TOP > 所長ブログ > 何か変だよ、日本の発達障害の医療 【前編】過剰検査

このエントリーをはてなブックマークに追加

所長ブログ

何か変だよ、日本の発達障害の医療 【前編】過剰検査

榊原 洋一(CRN所長、お茶の水女子大学名誉教授、
ベネッセ教育総合研究所常任顧問)

2018年4月 6日掲載
中文
医学は自然科学であり、その応用である診療において、できるだけ科学的な根拠に基づいた診断や治療が必要とされています。エビデンスベーストメディスン(事実に立脚した医療)という言葉が現代医療のスローガンになっているのはそのためです。

さて疾患の診断のために科学的に必要とされる以上の検査を行うことは、患者さんの負担が増えるだけでなく、高騰する医療費をさらに増加させるために避けるべきとされています。考えてみれば当たり前かもしれませんが、例えば糖尿病の診断をするのに、脳波の検査をする必要はありません。もちろん行うことはできますが、医療費を病院に支給する保険支払い機関は、審査の上で不必要な検査費用(この場合は脳波検査)を査定し、病院には支払いません。日本の保険診療の良い点は、患者さんの病気の診断や治療に不必要な検査や治療費用は病院に支払わないことによって、医師が恣意的に不必要な検査をして、収入を増やすようなことを未然に防止していることです。

さて、以上は一般の疾患についての話ですが、子ども全体の7%が該当すると推測され社会的に大きな関心がよせられている発達障害の診療においても、表題にあるような過剰な医療が行われているのではないか、という私の積年の疑問について書きたいと思います。じつはこの問題は、近年私のもっとも憂えている問題であり、考えだすと夜も眠れないほど私を悩ませている問題なのです。

まず過剰検査についてです。

発達障害(注意欠陥多動性障害、自閉症スペクトラム、学習障害)の診断には、学習障害を除いて、この検査をすれば診断ができるといった検査がありません。血液検査や脳波検査、MRIなどの脳機能画像、さらには知能検査などの様々な心理検査によって、注意欠陥多動性障害や自閉症スペクトラムの診断をすることはできません。医師や医学、心理学研究者は、注意欠陥多動性障害や自閉症スペクトラムの診断をすることのできる検査法を必死に探していますが、残念ながらまだ見つかっていないのです。注意欠陥多動性障害や自閉症スペクトラムの患者さんの脳機能画像や遺伝子検査で特徴的な知見がえられていますが、診断には使えません。例えば、注意欠陥多動性障害の人では、前頭前野や尾状核という脳の部分の機能が低下していることが多いことが脳機能画像検査で分かっていますが、それは機能の平均値が統計的に低いという程度であり、定型発達の人と明確に分けることができないのです。遺伝子検査についても同様です。専門的になりますが、発達障害にはその診断の根拠になるような生物学的な検査所見(バイオマーカー)がないのです。これは発達障害に限りません。うつや統合失調症についても同じです。うつの傾向をみることのできる心理検査がありますが、それでうつの診断をすることはできません。

それでは医師はどうやって注意欠陥多動性障害や自閉症スペクトラムの診断をするのでしょうか。

そのために考えられ発刊されたのが、アメリカ精神医学会が定期的に発刊している「精神疾患の診断と統計マニュアル」です。定期的に改訂され現在は第5版が2013年に発行されています。このマニュアルには、発達障害を含むさまざまな精神疾患の診断基準が書かれています。「統計」という言葉がタイトルに使われているのは、その疾患の特徴的な症状を複数提示し、そのいくつ以上が該当すれば診断してよい、という統計的な基準が示されているからです。

アメリカの医学の教科書をみると、例えばADHDの診断には、本人の学校、家庭、地域等における行動の現在の特徴と、過去の経歴をできるだけ詳しく調べて、診断基準と照らし合わせることと明記されています。子どもの行動の特徴を評価するための質問紙(アンケート)も必要に応じて併用することも書かれています。しかし、特異的な検査や心理検査はないとはっきり明記されています。以下にいくつかの教科書の記載を示します。

