自治体で初めての取り組み『芸術士派遣事業』
高松市では、芸術家である「芸術士」が、保育所や幼稚園、こども園で生活を共にしながら、子どもたちの興味や芸術表現をサポートする、アートを取り入れた保育が2009年秋より始まっています。子どもたちの自由な発想を芸術士が見守り、支えることで、自由に自己表現できる子どもたちが増え、その表現したことを認め、褒める温かい環境が整いつつあります。
多くの子どもたちが共に過ごす保育所や幼稚園、こども園を舞台に、彼らの感性と創造力の芽を見つめ育む環境を整備すべく、アートを通じた活動経験を有する「芸術士」が週1日ペースで各施設に派遣されます。この芸術士たちは、単発のワークショップや発表会に向けた制作などの時にだけ関わるのではなく、年間を通して保育に参加し、子どもの日常をアートの目線から"見守る"という関わり方をします。
近年注目を集めている、イタリアの「レッジョ・エミリア・アプローチ」という幼児教育の考え方を参考にスタートしたこの事業に、自治体として取り組むのは全国的にも初めてで、関係者からの注目を集めています。
『芸術士のいる保育所』の始まり
高松市から委託を受けているのは、地元に拠点を置く「アーキペラゴ」というNPO法人です。この法人は、2010年に開催された瀬戸内国際芸術祭のサポーター事務局を担ったほか、県内や瀬戸内の島々のアート活動や地域づくりに関わっています。
きっかけは、レッジョの勉強をしていたアーキペラゴのメンバーが「高松でも同じ様な取り組みができないか」と書いた1枚の企画書です。その内容は、芸術大学などで美術などを学び、アートを志す人材が、地元高松の保育に参加し、地域に新たな風を運ぶというもの。高松市内の保育所に通う子どもたちはみな平等に、芸術士と創造的な表現活動を体験できるという企画でした。
瀬戸内国際芸術祭2010が開催される前年、高松市をはじめ香川県全体が、芸術文化のまちづくりを目指し動き出しました。ちょうどこの頃、国の雇用創出制度「緊急雇用創出基金事業」と、「ふるさと再生特別基金事業」が始まりました。理想の企画が現実のものとなる大きな二つの土台、地域の理解と予算の確保が固まり、プロジェクト実現の後押しとなりました。
「芸術士」派遣事業は当初、国の緊急雇用創出等の期限付きの事業だったものの、期間終了後は市の独自財源を用いることにより引き続き継続実施されることが決まりました。事業開始以降、『芸術士のいる保育所』のプロジェクトは今年で5年目を迎え、延べ133施設に芸術士の派遣を行っています。今では16名の様々な専門の芸術士が市内各所で活躍しています。
何でもアリ!?非日常のアートの世界
芸術士活動の時間には、芸術士と子どもたちのアイデアを活かし、これまでにあった「汚してはいけない」「はみ出してはいけない」「みんな同じでなくてはいけない」という概念を超えて、楽しいダイナミックな活動を展開しています。
上:園庭は大きなキャンバス 下左:夏のプールもアート作品に 下右:雑木林で表現してみよう |
春に種をまいた藍を収穫して行った叩き染めでは、植物の匂いや染まる色、夏の終わりの風を五感で感じる子どものつぶやきが生まれました。画用紙に空いた穴から広がる想像は、夜に落ちた雷や、お腹を空かせた虫など、子ども一人一人の世界となります。また、保育園の片隅に置かれていた古い椅子は、子どもたちの手によって新しく生まれ変わり、キャサリンという愛着のわく名前も付けられました。
芸術士は、身近なモノや場所そのものをアートの空間にし、様々な素材を持ち込んで子どもたちの興味を引き出します。子どもたちにとって芸術士とは、いつも何か知らないモノを持ってきて、自分たちと一緒に楽しいことをしてくれる人。お家の人や保育所の先生とは違う角度から自分のことを見てくれる人。「芸術士さん、次はいつ来るのかな...」子どもたちは、毎週の活動を心待ちにしてくれているようです。
結果よりもプロセスを大切に
各施設で展開される活動は、あらかじめゴールが設定されているという訳ではありません。定式化されず、子ども・芸術士・保育士または幼稚園教諭が共に素材やテーマから学び、発見し、どこに行き着くか想像がつかない開放(open)性は、時に私たちに困難さを与えます。「この活動は、どこにねらいがあるのですか?」と必ず聞かれますが、この不確かな状態が、活動を一層面白いものにしていると考えます。何より私たちの想定を超える出来事の数々が、それを裏付けています。
ある幼稚園で、子どもたちが描いた絵を目にした芸術士は、「私が何かびっくりするようなものを持っていったら、子どもたちはどんな絵を書くのかな」と思ったそうです。彼女が考えついて選んだモチーフは、何と生の大きなモンゴウイカでした。子どもたちはおっかなびっくり、恐る恐る触り始めます。ゴロンゴロン転がしていたら、中から真っ黒な墨が出てきました!
その体験を基に描いたイカのスケッチは、自ら観察した足の吸盤、イカの肌と墨の色。画面の脇には、イカの家族が一緒に泳いでいます。子どもたちは自分なりの視点でモチーフと出会いとその物語を、のびのびと、絵に表現することができました。
上左:「気持ちわる〜い!」でも興味津々。下左:真ん中に骨があったね。下右:壁面に元気よく泳ぐイカたち |
芸術士活動は、結果ではなく、過程を大切にします。アートに正解がないように、ある問いについて返ってくる子どもたちの答えは、ひとつとして同じものはありません。芸術士は、子どもたちの可能性を狭めることなく、彼らの自由な発想と創造力を最大限に引き出す環境をつくります。子どもたちの自由な発想を芸術士が見守り、支え、その表現したことを認め、褒めることもまた、大切な環境の要素のひとつです。
また、子どもたちの行為や言葉はドキュメントとなり、芸術士と一緒に活動した経過として記録されます。この記録は、毎年の活動報告展の開催や、冊子の発行を通して、形として残されます。また、芸術士たちは2010年7月には「瀬戸内国際芸術祭うみあかりプロジェクト」への参加、2011年7月には高松琴平電気鉄道とのタイアップ・スタンプラリー企画など、子どもたちと地域を繋ぐ活動にも取り組んでいます。アートを媒体としたこの芸術士活動が、これから社会を担っていく未来の子どもたちを豊かに育む力となっていくものと考えています。
芸術士のいるまち高松へ
高松市は2013年、産業、ものづくり、観光、文化・スポーツ等に関する施策を一体的に推進し、本市の都市ブランドイメージの向上を図りながら「瀬戸の都・高松」の魅力を全世界に発信すべく「創造都市推進ビジョン」を策定しました。
そのビジョンの中には、「こども」というテーマが含まれています。私たちNPO法人アーキペラゴの活動は、この「創造都市推進ビジョン」にのっとり、瀬戸内の穏やかで寛容な風土と、そこに集まる人の魅力や文化を発信・伝承すべく、大都市にはない「高松らしさ」を未来の子どもたちに伝え、育むことを目的としています。
この取り組みを、やがては誇れる「高松ブランド」として発信していけたら素敵なことです。お手本となったレッジョ・エミリア市のように、やがて高松市が、『芸術士のいるまち高松』として知られるべく、このプロジェクトを育てていくことが私たちのミッションです。
当たり前のように、すべての保育所、幼稚園、こども園に「芸術士」が配属される日を目指して。アートで盛り上がる高松の未来(子ども)は、可能性に満ちています。