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【ドイツの子育て・教育事情~ベルリンの場合】 第55回 ドイツにおける教師不足

要旨:

ドイツでは教師不足が問題となっており、教育の質の低下が懸念されている。その背景には、出生率の上昇や難民の受け入れに伴う生徒数の増加など挙げられているが、教師になるためのハードで長期間にわたる養成課程のため、大学での教師志願者数が減少していることも大きな要因である。そこで、各州では様々な策をとっているが、多くの州で導入されているのが、他業種からの転職者の雇用である。本稿では、実際にキャリア・チェンジをした人の体験談も交えて、ドイツの教師不足問題についてレポートする。

キーワード:

ドイツ、ベルリン、バイエルン、教師不足、教職、教員免許、教師の待遇、他業種からの転職、ウクライナ、難民、インターンシップ、シュリットディトリッヒ桃子

ドイツでは今、教師不足が深刻な問題となっています。義務教育である6歳から16歳の子どもたちが通う学校において不足している教員数は、ドイツ全土で最大4万人とも言われています*1。そのため、多くの連邦州では、授業がキャンセルされたり、授業時間が短縮されたり、保護者や教師ではない人がヘルパーとして呼ばれ、教壇に立たされている事態となっています。筆者の息子が通うギムナジウムでも、入学以来、授業のキャンセルは日常茶飯事で、今年に入ってからも平均週1コマは休講となっている事態です。

その結果、教育の質の低下が懸念されています。実際にドイツ語と算数において、ドイツ全土の小学校4年生の約40%が、国が定めた教育基準を満たしていない、という結果が出ており、各州では早急な対策が求められています*2*3。なぜこのような問題が起こってしまったのでしょうか。本稿ではドイツにおける教師不足問題についてお伝えします。

教師不足の理由:教師になるための長く険しい道

教師不足の背景には、出生率の上昇や難民の受け入れに伴う子どもの数の増加など、複数の事項が挙げられていますが、教師になるための過程も問題視されています。つまり、教師になるためには長期間、ハードな養成コースを履修、修了しなければならないため、必要な教師の数に対し、大学に十分な教員志願者がいない、ということです。

連邦制をとるドイツでは州によって教育システムが異なるため、募集要項などは若干異なるかもしれませんが、一般的に教師になるには、2段階をクリアしなければなりません。第1段階では、大学で教授法および専門科目を2科目以上履修し、5年間かけて教育養成課程を修了します。こうして修士号を取得し、国家試験に通過すると、第2段階の18か月の教育実習コースに進みます。そして、2つ目の国家試験に合格すると、晴れて教師になれる、というわけです*4

現在、教師を目指している大学生はこう述べています。

「教師になる道は必ずしも平坦ではありません。私の学部でも多くの人が既に中退してしまいました。というのも、教授法を学ぶ授業は少なく、ほとんどの授業が専門分野の勉強や研究に終始し、筆記試験が絶え間なく行われます。専門とする学科を2つ以上修了しなければならないので、教育に対して熱心であっても、その専門教科の天才でなければ、教育養成課程を修了することができないのです。その後、国家試験も受験しなければならず、さらに、半年かけて準備する必要がある4つの口述試験もあります。それが終わると、18か月の教育実習コースが待っていますが、ほとんどの学生はコース修了までに、さらに半年間を必要としています。つまり、教壇に立つまでに7年もの年月を要するのです」

教員養成課程修了を目指して勉強し始めても、このような長いハードワークが要求されることから、中途退学や他の学部へ転向してしまう学生数が、他の学部に比べて多くなっています。統計によると、全国的に大学生数はここ数年で17%増加しましたが、大学で教員養成の第1段階をクリアした卒業生の数は減少の一途をたどっています。

例えば、ベルリンのお隣、ブランデンブルグ州のポツダム大学では、教員養成コースを履修している大学1年生の半分しか卒業できない状況に陥っています。2015年に数学の教師を目指して勉強を始めた42人の学生のうち、2021年に教育学位を取得したのは9人にとどまり、物理にいたっては17名中、修了したのはたった2名だったそうです*5

ちなみに、教師が不足している教科としては、全国的に特に理系の科目が挙げられています。ある州では新たに新卒で教職に就いた1,200名のうち、コンピューターサイエンスの科目を履修したのは17名だけ、このうち教員国家試験を受験し合格したのはたった10名とのこと*5。事態は想像以上に深刻なようです。

