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【日本】幸せな人生を自分で築くためのレジリエンスを育てる~昭和幼稚園での「くまのこプログラム」の実践

要旨:

「回復力」「折れないこころ」などと呼ばれる「レジリエンス」*1は、ウェルビーイングを向上させる大切な要素の一つとされています。コロナ禍を経てその重要性はますます注目されていることから、一般社団法人日本レジリエンス教育研修センター(JRET: Japan Resilience Education Training Center)は、SEL(Social Emotional Learning、社会性と情動の学び)の考え方を基に、子どものレジリエンスを高めることを目的とした支援プログラム「くまのこプログラム」を開発しました。和歌山県田辺市の学校法人昭和幼稚園(以下、昭和幼稚園)では、2022年度から、SELのプログラムを年中児クラスで実践しています。実際のセッションの様子とともに、子どもや保育者に表れ始めた変容などについてCRNがお話を伺いました。
お話を伺った方
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学校法人昭和幼稚園
園長 こむぎ貞彦
(こむぎの字は、麦へんに耒。以下「こむぎ」と表記)
一般社団法人日本レジリエンス教育研修センター
代表理事 西田千寿子
「くまのこプログラム」導入の経緯
集団に適応しづらい子どもが増えている

昭和幼稚園は、1927(昭和2)年、旧田辺町の各宗派14ヵ寺で組織する仏教団体が開園した歴史の長い園です。「やさしく、かしこく、たくましい子ども」の育成を目標に掲げ、子ども主体の豊かな体験活動を通して、ゆっくりと自立に向かい始める姿を支える保育を大切にしています。

こむぎ(こむぎの字は、麦へんに耒。以下「こむぎ」と表記)貞彦園長は、小・中学校の教員・校長を務めた後、昭和幼稚園の園長に就任。保育者とともに園の環境や保育の質の向上に努めるかたわら、幼児期の子どもへの理解を深めるために大学と共同して愛着関係などに関する研究に取り組んできました。こむぎ園長は、長年にわたって子どもの成長を支える中で、感情のコントロールが苦手で、集団に適応しづらい子どもが年々増えていると感じていました。

こむぎ園長:最近、10年ぶりに小学校の入学式に参加する機会がありました。そこで見た子どもたちの様子から、集団の中でいづらさを感じている子どもの数が増えている印象を受けました。その要因の1つは、少子化の影響によって集団で遊ぶ機会が減ったり、世の中が清潔になり泥や虫に触れる機会がなくなったり、子どもがする経験が以前と大きく変化したことがあるかもしれません。

子どもが自立に向かい始め、自分でできることが増えていく幼児期に、自身の感情をコントロールして仲間と一緒に豊かな体験をしていくためには、どのような保育に力を入れていくべきかと、こむぎ園長は考えました。そして、子どものレジリエンスを高めることが成長の支えになるという考えに至り、2022年度からSELのプログラムを取り入れ始め、2023年度からは、「くまのこプログラム」を年中児クラスで実施しています。導入に際しては、保護者に対して、生活の中で子どもたちが様々な困難に直面した時に、諦めて何もできなかったり、怒りで自分を見失ったりすることを防ぎ、子どもたち自身が幸せな生活を自分で築いていけるように支援することが狙いであると説明し、理解と協力を求めました。

「くまのこプログラム」が目指すこと
全8回の体系的な学びでレジリエンスを高める

「くまのこプログラム」は、一般社団法人日本レジリエンス教育研修センター(JRET)がSEL(Social and Emotional Learning、社会性と情動の学び)の考え方に基づき開発しました。非認知能力であるレジリエンスや社会性の向上を目的として、海外の「フレンズプログラム」、「コンパッション・フォーカスト・セラピー」、「エクストラレッスン」などを参考に、日本の地域性や子どもの実態に合わせた独自の内容にしています。JRETは、「自らの力で解決していく子どもたちに育ってほしい」「幸せな子ども時代を過ごしてほしい」という願いの下、和歌山県内を中心に「くまのこプログラム」を実施しています。

