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【米国】アメリカの保育者養成の授業の例(2)~幼児期の子どもの行動理解と援助方法

今回はアメリカの保育者養成の授業の例(2)として、子どもの行動理解と援助方法について紹介する。特に子どもの葛藤(対立や衝突)における援助方法について、米国の大学で行われている保育者養成の授業の内容と特徴について述べる。

この授業で使用しているテキストは、Dan Gartrell著の「Guidance for Every Child : Teaching Young Children to Manage Conflict」(すべての子どもへのガイダンス:幼児の対立の対処法について)である。Gartrell博士*1は、オハイオ州で6年生の教師、ミネソタ州でヘッドスタート(米国連邦政府による低所得家庭の未就学児童を対象とした早期幼児教育プログラム)の教師を経験した後、ベミジ州立大学で修士号、ノースダコタ大学で教育学の博士号を取得。長年にわたり、ベミジ州立大学の児童発達トレーニングプログラムのディレクターと幼児教育および基礎教育の教授を務め、現在はベミジ州立大学の名誉教授である。業績としては、Young Children(全米幼児教育協会の機関誌)より論文を8本発表し、幼児教育関係の本を4冊執筆している。アメリカだけでなく、ドイツ、メキシコなどで300以上の基調講演、ワークショップ、トレーニングを行ってきたそうである。

Gartrell博士によると、子どもの葛藤(対立や衝突)は、子どもが自分を守り、ストレスを解消する目的で行われると著書で説明している。そして、そのような行動に対して罰を与えるような方法(著者はこれを「しつけ」と定義づけているが、しつけにも様々な解釈があるため、必ずしもネガティブなニュアンスを伴うとは限らない)は、幼児教育の中では効果的ではなく、望ましい実践ではないと捉えている。米国幼児教育界のバイブルである「Developmentally Appropriate Practice in Programs Serving Children from Birth through Age 8(発達にふさわしい実践、誕生から8才まで)」(Copple & Bredekamp, 2009)の中でも、しつけは避けるべきであることが強調されている。しつけの代わりとして、著者は「ガイダンス」を推奨し、その定義としては、「情緒的・社会的領域における発達に応じた適切な指導であり、学びのコミュニティのすべての子どもたちの健全な情緒的・社会的発達のために、専門家の指導力を駆使し、指導を行うことである」としている。さて、それはいったいどのような指導の方法なのか、まず、葛藤(対立や衝突)行動の捉え方について、著者の見解を紹介する。

誤った行動(Mistaken Behavior)とは

葛藤(対立や衝突)ゆえに生じる子どもの問題行動は、悪い行動なのではなく、誤った行動(mistaken behavior)として紹介している。葛藤(対立や衝突)は人間なら誰でも経験するものであり、どのように解決していくのかを学ぶことにより、効果的に対処できるとしている。著者は、乳幼児がそのような誤った行動を行う理由として、次の3点のレベルで説明している。

レベル1:実験的な誤った行動(Experimentation Mistaken Behavior)
これは、子どもが何かに夢中になり、自分の思う方向に進まない場合に起こる葛藤(対立や衝突)である。このレベルの葛藤(対立や衝突)への対応や解決は、次の2つのレベルに比べて容易である。また危険がない場合などは、子どもの葛藤(対立や衝突)に対してあえて介入せず、子どもがことのなりゆきから自然に学ぶように仕向けることもある。
例)ある幼児がパズルに夢中になり、次の活動に移る時間になっても、先生の指示を無視して、自分の活動を継続し、葛藤(対立や衝突)が生じる場合。

レベル2:社会的影響による誤った行動 (Socially Influenced Mistaken Behavior)
仲間に溶け込もうという思いや同調したいという動機付けから行う行動。影響力の強い子どもに同調することで安心感を得る場合などがある。
例)ある幼児が、家族または近所の子どもから、スラング(禁止用語)を学んできたらしい。園で車で遊んでいる時に、車輪がうまく動かないことでイライラし、「〇〇(スラング)、この〇〇(スラング)タイヤ動いてくれないよ!」と先生に訴え、葛藤(対立や衝突)が生じる場合。

