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所長ブログ

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自己肯定感が低いこと

榊原 洋一(CRN所長、お茶の水女子大学名誉教授、
ベネッセ教育総合研究所常任顧問)

2019年5月24日掲載
本ウェブサイトの「データで語る日本の教育と子ども(第3回参照)」(木村治生著)でも触れられているように、日本の子どもは自己肯定感(自尊感情)が低いといわれています。自己肯定感が低く本来もっている能力を発揮できないとすると、日本の未来にとって憂うべきことです。保育・幼児教育の分野の、子どもの自己肯定感を高めようというキャンペーンも、日本の子どもの自己肯定感が低い、という言説の影響だと思われます。

確かに低すぎる自己肯定感は困りものですが、日本の子どもの自己肯定感は、世界の中でも低く、またそのための弊害がでているのでしょうか。

子どもは生物学的な要因(遺伝子)と周囲の環境から影響をうけながら発達してゆきます。子どもは言語や社会的文化的習慣を、周りの大人から学んでゆきます。例えば国民性と呼ばれる社会的文化的行動特徴は、周りの大人をロールモデルとすることによって引き継がれてゆくのです。 

では、子どもの自己肯定感は、周囲の大人から影響を受けるものなのでしょうか。ここに興味深い研究結果があります。Schmittという研究者は、世界53カ国の大人の自己肯定感を世界的に定評のある評定尺度(Rosenberg)を使って比較する、という研究を行っています *。日本はジェンダーギャップ指数などが世界で最下位という不名誉な立場にありますが、子どもの学力や健康指数では、これまで世界のトップを争ってきました。経済力や科学研究などの分野においても、少し勢いが下がってきたとはいえ、決して世界の中でひけをとらない立場にいます。そうした社会状況の中にいる日本の大人の自己肯定感はどうなっているのでしょうか。

Schmittさんの調査では、なんと日本の大人の自己肯定感は53カ国中最低だったのです。最下位5カ国は日本、香港、台湾、バングラデシュと4カ国がアジア圏の国で占められ、アジア以外ではチェコのみでした。これらの国に共通することを考えてみても思いつきません。経済的な発展ではありませんし、宗教でもなさそうです。理由はどうあれ、日本の子どもは世界一自己肯定感の低い大人に囲まれて育っているのです。

保育や教育界では、子どもの自己肯定感を如何に高めるかさまざまな努力がされていますが、大人の自己肯定感を高めることが必要だという話はあまり聞きません。前述のジェンダー格差に関することなど、分野によっては世界の標準と比較すると改善の余地のあるところはあるとは思いますが、日本の多くの大人は、日本は世界の中で比較的ましな国であると信じているのではないでしょうか?

ですから「そうした自分自身の自己肯定感の低さを棚にあげて、やれ子どもの自己肯定感が低いとか、やれ自己肯定感を上げなくてはならない、といっている大人のなんと多いことか!」とチコちゃんに叱られそうな状態(笑)なのかもしれません。

とはいえ、子どもの自己肯定感が世界一低いとしたら、チャイルド・リサーチ・ネットとしては、傍観しているわけにもいきません。長い人生が待ち構えているのですから、せめて大人よりは高い自己肯定感をもってもらいたいというのは、自然な感情だと思います。

そこで私は、文部科学省から科研費 **を頂いて、日本と近隣のアジア3カ国の5歳児と7歳児の自己肯定感を比較する研究を行いました。大人の自己肯定感の評価は、自分で記入する質問紙を使いますが、子どもの自己肯定感は親が記入する質問紙による方法と、子どもにも分かりやすい絵を使って子ども自身に答えてもらう方法(Harter Pictorial Scale)を併用して、親の主観や子どもの言語力を勘案した調査方法を採用しました。

調査の結果、親による評定、子ども自身の自己評定どちらでも、日本ではないある国の子ども(5歳児、7歳児)の自己肯定感が、最も低いことが分かったのです ***。日本はその国に次いで低かったのですが、少なくとも日本の大人のように世界一低くはなかったのです。またすべての国で、5歳児に比べて7歳児の方が低い自己肯定感をもっていました。小学校にあがることで自己肯定感が低下するのです。

日本の大人の自己肯定感は低いのですが、前にも述べたように、その低い自己肯定感をもつ大人たちが構成している日本の社会は、経済、科学、安全などの多くの部門で世界の中で決して見劣りするような社会ではないと思います。またここでは国名は述べませんが、子どもの自己肯定感が日本より低いという結果が出た国は、アジアの国の中では社会、経済、文化の面で、かなり繁栄している国なのです。

低すぎる自己肯定感を向上させる努力は必要ですが、あまり自己肯定感という心理的尺度に縛られる必要はないのではないでしょうか。


  • * Schmitt, D.P., & Allik, J.(2005). Simultaneous administration of the Rosenberg Self-Esteem Scale in 53 nations: exploring the universal and culture-specific features of global self-esteem. J Pers Soc Psychol. 89:623-642.
  • ** 2014-2017 文科省科研費 基盤研究(B)日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか〜アジアとの比較と要因研究、研究代表者 榊原洋一
  • *** 榊原洋一他、(2017)アジアにおける子どもの自尊感情の国際比較、チャイルド・サイエンス. 14:39-43. https://www.blog.crn.or.jp/kodomogaku/pdf/14_sakakihara.pdf
筆者プロフィール
sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめての育児百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
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