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【インクルーシブな社会の実現を目指して】「幸せになるための力」を追求して、子どもが主体的に学びをつくり上げる場を提供する

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「真に子どもが主体となって『育ち』や『学び』を追い求めていく教育を実現したい」という思いから、元公立小学校教員の蓑手章吾先生は、2022年4月、オルタナティブスクールのHILLOCK(ヒロック)初等部を開校しました。自由進度学習を土台として教科と探究の学習をスパイラルに展開することで、子どものウェルビーイングの向上を目指しています。その教育のビジョンについて、CRNの榊原洋一所長がお話をうかがいました。

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蓑手章吾(HILLOCK初等部 校長)
榊原洋一(CRN所長)
子どもの望まぬ競争をなくすため、テストや成績表を廃止

榊原:本日はよろしくお願いします。初めに、HILLOCK初等部(以下、ヒロック)についてご紹介をお願いします。

蓑手:ヒロックは、子どもが主役の「育ち」や「学び」を実践しようと設立したオルタナティブスクールです。子どものウェルビーイングの向上を目指して、教科と探究のスパイラルの学びを展開しています。現在、世田谷校と代々木校があり、小学1~4年生の子どもが在籍しています。

ヒロックの学び lab_13_07_03.jpg 教科と探求のスパイラルで子どもたちの学びを支えます。

公教育との大きな違いは、子どもが望まない「競争」はしないことです。テストや成績表はありません。自由進度学習を取り入れて、日々の学習内容や進度は子どもの意思に任せています。とはいえ、子どもが単に自由に過ごせる場所とはしていません。子どもの成長を支える学校であり、一人ひとりが「幸せになるための力」を身につけるためのチャレンジを後押しすることを大切にしています。

本校に通う子どもの3分の2は、学校に適応できずに不登校になったなどの経緯があり、中には発達に特性のある子どももいます。残りの3分の1は、保護者がヒロックの教育理念に共感したり、公教育に疑問を抱いたりして入学してきた子どもです。

榊原:とてもラディカル(革新的)な教育ですね。一般的な学校では成績表やテストという外発的な要因によって子どものやる気を起こさせるわけですが、ヒロックは「幸せになるための力」という個人の内面にある価値に、教育活動の軸足を置いています。テストで点数をつけると、当然ながら半分の子どもは平均点以下となりますが、「幸せになるための力」の育成が目標であれば、一人ひとりがイメージする幸せの有り様に向けて日々の様々な学びや気づきに喜びを見いだすことができると思います。そのような学校をなぜ設立されたのでしょうか。

蓑手:私は公立小学校の教員を14年間勤めました。7年目に異動で赴任した特別支援学校で、重度の知的障害のある子どもたちと接したのですが、それまで自分が行ってきた指導が全く通用しませんでした。その経験から、「教育」「人生」「人間」などについて根本的に考え直すようになり、教育は一人ひとりの子どもが主体であるべきだという考えに至りました。それが実現できれば、特別支援学校に通う子どもだけではなく、通常級の子どもも、もっとハッピーになれると考えたのです。

11年目に赴任した小学校で思い描いた理想の教育を追求しましたが、現行制度の中でどうしても手をつけられなかったのがテストと成績表でした。榊原先生がおっしゃるように、点数による比較や競争によって子どもを学びに向かわせるのは、いわば大人の都合です。テストと成績表があることで、本来不要な敗北感や自己嫌悪を抱く子どもがいます。一見うまくいった子どもでも、「他者に勝つ」という表層的な楽しさがあるだけで、いつの間にか本人が望まない場所にたどり着いてしまう場合もあります。子どもに学問や人生や世界の楽しさを教えたいのに、それができないという矛盾を抱え、それなら「自分で創ろう!」と思い立ってヒロックを開校しました。

子どもの力を借りて、外部から公教育を変えていきたい

榊原:インクルーシブ教育を推進するためには、その理念を広めて先生の意識を変えるだけでなく、制度改革が欠かせません。教員ができることは限られており、小・中学校における不登校の子どもが30万人に達しようかという中で悩まれている先生はとても多いと思います。

蓑手:おっしゃる通り、不登校などの問題に対して、どうにかしなければならないと切実な思いを抱きながらも、公教育の制度の前ではどうにもならないというのが実情だと感じます。私の取り組みは、正攻法ではないという自覚がありますし、10年前なら公教育に反旗をひるがえしていると受け取られていたかもしれません。

公教育の外に飛び出した理由として、制度を変えるためには子どもの力が必要だと考えた点も挙げられます。内部で変革を進めようとすると、どうしても理念の対立が生じますが、ヒロックのような場で育つ子どもの姿を見たら、公教育が変わるきっかけになるかもしれないと思うのです。

