクルーシブ教育が行われているのに、教職課程において、児童や生徒個人に見合った配慮についての教育が十分になかったことへの疑問を過去のレポート(第31回)に書いたこともありました。

各教科において児童が到達すべき内容の差別化ができ、学習のスピードを児童個人に任せることができ、そして静かな場所を提供するなど学習環境を整えることができても、果たして課題内容そのものが個人に本当に見合っているかどうか。つまり、教室全体で行う内容(例えば先に例にあげたのは算数の掛け算)の中で、レベルやスピードの変化をつけることができても、その内容そのものが個人に必要なのかどうか。同じ教室で同じ教科を行うかぎり、特別な配慮には無理があることも多いのではないでしょうか。なかには、他の児童とは全く異なる、例えばスピーチタブレット等を用いて会話をしたり、簡単な問題を解いたりするプログラムをEAと1対1で指導を受けるような重度障害を抱えている児童などもいます。しかしそうでない場合、どこまで個人に配慮をするのかは担任の教員に任されていて、先ほど述べたように通常の教員のほとんどは特別支援の教育を受けていない状態でそれを担っているからです。

「インクルーシブな学校環境に通った障害者たちが大人になった際に、現実の社会でそのような人たちをサポートする施設で働く側から見た場合、一番必要なことは何だと思うか」と教員補助の友人が話を続けると、その場に居合わせた、障害者(大人)の暮らしをサポートする施設で働く別の友人は「自立/自律」と答えました。

筆者は、教員としての立場から学校現場を思い浮かべながら一連の会話を聞いていました。その友人の返答は、障害者に限らず健常者に対しても、大人である保護者や教育者が、次世代の人々全てに求めていることではないだろうかと考えたのです。

例えば、言語習得という学習でその点について考えてみます。現在、筆者はBC州の公立学校(年長クラスから中学1年生)で、英語を母語としない移民や難民の児童生徒に英語を専門に教える教員(English Language Learner Specialist)として働いています。筆者自身はバイリンガルで育っておらず、英語には中学校のカリキュラムの中ではじめて出会いました。カナダ・バンクーバーの公立高校に一年間留学したことを除いて、筆者はほぼ独学で英語を学びました。自らの第二言語習得経験を振り返って(言語学習に終わりはなく、現在もこれからも続くのですが)、新しい言語を読む、聞く、書く、話すといった四技能全てにおいてネイティブレベルに達するには、特に言語習得臨界期と呼ばれる時期(9歳くらい)を過ぎてから学習をスタートした場合、学習者がいかに学習を自律し、自立させていくかに多大な影響を受けるのではと日々考えてきました。

ここ英語圏の公立校で、いわゆる英語イマ-ジョンの中で過ごしている児童でも、この学習の自律や、自立した学習態度があるかないかでは、英語を習得するのにかかる時間や質にも変化が生じるのでは、と教員の立場から見ていても感じます。そして言語習得は他のどの教科よりも、自立や自律する力を学習者自身が備えられるかどうかが過程や結果に響くものではないかと思うのです*3

第二言語習得にこのような特徴が特に顕著に現れると書きましたが、他の教科、学び全般にも言えることだと思います。子どもが小さいうちは、教員も保護者も伴走して学んでいくことができますが、子どもの成長に伴い、伴走は徐々に少なくなり、やがて学習者自身が独走していかなくてはなりません。

この独走はやがて探究というような学びの形になったり、好奇心が高まれば研究という発展を辿ることにつながっていくと言えます。独走できることで、学びにおいてだけでなく、社会へ出た時の思考や分析の下地ができあがります。これが自立や自律です。教員は、また保護者は、学校という場で、教育という形をとりながらその手助けをしていると言えないでしょうか。

自立や自律への道筋は障害者でなくとも個人でそれぞれ異なり、それらを社会でどう活かしていくのかも異なります。だからこそ、今、個人に見合った学びが教育に求められているのだと思うのですが、フルインクルーシブ教育では個人に見合う部分が十分に満たせず、枠組みや社会的な目的だけが独り歩きしている印象を受けます。

小さなインクルーシブ社会としての学校現場におけるインクルーシブ教育は素晴らしいと思います。人はみな違ってよく、異なった性質の人々で社会は成り立っていると子どもたちが理解することは重要です。ですが、児童が中学年高学年へと進み、学びや社交性が複雑になり、社会で生きていくための自律や自立へと結びつく学習が普通教室で足並みをそろえること難しくなってきたら、そのフルインクルーシブ教育は本当に形の枠組みに過ぎなくなってしまうのではないでしょうか。



  • *1 自閉スペクトラム症(Autism)と注意欠如多動症(Attention Deficit Hyperactivity Disorder: ADHD)の症状が併存していることも多く、国際的な診断基準(DSM-5-TR)などの診断名ではないものの、昨今英語圏の国々では、まとめてAuDHDと言われるケースも少なくない。
  • *2 BC州では、インクルーシブ教育政策の中で支援基準を設けている。
    https://www2.gov.bc.ca/assets/gov/education/administration/kindergarten-to-grade-12/inclusive/inclusive_ed_policy_manual.pdf
    • レベル1 - 身体的に要支援または盲ろう者であり、かつ複数の支援を要する児童生徒。
    • レベル2 - 中程度または重度の知的障害、身体障害または慢性的な健康障害、視覚障害、自閉スペクトラム症、または聴覚障害・難聴のいずれかをもつ児童生徒。
    • レベル3 - 集中的な行動介入を必要とする児童生徒、または重度の精神疾患をもつ児童生徒。
  • *3 H. Douglas BrownとHeekyeong LeeはTeaching by Principles: An Interactive Approach to Language Pedagogy (Pearson Education, 2015)の中で、学習者自身が言語習得に自律性をもち、学びをコントロールしていくことが言語学習では重要だと述べている。

筆者プロフィール

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高井マクレーン若菜

群馬県出身。関西圏の大学で日本語および英語の非常勤講師を務める。スコットランド、アイルランド、オーストラリア、ニュージーランド、カナダなど様々な国で自転車ツーリングやハイキングなどアクティブな旅をしてきた。2012年、カナダ国ブリティッシュ・コロンビア州ビクトリア市へ、その後、内陸オカナガン地方へと移住。カナダ翻訳通訳者協会公認翻訳者。ブリティッシュ・コロンビア州公立学校教諭。現在はオカナガン地方の学校で教えている。

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