また、最近の若者には、教師の仕事は新鮮味に欠ける、という意見もあります。学生として学校で12年間過ごした後、また学校に戻って、毎日見てきた教師の仕事をするよりも、新しい世界に飛び込みたい若者が多いのかもしれません。さらに「教師は働く場所を選んだり、勤務時間を調整することができず、働き方の柔軟性に欠けている」「一般企業のように昇進の機会や発展性もみえづらい一方で、やっかいな保護者とのトラブルもよく耳にする」ということから、若者は教職を避ける傾向にあるようです。

各州の対応策

このような深刻な事態を受け、各州では教員の数を増やすために様々な策がとられています*6。ドイツでは州の財政状況により、教師が公務員とみなされていない州がありますが、バイエルン州では、既に教師は公務員として扱われており、さらに教師の待遇を改善しています。小学校教諭でも全種類の公務員における最高レベルの給与を与え、さらに他州から転入してきた教師には多額の転勤手当を提供し、教師の囲い込みを試みています。

一方、ブランデンブルグ州では、現在の要件である学位を修士号から学士レベルに引き下げ、教師になるハードルを下げようとしています。また、ザクセン・アンハルト州では、週休3日制(すなわち、授業は週4日間のみ行う)の導入を検討、現在試験的に運用中とのこと。ベルリンでは約18年ぶりに教師を再び公務員として雇用、待遇の改善を試みています。そして、他の多くの州では、退職した教師の再雇用や、教師が定年退職を先伸ばしした場合はボーナスを支払うなどの策をとっています。

さらに、16州中12の州が導入しているのが、「キャリア・チェンジャー」と呼ばれる他業種からの転職者の雇用です*1。その方法は州によって異なるものの、概ね教育の学位を取得していなくても、学校で働き始める前に、一定期間、必要科目を履修し、働きながら教員資格を取得するというもの。上述のブランデンブルグ州では、全国で最短の3年間でこの資格が取得可能とのことです。

他業種から教職へ

ドイツ全体では教師の約15%は元々教師としての訓練を受けていないキャリア・チェンジャーです。しかし、教師不足が顕著な州では特に、教師への転職率は高い割合となっています。例えば、ザクセン州では1,500人以上、ベルリンでも約900人の教師不足が深刻化していますが*8、キャリア・チェンジャー教師の割合が最も高い州も、ザクセン州、次いでベルリンで、2018年にはその割合は各々50.6%、40.1%となっています*9

筆者の知人にも異業種から教職へ転職した人がいますので、ここに具体例としてご紹介したいと思います。

キャリア・チェンジャーの例:作曲家から小学校教諭へ

ベルリン在住の作曲家で2人の女の子(幼稚園と小学生)の父親でもあるAさんは、家族のために、より安定した職を求めて、小学校教員免許を取る決心をしました。しかし、その過程はなかなか容易ではなかったようです。

もともと音楽の学位を取得していた彼ですが、まず半年間、大学で教授法に関する授業を受け、その後1年間は算数、次の1年間はドイツ語を専門科目として履修しなければなりませんでした。これは教員免許取得には、最低2科目の専門科目を修めることが求められているからです。前述の大学生のコメント内容と同様に、これらの教科学習は非常に専門的で、筆記試験も多く、音楽家の彼にとっては難しい内容だったそうです。さらに、同時にインターンシップとして小学校で教壇に立たなければなりませんでしたから、前述の大学生が言うように厳しいものだったことが伺えます。履修が終わると1回目の国家試験。ここまでが第1段階で、第2段階は1年半にわたる教育実習です。

教育実習でAさんは、音楽、ドイツ語、算数を教えたそうですが、この段階は第1段階よりもさらに大変だったそう。というのも、彼が授業を行っている間、いつも誰かが授業を観察・評価しているので、当然ながら準備を怠ることはできず、授業後は毎回フィードバックが与えられ、次の授業で反映しなければならず、作業量もかなり多かったとのこと。さらに、審査している先生も人によって言うことが異なり、求められる事項が度々異なるなど、精神的にもかなり参ってしまったそうです。

2回目の国家試験は筆記に加え、審査官の前で授業を行うものでしたから、こちらも念入りな準備が求められたとのこと。そして、ここがドイツらしいと思ったのですが、2人の小さな娘の世話など、家庭生活も両立させなければならなかったことから、「公私ともにストレス満載の期間が1年半も続いたのは、本当に辛かった」と言っていました。

