座長:クリスティン・チェン[シンガポール](シンガポール幼児教育者学会代表)
発表者:陳 宝珍[マレーシア](陳小児・家族専門クリニック 小児科医)、テルマ・ミンゴア[フィリピン](デ・ラ・サール大学教育学部教育リーダーシップ経営学科助教授)、大庭 正宏[日本](社会福祉法人陽光福祉会理事長、太陽の子保育園園長)
チェン 本分科会では、マレーシアの陳先生、フィリピンのミンゴア先生、日本の大庭先生の順に個別発表をしていただき、「特別なニーズ」とは何かという根源的な問いを含め、そうしたニーズへの支援の課題や解決策について考えていきます。発表する先生方と会場の皆様との意見交換も、適宜、行っていきたいと思っています。
では、まず陳先生、お願いします。
発表1:「逆境的体験」という特別なニーズ(陳 宝珍)
陳 子ども一人ひとりのニーズに応じた適切な支援をするためには、そのニーズがどのようなものか、しっかり認識することが重要です。自閉症やADHDといった医学面・情緒面の「特別なニーズ」は目に見えやすいため、以前から支援が検討され、実現が図られてきました。しかし、特別なニーズには、個々の子どもを深く理解しなければ気づきにくく、したがって支援の必要性が十分に認識されていないものも多くあります。今回は、従来は顧みられることが少なかった特別なニーズの中から、家庭の機能不全や虐待といった「幼少期の逆境的体験」(Adverse Childhood Experience、以下ACE)を取り上げ、脳科学・神経科学の観点からお話しします。
まず、ACEを経験する人が具体的にどれほどいるのか、見ていきましょう。
1995-1997年、アメリカで中所得層1万7,000人を対象として、幼少期に家庭の機能不全(薬物乱用、両親の別居や離婚、母親へのDV、家族の収監)や虐待、ネグレクト、といった10項目に該当する経験があったかについて調査が行われました。その結果、4項目以上を経験したという人は約13%、1項目以上を経験したという人は約64%に達していました。性的虐待を受けたという回答も約21%に達しました。ACEが、いわゆる貧困層だけの問題ではないことがお分かりいただけると思います。
また、この調査において、4項目以上のACEを経験していると答えた人には、10代における性行動や性感染症、妊娠が多く、高度肥満症や自殺未遂、鬱、DVなどもよく見られました。
2011年にも、ACE経験についての調査がアメリカの成人およそ4万8,000人を対象に行われましたが、1項目以上のACEを経験したという人は55.4%、4項目以上を経験したという人は13.7%と、15年たっても状況は変わっていませんでした。
また、マレーシアのある大学で、学生300人を対象に、性的・身体的虐待を受けた経験の有無を無記名で調査したところ、約10%が家族から性的虐待を受けた経験があると回答しました。私は、この結果を見て、「虐待の被害者がそれほど多くいるのか」と驚きました。被害者には、社会的なレッテルが貼られてしまうことへの不安などから、通報しづらい環境があるのだと考えられます。
またこのような逆境的経験は、虐待やネグレクト、住宅リスク、社会情緒的健康を損なうこと等の形となって、次世代に受け継がれることがあると調査は示しています。加えて、母親の逆境的経験は産前産後の抑うつ症状や、その子どもの社会情緒面の不適応に関連してきます。これは単に社会的環境の影響だけではなく、今日では幼少期にACEを経験したことによる母親の遺伝子のエピジェネティックな変化により、その子どもに影響が及ぶとも考えられています。
以上のことから、大人は、子どもたちのACEの有無を見極め、今、ACEを経験している子どもたちにきちんと介入し、次世代への連鎖を断ち切る必要があると言えます。
経験や環境が脳の発達に非常に大きく影響する乳幼児期には、そうした大人の介入はとりわけ重要になります。脳には、何かを習得するのに最適な時期(感受期)があります。例えば、一般的に、第一言語(母語)については1〜3歳、第二言語については5〜7歳、音楽については7歳頃までの経験や環境が、習得に決定的な影響を及ぼします(図1)。さらに、感情のコントロールや数の概念といった様々な資質・能力についても、5歳までの時期が感受期であると言われています。就学前の子どもに、大人が適切にかかわることの重要性がお分かりいただけると思います。そのため、保育者はACEを含めた特別なニーズを把握し支援するという、非常に重要な役割を担うことになります。家庭に課題が多かったとしても、一貫してしっかり愛してくれる大人が身近にいれば、子どもの発達を支えることができます。
