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【ドイツの子育て・教育事情~ベルリンの場合】 第56回 ドイツのインクルーシブ教育

要旨:

2020~21年度、ドイツ全体の子どものうち特別な支援が必要な子どもは全生徒の約7%を占めており、そのうち、45%は通常の学校に通学し、残りは特別支援学校で学んでいる。一方、ドイツでは近年社会的なインクルージョンの理念の高まりと比例し、インクルーシブ教育が唱えられ、インクルーシブ教育重点校も増加している。本稿ではその現状や利点、問題点などを記載する。

キーワード
ドイツ、ベルリン、インクルージョン、インクルーシブ教育、特別支援学校、発達障害、学習障害、自閉症、シュリットディトリッヒ桃子

<本稿について>

※CRN編集部より:インクルーシブな社会を目指すために、今年度は世界各国の子育て現場の事例を収集しています。日本で展開するインクルーシブ教育の現場の課題解決にヒントになればと願っています。
本コーナーでは、フィンランドカナダBC州ノルウェー、ドイツ(本稿)、NZ、インドなどの園や学校現場の取り組みをご紹介します。
English
ドイツでの特別な支援が必要な子どもに対する教育

2020~21年度、ドイツ全体の子どものうち特別な支援が必要な子どもは約56万8千人と全生徒の約7%を占めていました*1。そのうち、通常の学校に通学している子どもは約25万4千人、残りの約31万4千人は特別支援学校で学びました。特別支援の重点項目には、学習障害、情緒および社会的発達障害、知的障害、視覚障害、聴覚障害、発話障害、身体障害などがあり、特別な支援を必要とする約4割の子どもたちに学習障害が、約2割の子どもたちに情緒および社会的発達障害があるとされています*1。特別支援学校ではこれらの重点項目にフォーカスした教育を行っており、教員一人当たりの児童の数は、一般の学校に比べて大幅に少なくなっています。

また、ドイツでは国連の障害者権利条約が2009年に批准され、2013年には、インクルーシブ教育がドイツの学校教育法に取り入れられるようになりました。

当地においては、障害の有無はもちろん、人種や宗教にかかわらず、全ての人が平等に社会生活に参加できるインクルージョン社会を強く目指しており、この理念は昨今、ますます強まっているようにみえます。今回はインクルーシブ教育の資格を持つ保育園の園長および特別支援保育士の方に取材をする機会がありましたが、彼らによると、インクルーシブ教育はその一環で、その目的は、全ての生徒が一緒に生活し、学ぶことができるような方法で、授業や学校生活を構築することであるとされています。そして、障害のある人々もグループの平等な一構成員であり、部外者としてではなく、通常の子どもたちと同じように、自由に行動することができるという理念の元に行われています*2*3

そのためインクルーシブ教育が行われる学校には、様々な種類の障害に対応できる部屋や設備と、訓練を受けたスタッフが準備されています。つまり、人間が環境に適応することではなく、生活空間(環境)が人間に適応するように作られていることが前提となります。ですから、インクルーシブ教育を行う施設を新しく立ち上げる場合は、人々の行動や通行を妨げる可能性のある障壁を除いたり、階段を使用する代わりにスロープを作ったり、専門スタッフを雇用するなど、あらゆる障壁をなくすことに注意を払うことが重要なのです。

ところで、難民の子どもたちの受け入れなどで話題になっている「インテグレーション」は、お互いの違いを認めながらも、少数派(この場合は難民の子ども)は、既存のシステムに適応し、従う必要があることが、インクルージョンとは異なっており、当地では区別されています*3

※連邦制をとっているドイツでは、16ある州ごとに教育制度や内容が異なるので、本稿の内容はその一例であることをご了承ください。

ベルリンでのインクルーシブ教育

ベルリンでは、2004年に制定された新たな学校法で、障害のある生徒とない生徒を一緒に教育していくことが優先されるようになりました。さらに、2011年にドイツ連邦が採択した「国連障害者の権利条約のための国内行動計画(NAP)」により、ベルリン市も様々な措置を講じてきました。その例として、2016年に市独自の教育モデルを開発し、それらを実践する「インクルーシブ教育重点校」を6校設立しました。今年度にはその数は20校にまで増えています(ちなみに、市内の特別支援学校数は56校)*4

