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第1回-④「第1回日中韓調査結果についての考察」(2)

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【読者参加型共同研究「日本、中国と韓国、何がどう違う?」】
第1回-④「第1回日中韓調査結果についての考察」(2)

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◎【読者参加型共同研究「日本、中国と韓国、何がどう違う?」】もくじ


第一回中日韓調査結果について-姜英敏(訳:山本登志哉)

今回の調査で取り上げた事例は、私が日本に留学して間もない頃に経験したものです。自費留学生の梅(メイ:仮名、女性)さんは、学費納入の期限が来たのに、アルバイトで稼いだお金は来週にならないと出ないという状況に陥りました。家に電話して助けてもらおうにも間に合わず、家にもそんなにお金がなくて、すぐにかき集めることもできません。周囲に親しい人もなく、孤立無援の状況で、メイさんは日本の友人の百合さん(仮名)にお金を借りて急場をしのぐことにしました。困った状態にあるメイさんにとっては、それが唯一の方法だったかもしれません。百合さんは電話を受けて、しばらく黙り込み、それから「ちょっと考えさせて」と言って電話を切りました。

夜中に百合さんは私に電話をしてきてその話をし、「どうしたらいい?」と聞きました。電話の声は戸惑いや疑い、心配に満ちていて、メイさんが彼女にお金を借りようとしたことで受けた百合さんの衝撃を感じさせました。彼女は言うのです。「私たち日本人は、お互いにお金の貸し借りをしないんです。私、どうやってメイさんに言ったらいいかわかんなくて、姜さんから彼女に伝えて下さいませんか?」

数日後、メイさんが私を訪ねてきて、「百合さんが私にとても冷たいんだけど、私何か悪いことしたのかしら?」と言いました。そしてメイさんはいかにも悔しそうに「彼女は最後まで私にお金を貸してくれなかったんだけど、それなのに、どうして百合さんのほうが怒るの?私たちは親友なんだし、彼女はこの間中国に来て私の家にも泊まったし、私は彼女の食事や泊まるところをお世話して、彼女の観光にもつきあったし。それなのに私が困ったときに彼女に助けを求めるのはだめなの?お金は借りるのだから返さないわけないし、次の週にはバイト代が入るからすぐに返せるんだし。」

その頃は私も百合さんのことをおかしいと感じていました。百合さんが怒った理由が分かったのは、何年も後のことです。

メイさんと百合さんの間の出来事に、私は強い興味を持ちました。お互いにどちらも自分の考え方に責められるところはないと信じていて、しかも一旦相手のことを認めようとすれば、それはそれまでずっと自分に与えられてきた価値観を否定するに等しい。一体それってどうしてなんだろう?お互いのつきあいの中で、どんな矛盾にどんな風に対処すべきなんだろう?

後に、私は国際理解教育の授業で何度もこの例を教材として使い、学生たちとこの問題について討論をしてきました。さらに授業で何度も日中両国の大学生同士の対話の場を設け、彼らにお互いの違いを理解させようと試みました。日中韓の大学生に対して行った今回の質問紙調査の結果やネット上の参加者の回答は、またもや違いを浮き彫りにすることになりました。みなさんの議論の内容や結果も、まさに私が興味を持って聞きたいと思っていたものでした。

今回の調査結果について、私の理解は次のようなものです。


(1)「友だちには迷惑をかけていい」VS「人には迷惑をかけない」

何年も経ってから、私はようやく少しずつ分かってきたのですが、メイさんの行動が百合さんの反感を招いたのは、実際にはお金を借りること自体にだけ原因があるのではなく、より大きな問題は「自分が困難に出会ったとき、何も考えずに友だちに助けを求めたり、さらには友だちに迷惑をかけることをいとわない」という行動だということです。

「親友の間ではお互いに助け合う」というのは日中双方で認められる価値です。私は「医龍」という日本のドラマを見ましたが、その中に頻繁に出てくるセリフは「一人じゃ何にも出来ない、人は助け合いながら生きていくものだ」というもので、それはとても心に響きます。私たちは中国でも常々そんな言い方を耳にします。

ところが日本のドラマの「助け合い」の意味は、中国のそれとはとても大きく違うのです。日本では、相手に損害をもたらすかもしれない可能性のある助けを求める行為は、すべて「助け合っていいこと」の範疇に入らず、人々は自らそれを避けなければなりません。「お金を借りること」は、そのような避けるべきことの一つです。日本のネット参加者の感想でも、まさに「日本では友だちと金の貸し借りをするな。すれば友だち関係が崩れるとよく言われる。」(⑥)と語られています。