図1
また、7歳までに音楽、特に楽器を習うと、脳の発達にもよい影響があります。というのは、音楽は、目や耳を始め、体全体を使って習得していくため、右脳・左脳はもちろん、それらをつなぐ脳梁も刺激され、新しい神経細胞と神経回路、相互接続性が発達していくのです。
さらに、子どもは楽器を習う中で、先生からの度重なる注意を受け入れ、正しいテクニックを真似し、どんなにもどかしくても頑張ることを身につけます。そして、技術の習得と上達は、あきらめずに練習することで得られるものだと知るのです。たゆまぬ練習によって音楽のスキルを身につけると、達成感と、他の分野でもよりよく学べるという自信に繋がります。
子どもの成長を支える上では、子どもへの評価をどのように行うのか、検討し直す必要もあるでしょう。一般的に行われている「できないこと」を基準にした評価には、子ども一人ひとりに応じてゴールを設定したり、適切な早期介入を図ったりすることができるといった利点があります。しかし、そうした評価から分かるのは、あくまでも「今、できていない」ということだけです。習得のスピードは人によって異なるため、「今、できていない」からといって「今後もできない」と判断してしまってはなりません。たとえ時間がかかったとしても、目標に向かっていくことが大切なのです。大人は、そうした発達の個人差を理解する必要があります。そのため、「できないこと」を基準にした評価だけではなく、より長期的な展望に立った評価も設けなければなりません。
さきほどご紹介したACEのデータからも分かるように、隠れた特別なニーズをもっている子どもは少なくありません。また、特別なニーズは、学習を始め日常生活の様々な面に影響を及ぼします。そのため、子どもが困難を抱えているような場合には、大人がその要因を慎重に見極めなければなりません。例えば、家庭へのヒアリングを含め、その子どもが置かれている環境を詳しく把握するのです。そうしてこそ、真の要因を見つけることができ、早期にふさわしい支援の検討が可能になります。
チェン ありがとうございました。会場には、CRNの榊原洋一所長がいますので、陳先生の発表についてコメントをもらいたいと思います。
榊原 特別なニーズをもつ子どもの教育について、幅広い観点から様々な示唆をいただいたと思います。例えば、評価方法です。陳先生がおっしゃる通り、厳格なだけの評価方法では、特別なニーズをもつ子どもたちは非常に問題を抱えてしまいます。また、大人の役割の必要性も強調されていました。私は、幼児教育に関わる先生だけでなく、小学校の先生の役割も同様に重要だと思います。子ども一人ひとりとしっかりかかわり、ACEの体験をもつ子どもを見つけ、支援を充実させていかなければならないと考えています。
発表2:特別なニーズをもつ子どもの社会情動的スキルを育み、よりよいインクルーシブ教育を実現する(テルマ・ミンゴア)
ミンゴア 私は、フィリピンでの実践を紹介しながら、特別なニーズをもつ子どもたちへの教育のあり方について、2つの観点から検討します。
1つは、特別なニーズをもつ子どもへの、通常学級の教員の理解をどのようにして深めていくかという観点です。フィリピンの大学の教員養成課程では、特別支援についての科目とともに、インクルーシブ教育についての科目も必修とされていますが、インクルーシブ教育に戸惑う通常学級の教員も少なくありません。そこで、大学での学習だけではなく、現場でも、特別なニーズについて専門的に学習する機会を設けたり、医師やコミュニティのメンバーといった学校外の人材と連携する場を増やしたりしていく必要があるでしょう。また、インクルーシブ教育が、特別なニーズのある子ども、そうでない子どもの両方にいい影響があるということを意識づけしていくことも大切だと考えます。