しかし、彼は2回目の国家試験も無事に合格、4年間で晴れて教職への転職を果たしました。今は音楽の教諭として教育実習を行った小学校で教鞭をとっています。教職に就いた後も、フォローアップのセミナーなどに参加しているので、転職者だからといって提供する教育の質に問題はない、と言っていました。

今後は、作曲家としても活動していきたいので、教師としては65%のパートタイム勤務ですが、給与には満足しているとのこと。彼曰く、もう少し履修プロセスを短く、負担の少ないものにし、教師の待遇を改善すれば、教師志願者が増えるだろう、とのことでした。

今後の予測

各州が対応策をとっているにもかかわらず、残念ながらこの問題は今後も続くと考えられています。というのも、ドイツでは児童の数は2035年までに約100万人増加することが予測されているからです。さらにこの中に、ウクライナからの難民は含まれていませんから、最終的にはこれ以上の児童数の伸びが予想されています。

それに対し、2035年までに127,100人の教育養成課程を修了した教師の不足が予測されています。3つの主要な政治改革プロジェクト(学校の全日制化、インクルーシブ教育、困難な社会状況にある子どもたちへの支援)の必要性も含めると、2035年までに158,700人の教師が不足する可能性があります。特に、インクルーシブ教育に関しては、最終的にドイツは最大40万人のウクライナ難民児童を迎えることが予測されているため、彼らのために追加で24,000人の教師が必要になるとのこと*4

そこで、ウクライナ出身の難民教師が重要な役割を果たすこととなりますが、ドイツで働くにはドイツの教員免許が必要となるため、ここでも高いハードルが立ちはだかっています。この問題を解消すべく、先述のポツダム大学では、ウクライナ出身の教師がブランデンブルグ州の学校でキャリアを開始できるようにする資格認定プロジェクトを開始しました。しかし、ドイツ語コース、教育セミナー、学校でのインターンシップを含む18か月のプログラムに加え、アシスタント教師として2年間学校に勤務し、さらなる資格認定を行う必要があるなど、その過程はなかなか長く厳しそうです。また、数年前のシリア難民とは異なり、ウクライナ難民の多くは、戦況が落ち着けば祖国に帰ることを希望していることもあり、多くの参加者が資格認定まで至っていないようです。

最後に

教師不足解消のカギとなりそうな他業種からの転職ですが、履修期間が短縮されたとはいえ、資格認定までの期間の長さや内容のハードさを鑑みると、教職以外の他業種への転職に比べて、教職への転職は、ハードルは高いままに見えます。ドイツでは新卒で教師になるのも長い時間と大きな労力を要しますが、キャリア・チェンジャーとして教師になるのもまた然り。ただ、このハードルをむやみに下げて、教員の質が落ちてしまうと、子どもの学力低下が懸念されてしまうので、難しい問題です。

そこで転職者のAさんが言っていたように、教師の待遇を上げることが大きな解決策になりそうです。実際、バイエルン州では、安定した公務員である教師の待遇を今後さらに上げ、教職志望者を増加させ、教師を囲い込むことにより、高い教育レベルを保っているようですが、これを実現するには州の財政が潤っていなければなりません。高級自動車メーカーや大手メーカーのお膝元でもあり、産業が活発な旧西ドイツのバイエルン州と異なり、東西ドイツ統一後も財政難が続いている旧東ドイツのベルリンでは、やっと教師が公務員と認められるようになったレベルで、学力はドイツ最低と不名誉な状態が続いています。今後、教師不足がさらに深刻化する前に、いかに学生、転職者に教職の魅力をアピールし、待遇を上げ、資格取得までの仕組みを改善していくか、教育だけでなく政治レベルでの議論も必要となりそうです。


ドイツでは教育に関する権限は各州に委ねられていますが、その内容に関しては、国が決めた最低限の基準が存在しており、各州はその基準に基づいて教育課程を策定することになっています。


筆者プロフィール
シュリットディトリッヒ 桃子

カリフォルニア大学デービス校大学院修了(言語学修士)。慶應義塾大学総合政策学部卒業。英語教師、通訳・翻訳家、大学講師を経て、㈱ベネッセコーポレーション入社。2011年8月退社、以来ドイツ・ベルリン在住。
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