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【インクルーシブな社会の実現を目指して】アートが実現するインクルーシブな世界Ⅰ~本人の望まない、違う誰かにしたくない~

要旨:

滋賀県甲賀市にあるやまなみ工房は、地域の障害者が通所する福祉事業所。障害者のアート活動の拠点として知られていて、その作品は国内外で高い評価を受けています。現在95人の利用者がいて、中には海外のギャラリーと専属契約を結んでいる作家もいます。しかし、施設長の山下完和さんは、アート活動の目的は公募展に入賞することでも、作品が売れることでもなく、本人たちが今日一日を幸せに過ごすことであり、地域の人々が彼らの魅力に気づいてくれることだと言います。共生社会の実現のために何が必要なのか、CRNの榊原洋一所長と対談していただきました。

写真・文章:木下真(福祉ジャーナリスト)

キーワード:

障害者、アート、共生社会
English
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榊原洋一(CRN所長)
山下完和(やまなみ工房施設長)
作品の評価よりも、みんなと一緒に過ごしたい

榊原:私は小児科医で、自閉症や知的障害などの発達障害のある子どもたちをたくさん診てきています。ですので、そういう子どもたちの中に、絵を描くのが大変好きで、上手い子どもがいることは知っています。ただ、このやまなみ工房に来て、甲賀市という人口約9万人の限られた地域に100人近くのアートを楽しむ障害のある方がいて、こんなにすごい作品が作られているなんてとても驚きました。 私たち人間は共同の社会に生きていくために、共通の言語とかルールとかを作って、みんなでそれに合わせて生きていくことになります。ただ、中には、話をしたり、字を書いたりすることが上手くできず、自分の意思を伝えるのが難しい人もいるわけです。でも、実際には内面にいろいろな心の世界があって、こんなにも豊かな表現が生まれる可能性がある。大変感動しました。

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やまなみ工房内ギャラリーgufgufにて

山下:ありがとうございます。やまなみ工房は1986年に3人の利用者からスタートしました。この町には、18歳以上の障害のある方たちの働く場所がなかったのです。本人に能力があっても、意欲があっても、なかなか彼らは受け入れられなくて、ほとんどの人が在宅生活を余儀なくされていました。その方々の居場所を作ろうというのが開所の目的です。

当初は、いかに社会に適応できるか、就労に結びつけるか、いわゆる労働という型に当てはめようと漠然と考えていました。しかし、僕は福祉の専門家でもないし、美術の専門家でもないし、こうあるべきという基準が、ほとんどなかったのです。だから、何かを指導したり、教えたりではなく、ただ彼らが心地よく過ごせることだけを大切にしようと思いました。

榊原:障害者と言っても、私たちの多くは障害者に対して標準化された考えしかもってないわけです。仕事と言われても、封筒張りや清掃作業ぐらいしか思いつかない。そのような仕事がいけないと言っているわけではなく、私たち自身の想像力が乏しくて、それぐらいしか頭に浮かばないのです。

そうではなくて、例えば、ここには一日一本の線を引くのを生きがいにしている人がいますが、これは私たちのように型にはまった人間には想像もつかないことです。彼にとっては人生のひとつのやすらぎであるし、上手く引けると「やったな」という気持ちになるわけです。そして、それが自分が生きていることの表現であり、証しでもあるわけです。

ところが、悲しいかな、私たちは、生きがいといっても、私たちの仕事のミニチュアのようなことしか思いつかない。だから、本人が特別なセンスをもっていても、それを発揮してもらう環境がなかなか作れないのです。

でも、山下さんは、それを専門家の立場からではなくて、人間力などという言葉を使うのはちょっと嫌なのだけれど、何かそういう力で形にされている。本人にとっては意味があっても、第三者にとっては何の意味も感じられないようなことを、思う存分やらせてあげている。それも、指導するのではなくて、一緒におもしろがっている。

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神山美智子さん。1枚の絵の中に1万人以上の小さな人物を描き込むこともある

山下:それは僕が何か戦略的にやったというわけではなくて、社会の理想に近づけるよりは、彼ら自身の希望に近づきたいなと思っただけなのです。

そもそも初めて障害のある人たちと出会って、ひたむきにご自身の世界を構築していく姿が、僕にとってはとてもカッコよく見えたのですね。というのは、僕はそれまで人の目ばかり気にして、人と違うことを恐れて、自分の好きなことも好きと言えずに生きてきました。それが当たり前と思っていたのですが、社会の評価に関係なく、他の人には無意味に思えるようなことでも、ひたすら一生懸命、一途にやり続ける彼らの姿がとてもカッコいいなと思って、そのカッコいい彼らに「嫌われたくないな。必要とされる自分でありたいな」というところから、すべては始まっている気がしますね。

僕の価値観や物差しで、「そんなことしちゃダメだよ。意味ないよ。こうしなさい」と、ひとりの人間を違う誰かに作り上げていくような、そういうことはしたくないなという思いがありました。

