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【読者参加型共同研究「日本、中国と韓国、何がどう違う?」】 第6回-⑤「帰属先として現れる文化」

山本 登志哉 (一般財団法人 発達支援研究所 所長)

2020年3月13日掲載

前回は、人のコミュニケーションに原因帰属がとても大事な意味をもっているというところまで話が来ました。次は「帰属先の性質」についての話になります。ちょっと理屈っぽくなっているかと思いますが、Cさんの行動が「文化的なものとして現れる」という現象を理解するために、もう少しお付き合いください。

お誕生日に友達から渡されたものを「誕生日プレゼント」として理解するのはなぜでしょうか? それは「誕生日にプレゼントを贈る」という習慣がひろく自分たちの周囲にあって、その習慣を基準にプレゼントの意味を解釈している(原因帰属をしている)からですね。このとき、原因はその個人にだけ焦点が当たって理解されているわけではなく、自分たちの「習慣」の方に焦点が強く当たっています。

もちろん誕生日プレゼントに何をくれたか、は相手の人の個性などに大きく依存していますが、それが誕生日プレゼントである(愛の告白ではない)と考えるのは、習慣の方への帰属に依ります。しかもその場合、習慣というのはその人個人の習慣ではなく、その人が属する社会の習慣と考えられているところが大事なポイントです。

では花束の方はどうでしょうか? 特にここでは異性から、クリスマスなどの思い当たるイベントもないのに、という場合を考えてみます。そうするとそれは「その人の私への個人的な好意」に帰属されやすくなりますよね。

この二つを対比させて考えてみると、帰属先としては「個人」に焦点が当たる場合と、その個人が属している「社会の習慣」に焦点が当たる場合があることがわかります。もちろん実際の行為の中では、たとえば「誕生日プレゼント」に「好意」を込めて贈るということもあるわけで、どちらかに単純に決まるということはむしろ少ないかもしれませんが、しかしその時贈られた人は「これは誕生日への儀礼的なプレゼントなのだろうか? それとも私への個人的な好意なんだろうか?」と迷うようなことでもわかるように、人の行為の原因を推定するうえでの重要な二つの方向性になるわけです。

まとめます。人は相手の行為を理解するときに、その原因を個人に帰属させる場合と、その個人が属する社会に帰属させることがある、ということです。


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さて、この区別から改めてCさんの行動の理解を考えたとき、最初に私がそれに対して行った原因帰属は主として「Cさん個人(の性格)」でした。もちろん私は「中国人のCさん」という風に見ていたので、「社会(の習慣)」というポイントも全く頭になかったわけではありませんが、ただやはり個人に帰属する方が強かった。

これに対しておそらく現在は「中国社会」に帰属される場合が多いでしょう。

この違いがなぜ生まれるかと言えば、答えは簡単です。「同じような(に見える)人たちを複数見ているかどうか」、あるいは「あの人たちはそういう風に振る舞う、というような知識を何らかの形で与えられているかどうか」の違いです。その人だけなら「個人」のものだし、「その人たち」に共有されているように思えれば、その人が属する「社会」のものになるからです。

たとえば、これは拙著で紹介したことのあるエピソードですが、95年に中国に長期滞在していた時、住んでいた北京師範大学から歩いて行ける場所に「双秀公園」がありました。日本と中国の二つの優れたところを合わせた公園という意味で「双秀」と名付けられたと聞きました。

そこには市民がよく憩っているのですが、数人集まって素人京劇の演奏をやっていたり、朝はどこでも見られるような「健康体操(太極拳だったり、ダンスだったりいろいろ)」をやっていたりしています。

lab_08_35_02.jpg それで私も散歩していたら、公園の林の樹に向かってじっと立ち尽くしている人がいました。幹から数十センチくらいの距離で、ただ黙って樹に向かって立っているのです。何のことかわからなくて正直ちょっとドキッとしました。ある種の心理的な症状をもった方ではないかととっさに感じたからです。

少し歩いていくと、また同じような人が・・・・・・。という風に、数人の人が樹に向かってただ立ち尽くしている状況に出合いました。

わけのわからない思いで大学に戻り、その経験を向こうの人たちに話してみました。すると、とんだ思い違いで、それは「樹から気」をもらうという、民間療法的な古くからの健康法だったのです。

というわけで、公園のおじさんの奇妙な(と感じた)ふるまいは、最初はある種の心理的な症状によるという「個人」に帰属していたのですが、それが向こうの人たちの説明を聞いて、いきなり「中国数千年の伝統に基づく文化的な行為」に帰属し直してしまいました。


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このようにして、「帰属先」として「文化」が立ち現われたことがわかります。

ではそのことを前提に、次回はその「文化」というものが物のように固定した実体的なものとして存在しているのだろうか? という話に進みたいと思います。


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筆者プロフィール

Yamamoto_Toshiya.jpg

山本 登志哉(日本:心理学)

教育学博士。(一財)発達支援研究所 所長。1959年青森県生まれ。呉服屋の丁稚を経て京都大学文学部・同大学院で心理学専攻。奈良女子大学在職時に文部省長期在外研究員として北京師範大学に滞在。コミュニケーションのズレに関心。近著に「ディスコミュニケーションの心理学:ズレを生きる私たち」(高木光太郎と共編:東大出版会)


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