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【読者参加型共同研究「日本、中国と韓国、何がどう違う?」】 第6回-①「文化の違いを考えるとはどういうことなのか?」

山本 登志哉(日本:心理学)
姜 英敏 (中国:教育学)
呉 宣児(韓国:心理学)

2018年9月21日掲載

これまで、具体的な調査データをもとに、日中韓で話し合う、というスタイルで連載を続けてきました。お読みになった方からは予想外の考え方の違いに驚きの声を多く寄せていただきました。

ところでここで行ってきた議論は、今回突然出てきたものではなく、私たちが主に日中韓越のみなさんと異文化間相互理解のための調査や研究をずっと続けてきた中で、少しずつ培ってきた視点をベースに行われています。今は「文化理解の方法論研究会(MC研:http://rcsp.main.jp/mc/index.html)」を足場として、科研費による研究等を進めています。

この研究会の前身である「子どもとお金研究会(M&C)」でも、ずいぶん長く調査研究を行ってきました。その内容はこれまで内外で発表され(日本語・中国語・韓国語・ベトナム語・英語)、その成果をまとめた「子どもとお金:おこづかいの文化発達心理学」(東大出版会)は、私たちの新しい研究の議論を面白がって下さった文化心理学者のValsinear, J. さんのお世話になり、今度英語版も出版されることになっています。いろいろ議論になったお金の問題も、そのベースはここで生まれています。

そこで今回はここでの議論の背景となっている、私たちの「異文化理解」についてのちょっと新しい考え方をご紹介したいと思います。これまでの比較文化心理学や文化心理学の議論とはだいぶ視点が違っていて(私たちは「差の文化心理学」と呼びます)、言ってみればステレオタイプの押し付け合いの文化理解ではなくて、お互いに対話しながらわけのわからない相手を柔軟に理解する方法を見つけていこう、というような発想に基づいています。

1)「○○文化」というものはあるけどないんだ、ないけどあるんだという考え方

「日本文化」というものはあると思いますか?あるとすればそれはいつからありますか?それはどこにありますか?誰が日本文化をもっている人ですか?それが日本文化と言われる基準は何ですか?

これに「おおざっぱ」に答えることはできるでしょう。たとえば「日本」という国が国際社会にデビューしたのは7世紀ごろみたいですね。それまでは今の日本の一部は「倭」と呼ばれていたりしますが、その性格はご存知のようにずっと議論の的です。一応遣唐使が自分たちをそのころ「日本」と名乗るように変わったと、中国の歴史書には書いてあるわけですが、さてその「日本」に住んでいた人たちがどれだけ自分の事を「日本人」と思っていたかは定かでありません。

中国にいたっては、「中国(中華人民共和国)」が初めて国号になったのは1949年からですよね。その前に「中華民国」がありますので、略すれば中国でしょうが、その前は女真族(満州族)が作った清、その前は南の漢民族が作った明、その前がモンゴル族が作った元、その前は南の方は漢民族が作った南宋と北の方は女真族の金があって......、というかんじで支配層もどんどん変わるし、領域だってその都度ものすごく変化します。最初の統一王朝は西の方の田舎の国だった秦が作ったわけですが、現在の領域からいえば半分にも満たないくらいです。その前の周は諸国連合の名誉議長みたいなもので、通貨統合もしている今のEUほどの統一感もないでしょう。もちろんその当時「私は中国人」というアイデンティティをもった人は皆無です。ただ漢字と正史(歴史書)によってお互いに「つながり」と「伝統」を共有する意識が続いていて、その意識によっていろんな歴史的な出来事が起こっているわけです。

もうすこしいうと、今の中国国民の92%は漢民族で、あとは55の少数民族が集まっていることになっています。でもこの「○○民族」というラベル自体がそれほどはっきりしたものではなくて、言ってみれば民族政策に必要だったから、なんとかそれだけにまとめたという感じがあります。だから分類された当人からすると「なんで俺たちがあいつらと同じ民族なんだ」と思う人たちもいるし、いまだに所属民族の決まらない人たちもいます。親同士が異なる民族だったら、子どもの民族は自由に選べたりもします。少数民族への優遇措置を狙って子どもの民族をそちらに決めるような話もときどき聞きます。

同じ漢民族と言ったって、もともとは中原(黄河中下流域)の人たちを核として、どんどん周辺の異民族が吸収される形で拡大していったものです。おおざっぱに言っても北と南とでは体格からして違います。ことばももちろん違って、たとえばカンフー映画などで使われる「広東語」と共通語の「普通話(いわゆる中国語)」とは、ドイツ語と英語ぐらい違うとはよく言われる話で、学ばない限りはお互い聞いても全然分かりません。「外国語」です。

