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何か(ものすごく!)変だよ、日本のインクルーシブ教育(10) 教育の分離を拡大させてよいのか?

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国連の障害者の権利条約の監査結果が発表され、SNSなどで数千を超える意見が寄せられています。さまざまな意見の中で目立つのが、「現在特別支援学校に通っている子どもを、普通学級にそのまま入れても、周りについていけない、いじめられる」などといった障害をもつお子さんの保護者からの、国連の監査結果に対する反対意見です。

誤解を恐れずに言えば、こうした反対意見は、前回のブログで紹介した特別委員会の一部の意見と同じく「インクルーシブ教育=特別支援学校がなくなり子どもの居場所がなくなる」という誤った理解に基づくものと言わなくてはなりません。

インクルーシブ教育が目指すのは、障害のある子もない子も一緒に地元の普通学級で、それぞれの特性に合わせた教育サービスを受けることのできる環境です。決して現在特別支援学校に通っている子どもを、現行の普通学級に「放り込む」といった乱暴なものではありません。インクルーシブ教育の確立は一朝一夕に達成できるものではなく、長い時間とお金がかかります。また現行の教育体制には、手直しといった一過性の変更ではなく、構造改革とでも言うべき大きな変革が必要になります。

国連では、なぜこのように手間とお金のかかる変革を進めているのでしょうか? それは人類の歩みを止めることのできない、社会変革の流れがそうした方向であるからです。専制、隷属から、自由平等、人権の保障といった人類史の流れは、多様性の尊重と立場や考え方の異なる人々による共生社会を目指しています。これは世界では同時進行のプロセスであり、日本だけ例外というわけにはいかないのです。

国連も国や地域によって障害者の権利状況、状態に差があることを理解しています。すぐにインクルーシブ教育が実行できなくても、徐々にその方向に進めてゆくことで可としています。しかしそれでも今回2回目の監査で国連の委員会が「分離教育をやめるように」という強い勧告を発せざるを得なかったのは、条約批准以降、徐々にインクルーシブ教育を進めて行くと約束した日本において、むしろ分離教育が拡大してゆく傾向が見られたからです。

権利委員会の委員長の言葉の中にある「後退」(regress)とは、条約を批准した後も、特別支援学校や特別支援学級に在籍する児童生徒数が増加の一途を辿っている日本の状況を指したものです(図1参考)。

条約批准のすぐ後からすでに、特別支援学校に在籍する児童生徒数は増え始めており、その傾向が現在も止まっていない事態を、国連の委員会はインクルーシブ教育ではなく、分離教育が拡大している事実と受け取ったのです。外務省によるgeneral education system(教育制度一般)の字義的解釈(前回参照)に示されているように、そもそも日本ではインクルーシブ教育ではなく分離教育で行くことを決めていたのですから、こうした事態は驚くべきことではなく、当然の帰結であったのです。

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図1 特別支援学級在籍者の推移

出典:文部科学省 初等中等教育局 特別支援教育課「特別支援教育の充実について」
https://www.mhlw.go.jp/content/000912090.pdf


現時点で日本が取れる論理的な選択肢は、2つしかありません。国連の委員会の勧告に従って、分離教育を改めるか、あるいは条約批准国であることをやめるしかありません。

自由と人権の推進が人類全体の行くべき道だとすれば、日本が後者を選択することの意味は説明するまでもなく、世界の中で孤立の道を進むことです。



筆者プロフィール
sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。小児科医。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)、「子どもの発達障害 誤診の危機」(ポプラ新書)、「図解よくわかる発達障害の子どもたち」(ナツメ社)など。
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