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【ノルウェー子育て記】第8回 インクルーシブ教育 異なる文化背景をもつ家庭と教育機関の連携

<本稿について>

※CRN編集部より:インクルーシブな社会を目指すために、今年度は世界各国の子育て現場の事例を収集しています。日本で展開するインクルーシブ教育の現場の課題解決にヒントになればと願っています。
本コーナーでは、フィンランドカナダBC州、ノルウェー(本稿)、ドイツNZ、インドなどの園や学校現場の取り組みをご紹介します。



インクルーシブ教育というコンセプトは、北欧の多くの教育機関や研究機関においても近年よく耳にすることがあり、話題とされているものです。インクルーシブ教育はすべての子どもが対象であり、発達特性や国籍、性別、年齢など関係なく誰もが自分らしく生き、学ぶためのものです。子どもたちにはそれぞれ、違った生育背景があります。今回は、その中でも異文化背景をもつ子どもたちのことに焦点をおいて考えてみました。

私の娘たちはスウェーデンで生まれ、スウェーデンとノルウェーの両方で教育を受けています。私の今までの印象では、どの教育機関も子どもたちそれぞれの個性を尊重して学校生活が送れるように配慮してくれていました。おそらくインクルーシブ教育という考え方は、北欧諸国の教育システムに受け入れられやすいのではないかと思います。しかしインクルーシブ教育と一口に言っても、その内容は非常に多岐にわたっており、子どもの年齢に応じてその教育の目的や方法は様々に異なってくると思います。私の職場は大学なので、そこへ来る学生は18歳以上の成年であり、社会人経験のある大人もいます。しかし、もちろんつい最近まで高校生だったという学生もたくさんいます。そういう学生と話をしたり、昨年から高校生となった長女の話を聞いたりすると、高校生は多くの点ですでに本人の意志が尊重されています。勉強の方法や進学について、自分で調べたり友人と話したりする機会がかなり多いようで、保護者はそれをサポートする役割にまわることが大きくなった気がします。つまり子どもの年齢が低ければ、当然ながら保護者が直接参加するインクルーシブ教育の割合は増えるでしょうし、子どもの年齢が上がれば、より個人の特性に合わせた方法がとられると思います。私の娘たちはスウェーデンの保育園に通ったのでノルウェーの現状はわからないのですが、実際にスウェーデンの保育園では保護者と先生の連絡がかなり頻繁にありました。家庭と保育園、または小中学校との間に良い理解関係ができていれば、インクルーシブ教育も自然にうまくいくということでしょうか。

宗教的習慣と食習慣

この点について興味深いノルウェーの調査がありましたので、取り上げてみようと思います。ノルウェーのスタヴァンゲル大学講師であるトゥベイテレイ氏は、スカンディナビア地域の保育園等における就学前幼児研究を対象にしたインクルーシブ教育について、2012年から2017年の間に発表された調査をまとめています(資料1)。これによると、いずれの調査においても共通して重要視されているのは子どもの家庭と保育機関との良い連携だといいます。同時に、近年は特に移民政策・難民政策によって、外国籍の両親がいる家庭が増えている現状も踏まえ、文化の違いや言語の壁を意識しすぎて、それが逆にインクルーシブ教育を難しくしているという側面があることも指摘しています。例えば、保育園と保護者が協力して何かに取り組むとき、お互いの考え方に相違があってうまくいかない場合には、それぞれが妥協して歩み寄るという方法が考えられます。しかし、各家庭の文化や言葉の違いを尊重しすぎて、すべての子どもが同じように何かを行うことが難しくなる可能性もあるということです。したがって、インクルーシブ教育の実現のためには相互理解と同時に、その文化の違いを埋めるための解決策も必要になるでしょう。

家庭と保育園の良い関係が有効に活用されるのは実際にどのような場面でしょうか。トゥベイテレイ氏の記事で興味深かったのは、宗教的、食習慣的に異なる文化背景をもっている家庭の子どもを、どのように保育園の従来の活動に取り込むのかという点です。宗教的な習慣と食事というのは毎日の生活に密接に関係しますから、この点については相互の深い理解が必要となるでしょう。