レベル3:生存(満たされていない強い欲求)が原因で引き起こされた誤った行動(Survival (strong unmet needs) Mistaken Behavior)
非常に困難な環境で育っている子どもの場合など、そのストレスが脳の発達に影響し、誤った行動を引き起こすと説明する。トラウマを経験したり、トラウマを実際自分の目で見てしまった場合などが含まれる。
例)困難な事情がある家庭で養育されているある男児は、毎朝登園してくると、先生の誘いを拒否し、朝食のテーブルにつこうとしない。代わりに、スラングを使って周りを怒鳴りつけたり、物を投げ、対立が生じる場合。

誤った行動(Mistaken Behavior)への対処方法

ではこのような子どもの「誤った行動」に、保育士はどのように対処したらよいのだろうか。Gartrell博士は7つのガイダンス(「それぞれの子どもにとって励ましとなるような学びのコミュニティ―」「家庭との連携」「グループ会議」「まず落ち着かせる」「ガイダンス・トーク」「対立調停」「包括的ガイダンス」を挙げている。以下、それぞれのガイダンスについて、簡単に説明を加える。

  1. それぞれの子どもにとって励ましとなるような学びのコミュニティ―
    保育士にとっては、その子どものもつ気性や行動などから、関わりが難しい子どもがいるのかもしれない。しかし目指すのは、保育士の心の知能(EQ)や経験を用いて、全ての子どもと肯定的な関係を築くよう努力することである。そのためには子どもたちの発達にふさわしい取り組みを用意し、子どもたちの声に傾聴し、それぞれの子どもをよく理解し、信頼関係を作ることが重要である。

  2. 家庭との連携
    両親は、子どもにとって最初に出会い、一番大切な先生であるが、子育ては、特にひとり親の場合は困難な仕事である。また家庭の貧困、親の心の病やドラッグなどの依存症、子どもの気性の問題などがある場合は、どのように家族をサポートするかが問われてくる。温かい態度で絶えず接し、信頼関係を築き、家族がその子の良いところを伸ばしていけるような関わりが重要である。

  3. グループ会議
    ミーティング時には、その日の予定や計画などについて意見を交換し、クラスで起こっている問題などについても話し合うことが大切である。そこではお互いを尊重しながら意見に耳を傾けたり、話し合いをし、一緒に問題を解決する時間である。またGartrell博士は、保育士と子どもたちの「オープンエンド・ミーティング(Open-ended meeting)」についても紹介し、実際に起こっている葛藤(対立や衝突)、あるいは起こるかもしれない仮想の葛藤(対立や衝突)に対して、どう肯定的に対処するかについて、子どもたちと意見交換を行う時間が重要であると述べている。

  4. まず落ち着かせる
    Gartrell博士が葛藤(対立や衝突)へのアプローチとして強調しているのは、自分自身も含め、当事者や周りの子どもを落ち着かせることであると述べている。もし子どもが感情的になっている場合は、「自らその場を去る(Self-removal)」ように勧めることも、アプローチとして有効であるとしている。これは、子どもが怒りなどの強い感情を自分でコントロールすることを目的とした方法であり、本人がその場から離れることで落ち着かせる方法である。また周りの子どもに危害を加えている、あるいは加えようとしている時なども、その場を離れさせるのは有効な方法である。

  5. ガイダンス・トーク
    保育士または他児との衝突が起こった時、その子がさらし者にならないように気遣いながら、何が起こったのかその子の立場で話を聞き、どう対処したらよいのか、次に似たようなことが起こった時には、敵意の感情を表に出さず平和的に解決する代替行動をとるなど、対処法について話し合いをする。
    このガイダンス・トークの参考例として、米国の幼児教育トレーニングのビデオ、「I was here first(私が先だったのに)」(High Scope Educational Research Foundation, 2013)を紹介する。子どものいざこざ場面において、保育士がガイダンス・トークを用いて介入している事例である。またこの事例は、次の「対立調停」にも当てはまると考えられる。