もう1つは、特別なニーズをもつ子どもの社会情動的スキルを伸ばしていくという観点です。ある調査では、特別なニーズをもつ子どもの社会情動的スキルは、年齢、性別、障害の種類に関わらず非常に深刻な課題があるという結果が出ています。しかし、そうした課題がある子どもであっても、社会性を身につけたり、感情をコントロールしたりすることができるようになったという事例は少なくありません。
例えば、香港のある学校で実施した研究では、通常自閉症の子どもの療育に使うソーシャル・ストーリーをADHDの子どもへの介入に使用してみました。一人ひとりの課題に応じてソーシャル・ストーリーを作成し、調査の期間中、毎日読み聞かせるという方法です。使用されたストーリー・ブックは、例えば教員に注目されないと泣いてしまう、椅子から飛び下りてしまうなどといった、対象の子どもたちの個々の課題に対応した内容で、その行動について他人がどう思うか、周囲にどういう影響を及ぼすか、他の人はどのように状況に対処しているか、を学ばせることを目的として作成しました。この介入の結果、問題行動を減らすことができました。
また先ほど陳先生が発表されたように、虐待などのACEも、特別なニーズを生じさせる要因になります。フィリピンの貧困層の4~5歳児を対象にした調査では、嫌なことに対して「嫌です」とはっきり言うなど自己主張をする力や、自分の感情を認識し言い表すことができる、信頼できる大人を見分けることができるといったような自分を守るための知識を、適切な介入によって伸ばすことができるという結果が出ました。このような力は、例えば教室内でいじめを受けたとき、自分を守るために必要な力と言えるでしょう。
これらの例から分かるように、特別なニーズをもつ子どもに対しても、適切なサポートを提供することによって、社会情動的スキルを高めることができるのです。特別なニーズのある子どもたちが通常学級に適応していくためには、学習面のサポートや、同じ教室で学ぶ子どもたちや教員に対する啓蒙活動はもちろん、子どもたち自身の自己管理や自己認識、決定力、社会的な認知力などを涵養したり、対人関係をしっかり構築したりできるようなプログラムの策定が重要であると考えます。
チェン ありがとうございました。特別なニーズをもつ子どもたちへ適切な支援を提供し、尊重と受容の風土を作っていくことは重要なことだと思います。そうすることによって、学びのコミュニティの一員となり、所属意識を高めることになります。この所属意識は、全ての子どもたちにとって、クラスの一員であるという意識と参画の意識を育てるために不可欠なものです。どの国でも、特別なニーズをもつ子どもたちに、このようなインクルーシブなクラスを提供できるように願っています。先生方、会場の皆様、いかがでしょうか。
榊原 私は、小児科医として自閉症児やADHDの子どもたちに長年かかわってきましたが、日本における従来の幼稚園や保育所の多くは、そういった子どもたちの問題行動を防止するといった観点から、「○○をしてはいけない」というような対応をしてきたように思います。特別なニーズをもつ子どもが、教室の中でどのようにして自分自身を守るのかを学び、自分で教室の中に溶け込むことができるようにするという前向きな観点からの支援は、今後の特別支援を考える上で非常に重要であると感じました。
質問者A 私は、シンガポールで教育に携わっています。21世紀の教育は、子どもへの柔軟な対応が鍵になると思います。「この活動ができなければならない」「教員の指示にきちんと従うことができなければならない」といった、全員が一定の方向を目指す従来の教育観ではなく、子ども一人ひとりに応じた、多様性を尊重する教育観を確立することが重要です。そうなれば、よりよいインクルーシブ教育の実現につながるのではないでしょうか。
陳 インクルーシブ教育を発展させていくためには、クラス編成についての検討も必要になると思います。1クラス40人の中に、特別なニーズをもつ子どもが2〜3人いると、教員1人では行き届いた支援をすることは厳しいでしょう。教員を増やしたり、クラスの児童数を減らしたりすることが必要かもしれません。もしくは、発達段階など、年齢とは異なる基準で学年を分けるという方法も視野に入れるべきではないでしょうか。