スカンディナビアの国々ではキリスト教の文化が根付いている地域が一般的ですが、それ以外の宗教的習慣をもつ子どもたちの文化をどの程度受け入れ、また同時にその子どもたちをどの程度キリスト教的文化行事に参加させるのか、というのは非常に繊細で難しい問題ではあると思います。異なる宗教をもつ保護者の中には、キリスト教的な行事に子どもを参加させることに消極的な人もいれば、他の子どもと同じように参加させたいという考えの人もいるそうです。多くの保育園では、そのような理由からキリスト教的行事などは、保護者主導で実施してもらうという方法も取っているとのこと。行事を準備しながら、それについて話し合い、共同で作業を行う過程を通してお互いの文化への興味をさらにもち、許容し、そして尊重するようになることを期待しているそうです。ほかに具体的な例をあげると、娘のスウェーデンの小学校では、宗教的な考え方から、体育の前の着替えの時間にほかの子どもたちと一緒に更衣室を使えない女子がいたそうです。先生はなるべくその生徒を他の女子と同じ部屋で着替えをさせたかったようですが、無理強いすることもできなかったので、別室での着替えを許可するという配慮が必要になったそうです。こういった場面でも、家庭と学校の良い関係と理解が非常に大事になると思います。一番良い方法を決めるというのはなかなか難しく時間がかかる作業になりそうですね。

食習慣の多様化とSDGs

さらに子どもたちの食習慣については、近年は選択肢のバリエーションが増えていて、それぞれの子どもに対応した給食を保育園や学校で提供するようになってきました。これは家庭と教育機関との良い連携が取れた結果の一つだと思います。

ノルウェーの小中学校には給食が無いので、スウェーデンの保育園と小学校の給食室で働いている友人たちに具体的な話を聞いてみました。多くのスウェーデンの保育園や公立小学校には給食センターから昼食が届けられ、そのメニューにはいくつか種類があるそうです。通常のメニュー、ベジタリアンメニュー、ビーガンメニュー、特別メニュー(宗教的な理由で食べられないものがある子ども用、アレルギーがある子ども用など)、希望メニュー(好き嫌いの多い子どもや、食の細い子ども用)と、かなり多様な子どもの食習慣に対応したメニューが届けられます。小学校の特別メニューや希望メニューなどはそれぞれ別の容器に入れられているので、それを申し込んだ生徒が受け取りに来るシステムになっています。生徒全員に温かい食事を提供し、学校生活を健全に送れるように生徒の食習慣に配慮して提供されている給食はどの家庭にとっても大変に有難いものだと思います。

しかし同時に考えなくてはいけない問題もあります。その日の給食のメニューによっては、通常のメニューよりもベジタリアンフードのほうが人気がある場合があり、どの生徒もそちらを選んでしまうため通常メニューの食べ物が大量に残ってしまったり、希望メニューを頼んだ生徒が他のメニューを選んでしまい、その日の希望メニューがそのまま廃棄されたり、特別メニューの申し込みを取り消さなかったため、誰も受け取りに来ないのにずっと食事が届けられたり、というようなことがよくあるそうです。生徒の多様な食習慣に合わせて給食を用意した結果、大量の廃棄食物が出てしまうのは大きな問題だと思います。これは、世界的に大きな目標として掲げられている「持続可能な開発目標(SDGs)」の目標に沿わない結果を生むことになってしまいます。

北欧では先進的な取り組みがされているように見えますが、その課題も浮き彫りになりつつあります。日本でインクルーシブ教育を推進していくうえで、その取り組みによってどのような影響が出るか、参考として海外の事例を挙げてみました。今後も慎重に議論を重ね、吟味して進めていく必要がありそうです。


資料1
https://www.uis.no/nb/laringsmiljosenteret/forskning/mangfold-og-inkludering-i-barnehagen#/


参考文献

Tveitereid, Kirsti (2018): Inkludering i barnehagens fellesskap: samarbeid mellom minoritetsfamilien og barnehagens personale: en systematisk gjennomgang 2012-2017. I: Paideia 16/2018: 33-45.

筆者プロフィール
下鳥 美鈴

ベルゲン大学(ノルウェー)文学部外国語学科准教授。東海大学文学部北欧文学科卒業。ストックホルム大学で修士課程を終え、ウメオ大学(スウェーデン)で博士課程を修了。言語学博士。
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