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【インクルーシブな社会の実現を目指して】インクルーシブ保育実現のために専門家や保護者と共に実践していること

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東京都羽村市にある「太陽の子保育園」では、10年近く前から園長の大庭正宏先生を中心にインクルーシブ保育に取り組んでいます。園全体でインクルーシブ保育を実践する上で、保育者の育ちを支える研修や環境をどう整えているのか、さらに保護者とはどのようなコミュニケーションを心がけているのか、前回に続き、CRNの榊原洋一所長が大庭園長にうかがいました。

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大庭正宏
(社会福祉法人陽光福祉会 太陽の子保育園園長)
榊原洋一
(CRN所長)
発達支援では、トライアンドエラーが何より大切

榊原:太陽の子保育園では、とても自然な形でインクルーシブ保育を展開されています。こうした実践では、すべての保育者の意識やスキルを高めていくことが欠かせないと思いますが、園内研修などはどのように行っているのでしょうか。

大庭:園内研修は、保育を担当する職員を対象として、講義形式のものやカンファレンス形式のものなどを合計で年間14回実施しています。ただ、研修で学ぶ知識やスキルも大切ですが、どちらかというと実践で試行錯誤し、支援の引き出しを増やしていく側面が大きいですね。発達支援においては、試してダメだったら次の方法に移るというトライアンドエラーの繰り返しが、非常に重要です。

例えば、子どもが1人で過ごせる「リソースルーム」は、初めは部屋の隅に段ボールで作りました。実際に使う様子を見ていると、子どもによって、あるいは同じ子どもでも状況に応じて合うかどうかが変わることが分かりました。そこで、もっと静かな場所で1人になれる環境を作ろうと、保育室外にも設置をするなど工夫を重ねました。そのうち、散歩カートの中にいると落ち着く子どもがいると気づいたり、屋外の行事では1人で過ごせるテントを設置すると落ち着いて参加できるケースがあったりと、様々な気づきを踏まえて数を増やしていきました。

1日の流れを絵カードで伝える手法についても、「この子は細かく場面を伝えると動きやすい」「この子は個別に見せたほうが混乱しない」など、子どもによって適した方法が異なるため、今はクラスや子どもによって使い方を工夫しています。要するに、リソースルームにしても絵カードにしても、決まった答えはありません。試行錯誤ができる保育者に育ってくれると、外部の研修などに参加する以上に、子どもへの理解が深まり、支援の幅も広がっていきます。

実践を通した試行錯誤で、支援の引き出しを増やす

榊原:支援の引き出しを増やしていくことが大切なわけですね。

大庭:そう思います。支援の引き出しが増えないと、保育者は支援に行きづまってどんどんしんどくなりますから、園として引き出しを増やすサポートを大切にしています。例えば、臨床心理士や言語聴覚士、作業療法士などに子どもの様子を見てもらい、アドバイスを受けられるようにしています。ただ、もらったアドバイスのまま試すだけでは、上手くいかない場合がほとんどです。目の前の子どもが何に困っているかをつかみ、それに合わせてカスタマイズする姿勢がないと、「絵カードを勧められて試したけれども、反応がよくないので1週間でやめました」となりかねません。

そのように、保育者同士が発達障害などに関する一般的な知識や支援方法などをベースに共有した上で、とにかくよく話し合い、アイデアを出し合っています。もともと保育者は現場で実践をするのが得意ですから、「こんな方法を試してみたい」などと様々な提案をしてくれて感心させられることが多いですね。

子どもが何に困っているかを具体的に保護者に伝える

榊原:保護者とのコミュニケーションも重要だと思いますが、どういった考え方で情報の伝達や共有をされているのでしょうか。

大庭:他園では、保護者にお子さんが発達障害であることをいかに認知してもらうかに苦慮されていると聞くことがあります。しかし私は、それが支援のスタートともゴールとも思っていません。本園が保護者支援において何を重視しているのかというと、お子さんが発達障害であるかどうかという以前に、その子が何に困っているのかをしっかり理解してもらうことです。園がどれだけ頑張っても、やはり子どもにとって最も大きな環境は家庭です。子どもが抱えるしんどさを保護者が理解し、家庭が許容的で包括的な場所になると、目に見えてパニックが減るなど、子どもの姿は大きく変わります。もちろん、そうなるまでに保護者には葛藤がありますから、そこは保護者の気持ちに寄り添いながら丁寧に伝えて共有することを大切にしています。

榊原:保護者に対して、具体的にはどのような伝え方をするのでしょうか。

大庭:「こんな特性がありますよ」といった言い方ではなく、「園生活の中でこういう場面でしんどい思いをしていて、パニックを起こすことがあります。そのため、園ではこんな対応をしています」などと、子どもの姿やそれに対するアプローチと結果を具体的に伝えます。園の対応がうまくいかない場合は、それも含めて事実を説明します。さらに年に1、2回、すべての保護者と1時間の個別面談を行い、基本は傾聴を心がけながら、子どもの姿について共有します。基本的に園側から療育などを勧めることはしませんが、そうしたコミュニケーションの中で保護者から療育を受けたいと申し出があれば紹介することもあります。

