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【インクルーシブな社会の実現を目指して】教育、医療、福祉が密に連携をし、子どもも大人もワクワクできる地域をつくる

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障害の有無にかかわらず、誰もが自分の願いを叶えて、幸せな生活を追い求められる。それが、長野県諏訪市で児童発達支援事業所「WAKUWAKUすたじお」を運営する言語聴覚士の原哲也さんが、児童発達支援を通じて実現したい地域のあり方です。教育、医療、福祉といった関係機関の連携によって支援の充実を目指す取り組みについて、CRNの榊原洋一所長がお話をうかがいました。

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榊原洋一(CRN所長)
原哲也(一般社団法人WAKUWAKU PROJECT JAPAN代表理事)
カナダの福祉施設での体験が、追い求めるインクルーシブな社会の原風景

榊原:始めに、原さんが思い描かれている発達支援についてお聞かせください。

原:大学で社会福祉学を学んだ後、単身でカナダに渡り、障害者のグループホームに勤務しました。そこでの体験が、私が追い求める社会のいわば原風景となっています。その施設には、知的障害やダウン症など、様々な障害をもつ利用者がいましたが、彼らは週末には教会を訪れて地域の人たちと一緒にミサに参加するなど、誰もがごく自然に生活を楽しんでいたんです。それまで日本で見てきた障害者の生活環境は充実しているとは言い難かったため、あまりの違いに強い衝撃を受けました。元々、人の役に立ちたいと思って社会福祉を学び始めましたが、そこでの体験から、観念論ではなく具体的に行動して、一人ひとりの幸せな生活を支えるサポートをしたいという思いが強まりました。

榊原:障害があってもなくても、皆がそれぞれの生活を楽しめる社会は、まさにインクルーシブですよね。日本では、障害者は社会から支援を受ける立場だからと、楽しむことを制限される風潮が根強くあると感じます。しかしアメリカでは、「障害をもつアメリカ人法(ADA)」により、障害者が健常者と同じ生活を営む機会を保証しています。原さんがお話しされたように、一人ひとりの幸せを追求するという見地から出発しているのです。最初にカナダでそのような体験をしたからこそ、自然とインクルーシブな社会を目指す実践家になったのでしょう。

一人ひとりの願いを尊重することから共生社会は形作られる

原:帰国後、障害者施設の職員になりましたが、利用者の方とのコミュニケーションがうまくいかない時期がありました。そこで、コミュニケーションについて学び直そうと、国立身体障害者リハビリテーションセンター学院の聴能言語専門職員養成課程で榊原先生が行っていた授業を拝聴しました。当時の自分を振り返ると、「こうあるべき」という理想に現実を当てはめようとして、利用者の方のいろいろな願いを叶えられていなかったのだと思います。

榊原:「願いを叶える」と言われましたが、日本では、障害のある人をいかに社会に合わせるかという支援が主流になっています。一人ひとりの幸せを目指すのではなく、大多数に合わせて不協和音が生じないようにする社会は、本当に共生社会と言えるのか、私たちは考え直す必要があるでしょう。

その後、原さんは、言語聴覚士が国家資格となった第1回の試験を受けて、言語聴覚士になりましたね。

原:はい、1999年のことです。言語聴覚士となって長野県内で小児障害児のリハビリテーション専門職として活動をして、2016年に、この児童発達支援事業所を立ち上げました。

榊原:障害をもつ子どもたちと接する際は、どのようなことを心がけているのでしょうか。

原:ここが安心・安全な場所だと、心から感じられる関係性を築くようにしています。初めは緊張する子どもが多いので、「さあ始めましょう」といきなり入るのではなく、まずは安心できるように、保護者と私が普通に話す様子を見せます。そのときの子どもの様子を見て、次のステップでどうするかを考えていきます。

lab_13_04_03.jpg 写真1 児童発達支援事業「WAKUWAKUすたじお」では、就学前の子どもを対象として、言語聴覚士や作業療法士、保育士、幼稚園教諭、音楽療法士などが連携して支援している。様々な特性のある子どもの思いを丁寧にくみ取り、一人ひとりの思いに応える支援を繰り返して、発達を支えていく。
実践を通して、教育現場との連携の難しさを痛感

