筆者は、長らく米国で、幼児教育、人間発達、家族関係など多方面の分野で大学の授業を担当してきた。また博士課程の学生として、これらの授業を数多く受講してきた。こうした経験から、米国の大学ではどのような保育関係の授業が行われているのかについて、日本ではあまり知られていない特徴的なものを紹介したいと思う。
これからの3回シリーズでは、筆者が現在ワシントン州立大学人間発達学部の講座で教えている「Guidance in Early Childhood Programs」(幼児教育プログラムにおける指導法)について、授業内容を紹介する。この科目は、当学部において、 幼児教育資格の取得を希望する学生の必須科目である。しかし、幼児教育を勉強している学生以外でも、受講することが可能である。受講している学生は、現役で保育職に就いている人も多い。筆者は、今学期(2022年春学期)で、担当するのは2回目であり、前担当教員(付属幼稚園の元園長)が作成した授業内容を基に授業を行っている。
この講座の目的は、「子どもの指導と学習の理論、子どもの行動の理解、効果的な指導を行うための家族や子どもとの関係の重要性、幼児プログラムにおける集団および個人指導のための効果的な方略とテクニックについて学ぶ」である。日本の保育士養成課程における「子どもの理解と援助」が内容的には、最も近いのではないかと思う。
この講座の中心課題は、子どもの行動の理解と効果的な指導法についてを学ぶことであるが、特に注目すべき学習課題として、授業の到達目標の一つである「保育室の環境が、子どもの行動にどのような影響を与えるかについて理解する」について紹介したい。この講座では、二つの主要レポート課題があり、その一つが以下に説明されている課題である。
課題の概要
この課題は、「未就学児のための保育室空間をデザインする」と説明されているが、二つのパートに分かれている。パート1は、保育室の設計図を描くことである。設計図は方眼紙を使うように勧めている。というのは、ただ間取りを描くのではなく、クラスの子どもの数に基づいて、必要な保育室の面積を割り出し(州によって規定がある )、それをもとに、環境構成を考えることが課題で重視されている点である。たとえば、ワシントン州では、子ども一人あたり、35 平方フィート(約3.25 ㎡)という面積基準が設定されている。またその場合、子どもの人数に対して、保育士が何人必要なのか、子どもの年齢を考えて割り出すことも、課題に含まれている。
パート2は、自分が創り上げた環境構成を説明するレポートを作成することである。ここでは、まず自分の保育観を述べ、それを基に、どのような保育室の環境を構成したのかについて、詳細に書く。具体的には、各活動内容や生活コーナーの説明と、それぞれのエリアやコーナーがなぜ幼児の学びにふさわしいのかを述べる。またその際、NAYEC(全米幼児教育協会: National Association for the Education of Young Children)の発達にふさわしい保育(Developmentally Appropriate Practice、DAP )を考慮することが求められる。また環境をデザインする際、安全衛生、子どもたちや保育士の動きの同線、騒音レベル、床材(汚れる場所、柔らかい場所など)、照明、家具の配置、教材の種類などを考慮し、家庭的な雰囲気、美的感覚を大切にするようにアドバイスしている。
学生たちには、この課題を作成するに際の、参考にするべきオンライン資料やビデオが複数提示されている(例, Siegel, 2010; Spaces for Children; Meaningful Makeover)。参考にすべき内容は多くあるが、例としては次のようなものがある。
- 環境は、私たちの子ども観や保育観を反映するものである。環境をデザインする保育士の価値観や知識、自身や子どもたちとその家族について語ってくれるといえよう。一日の生活の中で、長く過ごす場所である保育室が、子どもたちにとってもどういうものなのか、どのようにアイデンティティーを形成し、関係性を築き、家族とのつながりをどう育む場であるのか、など考えていく必要がある。また保育士のアイデンティティーを創り上げる場所でもある。(Curtis & Carter, 2003)