榊原:いきなり「ADHDかもしれない」などと言われると、保護者は気が動転してしまい、コミュニケーションが成り立たなくなるといった話はよく耳にします。医師は障害の診断をしますが、保育者には別のアプローチが求められるのでしょう。大庭先生が実践されているとおり、「お子さんは多くの人に囲まれると、落ち着かなくなってしまいます」などの状況を具体的に伝えると、保護者は受け入れやすくなります。そのように子どもの姿を通して理解を促すことは、とても大切だと思います。

誰にとっても少し余裕のある環境を追究する

榊原:一方で、いわゆる定型発達の子どもの保護者に対する情報発信で意識されていることはありますか。

大庭:ほかの保護者から、「どうしてあの子だけ特別扱いをするのか」といった意見を聞くことはまずありません。そういう状況が起こりうるとしたら、子どもの側に「あの子だけずるい」といった思いがあり、それが保護者に伝わるケースだと思います。本園では、例えば子どもが活動から外れて保育者と1対1で遊んだり、リソースルームで1人になって過ごしたりしていても、ほかの子どもは「ずるい」とは感じません。なぜなら、もし自分がしんどい気持ちになったら、保育者が同じように寄り添ってくれると分かっていますし、リソースルームを自由に使えるからです。さらに、子どもは友だちの様子を本当によく見ており、「今、あの子はそういうサポートが必要な時期だから」といったことを理解しています。例えるなら、「Aちゃんは、ボール遊びがあまり好きじゃないから、このゲームに参加しないんだよね」といった自然な感覚で違いを受け入れているように見えます。

榊原:ある特性をもつ子どもだけを手厚く見るのではなく、あくまでもすべての子どもが過ごしやすい環境を意識されているからこそ、そういう感覚が育つのでしょう。

大庭:障害のある子とない子でメリットが異なっていては、意味がないと思っています。そうではなく、誰にとっても少し余裕のある環境を追究することで、子どもも保育者も気持ちが楽になるはずです。例えば、階段にスロープが設置されると、健常者にとっても便利ですよね。インクルーシブ保育も、そういうことではないでしょうか。

一人ひとりの強みを伸ばせるインクルーシブ保育を

榊原:今後の新たな展開として考えていることはありますか。

大庭:インクルーシブ保育に取り組む中で、加配(障害のある児童を保育所へ受け入れるための保育士が配置される制度)には問題点があると感じていました。これまで加配は、特別な配慮を要する子どもなどの「個」に対して行われる仕組みでしたが、これはすべての子どもに分け隔てのない保育をするというインクルーシブ保育の考え方から外れていると思います。そのことを自治体に説明し、2023年度から「個」ではなく「環境」に対して加配をする制度に変更してもらいました。

榊原:大きな前進ですね。保育は、ある程度、地域行政から仕組みを変えられる側面があるので、まず草の根から変革に着手し、それが次第に国レベルに広がっていくといった流れが起こるとよいと思います。

大庭:インクルーシブ保育の環境を整え、障害の有無などにかかわらず、あらゆる子どもを受け入れていくことは、今後必須になると思います。榊原先生のお考えでは、発達障害をもつ子どもと、そうでない子どもは明確に線引きができないとのことですし、グレーゾーンと呼ばれる子どもも増えています。さらに愛着面で問題を抱える子どもも増えているといわれています。

社会の動きを考えても、5年先、10年先に必要になる力はもはや予測できません。今は英語やICTの力が求められるとしても、この先ずっと同じものが求められるかどうかは誰にも分かりません。そうした不透明な社会においても、自分の強みを自覚して、その強みを使いこなす能力は、間違いなく必要です。少子化の側面から考えても、一人ひとりの子どものポテンシャルを引き出し、社会参加できる大人を増やしていくことが、一層重要になるでしょう。一人ひとりの強み、言い換えると才能を伸ばしていくのが、インクルーシブ保育であると考えています。こうしたインクルーシブ保育のポジティブな側面にもっと光が当たって広がっていくことを願っています。

榊原:全く同感です。本日はとても貴重なお話をどうもありがとうございました。

筆者プロフィール
Masashiro_Oba.jpg 大庭 正宏 (おおば・まさひろ)

学習塾の副代表を経て、社会福祉法人陽光福祉会理事長兼太陽の子保育園園長。2012年より続けているフィンランドの保育園視察で学んだインクルーシブ保育をモデルに、東京都羽村市にて運営している2つの保育園にてその実践に取り組んでいる。さらに、児童発達支援事業所「発達支援Kiitos羽村」を通じてインクルージョンを地域へと広げる活動を行うとともに、白梅学園大学では非常勤講師としてインクルーシブ保育に関する講義を担当している。


sakakihara_2013.jpg 榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。小児科医。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)、「子どもの発達障害 誤診の危機」(ポプラ新書)、「図解よくわかる発達障害の子どもたち」(ナツメ社)など。
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