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【カナダBC州の子育てレポート】第36回 フルインクルージョン教育の理想と現実

要旨:

カナダBC州のインクルーシブ教育は、特に初等教育がフルインクルーシブ教育であること、またその歴史が長いことで、他国から成功例だと捉えられることが多いようです。とはいえ、視察や研修などで見ることができるのは、特別なニーズのある児童生徒が、日本のような特別支援学校や学級ではなく通常学級にいること、そして「多様性を受け入れる社会へとつながる学校」としてのインクルーシブな場所であり、実際に全ての子どもたちの社会的および学習ニーズを満たす意味でのインクルーシブ教育の現状は見えにくいのではないかとの思いから、筆者が現場で感じているインクルーシブの理想と現実についてレポートにまとめました。

キーワード:

インクルーシブ教育、フルインクルーシブ教育、特別ニーズ

カナダBC州の小学校(日本でいう年長から小学6年生まで。学区によっては中学1、2年生も含む)はフルインクルージョン教育を実践しています。地域に暮らす全ての子どもたちがその学区の公立学校に在籍し、特別な支援が必要な児童生徒が、できる限り通常の教室で学びます。BC州はインクルーシブ教育の歴史も長く、その始まりは1950年代に、特別な支援が必要な子どもたちをもつ保護者の声から生まれたものだと言われています*1

この連載にも何度か登場している国連の障害者権利条約第24条には「障害者が障害を理由として教育制度一般から排除されないこと(not excluded from the general education system)」(下線は筆者による)とあり*2、これを理解するとインクルーシブ教育とは障害のある人とそうでない人が同じ普通学級で学ぶことを意味します。

ですが、現在各国で行われているインクルーシブ教育というものを考えたとき、その定義には4つの異なる解釈が存在すると言います*3

  1. 障害のある子どもたちが通常学級に在籍する
  2. 障害のある子どもたちの社会面または学習面のニーズを満たす
  3. 全ての子どもたちの社会面または学習面のニーズを満たす
  4. コミュニティ創造のためのインクルーシブ教育

実際にBC州で教育現場に立っていると、国連の障害者権利条約第24条を満たそうとすると、まずは上記の1を実践することになります。そして、通常学級で1を実践すると、上記にある2と3に対応する必要が出てきます。BC州におけるインクルーシブ教育は、障害の有無を超え、全ての違いを受け入れる多様性の共生を取り入れたインクルーシブ教育モデルであるということを以前レポートで書きました(第11回参照)。つまり、カナダBC州では上記4の概念を念頭に置きながら、1、2、3を全て実践していているフルインクルーシブ教育を行っていることになります。

カナダBC州のインクルーシブ教育は、初等教育が上記の1~4の概念を含んだフルインクルーシブ教育である点、また長い歴史をもつ点等で他国から成功例であると捉えられることが多いようです。とはいえ、視察や研修などの短期間で目にするのは主に、設定としてある4の概念であり、特別支援学校や特別支援教室がないことから見られる1の概念が実践されている状況なのではないでしょうか。というのも、実際に教員としてフルインクルーシブ教育が行われているここBC州の学校現場で日々を過ごしていると、何をもって成功と呼んでいるのか疑問に思わざるを得ない2と3の概念の実践状況が多々見えてくるからです。

たとえば4については、インクルーシブ教育の根底にある概念、あるいは学校を超えた社会としての目標とも言えるかもしれません。私たちが暮らす社会は、国が違っていても、様々な人々で構成されているのが自然であり、それが障害やジェンダー等、いかなるものであれ、その何かを理由に人と人とを隔てる場所であってはならないのが理想です。カナダは移民国家である点、個人主義である点から、このあたりは子どもたちも幼少期から抵抗なく受け入れている感じを見受けます。例えば交通機関や公共の建物を見ても、もともと土地にスペースがあることから、車椅子だけでなく、障害者のために必要な器具機械を受け入れやすいです。電車には自転車ごと乗れたり、バスにはバギーや車いすのために段差をなくすスロープが自動で出てくる仕組みがあったりするのが普通です。学校内でもスペースが十分にあり、車いすで普通に乗り入れることができ、教室にいられなくなった児童生徒が廊下で自転車を漕いで回っていたりします。また、ラーニング・センターと呼ばれるスペースでゲームやおもちゃで手遊びをしながら、リソース・ティーチャーと呼ばれる先生やカウンセラーと話をしたりすることができ、柔軟な受け入れ態勢がコミュニティとしてあるように見えます。多様性のある、あるいはそれを目指す大人社会が、自然と学校社会でのインクルーシブにもつながりをもっていると容易に見ることができるのではないでしょうか。