榊原:子どもはヒロックでどのように学び進めているのでしょうか。子どもが学ぶ姿について教えてください。

蓑手:本校は無学年制としていて、学年の概念がありません。子どもは、互いの年齢を知らずに関わりあっています。学びは自由進度学習とし、「この学年だから、これを学ぶ」といった枠組みはありません。小学1年生から中学3年生までの全教科・単元について「eboard」という動画コンテンツを活用しています。自分で持ち込んだ問題集に取り組む子どももいるなど、学び方は自由です。

学習時間には、子どもは自分が学びたいことを学びます。中には、小学生の学習範囲を超えて中学校や高校の学習内容に進んでいる子どももいます。一方で、本を読んだり、休憩したりしている子どももいます。本校では、教員は子どもに寄りそう存在という考えから「先生」とは呼ばず、ヒマラヤ登山ガイドであるシェルパにちなんで、「ラーニング・シェルパ」と称しています。ですから、子どもは私たちを名前で呼んでいます。シェルパは、学びたくない子どもに学習を強制することはなく、子どもの「こんなことを知りたい」「できるようになりたい」といった思いを引き出し、一緒に実現する方法を考えて支援します。

一人ひとりが「幸せになるための力」を追い求める

榊原:シェルパは、一人ひとりの子どもが自分の目標をもち、そのために何を学ぶべきかを一緒に考えて支えていくわけですね。

蓑手:はい。「幸せになるための力」を育てるためには、まず自分が好きなことを知る必要があります。人と一緒にいたいのか、自然の中で暮らしたいのか、刺激を得やすい場所を好むのかなど、どのような環境で何をしていると幸せを感じるかが自覚できると、自分のやりたいこと、将来就きたい仕事などが見えてきます。そこから逆算して、今何をするとよいかを考えていきます。

例えば、絵を描くのが大好きな子どもには、この先も絵と関わり続けていくために、「仕事にしてもいいし、そうではなくても続けられるよね」「絵がうまい人は、こういうこともしていたんだね」「こんなことを学ぶと役立つかもしれないよ」などと、対話や協働探究を通して子どもの成長を支える方法を探していきます。

夢をもつと教科学習に必要性を感じて学習を始めるケースもありますし、もっと短期的な楽しみや友だちとの関わりが学びにつながることも少なくありません。かけ算の学習を避けていた子どもが、あるとき、友だちが割り算の筆算に取り組む様子を見て、「何かかっこいいから自分もやりたい」と言い出しました。そして、割り算の筆算を解くためにはかけ算のスキルが必要と気づいて、かけ算を学び始めました。

韓国籍の親をもつ子どもが韓国語を学んでいると、数人の子どもが強い関心を示して、一緒に学び始めました。シェルパに韓国語のスキルはないので、子どもは自分たちでインターネットを使って教材を探し出し、どんどん学びを進めていました。今や、大人が教えなくても、ほとんどのことを学べる時代なのです。

子どもが学びを選べるから、そこに必然性が生まれる

榊原:かけ算ができると便利かもしれませんが、その子の将来に絶対に必要であるスキルかは誰にも分かりません。大人は「将来役立つから」と言い続けて子どもに学ばせようとしますが、子どもが「本当だろうか。別に必要ないのではないか」と疑問をもつのは自然なことです。私自身も、そういう疑問を感じやすいタイプでした。

蓑手:私もそうでした(笑)。本校に見学に来た教育関係者が、子どもに「どうしてこれを学んでいるの?」と質問すると、全員が明確な理由を答えてきて驚いたという感想をよくうかがいます。「どうしてひらがなを学んでいるの?」と聞いたら、「誰々にお手紙を書きたいから」と、その学びの先にあるものを具体的に語れるのです。

子どもは「何かができるようになると、もっと楽しくなる」と気づいて自ら学び進めており、それをシェルパが全力で支援しています。「やりたい」「できるようになりたい」という気持ちがあれば支援しますし、「やりたくない」という子どもがいても、それはそれでよいという方針です。子ども自身が「学ぶかどうか」や「何を学ぶか」を選ぶことで、学びに必然性が生まれるからです。

榊原:子どもが学べるように支援するけれども、「これをやりなさい」といった指示が一切ないところがよいですね。学校の先生は自分がすべて教えなければいけないと思い込んでいることが多いのですが、本来、子どもは自分自身で考えたり、友だちとの関係性から影響を受けたりしながら学び進めていく存在だと思います。

