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香港におけるギフテッド教育事情

合田 美穂 (香港中文大学 兼任助理教授)

2011年1月 7日掲載

要旨:

香港は、近年、アジアでは最も積極的にギフテッド教育を推進している地域の1つであり、政府、民間機関、メディアおよび保護者のギフテッド教育に対する関心も非常に高いが、最近20年間におけるギフテッド教育の実績はさほどのものではない。近年は、香港のギフテッド教育はようやく軌道に乗ってきたといえるが、そのケアについてはほとんど着手されてはいなかった。近年、特に「二重ギフテッド児」と呼ばれる、発達障害を抱えたギフテッド児が注目されるようになってきており、そのケアが急務とされている。

香港は、近年、アジアでは最も積極的にギフテッド教育を推進している地域の1つである。現在、政府、民間機関、メディアおよび保護者のギフテッド教育に対する関心は非常に高いが、最近20年間におけるギフテッド教育の実績はさほどのものではない。

戦後から1960年代にかけての香港では、中国大陸からの流入人口が急増し、香港の出生率は最高峰に達した時期であり、香港政府は、すべての子どもたちに初等および中等教育を受けさせるべく、基本教育の普及に積極的に力を入れた時期であり、特別な教育への関心は薄かった。1970年代および1980年代に入ると、経済の急成長および人材の需要にともなって、香港政府は高等教育および職業訓練を広く推し進めるようになったが、当時の香港は、欧米諸国で起こっていたギフテッド教育に対しては、さほど認識を持っておらず、また、ギフテッド教育に資源を投入する余裕さえもなかった。よって、1980年代以前は、ギフテッド児であっても問題学生であっても、分類されることはなく、彼らはメインストリームの教室で、健常児とともに基本的な義務教育を受けていた。ギフテッド児の才能は発揮されることはなく、問題児として扱われることさえあった。

社会におけるギフテッド教育に対する必要性の高まり、および政府の教育投資に対する資源の投入によって、香港政府は1990年代に入ってから、正式にギフテッド教育を開拓することとなった。1990年、香港教育統籌委員会は『第四号報告書』を発布し、ギフテッド児の定義および教育サービスの需要について検討した。これによって、香港教育局(旧香港教育署)は、小中学校においてギフテッド教育を開始することになり、香港のギフテッド教育の初歩の発展に向かって一歩前進することになった。

かつて香港では、ギフテッドの基準についていえば、従来の基準では知能指数が130を超えている場合をギフテッドとし、150を超えるものを特別ギフテッド規定していた。しかし、現在では、知能指数だけがギフテッドの基準を満たす唯一のものではなくなり、ある範疇(例えば、音楽、絵画、話術、運動、数学、記憶力、創意、分析、リーダーシップ、機械技術など)において、超人的な能力を持っている場合、知能指数が130に達していなくても、ギフテッド児としてみなされるようになっている。香港では、1990年の教育統筹委員会による『第四号報告書』において、多元化した才能をギフテッドとするという方針が示されており、該報告書では、実際にアメリカ連邦教育局によるギフテッドの多元的な定義が引用されている。教育署の指南によると、例えば、子どもの興味、学習方法、態度、成績などを観察し、そこから、子どもの個別学習における需要や、発展可能な領域について理解することが求められている。アセスメントも、段階的でかつ多面的なものである必要があり、単一の試験や1回きりの鑑別をするだけにとどまってはならないとしている。学校には、教師によるグループが作られ、子どもの推薦業務や、子どもがギフテッド児かどうかを鑑別する業務が任されている。そして、ギフテッド児としての育成のために、選抜した子どものリストを政府に提出することとなっている。

香港の教育署は、1994年から1997年の4年間、19校の小学校において「学業成績優位児童のための学校主導の課程」を開講した。該計画では、成績が優位な子どもが選抜されるという特別のエリート教育を施すものであって、本来のギフテッド教育の多元化の大原則に反したものであった。その後、学校側は、選抜方式に修正を加え、ギフテッド教育における2つの大きなモデルを推進することとなった。1つ目は、全員参加型の授業であり、教師が、リーダーシップ能力や創意思考といったギフテッド教育の要素を、正規教育の中に取り入れることを推進すると同時に、同時に、グループ分けによる教学をおこない、そこから、子ども特質や能力によって、グループごとに特化したトレーニングを提供した。2つ目は、選抜方式であり、学校では、選抜されたエリートに授業外において系統だったトレーニングをおこなった。このほかに、教育署は、『第四号報告書』での提案に従って、1995年に「馮漢柱ギフテッド教育センター」を設立し、それをギフテッド教育の中心的な機構と位置づけた。