チェン それについては、教育のシステムだけでなく、文化的背景も関係するかもしれませんね。インドネシアから参加されている先生のお話では、インドネシアの小学校において、2~3人特別なニーズのある子どもたちがいても全く問題がないということでした。周りの子どもたちも温かく接しているそうです。これは、子どもたちがありのままで、クラス内で見せてくれる長所を受け入れられ愛される、温かくオープンな文化が背景にあるのではないかというお話でした。一方で、より構造化され、柔軟性の低い、競争の激しい学校制度や文化の中では、インドネシアのようにはいかないこともあるでしょう。フィリピンではいかがですか。
ミンゴア フィリピンでもそれほど大きな問題ではないと思います。現在、フィリピンの公立学校では、子どもを広く迎えるという原則のもと、インクルーシブ教育が導入され始めています。その子どもの能力を最大限に引き出すよう、柔軟な対応をしています。柔軟性が高い分、ある程度のガイドラインが欲しいという教員たちからの声があるというのも事実です。フィリピンの小学校には、4年次以降、学習がよくできれば上の学年の授業を、学習に課題があれば下の学年の授業を受けることができるというように、柔軟な学年編成を導入している学校もあります。
質問者B ヨーロッパのある国の就学前教育の施設を見学したことがあるのですが、年齢別にクラスを分けないという、非常にシームレスな制度を導入していました。それでも、子どもたちには何ら問題なく互いに学び合う姿が見られ、驚きました。
チェン 温かい受容的な態度と、システムの柔軟性が、インクルージョンを促進するうえで重要と言えそうですね。
発表3:「特別な保育」からすべての子どもにメリットがある「普通の保育」へ(大庭 正宏)
大庭 私は、保育の現場にいる者として、日本の特別支援のあり方を考えたいと思います。
はじめに、日本の保育所における特別支援の現状と課題についてお話しします。一般の保育所では、1978年から、障害児の受け入れ人数に応じて、保育士を加配するための補助金が公費から交付されるようになり、受け入れが本格化しました。現在では、障害児3人に対して保育士1人を加配するというケースが多くなっています。そう聞くと、加配される保育士(以下、加配保育士)に対して特別支援の専門性を期待する保護者がいらっしゃると思いますが、日本の保育資格には、特別支援に特化したものがないため、加配されるのはあくまでも一般の保育士です。保育士養成課程には「障害児保育」という2単位の必修科目が設けられていますが、それ以上の知識・技能の習得は、学生や保育士個人の努力に任されています。
また、同年には、当時の厚生省の通知「保育所における障害児の受け入れについて」も出され、「保育所における障害児の保育は、障害児の特性等に十分配慮して健常児との混合により行うものとする」という方針が定められました。そこで、障害児と非障害児が同じ場で活動する「統合保育」が導入され、現在も続けられています。
統合保育の前提になっているのは、子どもを障害児・非障害児に二分できるという考えです。そのため、障害児にとっては、体験の幅を広げたり、自立性や協調性を向上させたりすることができ、非障害児にとっては、障害への理解を深めたり、思いやりの心を身につけたりすることができるとされ、両者に異なるメリットがある「特別な保育」として位置づけられています。しかし、発達の個人差が大きい乳幼児期においては、ある特性が障害か否かの境界は非常に曖昧なものであり、障害の有無の区分は慎重に検討する必要があります。また、仮に両者の境界を正しく設定することができたとしても、そうした区分自体が、障害児・非障害児という二項対立が生じる要因となるため、課題が少なくありません。
統合保育の現状としては、同じクラスに所属はするものの、基本的に障害児と非障害児は異なる保育環境、保育内容下に置かれ、可能な範囲でのみ両者が一緒に行動するという保育所が目立ちます(図2)。つまり、場を統合している意義を生かしきれていないということになります。そうした、非障害児との交流が限られている状況では、加配保育士ばかりが障害児と向き合うことになり、両者の関係が閉じられたものになりかねません。さらに、障害児への支援のノウハウも保育所内で共有されにくいため、加配保育士が入れ替わったり、加配が止まったりすると、継続した支援が困難になってしまうでしょう。
