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インクルーシブ教育を考える 「子どもが逃げる場所を作る」ことの意味

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先日障害をもつ子どもともたない子どもを一緒に保育する「インクルーシブ」を実践している東京都郊外のT保育園を見学してきました。保育室の内部には、子どもが一人っきりになりたい時に隠れられるコーナーがあり、見学時にもその時の集団活動に気乗りしない子どもが、そこで別の保育士と遊んでいました。保育室の外の廊下にも、押し入れのように身を隠すことのできる小さな個室があり(写真参照)、保育室の中にいたくない子どもは、保育士に断ればそこに入ることができるようになっていました。子どもの作品やカラフルな絵などで飾られていることが多い保育室の壁も、子どもが活動に集中できるように極めて簡素な作りになっていました。

見学後の懇談会の中で、とても印象的な言葉が園長先生の口から出ました。インクルーシブ保育を行う上で園長先生が大事にしていることの一つが、「子どもが逃げる場所を作る」ことだというのです。私は我が意を得たりと、とても嬉しくなりました。

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子どもが一人っきりになれるコーナーに"隠れて"みた筆者

なぜ、我が意を得たりなのか、以下に説明します。
障害をもつ子どもの診療を行ってきた長い経験の中で、親御さんや教育関係者がこちらの耳にタコができるほど「少人数クラスの方が発達障害の子どもに良い」とおっしゃるのを聞いてきました。私がなぜ、と聞くと、どうしてそんな質問をするのかといった調子で、「当然子どもに目が届きやすいからです」という言葉が返ってきます。保育士や幼稚園の先生であれば「子どもを見守る」のが保育の原則であると答えるかもしれません。

しかし私は以前から、園や学校(特に小学校)では、子どもは教師からだけでなく、周りの子どもから学ぶと強く思ってきました。例えば言葉の発達がゆっくりだった幼児が、保育園や幼稚園に入園した途端に言葉が急に増えてくるのも、そうした周りの子どもたちからの影響の大きさを物語っています。周りの子どもからの影響は、少人数クラスより多様な子どもがたくさんいる大人数クラスの方が質・量ともにまさっています。

少人数クラスが良いという考えは、子どもの学びの多くは教師との関わりの中で獲得されるという考え方に基づいているのではないでしょうか。もちろん多くの先生方が、自分は子どもの教育の進度に責任があると考え、日夜努力されていることも事実ですが、子どもは教師以外の子どもとの関わり合いの中でも学び伸びてゆきます。

発達障害の種類にもよりますが、そうした特性をもつ子どもは対人関係における様々な困難をもっていることが多いものです。少人数クラスで常に保育士や教師から「見守られている」子どもは、そのことによるストレスを感じていることも少なくないのです。

でも、少人数より大人数の方が周囲にいる他人が多くてかえって大変なのではないか、という声も聞こえてきそうです。実は周囲にいる大勢の子どもたちは、保育士や教師とその子どもの間に入る緩衝役(バッファー)あるいは調整役になる存在であり、発達障害をもつ子どもにとっては、その中に紛れ込むことが避難所にもなりえるのです。

大学の大講堂のような階段教室で行われる大人数の講義と、少人数のゼミにおける学生と教師の関係を例に考えても良いでしょう。大講堂では教師の目を盗んで、他の大勢の学生の間に紛れて居眠りをすることができます(私も学生時代によくやりました)。また、先生の質問が理解できなくても他の学生の答弁から学ぶことができます。しかし少人数ゼミではどうでしょうか。常に緊張感を保たなければなりません。

どうでしょうか? やや強引な議論かもしれませんが、園長先生の「子どもが逃げる場所を作る」は、私の「発達障害をもつ子どもにとって、必ずしも少人数クラスが大人数クラスより良いわけではない」という考えを裏打ちしてくれているような気がしたのです。


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筆者プロフィール
sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。小児科医。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)、「子どもの発達障害 誤診の危機」(ポプラ新書)、「図解よくわかる発達障害の子どもたち」(ナツメ社)など。
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