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【被災地レポート】第11回 被災地の子どもたちのことを考える~日本子ども学会学術集会での取り組み~(後編)

吉田 穂波 (産婦人科医、ハーバード公衆衛生大学院リサーチフェロー、
プライマリ・ケア連合学会被災地支援チーム(PCAT)派遣医師)

2011年11月18日掲載

要旨:

10月1日、2日に武庫川女子大学で、第8回子ども学会議学術集会「育ちと学びを支える」が開催されました。2日目のテーマは「東日本大震災の子どもたちを支える」です。筆者もシンポジストとして参加し、「乳幼児の被災現場から:妊産婦への支援が震災復興に与えるインパクト」をテーマに講演しました。その内容をご報告します。

◎正しい答えがわからない今、何をすべきか

未曽有の事態というのは、答えのない問いを問わねばならない時です。その答えは被災地の外にあり、誰かに教えてもらうものでしょうか?

違います。答えは、その地域の人々の心の中にあります。誰よりもその土地に対し思い入れがありその土地をよく知っているのはその土地の人々ですから、前向きな問いを投げかけることで、被災地の人々の中から答えが、そして、その答えにたどりつくための方法が出てくるのです。

「自分はどうなりたい?」
「この街がどうなってほしい?」
「そのために必要なことは?」
「何が障害となっている?」

私たちは、最近、「支援」という言葉を使うのをやめました。

たとえば、被災地でお会いしたお母さんたちの中からは「子育てをしている母親にとって居心地の良い環境作りが必要」、という答えが出てきました。お母さんが医療機関を受診したり、気分転換する時間をもったりすることができない状況で、子育てノイローゼ+被災による抑うつ状態なども重なっています。おじいちゃんがおばあちゃんやこどもや孫につい当たってしまう...自己嫌悪に陥ってしまう... こうした困難の中から、どうすればいいか、という発想が生まれ、子どもの一時預かり所が必要、「子育て支援センター」を復旧させたい!、保育園と共存するのではなく新たなスペースを確保したい、私たちが支援している開業医と子育てサークルをつなげたら・・・と、新たな発想がわいてきています。外から押し付けられたものではなく、自分たちの中から出てきた答えなので、やる気が出るのです。

lab_06_37_1.gif たとえば、安心してお産ができるまちづくり、子どもを産みたくなるようなまちづくりが必要、という答えを出したお母さんたちもいました。そのために産科医院を復興することはできないか、あるいは、産婦人科医師を増やすことができないのであれば、お産を扱える家庭医、助産師などをもっと増やすことはできないか、という発想につながっていきます。


◎今、私たちが学べること、私たちができることは

会場にいた皆さんへのお土産として私が用意したのは、「当事者意識」「この教訓から学べること」でした。たとえば、地方自治体が作っている地域防災計画における妊産婦支援の位置づけでは、約半数の126自治体(48.1%)で、妊産婦およびその家族への支援内容は盛り込まれていません(前述の(社)日本助産師会 災害対策委員会報告書 2010より)。盛り込んでいる具体的な支援策は、「乳児用紙おむつ」(62.2%)、「粉ミルク」「生理用品」(54.1%)の支給、「妊産婦に配慮した避難所」(21.5%)の提供のみで、災害時要援護者支援の対象のほとんどが高齢者です。支援者の職種の割合:「保健師」(80.8%)、「医師」(59.6%)、「看護師」(58.7%)、「助産師」(30.8%)となっており、具体的に妊婦さんを扱える、少なくとも、妊婦さんや新生児に対し感受性を持つ医療従事者についての記載がありません。つまり、災害時にはこの国の弱点の顕在化(乳幼児・妊産婦が後回し、一律の人工乳配布)が起こる可能性があるのです。

また、今回、効率的な支援の難しさも明らかになりました。小さい子どもを抱えている母親、妊婦さんなど困難な状況にある人ほど避難所に居づらかったり身軽に病院へ行くことができなかったりと、援助や医療へのアクセスが難しいのです。ここから、災害後に妊産婦さん、乳児を連れた家族向けの避難所が必要、という発想が生まれます。私は、避難所を回りながら、シルバー座席の表示を思い出していました。高齢者、妊婦さん、子どもを連れた方、障害のある方、みなさん他の方からいたわられる存在です。しかし、被災地では、この弱者と呼ばれる人々が小さいパイを取り合い、お互いが十分な援助を受けられない状況にあります。

まずはハンディキャップをもった人々を救いあげ、そこに真っ先に支援を送れるような場所を地域ごとに設定しておく必要があります。子どもや妊婦さんたちは要求を主張しにくいということ、お腹が大きくない妊婦さんは見つけ難いこと、妊婦さんやその子どもたちが不自由な避難所生活を続けている背景には、家族のサポートがあるところで暮らしたいという気持ちがあるということ。それらを汲み取った上で、妊婦さんや乳幼児を抱える家族を真っ先に避難させるというシステム作りが必要だということがよくわかりました。