2000年以降、香港は、ようやく中等教育においても、ギフテッド教育を本格的に実施することになった。教育局は、2001年に「特別ギフテッド児育成支援計画」を打ち出し、香港全域の中学校に対して、条件に合う生徒を選抜して、該計画の育成メンバーとして推薦するように通達した。具体的な選抜方法については、中学校が、教育局が作成したガイドラインに従って、教師、保護者および生徒自身が、学校に対して推薦をすることが可能であり、最終的に学校によってリストが作成され、教育局ギフテッド教育部門に提出されるのである。2001年から2008年の7年間において、約3百の中学校から約7千人の生徒が、該計画のメンバーとして選出された。該計画では、学業成績だけではなく、知能検査の結果や、体育、芸術、音楽および科学技術の性能も選考の要素として取り入れられた多元的なものを基準としていた。該計画によって提供される課程の大部分は無料である。個別の大学による単位課程のみについては、関連する大学が受講料を徴収しているが、大学にもまた減免制度が設けられており、低収入家庭のギフテッド生徒も優遇を受けられることになっている。ギフテッド生徒はまた、海外で実施されているコンテストにも派遣されている。当初は、政府が異なる機関を指定して、政府との共催を求めていたが、香港ギフテッド教育学院(慈善家および政府がそれぞれ1億香港ドルを出して設立)が、2008年8月に成立してからは、該学院が計画の訓練センターとして委任され、10~18歳のギフテッド児に対して、関連する教育サービス、育成課程、選抜活動などを実施している。 それには、ギフテッド児の選抜、育成および支援のほかに、ギフテッド児の保護者およびギフテッド児のクラス担任を対象とした講座の開講も含まれている。

香港におけるギフテッド教育は、近年、発展を続けているが、不完全な部分もまた浮き彫りになっている。まずは、推薦制度の問題である。現在の制度では、学校によってギフテッド児が決定されて選抜されるが、学校側にこの方面における専門的な知識が欠如している場合、被推薦者の多くは成績上位者に偏り、ギフテッド児であるとは限らないことである。次に、育成の問題である。香港では、ギフテッド児を育成する専門的な学校や人材が欠如しており、「特別ギフテッド児育成支援計画」の下で提供されている課程は短期であり、また基礎を重視したものであるために、本当の意味でギフテッド児の潜在的な能力を十分に発揮できないままになっている。政府、大学および教育学院のギフテッド教育に対する系統だった協働も欠如している。第3に、支援の問題である。香港政府は、相対的にはギフテッド教育を重視しているが、学習障害に対する支援の不足は深刻であり、その支援の差は大きいといえる。実際には、ギフテッド教育と学習障害の支援は、実際には無関係ではないといえる。多くのギフテッド児は、情緒および行動に問題を抱えており、中には学習障害の支援を受ける必要が出てきたことをきっかけとして、隠れていた潜在的な素質を見出されて、発揮できた子どももいる。

2009年3月、香港のギフテッド教育学院は「二重特殊ギフテッド児を探す計画」を打ち出した。「二重特殊ギフテッド児」というのは、高い知能を持つギフテッド児であるものの、同時に特殊教育が必要とされると評定された子どものことである。例えば、自閉症、学習障害、注意欠陥/多動性障害、アスペルガー障害等である。香港では、現時点では、社会における二重特殊ギフテッド児に対する理解および支援は進んでいない。「二重特殊ギフテッド児を探す計画」は、二重ギフテッド児およびその家庭における需要に着目して、研究および支援が展開され始めたところである。香港のギフテッド児に対する支援不足の問題に対応するために、最近は、教育学者や心理学者など専門家が、個人的な立場から、行為および情緒に問題があるギフテッド児に対して、支援を開始しているに過ぎない。現時点で、こういった援助を得られることができているのはほんのひと握りの子どもだけであり、この方面での需要を満たすことは、現在の香港におけるギフテッド教育の重要な課題の1つとなっている。

【参考文献】 合田美穂、「香港におけるギフテッド教育の歴史・政策・課題」、『甲南女子大学研究紀要』第46号人間科学編 (2010年3月)
筆者プロフィール
現職:香港中文大学歴史学科・日本研究学科 兼任助理教授(2001年~現在)、静岡産業大学 非常勤講師(2010年~現在)
研究領域:歴史社会学、東南アジアおよび香港社会の研究、民族アイデンティティ研究、民族支援および特別支援教育の比較の研究。
研究歴および職歴:旧文部省アジア諸国等派遣留学生派遣制度にてシンガポール国立大学大学院社会学研究科に留学(1996年~1998年)、甲南女子大学、園田学園女子大学、シンガポール国立大学にて非常勤講師(1995年~2000年)。文学博士(社会学)学位取得(1999年、甲南女子大学)。
所属学会:日本華僑華人学会、日中社会学会
主な出版:「華人会館」、田村慶子編著『シンガポールを知るための60章』、明石書店 (2001年)、「シンガポールにおける日本人会と九龍会の比較(共著)」、中牧弘孜編『日本の社縁文化』、東方書店(2003年)、「華人の歴史」、山下清海編著『華人社会がわかる本』、明石書店 (2005年)、「仕事と自己の関係:シンガポールにおける日本女性の経験(共著)」、足立伸子編著『ジャパニーズ・ディアスポラ』、新泉社(2008年)、「シンガポール華人企業家のナショナル・アイデンティティの変容」、郭俊海他編『シンガポール都市論』、勉誠出版(2009年)等。
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