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イエーリンセンターレポート ―医療の立場からの学習に躓く子への支援―

金子 晴恵 (アンダンテ西荻教育研究所 代表)

2009年4月17日掲載

要旨:

発達障害児の個別学習指導をしている筆者たちが、保護者との面談で話を聞くと、LDやADHDと診断されたものの、その子の何をどう支援したら良いのかについては、「漠然とした助言だった」、あるいは「特に何も聞いていない」という声が返ってくることが少なくない。行動上の問題や社会性の問題の背景に、別の問題があるケースがある。その一つが「学習のつまずき」である。本稿では,小児科医のポール・イエーリン博士の取り組みを紹介し、子どもに自分自身の強みと苦手について理解させ、「自分にあった学び方」を提案できるようなアセスメントの開発と活用について考える。

発達障害児の個別学習指導をしている私たちの教室には、さまざまなかたちで学習につまずく子どもたちが相談機関や医療機関から紹介されてくる。だが、保護者との面談で話を聞くと、LDやADHDと診断されたものの、その子の何をどう支援したら良いのかについては、「『自信をなくさせないように』『特性に配慮した指導を』といった漠然とした助言だった」、あるいは「特に何も聞いていない」という声が返ってくることが少なくない。資料といえば知能検査の結果を参考までに渡される程度である。もちろん私たちにとってそれは貴重な情報の一つなのだが、保護者や教師の気づきに始まりスクールカウンセラーや教育相談センター、病院等を経てここにくるまでの経過であがっているであろうたくさんの細々とした情報が集約されて私たちのところまで届くケースはほとんどない。

 

また、(日本では)学校教育法の改正により2007年から「特別支援教育」がスタートし、通常学級に在籍する発達障害児にも、必要な支援と適切な指導を行うことが明確に打ち出された。そんななか私は特別支援教育巡回相談員として地域のいくつかの小学校でコンサルテーションを担当している。当初、学校現場は、落ち着きがなく授業中席を立ったり教室を出て行ったりする子どもや、場面や相手に応じたコミュニケーションが取れず場違いな発言や行動をとってしまう子、周囲の子どもとトラブルになりがちな子どもなど、行動上の問題や社会性の問題への対応に追われていた。なぜなら、そうした子どもたちは教師から見ての「困った子」であるので、第一に解決したい問題と感じられるのも必然であったと思う。しかし、実際には問題が表面化していないだけで、子ども自身は大変な困難や苦痛な状況に追い込まれているケースや、様々な"問題行動"の背景に、別の問題があるケースがある。その一つが「学習のつまずき」である。たとえば、一定の知的能力があるにもかかわらず、字の読み書きがスムーズにできない子、宿題やテストに最後まで取り組めない子、提出する課題や作品が極度に雑な子、・・・こう言う子たちは、「やる気がない」「努力が足りない」「いいかげん」という言葉で片付けられがちで、そこに隠れている発達上の問題に起因する苦手さは見落とされ、支援や配慮を受ける機会を失っている。結果、「できない子」「ダメな子」と自己評価を下げてしまう子どもたちは、自分に自信を持てず、存在を消すかのようにひっそりと授業中身を縮めている。逆に学習がわからない苛立ちからくる言葉や行動が「態度の悪さ」や「問題行動」とみなされがちであり、その積み重ねの結果、様々な二次症状へと発展する。


問題が表に出ている子どもたちへの対応が一段落ついた学校では、こうした「本人の困り感」や「学習面の支援」にも教師たちの意識が向きはじめている。しかし、現場の教員に対する十分な研修も、専門的な知識をもってサポートしてくれる人手も不足している現在は、まだまだ模索の段階だ。


このように、学習につまずく子どもたちへの支援には、課題が山積みだ。医療的な側面からの適切な助言と教育現場の柔軟な対応が欠かせないのだが、そのつなぎ目となる部分のシステムが確立されていない。医師が出した診断書を大切にファイルに挟んではあるものの、具体的に学校でどうしたら良いのかわからず困っている先生も多いのだ。心理士が行った知能検査や教育相談で得られた情報なども同じである。


親、医師、教師、支援者らが有機的に連携をとるために、さらに本人を含めて誰もが理解し活用できるように、もっと総合的に分析されたアセスメントが必要なのではないか・・・そのモデルを探しに、ニューヨーク・マンハッタンにあるThe Yellin Center for Student Successを訪ねた。


2002年から4000人以上のLD等の子どもたちを診てきたという小児科医のポール・イエーリン博士(Dr. Paul Yellin)は、症状からLDやADHDであると「診断する」従来の診療ではなく、「つまずきの原因を特定し、治療や支援の方針を提案する」診療を方針としている。


博士がかつて勤めていたLD児や親、教師のためのサービスを提供するNPO All Kinds of Minds(本部ノースカロライナ州)のニューヨーク支部アセスメント部門を独立させる形で、2007年にThe Yellin Centerを開業した。当センターは、学習につまずきや問題を抱える子どもとその親たちが、全米はもとより世界各国から訪れる。年齢層は幼児から大学生にまでわたるが、中でも小学4年生から高校生に集中しており、注意(Attention)、読み(Reading)、書き(Writing)、算数(Mathmatics)、整理(Order)の問題についての相談が多い。ここでのアセスメントは次のような流れで行われる。

1. インテーク
子どもについての情報を収集するために、親用、子ども用、教師用の複数のチェックリストを用いる。また、学校から子どもの提出物やテストの成績、作品などを取り寄せるなど、できる限りの参考資料を集めることに努める。


さらに、インテーク担当スタッフと保護者とのやり取りを通して、その子の何が懸念事項なのか、そのことを誰が最も正確に把握しているか、そして、ここがその子の問題を解決するのに最適な場なのかどうかを確認する。