榊原:原さんは地域の子どもたちをいかに幸せにするかという視点を大切にされています。その中で、園や学校とはどのように連携しているのでしょうか。

原:一人ひとりの子どもの幸せを支えるという意味では、保育や教育、医療、福祉は一つのチームとして機能すべきだと考えていて、地域内での連携はとても重視しています。「WAKUWAKUすたじお」は、園や小学校など、子どもが通う施設を訪問し、集団生活への適応をサポートする「保育所等訪問支援事業」の認定を受けています。この事業は、施設からの依頼ではなく、保護者の要望を受けて行うので、園を訪れて保育者と話す機会はよくあるのですが、小学校などでは理解が得られにくい場合があります。

もちろん、発達障害などについて学びたいという学校の先生も多いのですが、教育だけでも手一杯なのに、医療や福祉の側面から対応することは難しいという雰囲気を感じる時もあります。しかし、様々な発達特性のある子どもに対し、いわゆる健常児を指導してきた方法と経験則で対応しても大抵はうまくいかず、学級崩壊の原因となることもあります。現場の先生方の課題意識は高いはずですから、もっと気軽にSOSを発信して、私たちのような専門職を利用して貰える関係づくりができればと考えています。連携体制の強化は、私の目標です。

榊原:日本の学校の先生は、とても優秀ですから、人の手を借りたくないという思いがあるのかもしれません。

原:学校との連携が難しいからといって支援を諦めて、子どもや保護者が悲しい思いをするのは本意ではありません。ここで療育を受けた子どもは全員、小学校に進学しますから、学校生活に適応できているかどうかはとても気がかりです。どうすればうまく連携していけるのか、建設的かつ具体的に考え続けています。

先生方にも教育者になろうと思った動機があり、子どもの成長を支えたいといった思いは、私たちの思いと非常に近いと思います。ただ、現行の教員養成課程などでは、多様な発達特性の子どもを支援する方法論をなかなか学ぶことができず、どうしたらよいかわからない先生が多いのが実態だと思います。

lab_13_04_04.jpg 写真2 おもちゃや運動、ゲーム、カードなど、400種近くの遊びのメニューを用意しており、その数は増え続けている。子どもの興味のあることを軸とした療育によって、「自分らしさ」を育んだり、コミュニケーションをとる力を伸ばしていく。
草の根の活動の広がりが、インクルーシブ社会の実現につながる

榊原:先生方は一人ひとりの子どもの思いを感じ取る感受性をもっていても、現在の学校教育の中では発揮しづらい側面があるのかもしれません。

原:そうですね。園と小学校では子どもへのかかわり方が大きく異なり、入学を機に「もう小学生でしょう」といった扱いを受けることも多いようです。そこで、園と小学校の支援につながりをもたせられるように、子どもの生育歴や得意なこと、苦手なこと、好きな遊び、パニックを起こした際の対応方法などを保護者に記入してもらい、私たちが修正や加筆をしたものを、進学先が同じ学校の子どもの分をまとめて「サポートブック」にして、それぞれの小学校にお渡ししています。保護者にとっては、記入する過程で、乳幼児期からの子どもの成長を振り返って喜びを感じたり、見落としていたことに気づいたりできるといったよさもあります。「こんなに大事に育てられてきたのだから、小学校でもよろしくお願いします」という意味を込めて、乳幼児期の写真も貼る保護者もいます。

榊原:一人ひとりに対する具体的な支援が可視化されているのがよいですね。「こんな様子が見られたら、こう対応するとよい」といった情報は、支援の際に非常に役立つでしょう。

原:そう願って作成しています。子どもの発達への理解を深めてもらい、適切に支援してよい方向に変わる姿を見てもらうことも大切にしています。以前、保育所等訪問支援事業である特別支援学校を訪問した際、先生から「ひらがなを学ぼうとしてくれない」と困り切った表情で相談されました。子どもの様子を見て、支援の方法を伝え、3か月後に再び訪問すると、「書いてくれるようになったんです」「私もすごく楽しくなりました」「次は何をすればいいですか」と、本当に嬉しそうに話してくださり、私自身、とても勇気づけられました。

榊原:私も、ドイツの日本人学校で、同じような体験をしました。自閉症の子どもの支援について悩まれていた校長に支援員をつけるよう助言すると、「子どもがとても生き生きと学校生活を送るようになった」と感謝されました。その後、校長は、特別支援学校教諭免許をもつ教員を常勤で雇用することにしたそうです。