でも、どうしてそれで関係が壊れるのでしょう?単に将来お金を返せなかった場合に、お金を貸してくれた人に損害を与えることを、恐れているに過ぎないのではないのでしょうか。さらには、返せる返せないにかかわらず、借金自体が友だちに無理を言って「迷惑」をかける行動で、避けなければならないのです。これが日本のネット参加者が自由記述欄で「両親や学校の先生に相談するのが先」(①)と回答する理由です。でも、もし両親や学校に相談した後も方法がなければ、それなら友だちにお金を借りてもいいのでしょうか?実はその答えもやはり否定的なものです。自分の問題は自分、あるいは家庭内で解決すべきで、友だちに迷惑をかけてはならないのです。日本の学生のそういう考え方は、中国の読者から見ればとてもエゴイスティックで、まったく「友だちとしての交わりに値しない」と見えるかもしれません。

中国で良く聞く「助け合い」には、そういった制限がありません。友だちの困難は自分のものでもあり、結果を考えずにその解決を手助けしてこそ、初めて本当の友人なのです。たとえ将来自分が損害を受けるかもしれないとしてもです。少なくとも友だちにお金を貸すときに、自分の生活が(深刻な)影響を受けない範囲ならば、「友だちはお金を返せるか」といった問題として考えるべきではありません。中国の大学生やネット参加者のほぼ100%がCにお金を貸せると答え、たとえ自分はCと同じようには友だちにお金を借りないと答えた人たちでも、Cにはお金を貸せて、かつCがお金を借りる行動を完全に理解できると回答するのも、まさにこういう考え方に基づくものです。(実際は、この回答は論理的にいえば矛盾したところがあります。「友だちにお金を借りることは理解できることで、自分も友だちにお金を貸せる」と考えている人が、苦境に立った場合、絶対に友だちにお金を借りないでしょうか?あるいはそう答えた皆さんはそういう状況に自分は遭遇しないと考えているのでしょうか?)

こういった考え方は日本の読者から見れば、もしかするととても非理性的でおかしなものに見えるかもしれません。日本では「相手」に迷惑をかけない、というのは成熟し、責任を持て、信用できる人であることの証ですが、この「相手」の範囲はとても広く、友だちから、さらには自分の父母さえも含むように私には見えます。日本では小学生が学校で酷いいじめを受けても、家に帰ってから両親にそのことを言いたがらないのは両親に迷惑をかけないためであり、そうすることで自分の自立の証明としているのではないかと思えたりするのです。

けれども中国ではちょうどそれとは反対で、「(お金を含めて)いつでも迷惑をかけることができ、またその人からも迷惑をかけられる友だち」が即ち「結果を考えずに助け、助けられる」友だちであり、そうできることが成熟し、責任を持ち、信用するに値する人であることの証です。信ずるに値するからこそ、友だちはあなたに手助けを求めることができるのであり、あなたが困っているときにも友だちに助けを求められるのです。「他人に迷惑をかけない」ことをお互いに暗黙の了解としている日本と、「迷惑をかける」ことを付き合いの前提にしている中国と、この「相手に対する思い遣り」についての二つの考え方の違いが、まさにメイさんと百合さんの関係に生み出された亀裂の原因の一つではないでしょうか?


(2)最大限「共有」する VS 可能な限り「共有」を避ける

ここでメイさんと百合さんの間に壁を作った「借金」について、もう一度別のキーワードから考えてみましょう。日本の大学生とネット参加者の計81名の内、友だちにお金を借りると答えたのは、たったの8名(10%)で、友だちにお金を貸すと答えた人は29名(35%)に過ぎませんでした。これに対して中国の調査参加者は35名中22名(63%)が友だちにお金を借りると答え、34名(97%)は友だちにお金を貸せると答えました。このように著しい違いはお互いの「借金」という行動に対する理解に、本質的な違いがあるのだということを明らかにしているかもしれません。

以前私の授業で、中日の大学生にお金を借りる問題について討論をさせてみると、日本の学生が中国の学生にこう尋ねるのをそのたび毎に聞きました。「(日)なんで友だちにお金を貸すんですか?」「(中)親友がもし困っていたら、当然助け合うべきでしょう。」「(日)もし将来お金を返してくれなければどうするんですか?」「(中)それは状況によります。もし友だちが故意に返さないのではなくて、確かに困難な状態で、しかも金額が私の生活に悪影響を及ぼさなければ、しばらく返してもらえなかったり、あるいは返されなくてもいいです。」

