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【インクルーシブな社会の実現を目指して】アートが実現するインクルーシブな世界Ⅱ~本人の今日一日をどうするのか~

要旨:

滋賀県甲賀市にあるやまなみ工房は、地域の障害者が通所する福祉事業所。障害者のアート活動の拠点として知られていて、その作品は国内外で高い評価を受けています。現在95人の利用者がいて、中には海外のギャラリーと専属契約を結んでいる作家もいます。前回に引き続き、山下施設長がどのような姿勢で利用者一人ひとりと向き合っているのか、CRNの榊原所長との対談を通してお話を伺いました。

写真・文章 木下真(福祉ジャーナリスト)

キーワード:

障害者、アート、共生社会
English
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榊原洋一(CRN所長)
山下完和(やまなみ工房施設長)
アートが偏見を覆す起爆剤に

山下:市内のすべての子どもたちに作品を見てもらおうと、各学校の空き教室を利用して巡回展をしたのですね。そうしたら、子どもたちは、作品を見て、「わぁ! この人すごい!」「この人と一緒に僕も絵を描きたい!」「この人たちのいる場所に、自分も行ってみたい!」と言うのです。

私たちはこれまで障害のある人たちのことを子どもたちにちゃんと伝えてきただろうか。彼らのネガティブなところを伝えるのではなく、すばらしいところをもっと自慢してもよかったのではないか。実は、福祉従事者である私たちが差別や偏見を放置してしまっていたのではないかと反省しましたね。

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やまなみ工房アトリエにて

榊原:子どもたちというのは、まだね、私たちが思っている固定観念や決まった枠みたいな、いわゆるカッコつきの常識がないので、直接これを見て、すごいなと思う。そういう経験を子どもの時からすると、障害や福祉の意味合いが違ってくるのではないかと思います。一般的には障害のある人はいろいろなことができない人、支援の必要なかわいそうな人という固定観念ががっちりとありますからね。もちろん、すべての障害のある人がこういう表現活動ができるわけではないですが、偏見を覆す起爆剤にはなります。

山下:例えば内職ができるかどうか、座って作業ができるかどうか、仕事中はしゃべらないでいられるか。そういうことに目標を置いて人間の成長をはかるよりも、その人らしい生き方ができているかどうかに気を配ることが大切だと思います。それも含めて彼らから学びましたね。

榊原:百聞は一見に如かずで、子どもたちに見てもらいたい。全国でそういう試みがありますけど、これだけ地域に密着して、発展させたというのは、貴重なモデルケースになります。

山下:例えば、学校の美術の先生がよく来られて、「いやあ、すばらしいですね」とおっしゃるのですけど、学校の美術の授業で生徒がやまなみの彼らのように好き勝手に鳥の絵を描いたら、「違うでしょう。もっときちんと描きなさい」と指導される気がするのです。上手に描かないといけない、先生にほめられなければならないという気持ちが先に立つと、本来の表現ができなくなってしまう。

榊原:今までの日本の教育は「そろえる」ことをしてきた。ある講演会で、「これからは、そろえるではなく、伸ばすだ」という標語を耳にして、ああ、とてもいいなと思いました。日本の教育者が「そろえて」しまうのは、それは悪気ではなくて、私たちはどうしても世間的常識の呪縛の中に生きているので、そこをなかなか超えられないのだと思います。

山下:僕らも組織的なシステムとか、定められたルールの袋小路に彼らを追い込んではいないかとよく自問自答するのです。例えば、お昼の12時から1時までは休憩時間で、ご飯は1時までに食べないといけないというのが常識になる。1時15分までかかってしまう人は約束が守れない人、ダメな人となって、その人をどうやって1時までに食べさせるかばかりに気が向くことになる。でも、昼休みを1時15分まで延ばせば解決する話であって、いつ始めてもいい、いつ終わってもいいという環境なら、彼らは自分自身を取り戻せるのです。

榊原:ここにはいくつか作業棟がありましたけど、建物の外側の壁がキャンバスになっていた。あれも、ふつうのところならダメでしょうけど、ここではそれが許されていますね。

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施設内の至る所に利用者の創作物が

山下:何かについてダメと言ってしまうと、支援者側が制約と制限になってしまって、そこに上位者と下位者という対等でない関係性が生まれてしまうと思うのです。と言っても、何でもかんでも肯定しなさい、自由ですというのではなくて、彼らとも対等の関係、人としての尊厳をもって接することが大事だと思うのです。

榊原:そこはポイントですね。その原点が守られるのが、とても重要なことだと思います。

社会の期待ではなく、本人の希望と向き合う
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「サッポロ一番 しょうゆ味」、30年間食べるのではなく、袋を大切に持ちながら過ごしている酒井美穂子さん

山下:30年近く、インスタントラーメンの袋を触って過ごされたら、僕らも根負けします。それぞれがありのまま、豊かな日常を過ごすことを大事にしているので、本人が幸せならば、本人にとって価値あることであるならば、何の問題もないのです。何かができる人、できない人という基準で、その人を見たくないなと思いますね。

榊原:いま言われたことを、本当に理解できる人がリーダーにならないと、この形式だけを全国に広めようと思ってもダメだと思います。そのような考え方に共感できる人が、あちこちに施設長として行かれるといいと思いますね。一番簡単なのは、山下さんのクローン人間をたくさん作ることですけど(笑)。

山下:福祉業界には、利用者一人ひとりを職業人・納税者にして、保障を受けなくても、自立していけるように目標を立てている団体もあります。本人がそれを望んでいるのであれば、そういう取り組みも大事だと思うのですが、僕たちの役割というのは、周りの期待に応えるよりも、本人の希望にしっかりと向き合うことだと思うのです。

榊原:例えば、一日一本の線しか引かない人がいる。その行為を大切に思える。その気づきというのは、私たちでは想像するのが難しい。しかし、それがここでは見事にひとつのモデルケースとして結実している。その精神というか、構えみたいなものに共感できる人へとさらに繋げていってほしいですね。

山下:いい作品を作ろうという意図がなくても、その人が表現したことは、言葉であっても、行為であっても、ひとつひとつを大切にしていこうと思っています。例えば、飛び跳ねることであり、叫ぶことであり、描くことであり。その人を大事に思うからこそ、その人が生み出すコトやモノもおろそかにしたくないのであって、これをふるいにかけたり、選別したりはできません。

僕らの目的というのは、海外で展覧会をすることでも、彼らを芸術家にして、有名にすることでもなく、今日一日どうか不安定にならずに、にこやかに過ごしてほしいということです。その他は付録みたいなものです。僕らの役割って、そこから踏み外してはいけないなと思いますね。本人の今日一日をどうするのか、明日一日をどうするのか。

筆者プロフィール
yamashita_masato.jpg 山下完和(やました・まさと)

やまなみ工房施設長。1967年生まれ。高校卒業後、さまざまな職種を経た後、1989年5月から障害者無認可作業所「やまなみ共同作業所」に支援員として勤務。その後1990年に「アトリエころぼっくる」を立ち上げ、互いの信頼関係を大切に、一人ひとりの思いやペースに沿って、伸びやかに、個性豊かに自分らしく生きることを目的に多様な表現活動に取り組む。2008年5月から現職。


sakakihara_2013.jpg 榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。小児科医。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)、「子どもの発達障害 誤診の危機」(ポプラ新書)、「図解よくわかる発達障害の子どもたち」(ナツメ社)など。
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