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所長ブログ

Director's Blog

発達障害の診断名について

先日、このサイトの発達障害特集ページを見た読者からメールをいただきました。その中で、私のブログなどでのADHDの日本語表記が「注意欠陥多動性障害となっているが、国際的な診断基準のバイブルになっているDSM-5での診断名は、注意欠如多動症なので、誤りではないか」とのお問い合わせがありました。

ここで、発達障害関連の診断名の表記とその変遷について、簡単にご説明いたします。 ご存知のように、アメリカ精神医学会(American Psychiatric Association)が発刊している「精神疾患の診断・統計マニュアル」(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders: DSM)は60年以上前から世界中でよく使われている精神疾患の診断基準集です。定期的に改訂が重ねられ、現在のもの(原文)は第5版(DSM-5)です。ちなみに第3版(DSM-Ⅲ)は1980年、第4版(DSM-Ⅳ)は1994年、そして第5版(DSM-5)は2013年に発表されています。また大きな改訂の間にも、小改訂が行われDSM-Ⅲ-R(1987年)、DSM-Ⅳ-TR(2000年)、また最近DSM-5-TR(2022年)が発刊されています。なお、R(Revision)は診断基準そのものの改訂、TRはText revisionの意味で、診断基準は変わっていないが、説明文に変更が加わっているという意味です。またDSM-5では、ローマ数字(Ⅴ)を使うことの煩雑さを避けるために5がアラビア数字になっています。

また、それぞれの版の日本語版が、原文の出版1~2年後に出版されています。 診断基準の改訂とともに、診断名にも改訂が行われていますが、その原文と邦訳名の変化を表1に示します。(カッコ内は邦訳名)

現行の診断名略称 DSM-Ⅲ(1980) DSM-Ⅳ(1994) DSM-5(2014)
ADHD Attention-deficit hyperactivity disorder(注意欠陥・多動障害) Attention-deficit/hyperactivity disorder(注意欠陥多動性障害) Attention-deficit/hyperactivity disorder(注意欠如・多動症/注意欠如多動性障害)
ASD Autistic disorder(自閉性障害) Pervasive developmental disorders(広汎性発達障害) Autism spectrum disorder(自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害)
LD Academic skills disorder(学習能力障害) Learning Disorders(学習障害) Specific learning disorder(限局性学習症/限局性学習障害)

さて、日本で発達障害についての社会的認知が広がったのは1990年以降であり、また通常学級の子どもの6.3%がADHD、ASD、 LDいずれかの診断基準に当てはまることが文科省調査でわかり社会的に大きな反響を呼んだのは2002年で、それ以降、注意欠陥多動性障害、広汎性発達障害、学習障害などの診断名が世の中に広まりました。

この間、DSMの改訂ごとに診断名の英語表記も変わったものの、ADHDとLDについては基本的な診断基準に大きな変更はありませんでしたが、ASDはDSM-5で診断基準そのものが大きく変更になりました。LDについてはlearning disorderの頭にspecificという言葉がつきました。ADHDではdeficitとhyperactivityの間に/(スラッシュ)が入っただけで、基準・名称ともに変化はほとんどありません。

DSMの日本語版は、ある医学出版社がずっと引きついで出版していますが、翻訳者の間で、精神疾患の診断名から「障害」という言葉を廃し「症」に置き換えようという意見が強くなり、それが日本語訳に反映されています。しかし、この意見は、医学界全体の意見ではありません。社会的に定着している「知的障害」を「知的発達症」としてみたり、「学習障害」を「学習症」、「行為障害」を「素行症」とするなど、やや無理な提案がなされているようにも感じます。ちなみに筆者の所属する小児神経学会では、ADHDについて「注意欠陥/多動性障害」という従来の名称も使用しています

ですから、注意欠陥多動性障害あるいは知的障害といった名称は「誤り」ではないのです。 本ウェブサイトでの表記も、記事の執筆者によって診断名の表記が統一されていないのは、執筆者の考えをできるだけ尊重するというポリシーによるものです。ご理解いただければ幸いです。


参照

筆者プロフィール
sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。小児科医。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠如多動症、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)、「子どもの発達障害 誤診の危機」(ポプラ新書)、「図解よくわかる発達障害の子どもたち」(ナツメ社)など。
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