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【一人一人の違いに寄り添うために】第4回 インクルーシブな学びの場は、夢物語でも何でもない

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現在、私はオルタナティブ・スクールを立ち上げ、毎日子どもたちと学びの場をともに作っています。14年間務めた公立小学校教師という、絶対的安定から独立した理由についてよく聞かれるのですが、一番の理由は「インクルーシブな学びの場をこの手で作り、この目で見てみたかったから」ということになるかと思います。そこに至るまでの、公立校での試行錯誤の日々について、今回はご紹介したいと思います。

最後の公立勤務校となった小金井市立前原小学校の4年間は、私にとって「公立小学校で現状、どこまでインクルーシブ教育が実現できるか」というチャレンジの日々でもありました。私にとってのインクルーシブの基準は「特別支援学校で出会った『あの子』がともに学べるクラス」です。『あの子』が学べるクラスであれば、他の多くの子にとっても安心して学べる環境になるはず。そんな視座で、これまでの「当たり前」を再構築していきました。

今日、公教育のほとんどのクラスで、画一一斉授業が行われています。みんなが同じレベルの課題を、同じペース、同じ方法で取り組み、同じ評価基準で優劣をつけられます。これでは『あの子』はおろか、多くの子にとって安心して学べる環境とは到底言えません。そこで取り入れたのが「自由進度学習」です。

自由進度学習は、主に算数からスタートしました。45分の授業を思い切って10分に焦点化し、終末10分の振り返りまでの25分間は、子どもたちが自分のレベルに合った課題を、自分なりのペース・方法で取り組めるようにしました。最初からうまくいったわけではありません。保護者や同僚からも苦言を呈されたこともあったし、諦めかけたこともありました。それでも続けてこられたのは、自由度を保証することによって、子どもたちが実際に生き生きと学ぶ姿を見せてくれていたからです。

挑戦を始めて3年経つ頃には、学年全体で、安定して自由進度学習を運用できるまでになりました。当時の5年生のクラスでは、小2のかけ算九九に取り組む子の隣で、高3数学に全力を出す子がいる光景が見られました。どちらも比較することなく、お互いがベストを尽くしていることを尊重し合うような、成長を喜び合う学びの場がありました。これなら『あの子』もこの授業にいられるなと、胸が熱くなったのを今でも忘れられません。

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理科や社会では、探究的な学びを多く取り入れました。例えば理科の宇宙の単元なら、教科書の内容を焦点化して伝えた上で、宇宙の起源やブラックホールなど、自分の興味関心に沿って、教科書を越えて自由に調べてまとめられるような授業にしました。これなら『あの子』だって、自分の興味に引きつけながら楽しく学べそうです。

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しかし克服できない壁があったのも事実です。その最たるものが評価。通知表は学校裁量ではありますが、保護者の要求や学校全体の決定を巻き込むことや、近隣の小中学校との関係性などから、従来の評価方法を廃止するのは容易なことではありません。数値評価があるということは、どうしても一定の評価基準で優劣をつけざるを得ないし、一律のテストを行わざるを得ない。そうすると、せっかく取り戻しつつあった学びの楽しさだとか、自分への自信だとかいうものは、冷水を浴びせかけられることになります。思うような評価がついていないと、親も不安になり、ついつい子どもや学校への当たりも強くなってしまう。もったいないなぁと感じていました。

評価をつけるとなると、該当学年の学びを定着させないわけにはいきません。たとえ四角形の面積の求め方をまだ理解してなかろうが、6年生になったら一斉に円の面積の求め方を学ぶのです。また、法令上、教科書は使わなければいけないことになっていますので、その子のレベルと違うからといって使用しないわけにはいきません。また法令という面で言うと、「算数は年間○時間以上」というように、標準授業時数というものも定められています。「漢字が苦手だからもっとやりたい」と本人が言っても、算数の時間にやらせてあげるわけにはいかないのです。

公立校は、とにかく忙しいですよね。好きなことをとことん調べたり、トラブルがあった時に解決に向けてみんなでじっくり相談したり、よりよいクラスを目指して試行錯誤したりするような時間は、長くは取れません。1年間で予定していた授業が終わらなければ大変なことになってしまうし、どうしたって効率重視、トラブルが起こらないようなシステムを大人が敷いてしまいがちです。しかし、それは本当に子どもたちのためになっているのでしょうか。本質的な学び、本質的な力につながっているのでしょうか。

私が思い描くそんな理想の学びの場を作るには、公立学校で多くの犠牲や迷惑をかけながら挑戦するよりも、自分の責任下で本質的だと信じていることをやろうと思い、独立を決意しました。現在校長を務めているヒロック初等部は、同じ思いや志をもった仲間や保護者、子どもたちが集まってくれています。

「この学習を、いつまでに、このレベルまでやらなければいけない」といったノルマも、成績も競争もない、ただただ学びの楽しさを存分に味わうスクールです。不登校だった子や特別支援学級に通っていた子、ギフテッドの子、生きづらさを感じてきた子、問題なく学校に通っていた子。多種多様な子どもたちが、学年という枠さえも取り払った自由な学びの場で、お互いを尊重し合いながら学んでいます。2022年4月の開校から丸1年が経ちましたが、子どもたちは「幸せになる力をつける」を合言葉に、伸び伸びとしなやかに生活しています。その姿は私の期待を上回るほどで、大人の方が多くの学びをもらっています。

インクルーシブな学びの場は、夢物語でも何でもない―。ヒロック初等部の成長を見ながら、そんな自信は確信へと変わってきました。ぜひ多くの方にも見てもらい、子どもたちの姿から学びつつ、理想の学びの場についてともに考え合えたらと願っています。

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筆者プロフィール
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蓑手 章吾(みのて・しょうご)

HILLOCK(ヒロック)初等部 校長。元公立小学校教員で、教員歴は14年。教鞭を持つ傍ら大学院にも通い、人間発達プログラムで修士修了。プログラミング教育で全国的に有名な前原小学校では、研究主任やICT主任を歴任。2022年4月、オルタナティブスクール・HILLOCK(ヒロック)初等部を開校。著書に『子どもが自ら学び出す!自由進度学習のはじめかた』『個別最適な学びを実現するICTの使い方』(ともに学陽書房)、共著に『知的障害特別支援学校のICTを活用した授業づくり』(ジアース教育新社)、『before&afterでわかる!研究主任の仕事アップデート』(明治図書出版)などがある。
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