原:そうした体験をより多くの先生方ができるように、諏訪市教育委員会に働きかけて、2023年度から夏季の教職員研修で2コマの講座を担当させてもらうことになりました。子どもや保護者の願いから出発して関係性を構築して、教育、医療、福祉などが連携をして支えていくことの意義などを伝えた上で、そのための実践を一緒に考えていく内容にする予定です。

榊原:それは素晴らしい取り組みですね。私は、インクルーシブな社会を実現するためには、地域の中で地に足のついた活動を広げることが重要だと考えています。行政に働きかけてトップダウンの動きとすることも必要ですが、そうした草の根の活動が燎原の火のように広がって下支えをすることで、社会は変わっていくのだと思います。

様々な特性のある人が、強みを活かして働ける場を

榊原:今後の活動の展望をお聞かせください。

原:保護者がわが子について心配していることを突き詰めると、「大人になった時に自立して生活していけるのか」ということになると思います。そこで、様々な特性のある子どもに働く場を提供するという目的で、「WAKUWAKU FOODS PROJECT」を進めています。このプロジェクトは、信州で生産された野菜や果物などを加工して付加価値の高い商品にする取り組みで、将来的には欧州やアジア、オセアニアなど、海外での販売も視野に入れています。

私は、この事業所を設立する前に、言語聴覚士の活動と並行して、2軒の飲食店を11年間にわたり経営していました。当時から子どもが大人になって働ける場所をつくりたいという思いで取り組んでいましたが、その頃から築いてきたネットワークを活かしてプロジェクトを進めています。

この事業で特に大切にしているのは、一人ひとりの特性に応じた強みを活かすことです。様々な特性のある子どもは、苦手なことがある反面、真面目さや集中力、あるいは緻密さなど、ある側面で突出した強みを発揮することが少なくありません。そういった強みを、商品の付加価値に結びつけることができると考えています。子どもが成長した時に、事業に賛同してくれたら、一緒に取り組んでほしいと思っています。

lab_13_04_05.jpg 写真3 ワクワクした気持ちを共有できる仲間を増やしながら推進している「WAKUWAKU FOODS PROJECT」。働く中で一人ひとりが自分自身の幸せを実感しつつ、安全・安心で美味い加工製品をつくる場所を目指している。

榊原:お話を聞いて、原さんは本当の教育者だと感じました。子どもに夢を与えて一緒に前に進んでいこうとする姿は素晴らしいと思います。

原:既に多くの方に賛同していただいているので、必ず実現させます。拙著『発達障害のある子と家族が幸せになる方法~コミュニケーションが変わると子どもが育つ』(学苑社)の解説をお願いした、慶應義塾大学で幸福学を研究する前野隆司先生によると、幸せな人とは、「多様な仲間とともに、前向きに、自分らしく、ワクワクしながら、やりたいことにチャレンジをしている人」であり、私もその考え方に深く共感しています。皆がワクワクした気持ちで進めて、障害をもたない人からも「あそこで働きたい」と思われるような事業にしていきたいですね。

榊原:障害のある人にワクワクしてもらいたいという考え方はインクルーシブそのものですね。「ワク」に入れようとするのとは大違いです(笑)。心より応援していますし、私もできる限り協力をさせていただきます。本日はありがとうございました。

筆者プロフィール
Tetsuya_Hara.jpg原哲也(はら・てつや)

言語聴覚士・社会福祉士。一般社団法人WAKUWAKU PROJECT JAPAN代表理事。1966年生まれ、千葉県出身。明治学院大学社会学部社会福祉学科卒業、国立身体障害者リハビリテーションセンター学院・聴能言語専門職員養成課程修了。カナダ、東京、長野の障害者施設などで勤務。2015年に『発達障害のある子の家族を幸せにする』ことを志に、一般社団法人WAKUWAKU PROJECT JAPANを長野県諏訪市に設立。児童発達支援事業所『WAKUWAKUすたじお』を運営し、幼児期の療育などを行い、これまでに5000件以上の相談に対応。著書に、『発達障害の子の療育が全部わかる本』(講談社)、『発達障害のある子と家族が幸せになる方法~コミュニケーションが変わると子どもが育つ』(学苑社)など。


sakakihara_2013.jpg 榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。小児科医。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)、「子どもの発達障害 誤診の危機」(ポプラ新書)、「図解よくわかる発達障害の子どもたち」(ナツメ社)など。
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