2. アセスメント
まず、Learning Specialistと呼ばれる専門スタッフが、算数、読み、書き(ライティング及びスペリング)など学業面についてのアセスメントを行う。これらは、単なる学力テストではなく、課題への取り組み方を解釈するダイナミックアセスメントと呼ばれるもので、同じ問題でも、子どもの反応に応じてやり方を変えてみたりすることもある。このテストを通して記憶(Memory)、言語(Language)、空間認知(Spatial Ordering) 、注意(Attention)などの機能をどのように活用しているか、あるいはできていないかを見極める。そして、読み書き等をその子がどのようなかたちで学習しているか、どのような問題を抱えているかを知り、手助けの方法を考える手がかりを探る。


Learning Specialistがチェックした所見をもとに、神経発達の専門スタッフが心理・医学的なアセスメントに取り掛かる。心理士はAll Kinds of Mindsによる枠組み(framework)に対応した自前のチェックリスト(form)を中心に、WISC-Ⅳ等の標準化された検査の一部も必要に応じて用いる。小児科医は、身長、体重の測定や聴覚・視覚の異常の有無などを含めた診察、神経学的検査、筋肉との連動などをチェックする。


アセスメントが一段落したところで、子どもと保護者は昼食と休憩を取り、その間に担当者会議が開かれ、アセスメントの結果を話し合ってプロフィールを作成する。


昼食後、親子とスタッフが集合し、いよいよ「謎解き(Dymistification)」が行われる。この時点では、まだ総合的なレポートは出来上がっていないので、「とりあえず、こういうことだと思う」「とりあえず、こういうことをやってみよう」というにとどまるが、とにかく、これまで「謎」になっていた子どものつまずきについて解明しようという時間だ。特筆したいのは、これは最初から一貫して「子どもに対して」のコンサルテーションの時間であるということだ。子ども自身の自己理解を図ることが目的であるので、子どもにわかる言葉で語り、年齢の低い子には、絵やシールなども活用して、説明する。たとえば「きみは、覚える力が強いね。短期記憶も長期記憶もすばらしい。それから、言葉の力も優れているよ。読んだり聞いたりした言葉を理解したり、言葉を使って自分の考えや気持ちを伝えることも上手なんじゃないかい? それに、運動神経もよくてスポーツが得意だ。ただ、きみが少し困っているのはたぶん、注意といって大事なところに注目するとか、最後まで集中して取り組まなくてはいけないときに、苦労していることじゃないかな。・・・・これについての対策として次のような方法をいくつか試してみないかい?」といった具合だ。また、このアセスメントはあくまでも、その子への手助けをするためのものだというメッセージを繰り返し送る。その日1日かけてスタッフと子どもとの信頼関係を築き、誰にでも得意不得意があり、きみが「異常」なわけではないということを理解させ、本人が自己肯定感を持てるような時間になるよう、心を砕いているという。

3. ポストアセスメント
その後3~4週間かけて、保護者宛の報告書を作成する。全部でA4用紙32ページにわたる書類には、「なぜ読めない? 書けない?」といった問題に対して、たどり着いた結論と理由、根拠の説明と、家庭や学校での学習プランの提案などが記される。学習方法(strategy)の提案は具体的かつ詳細で、本人の学習方法、個別指導、教室での指導のそれぞれについて10項目前後もある。


レポートを送った後、家族と再度面談し、内容について理解できたかどうか確認し、質問などを受ける。また、レポートに記載された提案のすべてを一度に実行するのは難しいので、何から取り掛かっていくか優先順位をつける手伝いもする。要望があれば、その子が通う学校にも説明するという。その後1年間ぐらいにわたって、順調にいっているか、困ったことや質問はないか、学年の変わり目には新学期に向けての相談などをフォローする。


こうしたアセスメントおよびレポートは基本的には保険の適用外であり、とても高額な費用が掛かる。米国は日本に比べればはるかに、LDやADHDの子どもたちへの支援の制度は整っていて、IEP(Individualized Educational Plan)をもつ生徒には、その内容に沿って様々なサービスをすることになっている。にもかかわらず、全米から多くの親子がここを訪れるのは何故なのか。

 

「地域によっては、旧来のアプローチでアセスメントを行っているところも多い。また、判定をするスクールサイコロジストはあくまでも組織の中にあるので、予算の都合ですべての必要なサービスが認められるとは限らない。だから、外部の意見を求める親たちもいる」とイエーリン博士は言う。


そして何より、The Yellin Centerでは子どもたちにLDやADHDというラベリングをしない。「米国でも色々な捉えかたがあり、『この子は健常児かLD児か?』という見方をする専門家もいるが、私たちは、一人ひとり異なる学び方の人たちが入り混じって存在しているのだと思う」とイエーリン博士は言う。「ここに来るまでに様々な機関に相談に言った子どもたちは、さんざんレッテルを貼られてきて、自己評価が著しく低いことが多い。ある子のアセスメントをした日、母親が帰り道に電話をかけてきた。『うちの子が、後部座席で歌を歌っているんですよ! この子のこんな姿をここ何年も見たことがありませんでした』と。アセスメントはヒーリング(癒し)だと私は考えている。」


日本でも、学習につまずく子ども達への支援に関心はますます高まっていくと思われる。アセスメントは支援の基盤になるものだが、「診断」や「判定」のためのアセスメントでは、その子の「どこが悪いのか」を明らかにするに留まる。子どもに自分自身の強みと苦手について理解させ、「自分にあった学び方」を提案できるようなアセスメントの開発と、それを積極的に活用できるよう本人・家族を含む諸機関の協力体制の整備が期待される。 

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