- 子どもが不思議に思ったり、好奇心をもったり、知的な働きかけをするような材料を環境の中に準備することが大切である。たとえば保育室の中の空気を、音の振動や物の動きなどを通して、子どもたちが発見するためには、どのようなものを用意したらよいか考えてみたり、光と色の関係、影や反射について探るために、自然の光、モビール、プロジェクターなどを取り入れてみることなどが例として挙げられる。特に、五感を揺さぶるような自然物(例:植物、水、自然光)を取り入れることが大切である。それだけでなく、私たちの地域にある自然物で、園にも環境として取り入れたらよいものについても考えてはどうだろうか。
- アットホームで居心地のよい環境は、そこにいる人たちとの強いつながりを生み出し、帰属意識と安心感をもたらす。屋内外を問わず、人々が心地よく集い、お互いを知り、さらにつながりを深めることができる環境を創ることが大切である。たとえば、保育室の色や家具、照明、素材などを工夫し、保育室全体に柔らかな印象を与えることが挙げられよう。また、園児や保育士の趣味、家族、文化を象徴するような事象を環境として飾ったり、園児や保育士の家族の写真を置いておくのも方法である。特に園児にとっては、悲しい時に自分の家族の写真を手にすることで慰められるという場合もあるだろう。また自分のロッカーが落ち着く場所である場合もあるかもしれない。ミニテント、布で作られた隠れ家、机の下など、いろいろな場所で園児が一人になれるような空間を作ることが大切である。
- 室内や室外の環境は、可塑性をもち、様々な目的のために使用できることが重要である。特に、プラスチックでできている市販の遊具よりも、貝殻、石、木片などの自然物を利用した方が、子どもたちの創造性が高まるであろう。しかし教材は、一定の目的のために使われるものと、いろいろな方法で使われるものとバランスよく取り入れることも重要である。子どもたちが一人、ペア、小グループ、クラス全体で活動できるような様々なレベルでの環境を構成することが重要である。
- 子どもたちの言語発達を高めることを重視した環境を構成することが重要である。雑誌、新聞、表や図、参考資料、説明文など、読み書きの材料を豊富に準備し、子どもたちが多文化、多言語の環境の中で育つことができるように環境を工夫してみよう。文字だけでなく、記号、アートなど様々な媒介で、子どもたちが自分のアイディアやイメージを表現できる機会や教材を用意することが大切である。
- Curtis, D., & Carter, M. (2003). Designs for living and learning: Transforming early childhood environments. Redleaf Press.
- Siegel, T. J. (2011). Quality environments for children: A design and development guide for child care and early education facilities.
https://www.liifund.org/wp-content/uploads/2011/03/LIIF-Quality_Environments_for_Children-2010.pdf
提出された課題例
次に、実際の学生たちがどのような環境をデザインし、それを説明したかについて、優れた課題を提出した二名の学生の例を紹介する。学生Aは、幼児教育を勉強している学生で、実際に家庭保育を行っている。学生Bはスポーツ科学専攻の学生で、副専攻として人間発達学部の授業を受講している。保育の現場経験はないが、最近介護の仕事を始めたばかりである。
学生が作成した保育室の環境図とその説明 | ||
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保育室の面積 | 754平方フィート(約70平米) | 1,000 平方フィート(約92平米) |
子どもの数 | 子ども10名 | 子ども18名 |
保育士の数 | 保育士1名 | 保育士2名 |
子どもの年齢 | 3~5歳児 | 4~5歳児 |
保育観 | ①保育士、子ども、子どもの家族との間の信頼や帰属感を促進する。 ②子どもの活動への参加ややり遂げる能力を実感できるようにする。 ③子どもへ尊敬をもつ。そのためには、それぞれの子どもがやりたいことに十分に取り組める教材の数、子どもが一人になれる空間、柔軟な日課、子どもの探求心を満たす教材、等を準備する。 |
