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所長ブログ

障害より障碍の方が良いのか?

榊原 洋一(CRN所長、お茶の水女子大学名誉教授、
ベネッセ教育総合研究所常任顧問)

2018年7月 6日掲載
障害をもつ子どもに対する無理解や偏見がなかなか無くならないことは、すでに「何か変だよ」シリーズのブログで書いてきました。私たちの中にある、自分たちと同じでない者や事に対する心理的なメカニズムがこうした偏見の根底にあるのかもしれません。

こうした偏見やそれに基づく差別をなくす試みの一つであろうと思うのが、「障害」という言葉そのものを使わないようにすることです。発達障害や、その他の障害に関わる人々の間で、このような考えに基づいて言葉の言い換えがされていることがあります。

障害をもつ子どもが、偏見や無理解の対象になるのは、文字に黙示される悪い意味のせいだ、というのです。特に「害」という字に悪い意味があるということで、「がい」とひらがなで書いたり、あるいは「害」の代わりに「碍」(発音はガイ)を使うのです。

私は、こうした考え方に賛成できません。私たちの中にある障害に対する偏見や無理解は、その言葉にあるのではなく、前述したように、自分と異質の状態を理解したくない、あるいは受け入れたくないという心理的機転にあると思うからです。

「害」を「がい」と開いて書けば、「害」という字が、私たちの中に悪いイメージを引き起こすことを防ぐことができるという思いがあるのでしょうが、問題は「害」という字ではなく、「害」という字をみると私たちの中に悪いイメージが引き起こされるという心理的機転にあるのではないでしょうか。

「障碍」に至っては、お話になりません。「碍」という字に悪い意味がないと信じているのだと思いますが、漢和辞典を見れば「碍」という字と、その元字(碍は略字)である「礙」には、「さまたげる」「邪魔をする」「さわり」といった「害」とほぼ同じ意味があるのです。中国では現在でも「障碍」という言葉が日本語の「障害」と同じ意味で使われています。多くの人になじみのない字に置き換える事によって、カモフラージュしているようにさえ思えてしまいます。

筆者プロフィール

sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめての育児百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
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