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二十の段までの掛け算を習いましたか

ビピン・インドゥルキャ (東京農工大学)

2004年7月16日掲載

要旨:

インドでは、高校まででなく大学まで、カリキュラムがとても厳しい。しかし、教育の質は非常に貧しいものである。ただし、それでも勤勉であったのは、熾烈な競争のせいである。たとえば、理科系の大学または医科大学の入試を受けようとすると、試験は非常に難しく、良い先生に教わったか否か、実験設備がよかったどうかなどということは問題にならなかった。この競争を生き抜いた人々は皆、知識があり、工夫心に富み、独立心があった。しかし、子どもの教育を見てみると、遊ぶ時間がほとんどない。こういった勉強をすることで将来成功する可能性はあるが、子ども時代に外で友だちと泥あそびができなかった時間を埋め合わせてくれるのだろうか。

昨年、何人かの高校の先生も参加した新世紀の教育制度について考える研究集会が終った後、そのうちの一人が私に出身はどこかとたずねてきました。私が「インドです。」と答えたところ、意気込んで次のように言ったのです。「インドでは、子どもたちに二十の段までの掛け算を教えると聞きました。本当ですか。」

 

それ以来、違った機会に少なくとも三度か四度同じ質問をされました。どこからこんなことが出てきたのか判りませんが、多分インドの教育制度に関するテレビのドキュメンタリーとか、普通の人が見る機会の多いメディアの文章などからでしょう。インドでは最近IT産業が急速に発達しましたので、インドの教育制度に興味があるのだろうと思います。同時に、日本の基礎教育のレベルが下がっていることについての懸念があります。この二つが一緒になって、インドの教育制度のこの特徴に焦点をあてた報道か研究があったのではないかと思います。

もちろん、これは子ども達に二十の段までの掛け算を学ばせたら、教育レベルが上がるということではなく、強力な基礎教育カリキュラムは長期にわたる学習効果が期待できるということでしょう。インドでは、高校まででなく大学まで、カリキュラムがとても厳しかったことは確かです。これに気づいたのは、私がオランダの国際的な学校で修士課程に入ったときでした。非常に厳しい競争の結果、参加各国から1人から4人ずつ奨学生が選ばれてきていて、それぞれ自国では大変優秀だと考えられていました。しかし全体から見ると、インドの学生は私の同期ばかりでなく、それ以前の学生たちをも含めて、一貫して良い成績を上げているようでした。私自身について言えば、学部でのタイトなカリキュラムに慣れていていたので、自分に興味のある専門外の科目をいくつも勉強する時間があったほどです。その後、大学院で勉強するため米国へ渡りましたが、そこのカリキュラムはそれまでに増してのんびりしたものでした。アメリカでも、インド出身の学生は数学と理論で一貫してよい成績をあげ、教授陣の多くはインドの教育制度に対して高い敬意を払っていました。

しかしこのようなことはすべて、ゆがんだイメージを呈しがちです。そこで別の面も少しお話ししたいと思います。少なくとも私の経験によれば、インドのカリキュラムは厳しかったかも知れませんが、教育の質は非常に貧しいものでした。勿論、いい先生も何人かいましたが、大多数は教えることに大して興味がないようでした。学生の間の不穏な動き、ストライキ、抗議、その他の政治活動がいつも勉強の邪魔をしていました。実験室には適切な設備はない、など、など。それにも拘わらず、私たちは勉強をしたのです。少なくとも勉強をしたい者はしました。何故かですって?熾烈な競争のせいです。たとえば、理科系の大学または医科大学の入試を受けようとすると、試験は非常に難しく、良い先生に教わったか否か、実験設備がよかったどうかなどということは問題になりませんでした。試験問題がわかって合格したか、わからなくて落ちたのかのどちらかでした。このような厳しい競争のおかげで、これを生き抜いた我々は皆、知識があり、工夫心に富み、独立心があったのです。

私がインドを出たのはインドでIT革命が始まるずっと前のことであり、それ以来状況はかなり変わりました。しかし私はたびたび帰国していますので、私の見みるかぎり競争はさらに激しくなったと言えましょう。最近帰国した時、隣人が三歳の娘に幼稚園の入試に備えていろいろ教え込んでいるのをみました。この小さな娘はすでに英語のアルファベットを知っていて、三文字からなる単語のスペルも言え、百まで数えることができ、色や形や、その他いろいろのことを知っていました。彼女はとてもお行儀がよかったのですが、それは入試の際には態度も重要視されるからです(しかも、子どもだけでなく、両親の態度も!)。それでも、彼女に会ったとき、とても気の毒に思いました。強いプレッシャーを感じているのがわかったからです。その子は活発で元気な子どもでしたが、遊ぶ時間がほとんどなかったのです。後になって、彼女は希望の幼稚園へ入園できたと、家族から聞きました。最初のころは、幼稚園へ行く時に大泣きしていたのが、慣れてきたとのことでした。多分将来は、スマートなCEOか科学者、発明家、あるいは首相か大統領になるでしょう。でもこうしたことが、子ども時代に外で友だちと泥あそびができなかった時間を埋め合わせてくれるのでしょうか。

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