「くまのこプログラム」は、約2か月間にわたり、1回45分間のセッションを全8回行います。「自分や友だちの感情に気づく」「自分自身を落ち着かせるための方法を学ぶ」「より社会的な行動をとる」など、各セッションの目標に応じて、子どもが楽しみながらレジリエンスを高められる活動を大切にしています。全8回のセッションの構成は次の通りです。

セッション テーマ ねらい
どんなきもち? いろいろな気持ちがあることを知り、自分や相手の気持ちに気づいていきます。
わたしのきもち、あなたのきもち 友だちの気持ちに気づいて、相手が困っている時は「ふわふわことば」*2を使うとよいことを学びます。
きもちとからだのサイン 悲しい時は涙が出るなど、自分の気持ちが表れる体のサインがあることに気づいていきます。
リラックスしよう! 体のサインが出た時は、深呼吸などリラックスをする方法があることを学びます。
いろいろなかんがえ 自分の気持ちの基になる考えがあることを知り、様々な考えを「とまれ(ネガティブ)」「すすめ(ポジティブ)」の2つに分ける方法を学びます。
かんがえをへんしんさせよう 「とまれ」の考えを「すすめ」に変身させて、前向きな気持ちになる方法を学びます。
こんなふうになりたいな! 将来なりたい自分を考えたり、憧れの人を見つけたりして、「こうなりたい」という自分をイメージします。
たすけてくれるひとをみつけよう! 家族や保育者、友だちなど、自分を助けてくれる多くの人に囲まれていることに気づいていきます。
※JRETの提供資料を基にCRNが一覧表を作成。

JRET代表の西田千寿子さんは、「くまのこプログラム」の狙いを次のように説明します。

西田:子どもが安心できる人たちや環境において、自分の思いや考えを伝え合い、セッションを重ねるにつれてレジリエンスを高められる体系的なプログラムとしています。重視しているのは、子どもが楽しめる活動にすることです。子どもは楽しいと感じると、日常の中でも繰り返し実践してスキルをいっそう高めていきます。それが友だちや保育者などとの関係の中にも広がって、園やクラスの風土をよりよくすることにもつながります。
昭和幼稚園での実践内容
認知行動療法に基づき、気持ちの基にある考えに働きかける

「くまのこプログラム」の活動内容について、今回取材した第5回のセッションの様子を交えて紹介します。

【第5回のセッションの概要】

第4回までに、嫌なことがあると涙が出るなど、自分の気持ちが体のサインとして表れた時にリラックスする方法を学びました。第5回では、そうした方法を使って心を落ち着かせた状態で、気持ちの基になる考えを見つめて、その考えをポジティブとネガティブに分けるスキルを身につけることを目標とします(写真1)。

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写真1 第5回のワークブック。セッションごとに目標に応じた活動が用意されている


西田:くまのこプログラムでは、認知行動療法の考え方を取り入れて、気持ちの基になる考えに働きかけます。それまでのセッションを通して、自分や友だちにはいろいろな気持ちがあると知っていますが、その基になる考えを「へんしん」させると気持ちも大きく変化することに気づいていきます。

第5回に考えを分ける体験をした後(写真1)、第6回では「とまれ(ネガティブ)」の考えを「すすめ(ポジティブ)」に変える方法を学び、「自分の考えを変えることができる」と理解していきます。その過程で保育者が大切にしているのは、ネガティブを含めて、あらゆる気持ちや考えを受け入れることです。

西田:スキルを学ぶために考えを分類しますが、ネガティブな気持ちや考えを否定しているわけではありません。例えば、「トマトが嫌い」という子どもに対し、「栄養のために食べないとだめだよ」と、無理に考えを変えさせるような働きかけはしません。子どもの考えを受け入れた上で、「トマトの代わりに別の野菜をたくさん食べよう」など、どうすれば前向きな気持ちや考えに変えられるのかを一緒に考えます。
【第5回のセッションの流れ】

1.くまのこたいそう(2分間)
毎回のセッションは、体操からスタートします。第5回のセッションも、子どもたちは大きな声であいさつをした後、保育者と一緒に歌を歌いながら全身を動かしました(写真2)。手足を大きく伸ばしたり、指先を細かく動かしたり、様々な動きがあります。体操によって身体を動かし、体をリラックスさせるとともに、脳を活性化させることを狙いとしています。