図2
そこで、支援が必要な子どもを特定するのではなく、子どもの多様性を考慮した環境を整え、一人ひとりの必要に応じて保育士が手を差し伸べられるような保育が求められると私は考えています(図3)。それは、真のインクルーシブ保育の実現であり、統合保育という「特別な保育」から「もっと特別なインクルーシブ教育」にするのではなく、「普通の保育」への転換でもあると思います。
図3
具体的に何をすべきかを考えるために、私は、インクルーシブ保育の先進国であるフィンランドの保育所の視察を続けています。そうした中で、インクルーシブ保育を実現するための最大のポイントは2つあると感じるようになりました。1つは、子どもの多様性を前提とした保育士の意識や知識・技能の涵養、保育のカリキュラムの作成といった「基礎的環境」の整備であり、もう1つは、個々の子どもへの「合理的配慮」です。従来の日本の保育では、合理的配慮は強調されてきたものの、基礎的環境整備についての議論は少なかったと思います。フィンランドの状況を視察し、その基礎的環境整備の重要さを感じました。それが出来た上で、合理的配慮を組み込むのです。
ここで私の保育所での実践を紹介します。
まず、基礎的環境の例を挙げると、子どもが1人になって心を落ち着けることができる場「リソーススペース」を設置しました(図4)。障害特性のある子どもだけではなく、どの子どもも自由に使っています。また、感覚統合(Sensory integration)を意識した遊びを取り入れたカリキュラムを作成しています。遊び方を見てもらえばお分かりいただけると思いますが、障害特性にかかわらず、どの子どもにとっても楽しいものです(図5)。保育士への研修にも力を入れ、月に1~2回、感覚統合の研究者や作業療法士といった専門家を講師として招いています。
図4 | 図5 |
次に、子どもへの合理的配慮については、例えば、音の刺激に過敏な子どもに向けて、音を遮断するイヤホンをいくつか教室に置いています。誰でも自由に使うことができるので、そうした特性がなくても、パズルをする時に集中したいなどの理由で使う子どもも珍しくありません。また、1日のスケジュールを始めとする伝達事項は、クラス全体に伝えるとともに、障害特性のある子どもには、しっかり理解できるよう個別に伝えますが、入園から3〜4か月経つと、そうした子どもも全体に伝えた時に理解できるようになるため、個別対応が不要になっていきます。
私の保育所が目指しているのは、「障害特性があっても生活しやすい」「みんなにとっても生活しやすい」の実現です。
子どもの発達は多様であり、個に応じた支援の実践という保育の基本は、非常に大きな価値があります。そうした支援の幅を少しずつ広げていけば、障害特性のある子どもを受け入れやすい環境が着実に整っていくと考えています。
チェン ありがとうございました。先生方、会場の皆様の意見を聞いてみましょう。
質問者C 統合保育の課題のところで、障害児と非障害児でメリットが異なるという話がありました。両者が同じメリットを得られるようにしてこそ、インクルーシブ保育が実現すると私は思っていますが、先生はいかがでしょうか。
大庭 まったく同感です。そのため、私の保育所では、紹介したリソーススペースを始め、子どもたちみんなにとってメリットがあるよう保育の環境を整えています。
質問者D 私には、肢体不自由のある2歳の子どもがおり、保育所に通わせることを検討中です。保育士養成課程には、特別支援を学ぶ科目が2単位しかないという話でしたが、そうすると、不安を抱えたまま支援を必要とする子どもを担当する保育士も出てくるのではないかと思います。どんな研修をすれば、自信がつくと思われますか。
大庭 私の保育所では、「専門的な知識・技能がなくても、障害特性のある子どもと向き合うことができる」という保育士間の合意形成を図っています。個に応じた支援という保育の基本は、障害特性の有無によって変わるものではありません。保育士には、子ども一人ひとりの実態把握や保護者との情報共有を始め、特別支援の専門性を身につけていなくてもできること、すべきことがたくさんあります。保育士同士の連携を強化できるよう、私を含めて全保育士が話し合う場を定期的に設けたり、保育士が保護者と力を合わせて子どもと向き合えるよう、保護者との個別面談を積極的に行ったりしています。
