CHILD RESEARCH NET

HOME

TOP > 論文・レポート > 子育て応援団 > 【カナダBC州の子育てレポート】 第11回 多様性への対応を見据えたインクルーシブ教育

このエントリーをはてなブックマークに追加

論文・レポート

Essay・Report

【カナダBC州の子育てレポート】 第11回 多様性への対応を見据えたインクルーシブ教育

高井マクレーン 若菜

2020年7月31日掲載

要旨:

カナダBC州のインクルーシブ教育の方針では、すべての子どもを地域の学校に受け入れることとしています。特別なニーズのある児童・生徒は、特別支援学級ではなく、普通学級に在籍するのが普通です。また、インクルーシブの先にダイバーシティ(多様性)を見据えたモデルであり、特別なニーズは障害だけに限らず、誰もがもちうるもので、そのニーズは一過性の場合もあるという柔軟な受け入れ体制をとっているように見受けられます。本レポートでは、筆者の娘のプリスクールおよびキンダーガーテン・クラスに見られるインクルーシブ教育について述べるとともに、インクルーシブの先に見据えられた多様性に応える教育についても、移民という立場から見た体験と感想をご紹介します。

keywords:
インクルーシブ、インクルーシブ教育、多様性、特別支援、ニーズ、教育

カナダのインクルーシブ教育の方針では、すべての子どもたちは、自分が居住するコミュニティの普通学級で学ぶことと謳っています。実際に、インクルーシブであることは、身体障害者だけでなく、精神障害者、発達障害者、知的障害者を含み、また、学習障害をもつ児童、英語以外の外国語を母語とする児童、文化的背景の異なる児童など、さまざまな「違い」をもつ子どもたちを、その度合いにかかわらず、すべて一つの教室に受け入れることを指しています。その歴史は、特別な支援を必要とする児童を隔離すること(支援学級)から始まり、その後普通学級への受け入れ、インクルージョンへと推移し、そしてその方向性は今、多様性のある児童の教育へ、とさらに門戸を拡げているようです注1

図1
report_09_372_01.png 出典:Implementing Inclusive Education in BC's Public Schools: Report on the June 14, 2017, Inclusive Education Summit. Inclusion BC.

私自身が日本で公立学校へ通っていた頃は、普通学校の中に特別支援学級というのがありました。その構図はいわゆる上の図の「Segregation(隔離)」にあたります。特別支援を必要とするクラスメートは、一応同じホームルームに在籍してはいたのですが、接点があるのは体育と音楽の授業くらいで、あとはほとんど一緒に時間を過ごすことがありませんでした。特別なクラスに在籍しているということから、そのクラスメートが「特別な存在」であるという認識をもっていたことを否めません。また、普段接点がないことから、時々見かけても接し方に戸惑った記憶もあります。

一方、ビクトリア市(州都)在住時に保護者参加型のプリスクールに娘が入園してみると、クラスメートが18人いる中で、特別なニーズのある園児が3人在籍していました。BC州では、子どもがアセスメントを受け、「特別なニーズの対象者である」と州から認可されると、在籍園に助成金が下り、インクルージョンワーカーとよばれるサポート担当者が、園児1人につき、1人つきます。重度の身体または知的障害のある園児は同じ外遊びなどはできませんでしたが、すべてのカリキュラムにクラス全員が参加していました。娘にとってはWくんも、Aちゃんも、Dくんも他の園児と変わらぬクラスメートでした。保護者参加型プリスクールであったことから私も園に行くことがたびたびあり、その様子を目にし、子ども時代の自分の日本での体験と違うことを知りました。

現在娘が通っているオカナガン地方(BC州内陸部)の公立小学校のキンダーガーテンクラスには、精神障害や発達障害を抱えた児童がいて、EA(Educational Assistant)と呼ばれる支援担当者が1人ずつついています。娘によると、時々Vちゃんは別の教室に行って別のプログラムを行うのだそうです。また、見かける頻度は少ないのですが、重度の身体障害の他、さまざまな障害を抱えているOちゃんは車いすにいつも横になっている状態で、大半を別の教室で過ごすことが多いのだそうです。それでも娘はOちゃんの話をすることがあり、同じホームルームのクラスメートなのだと教えてくれます。

このように「違うことが普通である」と抵抗なく娘が受け入れていることに、親である私は驚き感心し、しかもインクルーシブ教育が浸透しているBC州の子どもたちにとってはそれが当たり前であることを、娘のプリスクールに続き公立学校でも確認することとなりました。