これらの学校では、特別支援学校とは対照的に、障害の有無にかかわらず、全ての子どもたちが一緒に学び、通常の学校の教師が、特別支援の資格を持つ助手や、カウンセラー、作業療法士や理学療法士、臨床心理士、ソーシャルワーカーといった専門スタッフと協力して授業を行っています*4

「インクルーシブ教育重点校」ではさらに、皆が自由に動き回れるスペースや様々な障害に対応した設備を備えており、視覚・聴覚や精神発達および運動能力の問題、知的発達、自閉症など、冒頭に記述したような特別な教育ニーズをもつ児童を、他の子どもたちと同じように受け入れている通常の学校です。このような学校では、このようなニーズのうち、1校につき最大3つの分野における支援を行っています*4

ベルリンでは、入学6か月前に専門の医師による就学前診断が行われることもあり、どの学校に通うかは、主に障害の程度と保護者の希望によって異なってくるそうですが、このように、障害をもった子どもたちは、必ずしも特別支援学校に通う必要はなく、上記のようなインクルーシブ教育制度の整った通常の学校にも通うことができます。

ちなみに、2021/22年度には、重点校ではない全く普通の学校で学ぶ障害のある児童の割合は72%に達しており、ベルリンの多くの普通学校でも、障害をもつ子どもたちを受け入れています*5

インクルーシブ教育の授業

では、実際のインクルーシブ教育はどのように行われているのでしょうか。ドイツ西部の都市、アーヘンの小学校を例に挙げてみましょう。この小学校には1,200 名の児童が在籍しており、そのうち62名が障害をもっているそうです。教師数は110 名、さらに10名の特別支援教員、4名のソーシャルワーカー、1名の臨床心理士がいるということです。1学年は6クラスで、発達障害児も普通の子どもも、外国語の授業以外は一緒に学んでいるとのこと。障害児が通常の子どもよりも学習ペースが遅いことは珍しいことではありませんが、そのような子どもたちの横には補助スタッフが付き、クラスは小さなグループで、レベルに応じた課題をこなしているそうです。このような学校では、障害児が同じクラスの中にいることで、クラス全体の学習レベルが下がる、ということはほとんどないそうです*6

インクルーシブ教育の利点と問題

このように、ドイツではインクルーシブ教育を行っている学校が徐々に増加している印象を受けましたが、そもそもその利点や問題点は何であると考えられているのでしょうか?

利点1:人間関係や社会性が培われる
特別支援学校で同じような障害をもった子どもたちだけで学ぶより、子どもの頃から既に障害のない多数派の生徒と一緒に学ぶことによって、実際に社会に出てから必要となるスキル、すなわち、対人関係や社会性を養うことができる、と考えられています*2。実際、少人数の特別支援学校よりも大規模な通常の学校で、友達が多くできた、という声もあがっているようです*6

一方、健常児も、障害児とはどういう子どもたちなのか、どう対応すれば良いのかなど、社会的行動を学ぶことができます。このように、クラスメートも気づきを得て、社会に出た時の他者との付き合い方を学ぶことにつながります。

社会的スキルと共感力は全ての生徒が身に付けるべきスキルとして奨励されていますし、障害のある人々は、社会から孤立して生きるわけではなく、社会の一部であることからも、これは全ての子どもたちにとって利点と言えるのではないでしょうか。

実際にインクルーシブ教育を行っている学校の児童を対象にしたあるアンケート*6によると、「インクルージョンによって、障害児と健常児の共同作業がうまく進んだか」という質問に対し、回答した児童の8割近くが「そうだ」と答え、「インクルージョンは、子ども同士の理解を深めたか」という質問には、85%が「理解が深まった」と答えた*6そうですから、その効果は非常にポジティブなものです。

利点2:卒業後の進路が開かれている
特別支援学校の学位は、たとえ通常学校と同じレベルの教育を修了していたとしても、ドイツでは普通の学校の学位と同等とはみなされていません*6。さらに、当地では就職にあたり、全ての卒業校の学位を明記する必要があるので、インクルーシブ教育を行っている通常の学校の学位を得ることにより、就職のチャンスが大きくなることは、社会で自立するための大きな利点といえます。また、通常の学校に行き、健常者と一緒に勉強することで、学ぶことへの喜びを感じ、学習の成果が見られた、という子どもたちも多いとのこと。