1の概念もまた、教育現場を見ると短期間で簡単に目につきます。教員補助員(EA:Educational Assistant)が付くことで、特別支援の児童が他の児童生徒と一緒に教室内にいることを目にできるからです。教員が教えている授業内容と特別支援の児童が行っていることは、同じではないかもしれません。教員はその児童に見合うよう授業内容に変更を加えており、教員補助員がサポートしながら児童は授業に参加しています。あるいはまったく別のプログラムを教員補助員が主に指導しながら行っている場合もあります。ただし、これがうまく機能するのは特別支援の児童と教員補助員が1対1で向き合える場合です。

どの学校にどれだけの教員補助員が在籍するかは学区に振り分けられる州の予算によって決定されます。特別支援、あるいは障害とまでいかなくとも、個人に見合った教育計画(IEP: Individual Education Plan)に沿って学習を進めていく児童生徒が、一教室に一人だけしか在籍していないということはまずありません。大抵の場合は複数人、さらに英語を母語としない児童生徒が複数人など、他にもサポートを必要とする子どもが多数存在します。それなのに教員補助員が一人もつかない、あるいは数時間または半日しかつかないケースが頻繁にあります。果たしてこの状態で2と3の概念が実現できているのでしょうか。現在のBC州の公立校の環境で常に1~3の概念を同時進行で実践することには無理が生じていて、結果としてBC州ではインクルーシブ教育の実態が大きく揺らぎ、不安定になっているのではと筆者は感じています。

つい先日、特別な支援を必要とする子どもの保護者が、筆者の暮らす地域の学区に対し、調査を求めている記事が地元メディアに二本立て続けに掲載されました。インクルーシブな教育環境であることが、かえって特別な支援が必要な児童生徒を教室から離脱させることになっているのではという保護者の意見でした。それは決してインクルーシブを批判しているわけではなく、学校がインクルーシブであるべきだという点ではいずれの記事も一致しているのですが、インクルーシブ教育が機能していないことを挙げ、その理由として、マンパワー不足、教員補助員や教員の教育不足、学校内の施設不足を挙げ、つまりそれは学校や教員の問題ではなく、予算や制度そのものの問題であり、もっと大きな枠組みでの見直しが必要なのではと言っています*4*5

これは、特別な支援が必要な子どもの保護者に限らず、現場に立つ教員の声でもあると筆者は感じます*6。記事にもあるように、教員補助員の補助、あるいは教員だけでなく補助する大人を必要とする児童が、特別な支援が必要な生徒児童だけとは限らないのも現実です。例えば、教室内にある机や椅子をひっくり返すなど暴力的になり、手を付けられなくなった児童がいた場合に、ルーム・クリア(Room Clear)*7を行うことがあります。この際、教員補助員や教員がその児童に触れることはできないため、他の子どもに被害が及ばないように教室から全員を避難させます。私も、たまたま短時間サポートで入っていた教室でルーム・クリアに立ち会ったことがあります。教員補助と担任教師を教室に残し、私が残りの児童全員を教室の外に避難させました。その日はたまたま終業間近だったため、そのまま帰宅準備をさせることができましたが、これが授業中であった場合、避難した児童はどこで何を学習するのだろうと考え込んだのを憶えています。あるいは、こういったことが教室内ではなく、廊下等で起きる場合もあります。つい先日、担当している英語指導の児童を連れ、廊下を歩いていこうとすると、教室から叫びながら飛び出してきた児童が、廊下で転げ回りだしました。手の空いた教員補助員たちが複数の教室からすぐさま出てきて、まずはその児童の周囲に他の児童がいないことを確認し、私は自分が担当する児童を自分のすぐそばに集まらせ動かないように指示しました。泣きわめき廊下で手足をバタバタさせ暴れている児童には手を触れずに教員補助員が話しかけていました。このために一部の廊下はしばらくの間使用できず、私が使用している英語を学ぶ教室へは、担当の児童を連れて迂回ルートで向かうことになりました。