インクルーシブ教育には、インクルージョンされる側だけに限らず、その場にいる全員にメリットが多いという研究結果があるそうです注2。メリットは、他人の気持ちに共感できるようになる、人としての成熟度が高まる、リーダーシップに長ける、社交性豊かになるといったものです。このメリットが個人で終わらず集団で高まることにより、世代全体がより公平な社会を作り上げることへと発展していきます。個々の違いを受け入れることで、いじめやハラスメントが減少し、学校やコミュニティの多様性を受け入れてお互いを尊重し、帰属意識が育まれます。アカデミックな面に差異が生まれるという考えから、たとえば学習障害者がクラス全体のレベルを引き下げるといったようなデメリットを思い描きがちですが、実際にはそのようなことはないそうです。

メリットが多くても、実践するのは困難です。この国がインクーシブ教育に対し大きな抵抗がないのには、次のような背景も要因になっているのではないかと私は考えます。カナダは1971年に世界で初めて多文化共生主義を唱えました。これにより、異なった人種の文化的背景を尊重しつつ移民を多く受け入れるようになりました。アメリカのように異なった人種が同じ土地でまじりあい新たな文化を生み出すのではなく、カナダではそれぞれの文化が独自のままに世代を超えて受け継がれていっています。ここオカナガン地方の小さな町にもたとえば日系の歴史が色濃く残されています。娘のクラスにも、娘をはじめ、英語以外の言語を日常的に使用しているクラスメートが存在します。障害だけでなく、文化や言語の違いを古くから受け入れる体制をとっていることが、インクルーシブな教育環境でも個々の違いを受け入れることに寛容さを生み出しているのではないでしょうか。また、カナダには個人の自主性や自立性を大事にする個人主義の文化があり、集団に帰属することでアイデンティティーを確認する日本と異なり、みんなが違っていいという考えが根底にあることもインクルーシブ教育が容易に浸透していった背景だと考えられます。実際に、公立学校では制服、体操着、上履き、ランドセルなど日本の学校に存在する全員共通のものはありません。全体で行う行事でも、たとえばダンスで同じ動きをする場合にも、日本ほどに同調していることはないです。児童の文化背景が違えば、毎日持参するおやつやお昼ごはんのお弁当の中身もさまざまです。

さらに、BC州は2020年にカリキュラムを大幅に改訂しました。「BC州の新しいカリキュラムでは児童・生徒が自ら学習の調整をすることを目標とし、これによってインクルーシブ教育や多様性を持った学習者への教育をサポートする」とあります注3。このように新しいBC州のカリキュラムは個人の発展を尊重する方向へと移行し、「個別の学習」(personalized learning)の項目には、「すべての児童・生徒が同じペースで、同じ学習環境のもと、同じ方法で習得に成功するとは限らない」と明記されています注4。たとえば、主に事務的な理由から増加しているスプリット・クラス(Split Class)と呼ばれる2学年が混在するクラスにも、広い意味でインクルーシブ教育と類似している点があるのではないでしょうか。学年が異なれば、同じ教科を勉強していてもそれぞれの目標が違います。そしてその差は実際には学年の差とは限らず、個人の差ととらえる方が学習者主体の教育と言えます。娘の来年のクラスを決めるにあたり小学1年の通常クラスを見学させてもらったことがありました。(娘の学校は公立学校内にモンテソーリ・プログラムが存在するため、通常クラスに進むかモンテソーリ・クラスに進むかを迷っていました)。小学1、2年の混合クラスではその日、算数の授業をしていました。簡単な足し算引き算のプリントを使用し、教員は主に小学1年生に合わせた授業をしていました。小学2年生には簡単すぎるのではと心配した私が児童のプリントを覗きこむと、与えられた課題を早々に終えた小学2年生の数人はプリントを裏返し、自ら算数クイズのようなものを書き込んで解いていました。先の授業で教員から指示があったのでしょうが、進み具合によって、時間をかけたり、もう少し難易度の高いことに挑戦したりという、学年ではなく個人の達成度の違いが学習に組み込まれた授業でした。BC州の新しいカリキュラムは、特別なニーズのある児童・生徒に限らず、個人のニーズに合った学習を推奨することで、インクルーシブ教育の大きな受け皿となっている感じがします。BC州ではこれまでも、特別なニーズのある児童への支援担当者(EA)や特別支援の先生(Special Education Teacher)の配置のための人材や資金問題がありました。サポートという細かい点における問題解決を目指すだけでなく、カリキュラム全体を俯瞰して見直すことで、そのバリアを緩和しようとするのも、柔軟なBC州の教育制度ならではという印象を受けます。