①全ての領域における子どもの発達を大切にし、促進する学級共同体をつくり、育む。 ②大人と子どもの信頼関係を育む。これは、社会的・情緒的スキルの発達の基盤となるからである。 ③子どもたち一人ひとりと、前向きで思いやりのある関係を作り、維持する。 ④子どもたちの家族との相互作用を重視し、つながりを深める機会を頻繁に提供する。 ⑤子どもたちが様々な長所と改善が必要な部分をもっていることを認識し、大切にする。そのためには子どもたち一人ひとりのニーズ、興味、文脈に応じた様々な経験を提供する。子どもたち一人ひとりが、チャレンジ、サポート、思いやり、刺激などをバランスよく経験できるような様々な教育経験を提供する。 |
遊びや生活のコーナー | Entry Area(入口) 以下、3つのエリアについて説明する。 Dramatic Play(ごっこ遊びコーナー) Block Area(ブロックコーナー) Music and Movement(音楽&身体表現) 2.Quiet Area(静かなエリア) Fine Motor Manipulatives Area(微細運動、操作する教材を使うコーナー) Art Center(アートコーナー) Nap(お昼寝) 3. Creative Play Area(創造的な遊びのエリア)
Meal Time(食事の時間) Sensory Play (感覚遊び) Science Space(科学のコーナー) Kitchen Prep Area(台所の準備コーナー) Toileting and Hand Washing(トイレと手洗い) Storage(収納) 2つ目の収納庫には、季節ごとの教材や本、ローテーションで使用するおもちゃ、余分な紙製品(ペーパータオル、トイレットペーパーなど)、追加のクラフト材料などが収納されている。これらの材料は頻繁に補充されている。 |
Entry/Transition Area(入口と移行コーナー) Arts & Crafts Area(アート&クラフトコーナー) Eating/Activity Area(食事や活動コーナー) Food & Activity Preparation Area(食事準備コーナー) Exploration Area(探索コーナー) Bathroom(バスルーム) Music & Movement Area(音楽やムーブメントコーナー) Block Play Area(ブロック遊びコーナー) Fine Motor Manipulatives Area(微細運動、操作する教材を使用コーナー) Literacy/Circle Time Area(読み書きやサークルタイムコーナー) Dramatic Play Area(ごっこ遊びコーナー) |
考察
保育者養成で環境構成について学ぶ際、何が重要なのか、これらの学生の課題を参考にしながら、気づいたことを述べてみたい。
まず環境を構成する第一歩として、自分の保育観を書き出してみることが重要であると考える。たとえば、子どもの主体性を重視し、なるべく子ども自らが遊びを展開していけるような保育を理想としている場合、中に含まれる遊具(玩具)や教材なども可塑性があり、柔軟な日課、コーナー間の移動が比較的自由な保育環境を思い浮かべるかもしれない。自然を取り入れた保育を重視したいと考えている場合、保育室の様々なコーナーに、植物、自然物などを取り入れ、さらにそれぞれについて深く学べるような道具(例、虫眼鏡、顕微鏡、物差し、はかり)や図鑑などを常時おいて置くかもしれない。たとえば学生Aの場合、子どもの意思を尊重するためには、それぞれの子どもがやりたいことに十分に取り組める教材を用意することを保育観として書いている。それぞれの遊びのコーナーの説明では(ごっこ遊び、アートコーナー)、十分な教材が用意されていることが伺われ、子どもが一人が自分の要求を満たすことができる保育環境であることが推察された。
保育環境をデザインする次のステップとして、国や州(都道府県など)の保育室の居室面積基準(乳幼児の年齢による一人あたりの面積)について熟知し、それに基づいて面積を割り出すことが必要になってくる。またそれだけでなく、限られた面積を最大利用する場合、遊びのコーナーを昼食や昼寝の場所として多目的に使用する等、いろいろ工夫しなければならないことをこの課題を通して学んでいると考えられた。
