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何か変だよ、日本の発達障害の医療(9) 発達障害をめぐる不安には専門家にも責任がある

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先日子育て中の親を対象としたオンライン講義で、「発達障害の理解」というテーマで話をしました。講義に引き続いて、参加した親から前もって寄せられた質問に答えるセッションがありましたが、その中で一番多かった質問が、「どのような症状が見られたら医療機関にかかれば良いのか?」「(発達障害は)発達の凸凹と言われているが何を基準に凸凹と判断するのか?」というものでした。

私の臨床経験でも、あるいは咋今のウェブサイトなどでも、「我が子はあるいは自分自身は発達障害ではないのか?」という疑問や不安が多いことは知っていましたので、講義の中で、医師は発達障害をどのように診断するのか、さらにDSM-5*1などの明示された診断基準がちゃんと存在することなどを強調して説明しました。

講義後に寄せられた感想の中に、「ちゃんと診断基準があると聞いて驚いた」という感想がありましたが、この感想には私自身も驚きました。医師は決して自分の経験やさじ加減で診断や治療をしていないのは自明のことであり、当然医師にかかる一般の人にも共有されているものだと思っていたからです。

そこで思い当たったのが、参加者の質問の中にあった「発達の凸凹」という言葉です。だいぶ以前にこのブログにも書いたのですが、児童精神科の専門家の中に「障害」という言葉を使いたくないという考えをもつ人々がおり、その人たちはアメリカ精神医学会が作成したDSM-5を和訳するにあたり、「障害」を「症」という言葉に置き換えました。直訳すると自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorder: ASD)は自閉スペクトラム症となり、注意欠陥多動性障害(Attention Deficit/Hyperactivity Disorder: ADHD)は注意欠如多動症に、行為障害(Conduct Disorder: CD)は素行症に、学習障害(Learning Disorder: LD)は学習症に、さらには知的障害(Intellectual Disorder)は知的発達症に置き換えられたのです。これは医学界全体の意見というより精神医学会の考えが前面に出された和訳ですので、提案に従わなくてもいいのですが、素行症や知的発達症以外は広く使われるようになっています。

さらには障害という概念自体を否定して、発達障害は障害ではなく「発達の凸凹」であるという珍妙な提案までなされるようになりました。一般の人の中には「そうか、障害ではなく発達の凸凹なんだ」と安心する人もいるのだと思いますが、凸凹という恣意的で曖昧な言葉によって、実態が覆い隠されてしまっているのではないかと思います。確かに精神医学会の中には、症状をカテゴリー化し明記する診断の仕方(クレペリン型診断)を嫌う意見もあるのですが、そうした専門的な立場は一般の人には理解できません。

今回のように、発達障害には明記された診断基準があることを、私が実際の診断基準の記述を示しながら紹介したことによって、曖昧な「凸凹」という表現ではなく明文化された物差しがあることを初めて知った人が少なからずいたということは、発達の凸凹といった曖昧な言葉を流布した専門家の責任だと思います。


参考
  • *1 American Psychiatric Association. (2014). DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル.(高橋三郎・大野 裕、監訳・染矢俊幸・神庭重信・尾崎紀夫・三村 將・村井俊哉、 訳 )東京:医学書院.(American Psychiatric Association. (2013). Diagnostic and statistical manual of mental disorders. text revision DSM-5 (5th ed.))




筆者プロフィール
sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。小児科医。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)、「子どもの発達障害 誤診の危機」(ポプラ新書)、「図解よくわかる発達障害の子どもたち」(ナツメ社)など。
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