また、最初の利点と重複しますが、通常の学校に行けば、集団生活を通じて問題行動を抑えられるよう、指導を経て学んでいくことがあります。その結果、インクルーシブ教育を受けた子どものほうが、卒業後に仕事を見つけやすい、という結果にもつながっているようです。当地の教育では、全ての子どもたちが経済的に自立することに重点が置かれていますから、これは非常に大きな利点と言えましょう。

では、問題点にはどのようなものがあるでしょうか。

問題点1:教師や関係者への大きな負担
インクルーシブ教育を受けている子どもの親は、インクルーシブ教育の経験がない親よりも、子どもの学校、クラス、教師に対する満足度が高いようですが、一方で、教師の多くはインクルーシブ教育を行うには、準備やサポートが不十分であり、負担を感じているようです。授業の準備だけでなく、障害児を含む子ども同士の人間関係がうまくいくよう配慮したり、専門的知識が必要になってくること、多職種の専門家のチームと連携すること、保護者らとも密接にかかわることが要求されていることからも、その重責が伺えます*6*7

問題点2:児童の居心地
ドイツ・アーヘン市教育研究所所長のアンスガール・シュトラッケ・メアテス 氏によると、スイスの発達障害児への調査では「特別支援学校の生徒のほうが、インクルージョン教育の生徒よりも、学校時代はいい思い出を持っていました」という結果が出たそうです*6。これは、特別支援学校は1クラス6~8名と小規模で、先生とも良好な関係を保つことができ、問題行動があっても、受け入れられる一方、1クラス20~30名ほどの通常の学校に1~2名の障害者がいると、どうしてもクラスの中の緊張感が強くなってしまいます。これは、先述の社会性の育成とも関連してきますが、障害の種類や程度によっては、通常の学校に通うのがしんどくなってしまうこともあるようです。

まとめ

全ての人が受け入れられ、自分の意志で参加できる平等な社会、というインクルージョンの理念を教育現場に応用したものがインクルーシブ教育ですが、成功させるためには、教師へのサポートも含め、設備などの環境や実施方法が重要な要素となってきます。これらが適切に準備されていれば、皆が一緒に学習することは、様々なレベルの子どもたちにとって効果的になるのでしょう。そのためには、行政の財政的支援が必要となってきますから、これは政治にも大きくかかわってきます。

また、ベルリンではインクルーシブ教育重点校ではない普通の学校でも、障害をもつ子どもたちを多く受け入れていますが、これらの学校と、特別なスタッフや設備を備えたインクルーシブ教育を実施している通常の学校とでは、提供する教育の質が異なってきます。障害児たちが、ただ通常の子どもと一緒にケアされるだけなのか、それとも本当に平等なサポートが提供されているのか? 理想を言えば、全ての普通学校でインクルーシブ教育を行う環境が整っていればよいのでしょうが、その実現にはやはり政治や社会に対してさらにアピールしていくことが必要だと思いました。

また、今回取材をした保育園園長および特別支援保育士によると、インクルーシブ教育の成否は、その環境に加え、個々の障害の程度にもよるようです。これは、先述のメテアス氏の講演にて引用されていた調査において「障害をもつ子どもは、インクルーシブ教育によって利益を受けているか」「インクルーシブ教育で、障害をもつ子どもは、健常児の学習の邪魔にならなかったか」という質問に対して、回答が半分に割れたことからも伺えます*6

重度の障害をもっていたり、自閉症など情緒の発達に差異のある子どもが普通学級に入ることにより、問題が起こるケースも実際にはあるとのことですから、場合によっては、少人数制で教師やスタッフの目が届きやすい特別支援学校の方が、子どもたちが安心して教育を受けられるかもしれません。

最後に、発達障害や学習障害を抱える子どもたちのうち過半数は、低所得や貧困地域といった社会問題を抱えた家族出身で、移民難民を背景とする子どもたちも3割を超えると言われています*6。ですから、子どもたちをとりまく環境や社会を変えていく必要もでてきますし、そのためにはやはり政治に訴えていくことが、今後のカギとなりそうです。

最後に本稿執筆にあたり、取材に応じてくださった保育園の園長Aさんおよび特別支援保育士のYさんにお礼を申し上げます。



筆者プロフィール
シュリットディトリッヒ 桃子

カリフォルニア大学デービス校大学院修了(言語学修士)。慶應義塾大学総合政策学部卒業。英語教師、通訳・翻訳家、大学講師を経て、㈱ベネッセコーポレーション入社。2011年8月退社、以来ドイツ・ベルリン在住。
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