前回のブログでは、不登校の原因の多くは子ども本人の精神的な問題(精神疾患、ないしは障害)にあるという言説について述べました。この言説の主は、不登校専門外来を開設している内科医でした。この内科医の意見には、不登校専門外来を受診する子どもというバイアスがかかっており、不登校児全体には当てはまらないという可能性があります。
しかし、不登校は子どもの問題、という考え方が、上述の医師に限らず教育現場に蔓延していることを示していると思われる出来事を目の当たりにしたので、今回はそれを報告したいと思います。
目の当たりにした場所はある心理学の関連学会です。不登校への対応に関するラウンドテーブルシンポジウムがあったので、出席しました。4人の学校心理学の専門家によるこのラウンドテーブルのタイトルは、「学校にいきたくない気持ち」を低減させる予防教育、というものでした。4人の学校心理学の研究者が、不登校の契機になる4つの要因を減少させるための様々な予防的教育プログラムを発案し、その一部を実際にカリキュラムに取り入れている実践について発表していました。研究者が皆真摯に、「学校に行きたくない気持ちを低減する実践」に取り組み、不登校を減らしたいと考えていることがひしひしと伝わってきましたが、発表を聴きながら私は大きな違和感を覚えました。
4つの要因として挙げられていたのが、「学業不振」「自己肯定感の低下」「友達関係」「健康」の問題でした。要約すると、不登校につながる「学校へ行きたくない気持ち」は、授業の理解が困難でついてゆけないこと、自尊感情が低くなること、友人関係がうまく結べないこと、そして睡眠不足などの健康上の問題に起因しているという前提があり、それを克服することで「学校に行きたくない気持ち」をなくし、不登校を予防しようというというのです。
それぞれの発表者は、学習困難を乗り越える授業について、また自己肯定感をあげるカリキュラム、さらに友達関係を円滑にする工夫などについて熱心に発表していました。
質疑応答の時間になって、私の抱いていた違和感について質問しようと、早速挙手しましたが、私の前に座っている参加者が私より早く手を挙げて指名されました。驚いたことにその質問内容は、私と全く同じものだったのです。
1つ目は「『学校に行きたくない気持ち』は減らさなくてはいけないものなのか?」、2つ目は「教師の対応には全く問題はないと考えるのか?」という質問でした。そして文科省が行った調査でも、教師の振る舞いや子どもとの対応が不登校の契機の一つとして挙げられているが、それについてはどう考えるのか、と問いただしました。
先に聞きたかったことを言われてしまったので、ちょっと出鼻を挫かれてしまった気持ちになりましたが、同時に我が意を得たりと思いました。ラウンドテーブルの責任者は、教師の振る舞いによる不登校については今回の研究では取り上げなかった、と教師の要因について否定はしませんでしたが、発表者の一人は「学校の楽しさを子どもに教えることになんの問題があるのか」と少し怒気を含んだ口調で答えていました。
私は第一に「学校へ行きたくない気持ち」は、むしろ子どもの素直で正常な気持ちの表出であること、さらに前回のブログで紹介した滋賀県でのアンケート結果に触れて、「教師の振る舞い、あるいは教師と生徒の相性について検討すべきだ」と、意見を述べました。
滋賀県の調査は不登校の子どもたちを支援するNPOが行ったものであり、その分子どもの意見を重視する偏り(バイアス)がある可能性はあります。しかし、3月末の日経新聞*1に、文科省の最新の委託調査でも、ほぼ同様の結果が出たことが紹介されていました。その委託調査では、不登校の要因(複数回答)を、教師と、児童生徒と保護者に聞いたところ、「教員は『いじめ被害』『教職員への反抗・反発』『教職員からの叱責』との回答がそれぞれ2~4%だったのに対し、児童生徒と保護者は16~44%と大きな開きがあった」というのです。
文科省は2022年度の「問題行動・不登校調査」では、不登校の理由として(児童生徒の)「無気力・不安」が半数以上を占めるという、前述の今回の調査結果とは矛盾する結果を報告しています。そしてその結果を説明する要因として、児童生徒の精神疾患や、学業、自尊感情、仲間との関係が、不登校の元凶であるという誤った前提を作り出してしまったのではないでしょうか。
- *1 日経新聞、「不登校の要因、認識にずれ 子ども・教員など調査」、2024年3月25日
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE224IA0S4A320C2000000/