そうすると、日本の学生は、なんで親友間で「お金」という完全にプライベートな領域に属する、日本の学生にとっては自他の区別が明確なものを共有出来るのか、とても戸惑います。次に紹介するのは実際の日中学生対話での議論ですが、他方では中国の学生が日本の学生に尋ねることもとても興味深いものです。「(中)どうしてどんな場合でも友だちに借金するのはいけないんですか?」「(日)だってお金の貸し借りは友だち関係を壊すから」「(中)なんでお金の貸し借りが友だち関係を壊すんですか?」「(日)お金には欲や利益が絡んでくるので、きれいごとではすまない場合があるし、私たちはそうしたお金が関係を壊すのを望まないんです。それで最初からお金について話すことを避けます」「(中)汚いというお金がどうやって関係を壊すんですか?」「(日)時期が来てもお金を返さないようなことが起こりうるからです」。

ここで中国の側はしばしば二派に別れ、一方は日本の学生が言うことは理屈(道理)にかなっていて、確かに時期が来てもお金を返さずに友だち関係が壊れる状況が生じうると考えます。けれども、もし「あなたは将来お金が返されない状況になることを恐れて、友だちにお金を貸すのを拒みますか?」とさらに問うと、普通学生たちはみんな「いえ、やっぱり友だちにお金を貸します」と答えます。もう一方の学生は初めから「友だちが返せないからといってどうだというの?もし友だちが故意に返さないのでなければ、そして私の生活にそれほど影響しないのなら、それで許せます。」と考えます。どういう状況でも、大多数の中国の学生は、お金の共有は可能だと考えます。ある中日の大学生の討論の中で、一人の中国の学生が「もし私の親友が本当に大変な困難に出会って金銭的な援助が必要になった時に、私にお金がなかったとしたら、多分誰かにお金を借りに行ってでも、そのお金を友だちに貸すでしょう」と述べたのは記憶に残ることでした。この答えは討論に参加した日本の学生たちには全く不思議なことと感じられたことでしょう。

この対話の内容から、35名の中国の調査参加者の内33名(94%)の回答が、Cを理解できる(質問3)であり、日本では81名の調査参加者のうち33名(40%)がCを理解できないと答えた理由をあるいは解釈できるかもしれません。中国の大学生から見ると、友だちとプライベートな領域を共有することは、お互いの関係が「鉄のように堅い」ことを証明していることであり、それに対して日本の大学生から見ると、「プライベートな領域」の不可侵性は友だち関係を維持する前提なのです。以前早稲田大学で講義をしたとき、日本の大学生が私に質問しました。「それじゃあ先生は親友と分かち合うことが出来ないものは何だと思いますか?」私は「多分、歯ブラシと夫」と答えましたが、日本の学生はそれを聞いて目を丸くしていました。

もちろん、全ての中国(日本)人がみんなこのような価値観を堅く持っているということではありませんし、全ての付き合い方がこうだというわけでもありませんが、少なくとも私たちはこれらの討論の中で、お互いの考え方の違いを見いだすことが出来ますし、さらに、これらの違いは確実に様々な形で私たちの日常生活に影響を及ぼしていると言うことができます。これはとても面白くて、探究に値することだと思いませんか?

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筆者プロフィール

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山本 登志哉(日本:心理学)

教育学博士。子どもとお金研究会代表。日本質的心理学会元理事・編集委員。法と心理学会元常任理事・編集委員長。1959年青森県生まれ。呉服屋の丁稚を経て京都大学文学部・同大学院で心理学専攻。奈良女子大学在職時に文部省長期在外研究員として北京師範大学に滞在。コミュニケーションのズレに関心。近著に「ディスコミュニケーションの心理学:ズレを生きる私たち」(高木光太郎と共編:東大出版会)


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姜英敏 Jiang Yingmin(中国:教育学)

教育学博士。北京師範大学国際比較教育研究所副研究員、副教授。1988年~1992年に北京師範大学教育学部を卒業。1992~1994年、遼寧省朝鮮族師範学校の教師を経て、北京師範大学国際と比較教育研究所で修士号、博士号を取得し、当所の講師として務め、現在は副教授として研究・教育に携わっている。在学期間中、1997年~1999年日本鳴門教育大学に留学。また2003年~2005年はポスドクとして、日本の筑波大学に留学し、研究活動を行い、さらに中央大学や早稲田大学、青山学院大学の教員と積極的に日中の学生間の交流授業を進めてきた。日本と韓国、中国を行き来して、実際の授業を観察した道徳教育の国際共同比較研究。

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