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所長ブログ

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何か変だよ日本の発達障害の医療(8) スクリーニング陽性は診断ではない

榊原 洋一(CRN所長、お茶の水女子大学名誉教授、
ベネッセ教育総合研究所常任顧問)

2020年10月30日掲載
すでに何回か本ブログで紹介してきましたが、日本の発達障害、特に自閉症スペクトラム障害の過剰診断が引きも切らずに続いています。過剰診断の実情について訴えた拙著*を出版してから半年が経ちましたが、ほぼコンスタントにセカンドオピニオンを求めて私の外来に、「自閉症スペクトラム障害」という診断を受けた子どもたちが受診されます。もちろん、確かに自閉症スペクトラム障害という診断通りの場合もありますが、親御さんがどうしても診断に納得できないという場合は、大抵過剰診断であるというのが実情です。本当にどうしてこんなにも過剰診断が多いのでしょうか?

私の経験上、過剰診断の原因の多くは、自閉症スペクトラム障害の早期診断用に開発されたチェックリストの誤用によるものと思われます。日本でも1歳半健診などで広く使われるようになっているM-CHAT(Modified Checklist for Autism in Toddlers)は、アメリカで開発された自閉症スペクトラム障害の疑いのある幼児を早期に発見するためのツールです。23項目の子どもの行動に関するチェックリストに回答すると、自閉症スペクトラム障害の可能性のある子どもを早期発見することができるというものです。M-CHATの開発者や日本語バージョン作成者は、その使い方を丁寧に説明しています。実はその使い方を順守すれば、過剰診断はそう簡単には起きないはずなのですが、残念ながら、私の外来にセカンドオピニオンを求めに来る保護者のお子さんに自閉症スペクトラム障害という診断をつけた専門家の方々はその使い方を順守していないようなのです。

ではその正しい使い方とはどのようなものでしょうか? M-CHATでは質問項目に示された、普通の発達を示す行動でできないものの数と、自閉症スペクトラム障害の特徴的な行動の数を足し合わせて、ある数(カットオフ値)を超えた場合に、自閉症スペクトラム障害である可能性がある、と判断します。例えば普通の発達で見られる行動については「何か欲しいものがある時、指をさして要求しますか?」、逆に自閉症スペクトラム障害の子どもによく見られる行動例としては「ある種の音に、特に過敏に反応して不機嫌になりますか?」という項目が挙げられています。

M-CHATの開発者は、カットオフ値を超える得点をとった子どもには、ある期間を置いて再度検査し、2回ともカットオフ値を超えていた場合には、専門家による行動の精査を行うと共に、経過を観察し、自閉症スペクトラム障害であるかどうかの確定診断をするように勧めています。

このような2段階(スクリーニングとその後の精査)のステップを丁寧に行うことによって、自閉症スペクトラム障害になる子どもの早期診断につながることが期待されており、実際に成果が上がっています。

ではM-CHATで陽性(可能性がある)と判断(まだ診断ではありません!)された子どものうち、どのくらいの割合の子どもが実際に自閉症スペクトラム障害と確定診断されるのでしょうか。この割合のことを陽性的中率と言いますが、これまでの調査で約50%と言われてきました。私はこの数字を拙著で示し、「M-CHAT陽性と判断された子どものうち二人に一人は自閉症スペクトラム障害ではない」と警鐘を鳴らしてきました。なぜなら、私の外来にセカンドオピニオンをききにきたお子さんの多くは、たった一回のM-CHATないしはそれに類したスクリーニング検査(PARSなど)で、医師から「自閉症スペクトラム障害です」という「診断」をされていたケースだったからです。

最近この陽性的中率についての、驚くべき調査結果がアメリカから発表されました**。アメリカのユタ州で行われた調査では26,362人の子どもに対してM-CHATによるスクリーニングを行い、陽性と判断された子どもを専門家がフォローアップしました。その結果、自閉症の専門医ではない一般小児科医がM-CHATを使用すると、陽性的中率はなんと17.8%という低い値だったのです。幼児期に1回ないし2回M-CHATによるスクリーニングを行い、陽性と判断された子ども(704人、2.4%)のうち、その後、専門家によって自閉症スペクトラム障害と確定診断されたのは125人(陽性的中率17.8%)だけであったのです。

私にセカンドオピニオンを求めてこられたお子さんの大部分は、M-CHATなどのスクリーニング検査で陽性判断されたと同時に、自閉症スペクトラム障害と診断されていました。上記のユタ州の調査結果を当てはめれば、スクリーニングで陽性とされた子どもの80%以上は自閉症スペクトラム障害ではないのです。

ユタ州の調査結果をそのまま日本に当てはめることは出来ませんが、自閉症スペクトラム障害の早期診断という名目のもとに、多くの子どもが不必要な療育を受け、親が不必要な心配をしていることが想定されるこの現況をなんとかしなくてはならないと、ほぼ怒りに近い気持ちを抱いています。


    参考:
  • *「子どもの発達障害 誤診の危機」ポプラ社新書 2020
  • ** Carbone, P.S., et al. Primary Care Autism Screening and Later Diagnosis. Pediatrics, Vol. 146, e20192314, 2020.


筆者プロフィール
sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。小児科医。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)、「子どもの発達障害 誤診の危機」(ポプラ新書)、「図解よくわかる発達障害の子どもたち」(ナツメ社)など。
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