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【一人一人の違いに寄り添うために】第3回 マンパワーに頼らず、テクノロジーの力を活かす

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新型コロナウイルスの猛威を受け、当初は文部科学省が2023年まで5か年かけて整備する予定だったGIGAスクール構想が、2021年4月、前倒しになる形で一斉にスタートしました。これにより、小中学校では児童生徒一人一台のテクノロジー環境が実現しました。

私は2013年度から4年間、特別支援学校で教師をしていました。それまで障害児教育について専門的に学んだことのなかった私にとって、突然配属の決まった特別支援学校現場での経験は、試練の連続でした。子どもごとに理解度や習熟度の差を考え、一生懸命作成した「その子専用」の課題。そんな思い入れのあるプリントは、机に置かれるや否や、一読されることもなく、なぎ払われるのでした。読んでもらえないことには、どんなに趣向を凝らした課題設定であっても全く意味をなさない現実がそこにはありました。

かといって、大声を出したり叱ったりして無理やり課題に向かわせるのも、教育としては違う気がします。どうすればよいかとあれこれ考え試行錯誤した末、最も効果があったのがテクノロジー端末だったのです。

子どもはテレビやデジタルゲームが大好きです。液晶画面を提示すると、ほとんどの子が口を閉ざし、画面に集中します。日常的に焦点の定まらない子や、動きの止められない子も例外ではありません。それまで、教育におけるICT活用に疑念を抱いていた自分にとっては、考えを改めるのに十分すぎる光景でした。

これは後から知ったことですが、人間は発光する物質に注目してしまう傾向があるそうです。そこに多彩な色や愉快な音が加われば、なおさらですよね。生まれたての赤ちゃんも、怖いくらいに液晶画面を凝視する事実がそのことを物語っています。

このような実態も手伝ってか、当時から教育現場におけるICT活用は、普通学校よりも特別支援学校の方が進んでいました。一人ひとりの困りごとに寄り添う必要性が高いこと、アナログ教材では限界があること、クラスの人数が少ないことによる機器配備のハードルの低さなどが理由として挙げられそうです。諸先輩方の実践から学びながら、私も心機一転、ICT活用に踏み出したのでした。

中でも画期的だったのは、タブレット端末の出現でした。それまでのパソコンは、キーボードやマウスなど、画面とコントローラの遠隔性が子どもたちにとっては大きなハードルとなっていました。しかし、タブレット端末は液晶画面に直接触れて操作できます。より現実世界に近い、直感的操作が可能になったのです。それまで自発的な行動がほとんど見られなかった子が、家のテレビをしきりに指でスワイプしようとする姿が見られたと、ほっこりするような報告をお家の方からいただいたこともあります。

私が赴任した特別支援学校は、知的障害児を対象としたところだったのですが、そこでは文字を読むことが困難な子が多くいました。しかし、アイコンや絵でわかりやすくガイドされるので、子どもの力だけで十分操作ができるものが多いのです。音声や動画も再生できるので、理解の大きな助けとなることを実感させられました。

例えば、一日の始まりにその日の予定を端末に表示します。ある子は絵を見て見通しをもち、別のある子は終わったことを自分でチェックしながら次にやることを確認していきます。特に突発的な行事やイレギュラーな予定変更がある際は、目前で予定表を操作しながら変更の内容に関連する写真や動画を適宜見せることで、予定変更の苦手な子にとっても受け入れられるという効果が感じられました。

その瞬間に、目の前に具体的に提示できないものに対しても、端末は効果を発揮します。例えば作業の学習で草刈りをする際、刈る前の芝の様子を撮影しておいて、その写真を草刈りした後で見せます。すると、自分たちがどれだけ貢献したかを写真で比較することができます。その結果、時間を超えて目の前の芝の状態を確認し、達成感や自信につなげることができました。

また、個別学習でも端末は有効です。目と手の協応運動が課題の子は、明るい雰囲気の音や変化する映像を楽しみながら、画面上で動く対象を自主的に目で追って指を動かします。かけ算九九がなかなか覚えられないある子は、九九が歌になっている音楽を自分で再生して何度も耳から覚えようとしていました。漢字の読みが苦手なある子も、端末上でふりがなをふったり音声で確認をしたりしながら、自然と無理なく漢字が読めるようになっていきました。

GIGAスクールの完全実施から2年が経とうとしています。普通学校での活用状況はというと、地域や学校による違いもありますが、全体として導入後の活用は、進んでいるのでしょうか?周りの大人たちが「テクノロジー端末は害悪だ」「学習に必要ない」と、敬遠している学校も少なくないと聞きます。しかし、端末を必要としている子、端末があることで学習をスムーズに行える子が、クラスには確実にいるはずです。その子の存在を無視して日々の教育活動を進めているようでは、インクルーシブ教育なんて夢のまた夢です。

「活用したい気持ちはやまやまなのだが、難しくて活用が進まない」という学校現場の声も聞きます。実は、そんなに難しく考えることはないのです。今の端末の性能や操作性であれば、ほとんどの子が試行錯誤しながら、柔軟に使いこなせるようになります。私が特別支援学校で4年、その後の普通学校で4年の経験、さらに現在オルタナティブスクールで小学校1年生が難なくタイピングをしている姿を見ている経験からも、自信をもって言い切れます。

なにも高尚な使い方をしなくてよいのです。黒板を写真に撮って共有する、紙に書くかタイピングで打つかを子どもに選ばせる、インターネットで調べものをできる環境にする―そんな些細なことでも、これまでの授業の可能性は劇的に広がります。日々の学習のハードルを下げ、どんな特性をもった子も本質的な課題に集中して取り組める環境を作る。そのために、教師のマンパワーに頼るのではなく、テクノロジーの力を頼りながらケースバイケースで進めていくことが、すべての子にとってより幸せな学びの場になると思うのです。

注:文部科学省が「1人1台端末と、高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備することで、特別な支援を必要とする子供を含め、多様な子供たちを誰一人取り残すことなく、公正に個別最適化され、資質・能力が一層確実に育成できる教育環境を実現する」と定義して、進めた教育現場のIT化構想。


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筆者プロフィール
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蓑手 章吾(みのて・しょうご)

HILLOCK(ヒロック)初等部 校長。元公立小学校教員で、教員歴は14年。教鞭を持つ傍ら大学院にも通い、人間発達プログラムで修士修了。プログラミング教育で全国的に有名な前原小学校では、研究主任やICT主任を歴任。2022年4月、オルタナティブスクール・HILLOCK(ヒロック)初等部を開校。著書に『子どもが自ら学び出す!自由進度学習のはじめかた』『個別最適な学びを実現するICTの使い方』(ともに学陽書房)、共著に『知的障害特別支援学校のICTを活用した授業づくり』(ジアース教育新社)、『before&afterでわかる!研究主任の仕事アップデート』(明治図書出版)などがある。
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