  6. 対立調停
    対立調停とは、第三者(通常は大人)が、深刻な対立を経験している子どもたちに対して、それを和らげ、傷つけない方法で解決するよう導くことである。保育士へその方法を分かりやすく伝達し、また覚えることができるように、「対立調停のための5本の指の公式」が紹介されている。
    • 親指―まず葛藤(対立や衝突)の関係者全員(当事者、周りの子どもなど)を落ち着かせる。
    • 人差し指―子どもたちがこの葛藤(対立や衝突)をどのようにとらえているか情報交換し、共通理解を得る。
    • 中指―葛藤(対立や衝突)を解決するために可能な方法をブレーンストーミングする。
    • 薬指―葛藤(対立や衝突)の解決方法に皆が同意し、それを進められるようにする。
    • 小指―保育士は子どもたちの努力を見守り、認め、子どもたちと個別やグループで話し合いをし、葛藤(対立や衝突)の解決のプロセスを強化する。
  7. 包括的ガイダンス
    もし子どもの葛藤(対立や衝突)が繰り返されたり、深刻な問題が生じている場合には、さらに次のステップに進むことが必要になってくる。これは、担任だけでなく、その子どもと接する保育士たち、家族を交えて、どうしたらよいか話し合いを行い、共通理解を図ることである。家族とミーティングを行う時は、その子の良いところをまず親に伝えた上で、その問題がその子の成長全体にどのような影響を与えるのかについて保育士側の意見や思いを伝え、どのように対処していきたいのかについて、ガイダンスの計画を親と一緒に作成する。
学生の課題

この授業では、様々な事例場面を紹介し、自分が保育士ならどう対処するかについて、テキストやその他の参考資料に基づき学生たちが意見を出し合うことになっている。また学期の最後に以下の課題を課しているので、紹介したい。これは、子どもの葛藤(対立や衝突)に対して、どのように系統立てて援助を行うのかについてのレポートである。このレポートを作成するに際し、テキストだけでなく、Devereaux Center for Resilient Childrenより制作された「Facing the Challenge(困難と向き合う)」を視聴することになっている。このビデオでは、乳幼児のいわゆる問題行動について、保育士はどのように関わったら良いのか、その援助や計画の立て方について具体的に説明している。その7つのステップ(以下に説明)に基づき、学生は、次の課題を行うことになっている。

以下のシナリオに示された情報に基づいて、指導・行動計画を作成しててください。 対象児について(課題の説明文では、この対象児に関する詳細な情報が書かれているが、本稿では割愛)

上のクラスに移ったばかりの4歳半の女児ローズについてである。保育士から逃げたり、言うことを聞かなかったり、おもちゃを棚から叩き落したり、他児をつねったりする行動が増え、他児からもだんだん避けられるようになってきている。また登園時には親と離れる時に泣いたり、前のクラスの先生のところにクラスを飛び出して会いにいったり、なかなか新しいクラスに溶け込めないという状態である。ローズの両親は現在博士課程の学生であり、非常に忙しく、ローズの園へのお迎えは、年の離れた姉が行っている。またローズには、1才の弟もいる。家では就寝時にはかんしゃくを起こし、何度も夜中に目を覚ますという親の報告である。姉はそのようなローズの行動に対して、両親は甘やかしていると批判し、憤慨しているということである。クラスでは絵を描くことが好きで、30分もかけて、家族、妖精、お姫様をモチーフとした細かい絵を描き、自分の作品について保育士に話すのが好きだそうである。

  1. 対象児について、出来るだけ客観的に説明する。

  2. ターゲット行動(Target Behavior)を具体的に詳しく説明する。このターゲット行動とは、問題を生じさせるような行動であり、介入が必要とされるもの。その子だけでなく、他の子どもたちの学びを妨げていることから対処が必要である (例、他児を蹴ったり叩く、クラスの集まりに参加しない)。

  3. 対象児について今知っている情報以外に、計画を十分に練るためには、誰からどのような情報を収集すべきかを検討する(例:家族や前の担任から普段の子どもの様子を聞き出す。専門家に発達診断をしてもらう。対象児を1週間観察する)。

  4. 対象児がそのようなターゲット行動を行う理由について、子どもの視点や子どもをとりまく環境から考察する。通常は、何かを得るため、あるいは何かを避けるための行動である場合が多い (例:活動から活動への切り替えに慣れていない。友達とのかかわりのきっかけが見つけられない。親が忙しいので、愛情不足を感じている)

  5. 収集した情報に基づいて、代替行動(代わりとなる望ましい行動や姿)を検討する。その代替行動を基に、長期目標と短期目標を立てる(例、長期目標:友達や先生に自分の気持ちを伝えることができる、短期目標:自分が困った時は、先生を呼びに行く。先生の介入によって、自分の思いを他児に少しずつ伝えることができる)。