2024年度に5年制のヒロック中等部を設立予定

榊原:保護者とはどのような関係性なのでしょうか。公教育との違いはありますか。

蓑手:保護者には、保護者のみが閲覧できるSNSに毎日写真とともにその日の活動をアップして共有しています。ほかに、月1回、オンラインの保護者会を開いて交流したり、意見をいただいたりしています。公教育との違いなどに不安を抱く保護者もいらっしゃいますが、それはむしろ健全だと捉えています。保護者が一切の不安をもたずに「学校に任せておけば安心」と考えて教育を消費することが、最も危険だと思うからです。不安は私たちや保護者だけではなく子どもにもありますが、思っていることを出し合ってよりよい教育を一緒に考えていきましょうとお伝えしています。

公立学校に勤務しているときは、「この地域に住んでいるから、この学校に通わせているだけ」といった保護者の声を耳にしたこともありました。それはある意味当然なのですが、選んで通ってもらっているわけではないため、教員が保護者に対して譲らなくてはならないことも多いと感じていました。

私は、ヒロックが完璧な学校だとは思ってはいません。子どもとの相性によって合わない場合もありますし、保護者がわが子に合わないと思えば、本校をやめていただくのが自然だと考えています。そうした関係性だからこそ、保護者とはフラットな関係を築きやすいと思います。

榊原:今後のビジョンについてお聞かせください。

蓑手:子どもとどんな中学校に通いたいかを話し合ううちに、「ヒロックの中等部がほしい」という声が出てきたので、「それなら自分たちでつくるといいよ。手伝うよ」という流れになりました。子どもとのそうしたやりとりから出発して、2024年4月に小学5年生から中学3年生までが在籍できるヒロック中等部を設立する予定です。

中等部を5年間としたのは、多くの公教育が実施する中学3年間では短すぎると考えたからです。将来の夢に向かって試行錯誤をし、ときには挫折するなど、様々な経験をするためには5年くらいは必要だと思っています。中等部で2年間過ごした後、私立中学校への進学や海外留学をしてもよいし、5年間在籍して高校受験に備える選択肢もあります。行きたい高校がなければ、起業もありかなと思っています。子どもはそれぞれの友達の強みを知っていますし、人間関係もしっかり築いているので、「みんなで会社をつくったら」と冗談半分で話しています(笑)。

ほかには、世界で起きている時事的な問題をもっと扱ったり、「生きるとは何か」「幸せとは何か」といった哲学的な問題をじっくり語り合ったり、企業連携を通して社会でチャレンジをして将来のビジョンの解像度を高めたり、これから実現させたい教育は山のようにあります。どこまでも子ども主体の学びと成長の場を提供し続けたいと考えています。

榊原:蓑手先生のご実践やお考えに大変感銘を受けました。本日はどうもありがとうございました。

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写真1 この日はアーティストを講師に招いて、ダンボールを活用した工作を行った。子どもたちは意見を出し合い、迷路をつくることに決定。作成した後、それぞれがお気に入りの場所をタブレット端末で撮影し、作品の名称を考えた。「暑い土の中」「もぐら&めいろ」「倒れた春の木」など、様々な名称とその意図を発表し合った。

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写真2・3 ダンボールの迷路に潜ってゴールを目指す子どもたち。「目隠しをすると、もっと面白くなるよ」と、年上の子どもが年下の子どもにスカーフの目隠しをつけてあげるなど、楽しくなるように協力し合う姿が見られた。

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写真4 最後に、講師と子どもが車座になり、次のアートの時間に活動したいことを話し合った。「もっと難しい迷路がつくりたいな」「面白いしかけをつくってみたい」など、その日の活動の振り返りに加えて、新たにチャレンジしたい活動を提案する子どももいた。



*文部科学省「令和4年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果の概要」(https://www.mext.go.jp/content/20231004-mxt_jidou01-100002753_2.pdf)による。

筆者プロフィール
minote_profile_pics.png 蓑手 章吾(みのて・しょうご)

HILLOCK(ヒロック)初等部世田谷校長兼総合学院長。元公立小学校教員で、教職歴は14年。教鞭を持つ傍ら大学院にも通い、人間発達プログラムで修士修了。プログラミング教育で全国的に有名な前原小学校では、研究主任やICT主任を歴任。2022年4月、オルタナティブスクール・HILLOCK(ヒロック)初等部を開校。著書に『子どもが自ら学び出す!自由進度学習のはじめかた』『個別最適な学びを実現するICTの使い方』(ともに学陽書房)、共著に『知的障害特別支援学校のICTを活用した授業づくり』(ジアース教育新社)、『before&afterでわかる!研究主任の仕事アップデート』(明治図書出版)などがある。


sakakihara_2013.jpg 榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。小児科医。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)、「子どもの発達障害 誤診の危機」(ポプラ新書)、「図解よくわかる発達障害の子どもたち」(ナツメ社)など。
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