このように学びの中断が多くなると、インクルーシブ教育の2と3の概念は実現できているとは言い難いのではないでしょうか。十分なサポートがない特別支援の児童の学習のために、個人に見合った学習を担任の教員が用意するのは時間的に負担であり、そもそも教員補助員がいなければ用意された学習もうまく進められません。その結果、個人に見合った学習は実践されないことになります。十分なサポートが行き届いていなければ、ルーム・クリアのような事態に発展しやすいとも言えます。つまり、2の概念は達成されません。あるいは、担任の教員がサポートを必要とする複数の児童に時間を割けば、それ以外の児童への学習ケアも行き届きません。そうなると、3の概念が達成されることになりません。

インクルーシブ教育は素晴らしいと思います。ですが、どれだけ教育する側が訓練を受けても、予算が不足し、人が不足すれば、歪みは生じ、負担は教員補助員、教員、そして児童生徒にかかってきます。インクルーシブ教育については、この足りていない部分をまずは理解した上で、その実践を考えてほしいと思います。



  • *1.Inclusion BC
    https://inclusionbc.org/our-story/our-history/
  • *2.文部科学省,「障害者の権利に関する条約について」より抜粋
    https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/054/shiryo/08081901/008.htm
  • *3.Kerstin GoranssonとClaes Nilholmは"Conceptual diversities and empirical shortcomings--a critical analysis of research on inclusive education"の中で、先行研究から、インクルーシブ教育に関する4つの異なる解釈が見つかった、としている。原文は下記。
    Göransson, Kerstin, and Claes Nilholm. 2014. "Conceptual Diversities and Empirical Shortcomings - a Critical Analysis of Research on Inclusive Education." European Journal of Special Needs Education 29 (3): 265-80. doi:10.1080/08856257.2014.933545.
    Four different understandings of inclusive education were found: (a) inclusion as the placement of pupils with disabilities in mainstream classrooms, (b) inclusion as meeting the social/academic needs of pupils with disabilities, (c) inclusion as meeting the social/academic needs of all pupils and (d) inclusion as creation of communities.
  • *4.Chelsey Mutter, Jan 20, 2025. "Vernon mom says her daughter was excluded, forced to leave public school system," CASTANET. https://www.castanet.net/news/Vernon/528283/Vernon-mom-says-her-daughter-was-excluded-forced-to-leave-public-school-system
  • *5.Chelsey Mutter. Jan 27, 2025. "'We don't put them in institutions anymore': Vernon mom says province failing at inclusivity efforts," CASTANET. https://www.castanet.net/news/Vernon/529622/-We-don-t-put-them-in-institutions-anymore-Vernon-mom-says-province-failing-at-inclusivity-efforts
  • *6.Jessica Wong. Dec 05, 2024. "4 ways to tackle a rise in disrespectful behaviour in classrooms," CBC News. https://www.cbc.ca/news/canada/classroom-incivility-teachers-experts-1.7399126
  • *7.ルーム・クリア(Room Clear):感情や行動がコントロールできなくなって手に負えなくなった児童が教室にいる場合に、最後の手段としてその児童を連れ出すのではなく、その児童以外の児童全員を教室外に退去させることを指す。教員や教員補助は児童に触れることができないため、その場にいる全員の安全確保のために行われる。安全を守るという点では解決法ではあるものの、学びが中断され、他の児童の精神的な安定性が損なわれたり、通常業務にあたっているリソース・ティーチャーなどが動員されることで業務が中断されたり、様々な影響が出る。あらゆる手段を試みた上で、どうにもならなくなった場合、あるいは危険だと判断された場合に、最後の手段として行われる。

筆者プロフィール

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高井マクレーン若菜

群馬県出身。関西圏の大学で日本語および英語の非常勤講師を務める。スコットランド、アイルランド、オーストラリア、ニュージーランド、カナダなど様々な国で自転車ツーリングやハイキングなどアクティブな旅をしてきた。2012年、カナダ国ブリティッシュ・コロンビア州ビクトリア市へ、その後、内陸オカナガン地方へと移住。カナダ翻訳通訳者協会公認翻訳者。ブリティッシュ・コロンビア州公立学校教諭。現在はオカナガン地方の学校で教えている。

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