子どもの一番の理解者は保護者ですから、保育士と保護者のコミュニケーションは非常に重要です。私の保育所では、必要があれば、保育士が保護者とともに子どもの通院に付き添い、医師から話を聞くこともあります。そうすれば、家庭と同じように子どもに寄り添った支援を保育所でも実現できると考えています。
チェン 特別支援教育には、特別な資格や専門性が必要と思われるかもしれませんが、最も必要なものは、特別なニーズをもつ子どもたちを、まず、一人の子どもとして認識することだと思うのです。他のすべての子どもたちと同じように、愛され、尊重され、帰属感をもち、クラスに何をもたらすことができるかを認識されることが必要なのです。私たちは幼児教育に関わる者として、子どもたちの声に応え、彼らの貢献を認識し、彼らが特別な困難に打ち勝てるよう、医師や作業療法士などの専門家に相談することができます。
質問者E 保育園の経営と保育士養成に携わっている者です。今後の保育士養成校に期待することがあれば教えてください。
大庭 保育士に学びの場を提供してほしいと願っています。
フィンランドを始めとするヨーロッパの国では、保育士として実務経験を積んだ後、いったん休職して大学に通って特別支援の単位を習得する人が珍しくありません。そうした人は、ふたたび保育所に戻り、身につけた専門性を生かしています。一方、日本では、就職してからは、体系的に学問に取り組む機会が非常に少ないと思います。私は働きながら、お茶の水女子大学の社会人講座における榊原先生のゼミに、2年間ほど週1回のペースで通いました。時間的に大変な面がありましたが、保育への理解が非常に深まったと感じています。
ミンゴア フィリピンの特別支援を学ぶ学校には、学生だけではなく、保育士や教員を始めとする社会人も目立ちます。生徒のことを深く理解したいという気持ちで学びに来るのです。
陳 社会人がより学びやすい環境を整えていくべきだと思います。情報技術が発達・普及した今では、通学しなくても、空き時間を利用してインターネット上で講義を受けることができます。大学院などでも、そうした柔軟な履修を積極的に認めていけば、働きながらでも専門的な学びを深めることができるでしょう。
質問者F 私は、次男に障害があり、それがきっかけで障害や療育について学ぶようになりました。社会情動的スキルと基礎的環境整備の関係について、先生はどう考えていますか。
大庭 子どもが社会情動的スキルを身につける上で、基礎的環境整備は非常に大きな役割を担うと考えています。例えば、障害特性がある子どもの中には、パニックになって感情をコントロールできなくなってしまうことがあります。そこで、その子ども自身が、パニックになりそうになっている自分に気づき、心を落ち着けることができるような環境の整備が重要です。先ほど紹介したリソーススペースは、そうした目的で設置したものです。子どもが環境を活用し、パニックをセーブできるようになっていけば、感情をコントロールするスキルの獲得にもつながるでしょう。
また、障害特性のある子どもは、自己肯定感をもちにくいことが少なくないため、用意された環境が、子どもの自己肯定感を傷つけないよう配慮する必要があります。そこで、私の保育所では、「特別な子どものための特別なもの」としてではなく、「誰もが自由に使用できるもの」として位置づけ、環境整備を進めています。
チェン 非常に示唆に富む、刺激的な議論をすることができました。会場の皆様の熱意をもってすれば、それぞれの国での実践にこれを生かし、通常学級にいる特別なニーズをもった子どもたちの生活に変化をもたらすことができると思います。私たちは一人ひとりがそれぞれに「特別」なのであり、すべての子どもたちの「特別」さに気付き、それに寄り添っていくことは私たちの義務であると強調し、本分科会を終わります。ありがとうございました。
※この記事は、CRNアジア子ども学研究ネットワーク第2回国際会議の講演録です。