保育環境について学ぶ際、子どもの安全や衛生面に最大限の配慮を行うことを学習する必要がある。学生Bは、保育現場経験はないものの、ハサミなどの危険性のあるものは、棚の一番上の段に保管することや、砂遊びや水遊びなどは(誤飲がないように)特に注意して大人が監視する等と説明している。学生Aは現在、保育士であることから、特にコロナ感染防止のためのソーシャルディスタンス、テーブルやベッドなどの消毒、子どもの手洗いへの徹底指導、侵入者を知らせる防犯ベル、消火器の位置の表示等、細かく述べていた。また保育室入り口の登園記録用紙は、家族構成がますます複雑化(シングル親、離婚家庭)する中、いくら家族でも事前の取り決めなしに子どもを引き渡すことはできないという徹底した安全管理を反映していると考えられる。
家庭との連携を密にするための具体的な保育環境の在り方について学ぶことが大切である。そのためには、保育室の入り口の環境は重要な役割を果たしていることがうかがわれた。保護者への効果的な連絡のための掲示板、保護者が安心して子どもを預けることができるよう保育士の資格が表示されていたり、子どもの作品を展示する場所も提供していた。また保育室の環境は、家庭に代わって子どもが生活する場としてリラックスできるように、じゅうたんを敷いていたり、家具や壁を中間色に統一するなどの配慮がうかがわれた。
遊びのコーナーの種類を把握することが保育環境の学びにおいて重要である。双方の学生ともに、「ごっこ遊び」「ブロック遊び」「アート&クラフトコーナー」「音楽&ムーブメントコーナー」「微細運動、操作遊びコーナー」「感覚、探索、科学コーナー」「読書、読み書きコーナー」が含まれていた。これらのコーナーは、アメリカの幼児教育施設で一般的にみられるコーナーである。特に学生Aは、これらの遊びのコーナーを動的エリアと静的エリアに分け、それぞれの遊びに集中できるような配慮がうかがわれた。またこれらのコーナーでの玩具や教材は、定期的にローテーションしたり、新しいものを付け足すなど、子どもの興味をひき、刺激となるように工夫されていた。
遊びだけでなく、食事や排泄、手洗いなどの生活面における環境構成について学ぶことも重要である。まず子どもの自立を援助するための方策として、自分でできることはなるべくやらせている。具体的には、子どもそれぞれが、自分のベッドを出し、片付けさせたり、援助なく自分で排泄ができるように「行く、流す、洗う、出る」の視覚サインが掲示されていることである。また学生Bが示しているように、バスルームが子どもにとって、保育室のどの場所からも見え、アクセスできるように配置されていることも、自立への環境づくりである。
保育環境を構成する際、収納棚の中など、外から見えない場所をどうしようするかについても配慮することが大切である。この二人のレポートからは、それぞれの遊びのコーナーの収納棚には、その遊びの教材などを中心に収納されていることがうかがわれたが、これは、コーナーが棚などで区切られているということが多いというアメリカの保育の特徴を表しているとも思われる。また学生Aのレポートでは、「バスルーム内の収納は、年少の子どもの用品や着替えを優先して入れておくようにしている」と書かれていたが、おもらしなど予想していない出来事が起こった時、即座に対応することが環境構成では重視されていた。
その他、今回の課題を通して、保育環境の構成は、外に向けて開かれていることが重要であることが、学生Aのレポートより洞察できた。例えば窓の役割として、保護者やクラスメートに手を振ってお別れしたり、工事現場の作業員やゴミ収集車、郵便配達車、スクールバスなど、地域の交通機関を観察する人気のスポットであると述べている。また別のドアからは、リスや鳥、葉っぱや風の動きを観察することができるとも書いている。子どもの視点に立って、それぞれの場所がどのような役割を果たしているのかを考えることが保育の環境構成では大切であり、それをうかがえるレポートであった。
筆者は、1998年に米国へ移住しており、日本の最近の保育情勢については、詳しいとは言えない。しかし平成元年の「環境を通して行う保育」は、今も日本の保育の原点であると聞いている。「環境を通して行う保育」について、日本の保育者養成における教育を検討する際、今回のレポートが参考になれば幸いである。
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文献
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