そして、主には保護者ですが、ここは個人が声を上げる社会であり、その声を拾い上げるコミュニティに力があり、それによって学校制度が影響を受けていくという点も興味深いです。Inclusion BC注5によると、インクルーシブ教育は1950年代に特別な支援を必要とする児童の保護者から声が上がり、実際に制度化されたのはカナダ人権憲章(Canadian Charter of Rights and Freedoms)が宣言された1980年代だったといいます。現在、ある地域では、多くの声が上がったことにより、インクルーシブ教育の素晴らしいモデル校が複数存在するといいます注6。自閉症の児童数が20年で7倍以上に膨れ上がり、身体障害を抱える児童も90%の増加がみられるそうです注7。こういった中からまた新たな声が上がり、新しいインクルーシブ教育の形を生み出すのではないでしょうか。

学校ではかつてのHandicapped(ハンディのある)やDisabled(障害のある)という障害を意味する言葉ではなく、Students with special needs(特別支援を必要とする児童)という表現を耳にします。ニーズを必要とする児童には、広範囲でとらえれば、たとえば娘も入り得るのかもしれません。我が家は家庭で日本語を話す機会も多いために、娘にとって英語で苦手な部分が出てくれば、それも特別な支援を要する意味でスペシャル・ニーズです。ある日、娘が学校から帰ってきて、「今日はHappy ABCクラブがあった」というので詳細を聞いてみると、どうやらクラスメート数人と一緒に担任ではない先生と別の教室へ行き、パソコンでアルファベットのクイズを体験してきたというのです。その数人には英語を母語としないもう一人の移民クラスメートの名前が上がりましたが、同時に英語を母語とするクラスメートも数人いました。家庭で問題があり一時的に情緒不安定で教室内で問題行動を頻繁に起こす児童もスペシャル・ニーズを抱えているということができます。EA(支援担当)をしている友人は、ある児童を1時間に1度連れ出し、体育館で15分ほど走らせたり、ボールを蹴らせたりするようなことがあると教えてくれました。医学的な診断を受けた特別支援が必要な子どもでなくとも、必要な支援があることをスペシャル・ニーズととらえることで、インクルーシブ教育は、児童・生徒個人の多様性に呼応する教育という、大きな幅をもった解釈ができるのかもしれません。冒頭の図1では、インクルーシブ教育の先に、多様性に対応する教育の図が描かれています。インクルーシブよりも一歩先のモデルを見据えることで、インクルーシブにとどまらず教育の形が進化していくのではないかと期待できます。

私は自身が日本人移民であるために、娘にも日本語と日本文化を継承してほしいという強い思いがあります。娘は、地域の日系会への参加したり日本語教室へ通学したり、家庭では日本語学習を行い、学校のお弁当にはおにぎりを持っていっています。また、私自身が地域参加として、図書館などで日本の紙芝居を用いて行っている文化紹介にも、参加させています。力を入れている半面、いつか娘が自分のもつ文化背景のせいで負の思いを経験するのではないかという不安もあります。キンダーガーテン・クラスへの入園の際に記すアンケートの中に「家庭で使われる言語・母語」という項目があり、「英語」以外に「日本語」を加えたことで、後に学校から連絡が届き、娘が英語を母語としない(ESL)児童というラベルを張られたことに、一時戸惑いを覚えたことがありました。実際には娘はカナダで生まれていて、環境言語は100%、そして家庭言語は半分(父親との会話)英語であるため、言語の比重は英語の方が大きく、英語が不自由だという目で見られる娘を不憫に思ったからです。のちに英語強化策としては、数回Happy ABCクラブに遊びに行ったという報告を受け、担当教員から経過観察していくという内容のメールが一度届いただけでした。こちらでの広い意味でのインクルーシブ教育だと考えると、むしろそれは恵まれていることであり、安心感を憶えるべきなのかもしれません。障害という特別なニーズ、さらには文化や言語の違いにとどまらない、児童・生徒個人の多様性を重視した教育を目指しており、実際にそうした教育が提供されていることを、移民として、親として、うれしく思っています。



筆者プロフィール

wakana_Takai_profile.jpg

高井マクレーン若菜

群馬県出身。関西圏の大学で日本語および英語の非常勤講師を務める。スコットランド、アイルランド、オーストラリア、ニュージランド、カナダなど様々な国で自転車ツーリングやハイキングなどアクティブな旅をしてきた。2012年秋、それまで15年ほど住んでいた京都からカナダ国ブリティッシュ・コロンビア州ビクトリア市へ、2018年には内陸オカナガン地方へと移住。現在、カナダ翻訳通訳者協会公認翻訳者(英日)[E-J Certified Translator, Society of Translators and Interpreters of British Columbia (STIBC), Canadian Translators, Terminologists and Interpreters Council (CTTIC)]として 細々と通訳、翻訳の仕事をしながら、子育ての楽しさと難しさに心動かされる毎日を過ごしている。

このエントリーをはてなブックマークに追加

TwitterFacebook

遊び

メディア

特別支援

論文・レポートカテゴリ

所長ブログ

Dr.榊原洋一の部屋

小林登文庫

PAGE TOP