TOP > 論文・レポート > 子ども未来紀行~学際的な研究・レポート・エッセイ~ > ギフティッド児の誤診を防ぐ:その理解と,適した環境の必要性 (1)

このエントリーをはてなブックマークに追加

論文・レポート

ギフティッド児の誤診を防ぐ:その理解と,適した環境の必要性 (1)

角谷 詩織(上越教育大学大学院学校教育研究科 准教授)

2018年11月22日掲載

要旨:

本稿では,現在翻訳中の書,Webb, J. T., Amend, E. R., Beljan, P., Webb, N. E., Kuzujanakis, M., Olenchak, F. R., & Goerss, J.(2016). Misdiagnosis and Dual Diagnoses of Gifted Children and Adults: ADHD, Bipolar, OCD, Asperger's, Depression, and Other Disorders (2nd Edition). Great Potential Press.に基づき,ギフティッドの誤診予防のために理解が必要なギフティッド児の特性に触れ,また,彼らに合った教育環境の必要性を論じます。ADHDやアスペルガー症候群を例としてとりあげ,ギフティッドネスとそれらの障害との違いを見極めるための視点を11月22,30日,12月7日の3回に分けて紹介します。
第一回目は,ギフティッドや発達障害等をめぐる日本の現状に触れ,翻訳書の紹介,ギフティッドという語について触れたいと思います。
第二回目では,ギフティッドの特性,五つの過興奮性(overexcitabilities)と誤診とのかかわりに触れます。
第三回目は,ギフティッドとADHDやアスペルガー症候群との違いを具体的にとりあげ,専門機関相談前に,教師や親が利用できる,ギフティッドの可能性を視野に入れたチェックリストもご紹介いたします。そして,誤診予防とともに,ギフティッド児のニーズを満たす教育環境や周囲の理解の必要性を論じます。

Keywords: ギフティッド,誤診,ADHD,アスペルガー症候群,発達障害,フレキシブルな教育環境

アンドリューは6歳,両親は医者である。5歳を過ぎても「魔の二歳児」にみられるような癇癪が続いたため,両親が心理士(psychologist)に検査を依頼した。両親によると,アンドリューは欲求不満になると,ほとんどいつも癇癪を起こし,もう体も大きくなってきているので,無理やり身体を抑えて落ち着かせることもできなくなってきたとのことであった。母親は消耗しきった様子で,「このままでは,息子の大暴れになすすべがなくなります!」と訴えた。

アンドリュー本人から話を聞くと,じっとしていられなかったり,色々なことをたっぷりと考えてからでないと寝られないとのことであった。また,両親が寝た後も度々目が覚めてしまう。それでも朝早く目が覚め,一日中元気に動き回っていた。教会やレストランなど,動き回ったり走り回ったりできないようなときには,そわそわし,体をくねくねさせたり肩をすくめたりしていた。

心理士の検査報告によると,検査の間,アンドリューは,年齢の割に並外れて語彙が多く,明瞭に話をした。両親は,「息子は一方的にしゃべりすぎる」と言っていた。担任の先生の話では,学校でも一人でしゃべっていたり,クラスメイトの邪魔をしているかと思えば,本に熱中するあまり,誰かがボディタッチなどをしないとまったく気づかないこともあった。静かに着席しているときもあるが,そんなときは決まって本を読んでおり,授業が終わり休み時間(アンドリューの大好きな時間)が来たのも気づかないこともあった。知能検査の結果,彼のIQは140であった。心理士はADHDと診断し,小児科医がリタリン®を処方した。数週間後,アンドリューにはチックや震えが見られ,興奮性が高まってしまった。リタリン®の処方が中止されると症状は改善したが,チックは残っていた。それ以来,2度,心理士や教師からADHDと言われたが,両親はこの見解を受け入れなかった。この子は,現在,弁護士となっている。
(Webbら, 2016, pp.70-71.)

はじめに

まず,日本では,ギフティッドを判定してくれる専門機関は非常に限られています。教師はおろか,自治体の発達支援や教育支援に携わる「専門家」とよばれる人々の中には,「ギフティッド」ということばを聞いたことがない人,また,「メディアで騒がれているだけの現象で,信頼できるカテゴリーではない」と平然と言い切る人もいます。IQが高ければ,「この子には何の問題もない」という見方がなされることもあります。そして,国によるギフティッド教育体制,ギフティッド児支援体制はありません。

ギフティッド児の親は,我が子のギフティッドネスに比較的早くから気づくと,Webbら(2016)は述べています。日本でも,我が子がギフティッドではないかと考える親は結構います。彼らは,インターネットを中心に,英語の参考資料等も熱心に調べ,我が子の成長,いや,困難打開のために全力を尽くそうと,そして,教師や臨床家の理解を得ようとしています。しかし,専門家による「ギフティッド」判定を得,そして,有効なアドバイスを得る機会は,日本にはほとんどありません。酷い時は,このような親の訴えは,ただの「たわごと」にすらなってしまいます。

