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クレーン現象があれば自閉症?~何か変だよ、日本の発達障害の医療(4) 判断が早すぎる!~

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この間、私の外来に1歳台の初診のお子さんが立て続けに2人受診されました。私の経験では、お子さんの年代によって受診の理由に特徴があります。1歳台ですと「まだ歩かない」などのご心配が多く、2歳を過ぎると、「まだ言葉がでない」とか「落ち着きがない」という理由が増えてきます。

しかしこの同日中に引き続いて来られた1歳7ヶ月の男児と1歳9ヶ月の女児の受診の理由はともに「自閉症の疑いがあると言われた」というものでした。 自閉症は言葉や社会性の発達がはっきりと見られる3歳位になって診断されることが多いのですが、早期発見・早期療育(治療)が有効だということで、できるだけ早期に発見しようというスクリーニングの方法が開発されています。

さて早期スクリーニングの方法としてよく知られているのがM-CHATと呼ばれるチェックリストです。保護者(多くは母親)が23項目の簡単な質問をチェックするだけで、子どもに自閉症のリスクがあるかどうかが簡便に分かるというものです。そしてチェックリストのなかに書かれた子どもの行動の中で重要視されているのが指差し行動で、M-CHATの23項目中3項目が指差し行動に関するものです。

今回受診された1歳9ヶ月の女児は、1歳半健診で「指差しをしない」「クレーン現象がある」ということで自閉症を疑われていました。クレーン現象とは、自閉症の子どもによく見られる行動で、何か欲しい物を取って欲しい時に親の手首を持って、欲しいものに近づける行動です。健常児(定型発達児)では、欲しいものがあるきには「ジュース(ちょうだい)」のように言葉で要求したり、欲しい物を指差して「これ」と示すのが普通です。クレーン現象は、自閉症の子どもだけに見られるものではなく、要するに言葉で表現できないための行動です。

診察室でこの女児の名前を呼ぶと、返事はしませんが、こちらを見ます。指差しが出ないというので、絵本を見せながら「◯◯はどれ?」と聞いてみました。最初は上手くいきませんでしたが、すこし慣れてきた時点で、町の中の様子を描いたにぎやかな絵を見せながら「わんちゃんはどれ?」「にゃんにゃんはどれ?」と問いかけると、絵の端から端へと視線を行き来させて探し、犬と猫の絵を指差すことができました。さらに、「ばんざいしてみよう」と声かけをするとスカートの裾をつかんで脱ごうとする動作が見られました。「ばんざいしよう」は幼児の場合、衣服を脱がせる時に日本中の多くの親が使うかけ声です。この女児は他者の意図を理解することができる、というのが私の判断です。いうまでもなく自閉症の中核症状は他者の意図の理解困難です。

1歳7ヶ月の男児も1歳半健診で、応答的な指差しをしない、といわれ自閉症が疑われました。健診場面では指差しが出ないものの、自宅では絵本を見ながら絵を指差してその名前を呼びながら遊ぶことができているために、セカンドオピニオンを聞きに受診されたのです。健診の場では「早く療育を始めないと後が大変」と言われたそうです。視線が合わないとも言われたようですが、私が診察の場でその子の名前を呼ぶと、ちらりと私の顔を見ます。顔の参照という社会的な行動ができている証拠です。「この子は色の理解も十分できていないようだとも言われました」と母親が心配していることもあったので、様々な色のクレヨンの絵を見せながら、「◯◯色はどれかな?」と問いかけました。するとほぼすべての色のクレヨンを正しく指差ししたのです。また健診の場でできなかった応答的な指差しの発達には個人差があり、1歳6ヶ月時点ではやらない子どももいるのです。

前述したM-CHATは自閉症のリスクを検出するのに有効ですが、自閉症のリスクがあると判定された子どもでも、のちに自閉症と確定される子どもは約半数(54%)であることが報告されています *。また自閉症と確定された子どものうち3分の2は、M-CHATでは陰性(自閉症のリスクは低い)という研究報告もあります **

でも、自閉症のリスクが少しでもあれば早めに療育を始めることの意義があるではないか、という反論が聞こえてきそうですが、残念な事に早期の自閉症の療育自体、その有効性が不確実なものが多いのです。

発達障害には早期発見・早期療育が有効である、という誰でも首肯できる言葉を信じて、約40年前私たち小児科医は間違いをおかしました。脳性麻痺のリスクの高い未熟児に対して、ボイタ法と呼ばれる診断手技を行い脳性麻痺を「早期発見」し、ボイタ訓練という理学療法で脳性麻痺を未然に予防することができると思っていたのです。実際は、未熟児はまだ運動発達が未熟で、脳性麻痺の子どものような反応がまだ残っているのを、脳性麻痺の前段階と誤って解釈していたのです。ボイタ法訓練を行わなくても、自然に良くなっていったのです。

M-CHATは確かに自閉症のハイリスク状態を検知することができます。陽性(リスクあり)とされた子どもの約半数が後に自閉症と確定診断されます。しかし、別の言い方をすれば約半数の子どもが自閉症にはならないのです。

かつてアメリカで行われた大規模な疫学調査では、過去から現在までに自閉症という診断を受けた子どもは全体の1.8%いることが分かりました ***。単純に考えると自閉症の有病率(発生率)は1.8%ということになりますが、この調査の結論は有病率1.1%なのです。それは、現在でも自閉症と診断されている子どもは1.1%で、0.7%の子どもは「かつて自閉症と診断されたが、現在は自閉症ではない」のです。

ボイタ法で脳性麻痺のリスクが高いと診断された多数の子どもの親は、心配を抱えながら長い期間にわたって子どもを訓練に通わせなくてはなりませんでした。そしてこの親の心配と苦労はすべて必要のないものであり、その咎は小児科医が背負うべきことだと思っています。

私が診た1歳台の2人の子どもは、多分過剰診断だったのですが、たとえM-CHATのようにその有用性が確立された方法で結果が陽性であったとしても、必ずしもすぐに療育に結びつける必要はないのです。

ボイタ法の教訓で学んだように、判断が早すぎるのは良くないこともあるのです。


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参考文献
  • * Chlebowski, C. et al. Large-scale use of the modified checklist for autism in low-risk toddlers. Pediatrics, 131:1121-1127, 2013.
  • ** Stenberg, N. et al. Identifying children with autism spectrum disorder at 18 months in a general population sample. Pediatr Perinat Epidemiol. 28:255-262, 2014.
  • *** Kogan, MD, et al. Prevalence of parent-reported diagnosis of autism spectrum disorder among children in the US, 2007. Pediatrics, 124:1395-1403, 2009.


筆者プロフィール
sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
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