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写真2 毎回同じ体操をしているので、動きをしっかり覚えて、楽しそうに体を動かす子どもたち

2.活動(35分間)
第4回で学んだリラックスをする方法を皆で思い出した後、保育者が「怖いことがあったり、不安になったりしたら、どうする?」と問いかけ、皆で深呼吸(「しゃぼん玉呼吸」と呼んでいる)を行いました。

続いて、保育者が2体のパペット(くまの「くーちゃん」と、パンダの「ふーちゃん」)を使って、「すすめ」と「とまれ」の考え方を説明しました(写真3)。新しい友だちが来ると知らされた時、くーちゃんは「どんなこがくるのかとても楽しみ! きっとなかよくなれる!」と考えたのに対し、ふーちゃんは「へんなこっておもわれないかな。いっしょにあそべるかしんぱい」と考えています。ほかの場面でも同様に、くーちゃんとふーちゃんは対照的な気持ちと考えをもっています。

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写真3 パペットを使って、「すすめ」「とまれ」の考え方を説明する保育者

次に保育者は、信号は緑色が「すすめ」、赤色が「とまれ」であることを確認した後、いろいろな考えを「楽しい方に進んでいく『すすめ(緑色)』」と「いやな気持ちになる方に進むから止めた方がいい『とまれ(赤色)』」とに分けてみようと提案。「くーちゃんの考え方は、『すすめ』と『とまれ』のどっち?」と問いかけると、子どもたちは一斉に「すすめ!」と答えました。

そのように「すすめ」と「とまれ」を理解してから、グループに分かれて、ワークシートに描かれた4つの場面のイラストを見て、「すすめ」と「とまれ」の考えを見つける「しんごうゲーム」を行いました。各グループに保育者がつき、子どものつぶやきを拾い、吹き出しの形をした付せん紙に書きとっていきました(写真4)。グループ内でたくさんの考えが集まると、付せん紙ごとに「これは『すすめ』と『とまれ』のどっち?」と問いかけて分けて(写真5)、「すすめ」は緑色の紙に貼り、「とまれ」は赤い封筒に入れていきました(写真6)。

西田:文字を読めない子どももいますが、「発言した内容を書く」という保育者の行動そのものが、「自分の考えが受け入れられた」という安心感になり、信頼関係につながると考えています。
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写真4 子どものつぶやきを、付せん紙に書いていく保育者


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写真5 子どもたちから上がった考えを「すすめ」と「とまれ」に分ける作業


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写真6 緑色の紙に貼られた、たくさんの子どもたちの「すすめ」の考え

子どもたちは、イラストから読み取った考えを楽しそうに発言していました。例えば、3体のくまが走っているイラストでは、「1番になれそう」「2番だから早い方だね。まあ、いいか」「前のくまさんを追い抜かしたいなあ」「負けちゃいそう」など、いろいろな考えが出てきました。「走っているうちに、少しぐらい友だちにぶつかってもいい」という考えに対しては、「友だちが嫌な気持ちになるから『とまれ』だと思う」など、自分の考えを整理して伝える姿も見られました。

西田:いろいろな考えは「すすめ」と「とまれ」の2種類に分けられるものではなく、どちらかが正解というわけではありません。あくまでも考えを落ち着いて見つめ直すスキルを身につける練習として行っています。

「しんごうゲーム」を終えると、保育者は「赤い封筒に入った『とまれ』の考えは、もしかしたら『すすめ』に変えられるかも。次回やってみましょう」と話し、子どもたちの気持ちを次につなげました。

3.クロージング(8分間)
最後に、保育者が絵本の読み聞かせを行いました。活発な活動の時間に区切りをつけて、心を落ち着かせるためです。読み聞かせの後は、静かなオルゴールの音楽を流して、その日の活動を振り返りました(写真7)。保育者は子どもたちに、「『すすめ』と『とまれ』の考えを上手に見つけられましたね。不安や心配な気持ちは悪いことではありません。先生もそういう気持ちになりますよ。でも、そっちの方にどんどん進んでいくと、しんどくなって涙が出てくることもありますよね。そういう時は、止めた方がいい考えもあることを覚えておいてくださいね」と話し、セッションを締めくくりました。