とは言うものの,昨年は,映画「ギフテッド」が日本で公開されるなど,少しずつギフティッドということばも浸透しています。杉山(2009)も,ギフティッド支援の必要性を具体的な事例を用いて記しています。CRNの記事のなかでは,ポーター倫子先生の記事「アメリカのギフテッド教育事情」で取り上げられています。また,東京都渋谷区では,ギフティッド支援が公的に立ち上げられたりもしています。ただ,ギフティッドの的確な理解や支援には,それ専門の教育とトレーニングが必要(Webbら, 2016)とされており,日本にはそのような機関がない状態ですので,具体的な介入には,例えば,米国の大学等でギフティッド専門の教育や訓練を受けた方から助言を受ける程度が限界なのではないかと思います。

かたや,発達障害ということばは,日本に広く浸透しはじめ,発達障害者支援法成立(2004)以降,発達障害の早期発見・早期支援が強調されています。また,有名人が,自分が発達障害であることや,成人後に発達障害と診断され安心したというようなことを公表したり,「自称」発達障害ということばが出てくるなど,発達障害が「流行」しているとでも言えるような現象がみられます。

日本は,このような状況にあります。

そして,世界的に,子どものADHDやアスペルガー症候群をはじめとする,障害の誤診が問題視されています。なぜ誤診が問題となるのでしょうか。

誤診の問題は,ラベルづけやレッテル貼りの問題だけで片づけられるものではありません。第一に,誤診により,不適切な,ときには有害な治療がなされることがあります。米国では,ADHDではない子どもへの薬物療法の過剰適用の問題が深刻化しています(Frances, 2016)。第二に,誤診により,必要なケアがなされないということがあります。いずれの場合も,二次障害に代表されるように,さらに深刻な問題が生じます。

特に,誤診されたギフティッド児が,不適切な環境や治療に長期間さらされ続けることで,実際に精神疾患を患うことや,自殺という最悪の事態が生じることもあります。実際,米国のギフティッド児や成人ギフティッドの社会的・情緒的支援団体であるSENG(Supporting the Emotional Needs of the Gifted)は,一人のギフティッド青年の自殺をきっかけに設立されました。

1. 誤診という重大問題:翻訳書の紹介

現在,CRN所長の榊原洋一先生とともに,多くの方々のご協力のもと,下記の書籍の翻訳作業中です。

Webb, J. T., Amend, E. R., Beljan, P., Webb, N. E., Kuzujanakis, M., Olenchak, F. R., & Goerss, J.(2016). Misdiagnosis and Dual Diagnoses of Gifted Children and Adults: ADHD, Bipolar, OCD, Asperger's, Depression, and Other Disorders (2nd Edition). Great Potential Press

ギフティッドの誤診・重複診断の問題を取り上げた書です。ADHD,双極性障害,強迫症,アスペルガー症候群,鬱,LDなどの誤診とその予防,また,実際にそれらの障害があった際のギフティッドの特性を考慮した治療の必要性と,それらの具体策が書かれています。邦訳は,2019年に北大路書房から出版の予定です。冒頭の事例も,この書に掲載されているものです(ページ数は原著のもの)。プライバシー保護のために必要な部分以外に修正は加えられていない,事実に基づいた事例です。

第一著者の心理学者,Dr. James, T. Webbは,米国のギフティッドの社会的・情緒的支援の第一人者です。SENG(Supporting the Emotional Needs of the Gifted)http://sengifted.org/の創設者でもあります。その非常に温かで気さくな人柄と丁寧な助言から,ギフティッドの親の父のような存在として,多くの人々から慕われていました。この7月に,私もSENGのAnnual Meetingに参加しましたが,日本からの最初の参加者(米国在住の日本人は私のほかにも見かけましたが)と歓迎してくださいました。ギフティッドをめぐる日本の状況を私よりもずっとご存知の様子で,奥様ともども,「時間はかかるが,これからも,力をあわせて啓蒙していこう。」と励ましてくださいました。ところが,非常に残念なことに,この学会直後,Dr. Webbは急逝されました。これは,彼の著書,話,そして,ことばに慰められ,励まされ,勇気を得た多くの人々にとって,非常な悲しみでした。ただ,SENGは現在も活動を続け,彼の著書とあわせ,ギフティッドである人々,また,ギフティッド児の親や教師たちを支え続けています。