榊原:それはとても大事なことだと思います。ここで100人近い方がいろいろなことをされているわけですね。中には作品の価値が認められて、ニューヨークで展覧会をやるような人もいる。でも、そういう人も「独立して自分でやります」ではなくて、「ここに居たい」と主張される。彼らにとっては自分の作品が売れるかどうかよりも、本心で「いいよ」と言ってくれる優しい人と、心地よく一緒に過ごしたいと思っている。そこがやまなみ工房のすごいところですね。

山下:本人も「本当は絵が好きだ」ということではないと思うのです。それよりも、自分の世界が保障されているとか、気に入った人と何となく一緒に過ごせるとか、そういったことが理由かなと思います。

下請け作業をしているときは不良品を出す天才ばっかりだったのです。規格に対応するのが苦手な人たちですから、何度も失敗する、でも絵や創作活動はそもそも失敗がなく、全部成功ですし、自分の喜びを我が事のように喜んでくれる人がいるというのは、何よりも彼らにとって居心地がよかったのではないかと思います。

同じことを一緒にやるのが共生ではない

榊原:障害者福祉の関係者の中には、こういう田舎の広々とした場所でやっていると、「それは共生と言えるのか」と疑問を抱く人もいるようです。そういう人たちは私たちの大多数とかかわりをもって、同じようなルールの中で生きることを共生ととらえている。私は、それはとても狭い考えだと思っています。

たくさんの人と接するところで生活したり、働いたりすることが共生なのだと言ったら、離島とか限界集落の人たちは共生していないことになってしまうわけです。冗談じゃない。例えば、ここで制作された作品を見て、おもしろいなと思う人がいれば、それはひとつの共生です。作品を通してつながっている。

私は発達障害の子どもを見ていますけど、ずっと一緒にいることでストレスがたまる人もいるわけですよ。共生というのは、みんなと一緒にいて、同じようなことをやることではないはずです。共生という言葉の意味をもう一度問い直す必要がありますね。

山下:まず僕らが気にかけているのは、その人が一日穏やかに過ごせること。そのためにはいろいろな工夫が必要で、その人なりの環境を整えないと成立しません。ひとりが好きな人もいるし、集団が好きな人もいるし、今日だけはひとりになりたい人もいるし、そういう多様な人を一括りにしたくないと思っています。

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岡元俊雄さん。個室で寝転がって、好きな音楽を聴きながら創作する

榊原:他の人の生き方に一生懸命合わせなくても幸せになれるのが、共生社会の本来の姿だと思います。

山下:やまなみ工房にいる重度障害者と呼ばれる人に、「あなたは障害者なの?」と聞くと、「違うよ」と言いますし、「あなた不幸なの?」と聞けば、「ううん、幸せだよ」と答えます。「かわいそうな人なの?」と聞くと、「全然違うよ。楽しいよ」と言うのです。

じゃあ、「障害って何なのだろう?」と聞いたときに、「誰かが誰かの悪口を言うことだよ」と答えます。「どうすれば障害はなくなるの?」と聞くと、「もっともっと人と人とが触れ合ったらいいんだよ」と話してくれる人もいました。

まさしく、価値観の違いで、人と人との間に障害が生まれる。そう考えると、障害者に対する世の中の認識は、今どうなのだろうと考えてしまいます。本当に必要な障害者支援というのは、彼ら自身に向けるのではなく、彼ら以外の人たちに正しい理解をもたらすことかもしれません。

榊原:多くの人が共生社会に関して誤解をしていると思うのです。みんなが同じような環境に入っていくことだと考えている人がいる。それで、その輪に入らない人は障害のある人、何もできない人、生産性のない人、そういうふうに見ている。 アート活動は具体的な作品があるので、そういう人たちの目を刮目させるきっかけになると思うのです。作品を見て、全員が何か感じるわけではないけれど、「障害とは何のことを言っていたのだろう」と、多くの人が考え直すインパクトがあります。日本全国から集めたのではなく、人口約9万人の甲賀市だけでもこれだけの創作活動ができる人がいる。日本全国ならどれだけいるのでしょう。そう思うと、もっとこのような活動を広げていくべきだと感じます。

筆者プロフィール
yamashita_masato.jpg 山下完和(やました・まさと)

やまなみ工房施設長。1967年生まれ。高校卒業後、さまざまな職種を経た後、1989年5月から障害者無認可作業所「やまなみ共同作業所」に支援員として勤務。その後1990年に「アトリエころぼっくる」を立ち上げ、互いの信頼関係を大切に、一人ひとりの思いやペースに沿って、伸びやかに、個性豊かに自分らしく生きることを目的に多様な表現活動に取り組む。2008年5月から現職。


sakakihara_2013.jpg 榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。小児科医。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)、「子どもの発達障害 誤診の危機」(ポプラ新書)、「図解よくわかる発達障害の子どもたち」(ナツメ社)など。
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