「ADHDの確定診断のためのテストはない。むしろ診断は子どもに年齢不相応な不注意や多動・衝動性があり、そのために社会や学校で支障を来しているかを判断することにある」(Developmental and Behavioral Pediatrics)。「ADHDの診断は主に注意深い病歴聴取と面接、症状に寄与する因子の探索、身体診察、そしてもし必要ならば臨床検査によってなされる。行動評価アンケートは、症状の程度を知るために有用であるが、それだけで診断を確立するには不十分である」(Pediatrics)。もし必要ならばとあるのは、ADHDの症状を伴うような他疾患が疑われた場合に、という意味です(鑑別診断といいます)。

私はこうした標準的な診断方式を踏襲し、外来を受診されたお子さんの発達歴、現在の行動特徴を、親御さんと子どもをよく見ている保育士さんや塾の先生に上記教科書で推奨されている行動評価アンケートをお渡しして確認し、その上で診断するという方法を長年行ってきています。

しかし、最近大変びっくりした体験をしました。転居のため他院への紹介状をご家族が希望されたので、ADHDの診断と現在服用中の薬の情報を記した簡単な紹介状を出したところ、紹介先の発達障害を専門とする開業の医師から以下のような内容の返事が届いたのです。

「ご紹介ありがとうございました。初診時診断はADHDで良いと考えますが、正式な手続きで確定診断をだしてゆきたいと思います。今後当院で、厚生労働省研究班のADHD診断治療ガイドラインに従い、WISC, DN-CAS, K-ABC, BGT, (中略)頭部MRI, 血液検査を施行し今後の治療方針、学校との連携計画をたててゆきたいと思います。」

なお、正式というところには下線が引かれていました。

担当医師の熱心さは分かるのですが、なぜこのように診断に不必要な多数の検査をするのでしょうか?MRIや血液検査が、ADHD診断の正式な検査に含まれているという話は聞いたことも読んだこともありません。でも、この医師を責められないある事情があるのです。

それは、返事に書かれた厚生労働省研究班ADHD診断ガイドラインにあります。そのなかに「ADHDの医学的診断・評価フローチャート」というものが紹介されており、そこに「必須」の医学的検査として、身長・体重測定、脳波、血液検査(甲状腺機能を含む)、心電図、とあり、おこなった方がよい項目として頭部単純MRI, 頭部CTと記載されているのです。また、ADHDがうたがわれる子どもにはWISCの知能検査を必ずするようにかかれた診断のフローチャートが示されているのです。

これらの検査は、ADHDの鑑別診断(別の疾患が疑われた時に行う診断)として行われるべき検査であり、初診時に行う検査ではないのです。ADHDだけでは説明できない症状、例えば不注意や多動が次第に強くなってゆくような場合(進行性の神経疾患)、学校でまったく授業についてゆけない場合(知的障害)、けいれんなどがある場合(てんかんなど)には、血液検査やWISC、あるいは脳波検査が鑑別診断のために必要になってくるのです。

よく読むと、ADHDの診断・治療のガイドラインの文章そのものには、脳波、MRIなどは「鑑別診断のため」と書かれているのですが、それらも必須の検査であるとしている図表が示されており矛盾しています。米国などの教科書の診断の手順とはまったく異なるユニークな日本の診断の基準を、正式の診断方法と見なしてしまう医師が、例外的な存在であることを祈って一旦筆をおきたいと思います。

| 1 | 2 |

筆者プロフィール

sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめての育児百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
このエントリーをはてなブックマークに追加
サイトマップはこちら
サイトの全体像が分かります。

Twitter  Facebook

CRNアジア子ども学交流プログラム

名誉所長ブログ

イベント

ご意見・ご質問

メルマガ登録

世界の幼児教育レポート

CRN刊行物