妊婦さんや生後すぐの乳幼児の居場所を把握するために、産院や保健所が中心となった妊婦さんとの連絡網作りが必要です。私たちは災害後に石巻地区でメールマガジンをつくり、携帯情報が確実に届くような仕組みを作りましたが、非被災地にいる私たちも、日ごろから、携帯や固定電話以外の連絡方法を用意したり、携帯で連絡が取れなくなった時のためのシミュレーションをしておく必要があります。また、子どもの医療記録や治療歴、保健証や免許証、かかりつけ医の連絡先をクラウド(インターネットシステムに接続すればすぐに取り出せる場所)の中に保存しておくことも必要になるでしょう。

行政に与えられた災害予防システムだけでなく、結局は地域で日ごろからの「仲良し」「顔の見える関係作り」が大切だということもわかりました。また、妊婦さんを取り巻く職能団体と防災行政との連携を日ごろから作るため、委員会などを設置するのも一案です。

妊婦さんや子どもを含めた避難訓練をし、必要となるものをあらかじめ準備しておく必要もあります。このような考えから、私自身も住んでいる地域での防災ボランティアや防災検討チーム作りに積極的に加わるようになりました。
(文京区社会福祉協議会主催「東日本大震災 被災地支援市民活動フォーラム」
http://www.toyo.ac.jp/news/detail_j/id/4469/ 東洋大学HPより)

会場でお会いした参加者の皆様からは、講演後、以下のようなご感想をいただきました。
・お話の内容も、お話の仕方も、本当にすごいなあと感激しました。
・なんだか私は最近、良い話を聞くと、ぐっとエモーショナルになってしまいます・・・。
本当に感動しました。
・紀子さまも来られて、楽しい学会でしたね。
・本も良いけど、直接人に会うのは大事ですね。お話が聴けて本当によかったです。
・多方面でのご活躍、すばらしいですね。
・心にスッと入っていってきました。素敵だなと思いました。
皆さんからの温かいお言葉に、私自身も大変励まされました。

lab_06_37_2.jpg 私は、自分の発表に対する評価、受け手側の気持ち、というのを、とても大事にしています。私の持論として「相手に伝わったこと、相手が受け取ったことに対してすべて自分が責任をもつ」と言うのがあります。「自分は良かれと思ってやっているのに」「こう言ったつもりだった」ではなく、健康や命に関わることを話す専門家として、相手がどう受け取ったのかまで気にするべきだと思っているからです。

というわけで、私は、皆さんが反応を返してくださったことそのものがとても嬉しく、こちらこそ、貴重な機会を与えていただきまして本当にありがとうございました、という気持ちになりました。主催者の皆様のご苦労、ご尽力は並々ならぬものがあったと拝察いたしますが、素晴らしいコーディネートのおかげで、参加した者皆満足して帰られたのではないでしょうか。とても良い学術集会に参加させていただき、私自身たくさんの学びや気づきをいただき、とても楽しい思い出となりました。参加できて、本当に良かったと思っています。震災をきっかけにできたご縁を今後もつなげていければと思います。

この半年間、そして現在も石巻の助産師さん、ママサークルの応援をしていて思うことは、お母さんたちのニーズが復興計画に盛り込まれますように、ということです。今お母さんたちが困っていることなど、私たちが派遣している助産師さん、医療従事者が拾い上げてこの被災地レポートでご報告していますので、今後もこのCRNはじめ子ども学会の皆様との出会いが大きく育っていき、ささやかながら貢献することができればと思います。

中世ヨーロッパのイタリア・フィレンツェの富豪メディチ家では様々な分野の文化人、芸術家、経済人など多種多様な人々が集まり、互いに学び合い交流をしていました。そこでは、異なる文化、領域、学問がぶつかり合い、融合し、その結果、新しく画期的なアイディアがいくつも生み出され、後に世に言うルネッサンスが開花しました。多くの異なる分野の「交差点」を創り出したことから生まれたイノベーション。子ども学会も、医療、教育、芸術、保健、福祉などそれぞれの分野を繋ぐ学際的な組織です。その混沌や混合の中からいろいろなものをつなぎ、産み出す子ども学会に、これからも積極的に関わり、貢献していきたいと思っています。




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筆者プロフィール
report_yoshida_honami.jpg 吉田 穂波(よしだ ほなみ・ハーバード公衆衛生大学院リサーチ・フェロー・医師、医学博士、公衆衛生修士)

1998年三重大医学部卒後、聖路加国際病院産婦人科レジデント。04年名古屋大学大学院にて博士号取得。ドイツ、英国、日本での医療機関勤務などを経て、10年ハーバード公衆衛生大学院を卒業後、同大学院のリサーチフェローとなり、少子化研究に従事。11年3月の東日本大震災では産婦人科医として不足していた妊産婦さんのケアを支援する活動に従事した。12年4月より、国立保健医療科学院生涯健康研究部母子保健担当主任研究官として公共政策の中で母子を守る仕事に就いている。はじめての人の妊娠・出産準備ノート『安心マタニティダイアリー』を監修。1歳から7歳までの4児の母。
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