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所長ブログ

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何か(ものすごく!)変だよ、日本のインクルーシブ教育(9) 国連監査で明らかになった日本の独特な解釈

国連の条約を批准した国では定期的に、きちんと条約で約束したことが守られているか国連の委員会による監査を受けることが条件になっています。

障害者権利条約を批准した日本は、2020年に障害者権利委員会による監査を受けることになっていました が、コロナで2年遅れ今年8月末に監査の結果が発表されました。

私はこのブログ等で日本のインクルーシブ教育は本来の「インクルーシブ教育」ではないことを訴えてきたので、どのような監査結果が出るのか首を長くして待っていましたが、私の思った通りの監査結果が8月22日に発表されました。

監査結果の骨子は、これから紹介しますがが、共同通信の配信したニュースの見出しがそれを端的に示しているますので、まずそれを以下に示します。

日本の障害児の分離教育をやめるよう要請

つまり日本のいわゆる「インクルーシブ教育」はこれまで私が訴えてきたようにインクルーシブどころか「分離教育」であると判断されたのです。分離教育は英語では「segregation」 と呼ばれ、インクルーシブの語源である「inclusion」のいわば反対語です。

インクルーシブ教育とは端的に言えば、「すべての生徒が、その住んでいる地域の年齢相当の普通学級 (regular classes) に迎え入れられて通学し、学習しながら学校生活の活動全てに参加貢献する、ということ」(カナダNPOのInclusionBCサイトより筆者訳*1)です。もっと簡単に言うと「障害のある子どもを通常学級で教育するということ(Exceptional Children, Heward WL 2003, 邦訳『特別支援教育』明石書店)」となります。

国連の障害者権利条約では、これを「一般的な教育制度」と呼び次のように求めています。

障害者の権利に関する条約 第24条2*2
締約国は、1の権利の実現に当たり、次のことを確保する。
(a) 障害者が障害に基づいて一般的な教育制度から排除されないこと及び障害のある児童が障害に基づいて無償のかつ義務的な初等教育から又は中等教育から排除されないこと。
(b) 障害者が、他の者との平等を基礎として、自己の生活する地域社会において、障害者を包容し、質が高く、かつ、無償の初等教育を享受することができること及び中等教育を享受することができること。
日本の外務省や文科省の担当官は、障害者権利条約にいう「一般的な教育制度」あるいは「義務的な初等教育」が、インクルーシブ教育の定義で述べたものであることは当然知っていたはずです。しかし文科省が設置した委員会では、特別支援学校や障害者団体の代表が、以下の議事録内容からも分かるように、インクルーシブ教育を、特部支援学校を廃止する制度であると誤解し、強硬に反対したのです。インクルーシブ教育体制は、地元の学校の中に現在の特別支援学校の機能を移すという大きな機構改革を前提としたものであったのに、それを特別支援学校廃止というように曲解してしまったのです。
委員会で述べられたそうした意見をここに紹介します*3

「私は、全国特別支援学校長会の会長でございます。全国に特別支援学校が約1,000校ございます。このところ増えております。そして、児童・生徒数は11万人を超えました。その中で今回一番発言したいのは、インクルーシブ教育システムといったときに、特別支援学校はそのシステムの中で機能していると、今、一応考えています。といいますのは、一人一人のニーズに応じたきめ細かい教育をし、最大限能力を発達させること、そして、共生社会への実現に向けて進路指導、初等教育等も充実させて社会に送り出す、そういう教育を実践しているわけですから、このインクルーシブ教育システムの中に特別支援学校はあるんだと考えております」

「親御さんたちは、この推進会議の中で特別支援学校が廃止と、席上でコメントが出ましたことで、大変驚いたというのが実態でございます。学校がなくなってしまうのかということで、今でも私の事務局のほうに、『〇〇さん、どうなっているんですか』というようなメールが届くこことがあります。中には、学校がなくなってしまうという恐怖感さえ思い浮かべるという親御さんの切実な声が届いております。そういう極端な議論にはもちろんならないようにと願ってはおります」