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写真7 絵本の読み聞かせの後、その日に学んだことを子どもたちと一緒に振り返る保育者

◎ホームワーク:ファミリータイム
セッションの内容と日常生活を結びつけるために、毎回、家族と一緒に活動してもらうファミリータイムを設定しています。第5回は、「『とまれ』の考えを探してくる」という課題でした。

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子どもや保護者、保育者の変容
非認知能力やレジリエンスの育成が組織的な取り組みになった
こむぎ園長:子ども数人でトラブルがあった時、「これは赤の考えやなあ」「こうすれば緑になるんちゃうか』と、自分たちで話し合って解決する場面が見られました。今後も続けて園内に根づかせることで、子どもたちがもっと園や家庭での生活を楽しめるようになることを願っています。

保育者も、子どもが少しずつ変容していることを実感しています。

年中児クラス担当保育者:「くまのこプログラム」をきっかけとして、友だちの気持ちに関心をもつようになる姿が見られます。給食の時に隣に座る友だちがあまり食べられない様子を見て、「どういう言葉をかけるといいのかな」と自分なりに考えて、応援する子どももいました また、遊びの途中で、「これは赤の考えだよ」といった言葉をよく耳にします。

保護者からも、子どもの小さな変化を感じ取っているという声が聞かれました。

保護者A:大きく変わったという感じではありませんが、赤と緑の考え方を気に入っているようです。家でも「相手の気持ちを考えよう」「しっかりお礼を伝えよう」と意識する様子が見られます。小さな積み重ねだと思いますが、よい影響があると思っています。
保護者B:長期的な視点での効果を期待している
保護者C:小学生になれば、親の目から離れた場所で、友だちとトラブルになることがあると思います。そうした時に、「くまのこプログラム」で身につけたレジリエンスによって前向きな考えになれるとうれしく思います。

昭和幼稚園では、「くまのこプログラム」で学んだことが保育者間の共通言語となり、保育の質の向上がもたらされたという実感をもっています。

教頭:これまでも非認知能力やレジリエンスといった力の育成を意識していましたが、組織的な取り組みではなく、保育者の個々の考えに基づく対個人の支援が中心でした。「くまのこプログラム」の導入によって、保育者が方法論を共有することで、年中児の全員に同じ方針で働きかけることができるというよさを感じています。

レジリエンスは、逆境やトラブルで試される力であり、日常的に目に見える成果は見い出しづらい側面があります。しかし、昭和幼稚園での実践では、子どもの変化が随所に見られました。そうした成長が子どもの自立につながり、幸せな生活を自分で築く力となることが期待されます。


  • *1 レジリエンスとは、「回復力」「折れないこころ」などと呼ばれることがあります。困難な状況にもかかわらず、うまく適応する過程や能力、および適応の結果のことで、「精神的回復力」と呼ぶこともあります。
    出典:JRET(日本レジリエンス教育研修センター)
  • *2 「ふわふわことば」とは、言われると元気の出るような、優しい言葉、思いやりのある言葉。
筆者プロフィール
lab_01_154_01.jpgこむぎ貞彦(こむぎ・さだひこ)

学校法人昭和幼稚園園長。昭和45年、公立中学校着任。昭和56年以降、戦後の少年非行第三ピークを経験、発達心理学の視点からの子どもの特性の把握の重要性を知る。 平成20年、定年退職後、園長に就任し現在に至る。


lab_01_154_02.jpg 西田千寿子(にしだ・ちずこ)

一般社団法人日本レジリエンス教育研修センター代表理事。大阪大学大学院小児連合発達学科卒業。小児発達博士。紀南AD研究会事務局、カルチャーofキッズ運営委員、子どもの感性をはぐくむ会代表、昭和幼稚園アドバイザーも務める。幼稚園の教育アドバイザーも兼任。愛着に問題をもつ子どもたちのための研修会や若手教員を対象とした研修会なども開いている。
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