  6. 長期目標と短期目標を踏まえた具体的な介入方法について詳しく説明する(例、新しい担任との信頼関係を築くために、なるべく対象児が自分の好きな遊びに長く従事する時間を作り出し、質問したりほめたりしながら、関わるようにする。そのことによって、他児も対象児に興味をもち、よさに気づくことができ、関わりのきっかけが生まれる)。

  7. フォローアップ計画を立てる。次回の家族との面談まで、どれだけの期間を置く必要があるか、もし対象児の行動の変化が見られない場合はその理由を考えてみる。また成功または不成功をどのように評価するかについても含める(例:対象児がまだ登園時に親と別れる時に泣いている場合、早めに家族との面談を行い、家での様子を聞いてみる。友達とのいざこざが減少していない場合、引き続き対象児の様子を観察し、何か新しい問題が生まれていないのかも含めて検討してみる。評価方法としては、対象児が登園してから、どのような遊びに取り組んでいるのか、誰と会話をしているのかなどを記録し、介入方法の効果について検討する)。
おわりに

今回はアメリカの保育者養成の授業の例(2)として、子どもの行動理解と援助方法について、特に子どもの葛藤対立や衝突における対処法について、紹介した。

まず特徴として考えられるのは、多かれ少なかれ、どの子どもも経験する葛藤対立や衝突について、その背後にある子どもの発達や環境を理解しながら、どうかかわるべきかを分かりやすく、具体的に伝達することである。日本の場合でも、子どもの葛藤やつまずきなどを問題行動としてレッテルを貼ることを避け、どの行動にもその理由があるということを実践の中で重視している。そういう意味では、米国と日本では、保育理論としては共通していると考えられる。ただ異なるのは、米国の場合はそのような行動への対処を系統的に説明している点である。ここで紹介したDevereaux Center for Resilient Childrenのステップは、特別支援教育の個別教育計画(IEP)にも共通していると思われるが、障害をもつ子どもだけでなく、どの子どもに対しても、(1)家庭との面談、園や専門家との話し合いを通してさらなる情報を収集、(2)長期目標、短期目標を立て、それを達成するための援助方略の検討、(3)事後評価、などのプロセスを踏むことが長期的視点での子どもの発達援助につながり、保育の中では重要であるように思われる。

2022年の日本保育学会で、「異文化の視点より養育・保育・教育における「見守る」を検討する」というテーマで自主シンポジウムを行った。日本の保育実践における「見守る」研究を長く行ってこられた広島大学の中坪史典先生も関わってくださり、特に葛藤場面において、日本ではなぜ、どのように「見守る」保育が行われているのか、その暗黙的な文化的実践について討論を行った。このレポートで紹介したような子どもの葛藤対立や衝突における援助方法は、子どもが将来自分の力で問題解決し、感情をどのようにうまくコントロールするのかを学ぶことが重視されており、日本の「見守る」で示されている実践などと比べて保育目標が具体的かつ明示的である。このような比較文化の視点からも、「子ども理解」の方法について、今後また機会があれば報告したい。


    参考
  • *1 https://dangartrell.net/about-dan/
  • *2. Dan Gartrell, Guidance for Every Child : Teaching Young Children to Manage Conflict. Minnesota: Redleaf Press, 2017.
  • *3. Carol Copple, Developmentally Appropriate Practice in Programs Serving Children from Birth through Age 8. The National Association for the Education of Young Children; Third edition, 2008.

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筆者プロフィール
report_porter_noriko_02.jpgポーター 倫子(Noriko Porter)

金沢市出身。1987年より11年間北陸学院短期大学で保育者養成に携わり、国際結婚を経て1998年に渡米。2008年にミズーリ州立大学人間発達家族研究学科博士課程を卒業。現職はワシントン州立大学人間発達学科のインストラクター。2015年より安倍フェロ-として日本における調査研究を実施。テキサス大学医学部の精神医学行動科学学部客員研究員。立命館大学の人間科学研究所客員協力研究員。
保育の分野で幅広く研究を行ってきたが、最近では日米の子育て比較研究が主な専門領域。自閉症児を抱える子どもの親としての体験をもとにして執筆した論文「高機能自閉症児のこだわりを生かす保育実践-プロジェクト・アプローチを手がかりに-」で、2011年日本保育学会倉橋賞・研究奨励賞(論文部門)受賞。

※肩書は執筆時のものです

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