既に条約は批准してしまったにもかかわらずこのような反対意見が出たためか、文科省と外務省は、特別支援学校もインクルーシブ教育体制の一環であると言う日本独特の理解を、英文の解釈という形で示す方法を取りました。その時の文科省と外務省のやりとりが記録に残っています*4

(文科省)
障害者の権利に関する条約第24条にある「general education system (教育制度一般 (ママ) ) 」について、外務省に照会したところ、以下の回答があった。

(外務省)
条約第24条に規定する「general education system (教育制度一般) 」の内容については、各国の教育行政により提供される公教育であること、また、特別支援学校等での教育も含まれるとの認識が条約の交渉過程において共有されていると理解している。したがって、「general education system」には特別支援学校が含まれると解される。 (第7回特別委員会資料4)

この外務省の文章「特別支援学校等での教育も含まれるという認識が条約の交渉過程において共有されていると理解している)」には「認識」と「共有」と「理解」の3つの述語に主語がなく、外務省の誰が責任をもっているのか皆目訳の分からない文章です。これが私の受けもつ学生のレポートでしたら落第点です。(尤もこれは意図的に主語を落としたのだと私は睨んでいますが)。

ここが、そもそもの始まりだと私は思っています。日本の方針は世界で共有されているinclusionではなく最初から分離(segregation)するというものだったのです。

このような日本独特の解釈で実行された「インクルーシブ」教育が国連の監査で認められるはずはなく、権利委員会ではこのような分離教育(segregation)によって特別支援学校に就学する児童生徒数がむしろ増えている状況を問題視し、改善するように要請がされたのは(私にとっては)当然の論理的帰結でした。

権利委員会の委員長にラスカス氏は特に懸念を示して、次のように述べています。
「ラスカス氏は、障害をもつ子どもの教育に関して見られる後退について懸念を示しました。ある新しい法令は、障害を持つ子どもの分離教育をむしろ推し進め、子どもたちに医学的検査を受けさえ、その結果インクルーシブ教育を拒否するようになっています。監査委員会のある専門家は(障害を持つ子どもの)通常学級へのアクセスとインクルーシブ教育の促進の方針と戦略の策定を要請しました」(以下原文*5を筆者訳)
Mr.Ruskus also expressed concern about regress observed as regards the education of children with disabilities. Some new national legislation promoted special segregated education of children with disabilities, subjecting them to a medical assessment, resulting in the denial of inclusive education. A Committee Expert asked about policies or strategies for promoting accessibility in regular schools and inclusive education.

残念ながらこうした帰結は私も予想していたことです。監査を受ければわかってしまうのに、どうして条約に準拠した教育体制改革を行わなかったのか私には理解できません。

しかし、国連のレポートをさらに読み進めるうちに、権利委員会の審査に対して答えた日本の代表団の恥ずかしい答弁に出会ってしまいました。日本の現状を次のように報告しています。わかりやすい英語ですのでその部分は私の翻訳の後に原文をのせておきます。

日本代表団の回答
教育においては、障害のある子どもは自分の意見を表明する機会が与えられている。障害のある子どもは普通学級に行くか、特別支援学校行くか選ぶことができる。多くの子どもが普通学級を選び、そこでは政府の資金による特殊教育が献身的なスタッフによって提供されている(筆者訳)。
Responses of the delegation *5
In education, children with disabilities had the opportunity to express their opinions. Children with disabilities had the choice whether to attend normal schools or special schools. Many children chose to attend normal schools, where they received special support from dedicated staff provided with Government funding.

これを読んで私は恥ずかしさを通り越して怒りを感じます。

小学校入学前の就学相談会では、基本的に教育委員会の方針が優先されること、また普通学級で困難を抱える子どもが、往々にして特別支援級に転籍することを学校から強く求められること等々、既に監査によって具体的事実を知っている国連の監査委員会に、どうしてこうした事実に反する内容を、臆面もなく言うことができるのでしょうか。



筆者プロフィール
sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。小児科医。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)、「子どもの発達障害 誤診の危機」(ポプラ新書)、「図解よくわかる発達障害の子どもたち」(ナツメ社)など。
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