CHILD RESEARCH NET

HOME

TOP > 所長ブログ > 所長メッセージ > 何か変だよ、日本の発達障害の医療(7) 知能検査の氾濫 その1

このエントリーをはてなブックマークに追加

所長ブログ

Director's Blog

何か変だよ、日本の発達障害の医療(7) 知能検査の氾濫 その1

English
子どもの心理検査の中でよく知られているのが、知能検査です。知能検査は100年くらい前に、人間の知的能力を客観的に測定するための方法として、フランスのテオドール・シモンとアルフレッド・ビネーという研究者によって開発されました。現在、世界中でよく使われるのがアメリカで開発されたWISCと呼ばれる検査法です。これはWechsler Intelligence Scale for Childrenの頭文字をとったものです。ビネーの開発した知能検査法を日本用に改定した、田中ビネー式知能検査もよく使われます。

さて現在の日本で、必要がないのに過剰に知能検査が行われるという事態が発生しています。行われている現場は、教育現場と発達障害の医療現場です。

医療現場における不必要な知能検査が行われていることは、以前この「何か変だよ、シリーズ」で「過剰検査」というタイトルで触れたことがあります。日本のある研究グループが作成した「注意欠如・多動症-ADHD-の診療・治療ガイドライン」という本で、注意欠陥多動性障害の診断の「必須」の検査として取り上げられていたため、それが広く信じられるようになったのです。

この研究グループが厚労省の研究資金で作成したものであったため、あたかもこの基準が国の基準であるかのように誤解されたのです。今、この誤解がさらに広まるような事態が発生しています。

注意欠陥多動性障害の治療薬として使われているメチルフェニデートという薬は、講習を受けた上で登録した医師しか処方できないことになっていました。最近その制度が強化され、すでに登録をしていた医師も再度e-ラーニングによる講習を受けるだけでなく、推薦状や、これまでに診療した患者さんについての症例レポートを出すように求められたのです。もちろんe-ラーニングは強制ではありませんが、受講しないと今年の6月以降、これまで治療してきた注意欠陥多動性障害の子どもたちにこの薬を処方することができなくなります。注意欠陥多動性障害の薬による治療は平均3年間程度必要です。こうしたお子さんを治療している医師は、医師としての責任があり、いやでもe-ラーニングを受けて再度登録をしなくてはなりません。

さて今回の誤解が広まるような「事態」というのは、1万人以上いると言われるメチルフェニデートを処方している医師が受けなくてはならないe-ラーニングの教材の内容のことです。教材の中に注意欠陥多動性障害の診断について説明する画面があり、その中で、診断に必須の検査として「脳波」と「WISC検査」と書かれているのです。多くの医師は、注意欠陥多動性障害の診断は、DSM注1やICD注2という診断基準に示された症状があるか、詳しい病歴聴取と家庭や学校における行動の確認であることは知っているはずです。しかし、こうした教材を通じて、脳波やWISCをしなくてはならないと思ってしまう医師が出てくる可能性があるのです。

すぐに、国際的な診断基準や神経学の教科書に記載されている「心理検査によって診断の確度は上がらない」「診断は詳細な発達経過や行動の観察による」という記載のコピーを、e-ラーニングを作成した委員会に送り、変更を求めましたが、まだ返事がありません。

以前の「何か変だよ、日本の発達障害の医療」の「過剰検査」についてのブログをお読みくださった心理の専門家の方から、「最近注意欠陥多動性障害の疑いの子どものWISC検査が急増し、WISC検査が本当に必要な子どもの検査に支障が出ている」というメールを頂いており、現在の日本の状況は私だけの杞憂ではないと思います。

こうした知能検査の氾濫は医療現場に限ったことではありません。教育現場での氾濫についても、改めて書こうと思います。

 
  • *注1:精神疾患の診断・統計マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)と呼ばれる、アメリカ精神医学会が刊行した診断基準が記載された書籍。
  • *注2:疾病及び関連保健問題の国際統計分類(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems)と呼ばれる、WHOによる様々な疾病の統計で、診断基準として使われている。




筆者プロフィール
sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)、「子どもの発達障害 誤診の危機」(ポプラ新書)、「図解よくわかる発達障害の子どもたち」(ナツメ社)など。
このエントリーをはてなブックマークに追加

TwitterFacebook

インクルーシブ教育

社会情動的スキル

遊び

メディア

発達障害とは?

所長ブログカテゴリ

アジアこども学

研究活動

所長ブログ

Dr.榊原洋一の部屋

小林登文庫

PAGE TOP