本稿では,この書の内容をもとに,ギフティッド児の誤診の問題,ギフティッド児が誤診されやすい理由,誤診の予防策を中心に述べていきたいと思います。

2. ギフティッド

(ア) 用語
「ギフティッド」に耳慣れない方も多いかもしれません。前述のとおり,子どもの教育や支援に携わる「専門家」でも,知らない人が多いのが日本の現状です。

ただ,日本において,「ギフティッド」の問題は,新しいものかと言えば,そうではありません。古くから,ギフティッド児の支援の必要性は,たとえば,「英才」や「才能」という語が用いられて叫ばれていました。これらも,「ギフティッド」と同様,英語の"gifted"の訳として用いられていることが多いです。しかし,私の個人的な思いですが,「英才」は,稻毛(1945)の論文が,終戦前後の時代背景があるとはいえ,この論文中に散見される優生論的な議論は大変心を痛めるものに感じるため,そのような価値観を彷彿とさせるような用語は,もう日本では使用しないほうがよいのではないかと感じています。一方,「才能」という語は現在も用いられており,松村暢隆先生をはじめ,「才能教育」の必要性が現在も強く叫ばれています。ただ,これも個人的なものですが,私が長野県松本市の出身であるため,どうも「才能(教育)」と聞くと,幼少期に日常的に耳にしていたスズキ・メソード(松本市が発祥)の印象が強烈であり,gifted,とくに,academic giftedの正確なイメージが浮かびにくいです(もちろん,重なる部分もあるかとは思いますが)。このような個人的な思いもあるのと,日本の中では「ギフティッド」が差別意識とはまだ結びついていない語と思われることから,本稿では「ギフティッド」という語を使用することにします。ただし,米国ではすでに,私が「英才」という語に抱いている問題意識とまでいくのかどうかは定かではないのですが,特にエリート主義批判との関連からも,giftedという語に差別の問題意識を抱く社会となりつつあり,米国でのgiftedという語は,今後,他の語に変化していく可能性もあります。一方,American Psychological Associationからは,2017年にAPA Handbook of Giftedness and Talent(APA Handbooks in Psychology®)1st Editionが出版されたこともあり,giftedness and talent研究は今後ますます本格的になっていくのだろうとも思います。

(イ) ギフティッドが見過ごされ,誤解される所以
この,米国でのgiftedという語をめぐる問題,また,日本ほどではなくとも,世界各国でギフティッド支援の浸透が困難であるという現実,さらには,ギフティッドの誤診が生じることの大きな原因の一つには,ギフティッド児の支援を要する困難の部分が,彼らの,人よりもずば抜けて優れている部分と切り離せないことにあると考えられます。すべてに困難を伴う相手を支援することの必要性は,誰もが感じます。もっと言ってしまえば,自分より劣っているように見える人の支援を厭う人はあまりいません。しかし,支援を必要としている人が,自分より優れている,頭が良い,自分のミスを指摘ばかりするような相手だった場合,どうでしょうか?そのような人なら支援は必要ないと考えるのが大半ではないでしょうか。あるいは,「勝手にできるでしょ。」かもしれません。

このように,ギフティッド児,とくに,アカデミックな面でのギフティッド児は,その優れた特性ゆえに支援を受けにくい状況にありますが,実際,彼らの困難は,その優れた特性ゆえに生じているという,一種の悪循環のような事態が生じています。

さらに,この,支援を要する部分が誤解され,Webbら(2016)に述べられているような,様々な障害の誤診を受けるという問題が生じます。

| 1 | 2 | 3 |

引用文献

  • Frances, A. (2016). Keith Conners, Father of ADHD, Regrets Its Current Misuse. http://www.huffingtonpost.com/allen-frances/keith-conners-father-of-adhd_b_9558252.html
  • 稻毛金七. (1945). 英才教育論. 教育学研究, 13, 1-11.
  • 杉山登志郎. (2009). ギフテッド―天才の育て方―. 学研プラス.
  • Webb, J. T., Amend, E. R., Beljan, P., Webb, N. E., Kuzujanakis, M., Olenchak, F. R., & Goerss, J. (2016). Misdiagnosis and Dual Diagnoses of Gifted Children and Adults: ADHD, Bipolar, OCD, Asperger's, Depression, and Other Disorders (2nd Edition). Great Potential Press

筆者プロフィール

Shiori_Sumiya.jpg 角谷 詩織(すみやしおり)

上越教育大学大学院学校教育研究科 准教授
2002年 お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士後期課程修了 博士(人文科学)
専門:発達心理学・教育心理学
受賞歴
2005年 公益信託 平成16年度後期 小貫英教育賞 心理学部門 受賞 「中学生にとっての部活動・総合的な学習の時間の意義―発達段階-環境適合理論の観点から―」
2007年博報財団 第2回児童教育実践についての研究助成 優秀賞 受賞 「論理的説明力育成を通した学習理解・人間理解の促進」
委員等
2009年 文部科学省初等中等教育局児童生徒課 生徒指導提要の作成に関する協力者
2017年- 国立教育政策研究所 「幼児期からの育ち・学びと プロセスの質に関する研究」委員 等
著書
理科大好き!の子どもを育てる―心理学・脳科学者からの提言 北大路書房(分担執筆) 等
このエントリーをはてなブックマークに追加

Twitter  Facebook

遊び

メディア

特別支援

論文・レポートカテゴリ

所長ブログ

Dr.榊原洋一の部屋

小林登文庫