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所長ブログ

Director's Blog

ヴァンゼー・カンファレンス

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いつもと少し趣向を変えた話題にしたいと思います。テーマはヴァンゼー(Wannsee)・カンファレンスです。 多くの皆さんは私が夏休みに参加した何かのカンファレンスのことかと思うかもしれません。いいえ、このカンファレンスはずっと昔ベルリンの郊外にあるWannsee (ヴァンゼー:ドイツ語読み)という美しい湖畔で開催されたカンファレンスです。

私はコロナ禍の前まで15年間、ドイツ、フランスそしてタイの日本人学校で、主に発達障害の症状のある園児や生徒の相談会をやっていました。ベルリンの郊外のヴァンゼーにあるベルリン日本人学校でも数年間相談会をやっていました。ベルリンはドイツ最大の都市ですが、ドイツ在住の日本人の多くは昔の西ドイツにあるデュッセルドルフ、フランクフルト、あるいはミュンヘンに住んでおり、それぞれの日本人学校は大規模です。が、ベルリン在住の日本人の数は少なく、デュッセルドルフやフランクフルトのように大きな校舎がないため、ベルリンの日本人学校は古い邸宅を使った小規模の校舎です。また前者がデュッセルドルフやフランクフルトの中心部にあるのに対し、ベルリン郊外のリゾート地と言って良いヴァンゼーにあります。

現地に行くと私は湖畔にある小さなホテル(名前もHotel Petit)に宿泊し、日本人学校までタクシーでゆくのですが、湖畔に瀟洒なホテルのような建物があるのが気になっていました。看板に「House of Wannsee Conference」と書いてあったので何のカンファレンスなのだろうと思い、相談会の昼休みの時間(相談会は朝から夕方まで行います)に日本人学校を抜け出して行ってみました。

建物の前にはヴァン湖が広がり、湖畔には気持ちの良い散歩道があります。

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湖畔の散歩を楽しんだ後、建物の中に入ってみました。

なんとそこは、ナチスがユダヤ人の「最終解決」を決定した会議(Wannsee Conference)を1942年に開催した会場でした。

ヒトラーが、第一次世界大戦で疲弊したドイツ国民の気持ちを惹くためにユダヤ人を攻撃の対象にしたことはよく知られていますが、ナチスが政権を握ってからはドイツは領土を東方に拡張する必要があったために、ドイツ国内だけでなく拡張した領土内(例えば現在のポーランド)に住んでいるユダヤ人を排除する政策を実行しました。排除する方法としては他国への移住が推し進められましたが、それでは時間がかかりすぎるので、「効率よく」ユダヤ人を排除する最終解決法を検討するためにWannsee Conferenceが招集されたのです。House of Wannsee Conferenceの建物の内部は歴史博物館になっており、写真や資料が展示されていました。

英語のパンフレットを読むと、当時のドイツ国内や占領地内だけでなく、ヨーロッパの各国に住んでいるユダヤ人の人数などが検討されたことがわかります。そしてパンフレットには、最終解決についての報告書のコピー(英訳)が書かれています。そこには「結論として様々な形の解決法が必要である。(中略)そしてそれぞれの地域で最終解決法の準備が行われなくてはならないが、それは住民に警戒感を抱かれないように行われなくてはならない(下線筆者)」と書かれていました。カンファレンスにはヒトラー自身は参加していませんが、アウシュビッツ収容所長のアドルフ・アイヒマンが参加していました。

私には風光明媚な環境の中に佇んでいる瀟洒な建物と、かつてその中で検討された恐ろしい計画を結びつけることができませんでした。

他の民族や国民に対する偏見がもたらす悲惨な結論のレッスンを、ナチスの恐ろしい歴史からまだ十分に学んでいないと思わざるを得ない昨今の世界情勢を前に、本ブログを書きました。


筆者プロフィール
sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。小児科医。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)、「子どもの発達障害 誤診の危機」(ポプラ新書)、「図解よくわかる発達障害の子どもたち」(ナツメ社)など。
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