今は中国に住むこれらの多様な人たちを「中華民族」というひとつの民族として語るようにもなっていますが、なんで一つと言えるかと言うと、「同じ」だからではなくて、「多元的な文化をもった民族が一体として歴史を作ってきた」というような考え方が基盤になっています(費孝通1988「中華民族多元一体構造」)。

いくらでも話を続けられますが、要するに境界も実に曖昧で、はっきりした固定的な「文化」とか「文化集団」などどこにもないわけです。それで文化などというものはいわば幻想にすぎないという考え方も出てくることになります。

実際、私が中国で10か月間生活して帰国し、そのあまりの違いに驚いて、日本の研究者に「日本と中国は全然違う」ということを具体例を使って話しても、「まあ、日本にもいろいろな人がいるしね。そんな人もいるよ」「日本も昔はそうだったよ」といった「反論」が繰り返されて、「なんでこんなに違うのに理解してくれないんだろう」と憤りをもつほどでした。

本連載の共著者の一人である姜英敏さんは、おじいさんの代に植民地化された朝鮮半島から逃れて中国東北部に移住した両班(朝鮮の士大夫・貴族層)の生まれで、母語は朝鮮語です。中国語(中国では漢語と呼びます)は勉強して身に付けたもので、今は北京師範大学で中国語で教育研究を行っていますが、生活感覚などももともとは朝鮮族のものです。それで、彼女が大学に入って初めて漢民族の学生たちと共同生活を始めたときには、とにかくカルチャーショックの連続だったということでした。

私も中国ではカルチャーショックの連続でしたから、その点で姜さんとは文化の違いがこんなにも大きく、ある集団の中で文化的マイノリティの立場になるとどれほど大変かということについて、お互いに実感をもって語り合えたのですね。ところがやはり姜さんも、日本に留学していたころなど、文化差を語ると日本の研究者から同じように「反論」をくり返されて、憤っていました。

もう一人の共著者である呉宣児さんは、韓国済州島の出身です。ここは昔は耽羅国という独立国だったのが、だんだん朝鮮半島の王朝に隷属する形になり、15世紀に李氏朝鮮に最終的に併合されました。そういうところは、日本と中国の双方に隷属しつつ、薩摩藩のかなり強い統制を受けるようになった後、19世紀に日本に併合された沖縄と境遇がちょっと似ています。

呉さんは大学を出てから日本の大学院に留学し、その後子育てをしながらずっと日本で暮らしてこられました。最初に来られたときは、なんでラーメン屋さんで漬物がついてこないのか、というところから違和感を感じたそうですし、大学院の学生たちと関わる中でも、いろんな面で驚いたりショックを受けることが多かったそうです。

けれども呉さんが私たちとお小遣いの共同研究を始めたときはもう来日して10年になり、日常ではだいたいいろいろなことに慣れて、ほとんど違和感もなくなっていたとのことでした。ところが、です。お小遣い研究をする中で、共同研究者間で「子どものおごり合いは是か非か」の議論になった時、呉さんは大変にショックを受けました。

日本でも韓国でも、割り勘もおごりもあるわけですが、日本では子ども同士のおごりあいを否定する考えがものすごく強いです(竹尾 和子,山本 登志哉,渡辺 忠温 2016 「金銭教育への小中高の教師の視線:<子どものおごりあい>をどうみるか?」東京理科大学教職教育研究, No.1, 41-48 https://www.tus.ac.jp/ks/pdf/about/2016_kiyou.pdf)。ところが韓国ではとても肯定的でした。

呉さんも日本では割り勘が普通という事はもうよく知っていて、日本ではそれに合わせて行動していたのですが、それは日本人がケチだから、くらいの感じで理解していて、まさか自分たちがいいことと考えている子ども同士のおごりあいを、悪いこととして日本人が考えるとは思ってもみなかったのです。おごりをどう評価するのか、呉さんはそれに否定的な日本人研究者とずっと議論をすることになりました(呉宣児他 2006 「異文化理解における多声性の方法(マルチボイスメソッド) ―子ども同士のおごり合い現象をどう見るかに焦点を当てて」共愛論集, No.6 , 91-102頁 http://www.kyoai.ac.jp/college/ronshuu/no-06/oh.pdf)。

10年も日本に暮らし、子どもを日本で育て、地域のお母さんたちともつながりがあり、日本で就職して仕事をしている。そしていつの間にか日本で感じる違和感よりも、むしろたまに帰った韓国で違和感を感じることが出てきたりもするようになっていた、その呉さんが、実はこんなに深い違いがあったのかと驚かざるを得なかった。それほどの「文化差」がそこにはあるわけです。

一方では確かにかちっとした固定的な文化などどこにもありません。でも実際に違う社会で暮らしてみれば、もう身に染みて「文化が違う!」と思わざるを得ないんですね。ほんとにショックだったりトラブルになったりということの連続なので。そしてそのショックの受け方やトラブルの起こり方、解決のむつかしさは、日本ではほとんど経験したことのないようなものなわけです。

つまりこういうことになります。一方では「○○文化」なんて、どこにあるんだかわからない。「○○文化集団」といったって、その中では例外だらけでとてもじゃないが「みんなそうだ」という風に言えない。さらに言えば、ある文化を特徴づけるとされるものごとが「多数派」を占めるとさえ言えません。「○○文化」を区別する明確な基準も立てられない。そんな曖昧さをもっているのが文化です。

だから、ときどきある「○○人は××だ」というようなシンプルな決めつけは成り立ちません。実際いろんな人がいるし、いろんな場合があります。

ところが他方では深刻なカルチャーショックを生み出すこともある「文化」です。そこでカルチャーショックを受ける人の実感としては、それは単に偶然のことではなく、まさに「○○文化」との間でカルチャーショックを受けているのです。そういうショックが積み重なると、「○○文化集団」全体への反感、敵対心などが固まっていくこともあります。そうなってくると、「いろんな人がいる」という、ある意味冷静な判断はもうできなくなって、それが大きな文化集団間の衝突に至ることもある。

とてもではないが、単に「幻想だ」と言って済まされることではないわけです。だからここで「○○文化というものはあるけどないんだ、ないけどあるんだ」という、これまで文化に関わる心理学的研究がずっと避け続けてきたやっかいな(山本登志哉 2013 「文化の本質的な曖昧さと実体性について:差の文化心理学の視点から文化を規定する」質的心理学研究, No.12, 44-63)、ある意味訳の分からないようなことについて、まじめに考えてみる必要が出てくるのです。ここでの私たちのやりとりも、そのことを意識しながら続けてきたのでした。(次回に続きます)


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筆者プロフィール

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山本 登志哉(日本:心理学)

教育学博士。子どもとお金研究会代表。日本質的心理学会元理事・編集委員。法と心理学会元常任理事・編集委員長。1959年青森県生まれ。呉服屋の丁稚を経て京都大学文学部・同大学院で心理学専攻。奈良女子大学在職時に文部省長期在外研究員として北京師範大学に滞在。コミュニケーションのズレに関心。近著に「ディスコミュニケーションの心理学:ズレを生きる私たち」(高木光太郎と共編:東大出版会)


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姜英敏 Jiang Yingmin(中国:教育学)

教育学博士。北京師範大学国際比較教育研究所副研究員、副教授。1988年~1992年に北京師範大学教育学部を卒業。1992~1994年、遼寧省朝鮮族師範学校の教師を経て、北京師範大学国際と比較教育研究所で修士号、博士号を取得し、当所の講師として務め、現在は副教授として研究・教育に携わっている。在学期間中、1997年~1999年日本鳴門教育大学に留学。また2003年~2005年はポスドクとして、日本の筑波大学に留学し、研究活動を行い、さらに中央大学や早稲田大学、青山学院大学の教員と積極的に日中の学生間の交流授業を進めてきた。日本と韓国、中国を行き来して、実際の授業を観察した道徳教育の国際共同比較研究。


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呉宣児 Oh Seon Ah(韓国:心理学)

現在、共愛学園前橋国際大学・教授。博士(人間環境学)。韓国済州島生まれ育ち。韓国で大学卒業後、一般事務職を経て、1992年留学のため来日。1995年お茶の水女子大学大学院家政学研究科修士課程(児童学専攻)修了、2000年九州大学大学院人間環境学研究科博士課程修了(都市共生デザイン学専攻)。その後、日本学術振興会外国人特別研究員、九州大学教育学部助手を経て、2004年から共愛学園前橋国際大学に赴任。文化心理学・発達心理学・環境心理学の分野の研究・教育活動をしている。単著「語りから見る原風景―心理学からのアプローチ」(2001) 萌文社、共著「「大人になること」のレッスンー「親になること」と「共生」」(2013) 上毛新聞社、ほか多数。前橋市の地域づくり推進活動のアドバイザーや地域の小学校で絵本読み聞かせボランティア活動等もしている。

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