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【被災地レポート】第6回 2011年5月末時点の被災地における子育ての現状と課題

吉田 穂波 (産婦人科医、ハーバード公衆衛生大学院リサーチフェロー、
プライマリ・ケア連合学会被災地支援チーム(PCAT)派遣医師)

2011年6月24日掲載

要旨:

今回は、2011年5月末時点での被災地における子育ての現状と課題について報告する。衣食住がなんとかなってきた現在、一番必要なのは母子の心理ケアである。活動拠点の子育て支援センターでは、ママ友のお子さんが亡くなり辛い思いをしているお母さんや自分の娘を津波で亡くして孫を育てなければならなくなってしまったストレスに苦しむおばあさん、早期に避難所を去り半壊した自宅で生活を続けようとする小さい子どもを持つ家族などの状況が伝わってくる。これらの現状に対して、子どもの一時預かり所の設置や保護者の心のケア、支援センター指導員や医師に対する支援を行うのが今後の課題である。
現在、母子の心理ケアが一番必要だと痛感しています。身体的な問題、つまり衣食住はなんとかなっていても、メンタルの問題が大変大きく、ここをきちんとして行かないことには前に進みません。そこで、助産師及び心療内科の先生にお手伝いいただこうと思っていたところ、現地ですでに母子へのメンタルケアを実践されている方々とつながることが出来ました。

私たちが活動している被災地の子育て支援センターで接した方は、家の1階が浸水する被害がありましたが、現在は2階で生活しており、家族も全員無事という方でした。このような家屋でも「大丈夫です」と仰るのは、震災直後に比べたら...という意味を含んでいるためであり、水道やインターネット、電話などのインフラが未整備のままで、決して子育てにとって居心地のいい状態ではありません。家屋は全壊の判定を受けていますが、仮設住宅の抽選にもれたそうで、住環境の復旧には時間がかかることを痛感しました。自分の環境のことも辛いのでしょうが、ママ友が津波で2歳のお子さんを亡くされ、そのことを考えると辛くて仕方がない、とおっしゃって泣いていらっしゃいました。「今まで子育て支援センターに行くたびに、下の子どもと一緒に遊んでいたのに会えない。その上自分だけ家族も家も残っていて申し訳ない。どんな言葉をかけたらいいのか」など考えてしまうとのことでした。家族に勧められて心療内科を受診したところ、「みんな同じ気持ちだから」とお薬を出され、眠くなってしまうだけであった。また受診したいが、2歳の子どもを何度も預けられる環境もなく、出口が見えない状態であるということでした。

子育て支援センターにいらっしゃるのはお母さんだけでなく、半数がおばあさんです。お話を聞くと、自分の娘を津波で亡くして2歳の孫娘を育てないといけない状況だが、自分もひとりきりで子育てをしたことがなく、どうしていいかわからない。夫も孫のことでストレスがあるのか自分にいろいろ言ってきており、それもストレスでどうしたらいいかわからない。周囲に「頑張らないと」といわれるけれど、頑張れない...。「私はまだ弱いんだ」と話されていました。

ここから考えられるサポートは
・ピアサポート
グリーフケア
・一時保育・ファミリーサポート
などのサービスが必要ではないかと思います。

このようなボランティアの際には「おしつけない、受身の態度で接してください。決して『大変だったね』と言わないでください」(河南子育て支援センター)とのお話が印象的でした。このような現地の行政や施設の方を含めた母子保健を支える立場の方が元気になる手助けをすることも私たち支援者の大切な役割であると思います。

5月末時点における、子育て中のお母さんの現状

・避難所にいる被災者は、ある程度、支援団体や公的機関からの情報は得やすく、支援団体から被災者へのアクセスも比較的容易である。
・しかし、前任者や子育て支援センターの指導員、保健師、お母さんたちの話を聞くと、特に小さいお子さんを抱える家族は、早期に避難所を去り、半壊した自宅で生活を続けようとする傾向にあり、また、社会的にハイリスクと思われる方々ほど、医療機関や公的機関へのアクセスが悪い(精神状態が悪く外出困難、車が流された、自宅が浸水しており引き潮のわずかな時間帯しか外出できない)状況におかれているようである。
実際、PCOT(日本プライマリ・ケア連合学会被災地妊産婦支援プロジェクト(東北すくすくプロジェクト))から彼らにアクセスするためには、被災前の彼らの情報をもつ指導員や保健師、支援センターにくるママたちのネットワークを活用する、という手段が考えられるが、現時点で実行までには至っていない。

避難所の方々へのニーズの掘り起しでの難点について

共同生活の強いストレス下にある方々に対するインタビューは、かなり技術を要すると思われる。特に短期間派遣員の場合、事前知識に乏しいこともあり、現地の状況を把握していない場合は難しい。筆者は、インタビュー時、支援対象者である妊婦さん達に負担や苦痛を与えているのではないか、という不安をもった。インタビュアーは、ある程度長期に被災者に寄り添える者であることが望ましいと感じた。

子育て支援センターの状況と、訪問で感じたニーズ

状況・背景
・支援センターは保育所に通う前の子どもをもつ家庭(母子)に最も近い存在。
・石巻市内にはもともと5か所支援センターがあり、3か所は保育所を併設していた。併設のなかった2センター(桃生と河南)だけが再開するための条件が揃い、4/11頃より稼動開始できた。通う母子の数はぐっと減っているが、6月より以前と同じレベルのスケジュールを始動させる予定。
・もともと通りすがりのボランティア(栄養士、保健師、学生、元センター利用者など)を頻繁に受け入れていた素地があり、その形での介入でならば、支援をお願いしたいとのこと。
・おばあちゃんが子育てをする地区:元来、桃生支援センターにくるのは半数がお母さん世代、もう半数はおばあちゃん世代。

ニーズ
【母子のニーズ】
医療機関を受診したり、気分転換をするための自分の時間を持つことができていない。また、「娘が(津波に)流されてしまったから急に子育てすることになった」おばあちゃんなどもおり、子育てノイローゼ+被災による抑うつ状態などが重なっている様子であった。子どもについ当たってしまい、自己嫌悪に陥ってしまう...おじいちゃんがおばあちゃんや孫に当たってしまう...などの問題を抱えている方がいらした。

⇒子どもの一時預かり所が必要。心のケアが最も必要。

【指導員のニーズ】
センターに通える状況にない母子の状況把握や、彼らを如何にして社会とのつながりの中に取り戻し、支援できる体制にもっていくかに苦慮しておられた。

⇒この課題に、どのような支援ができるか?
(指導員の皆さんからは、この地区のお母さんたちに一番寄り添っているのは私たちだ、私たちが力を振り絞って、地域の母子の元気を取り戻していくんだ、という自負がひしひしと伝わってきた。指導員の皆さんが主導権をもって、それを支えるような支援の形が大事だと思った。)


誰も言いませんでしたが、子育て支援センターの復旧のめどが立っていませんでした。公的な子育て支援の仕組みづくりが後回しにされていますが、子育て及び家族のサポートは、本当に、さしあたっての優先順位が低いのでしょうか? 復興のシンボルは若い家族が子どもを産みたくなるような街づくり、というメッセージを今後も実際の支援活動を通して伝えていければと思っています。

私も少し疲れを感じることもあります。しかし、人集め、お金集めが何とかなれば、この辛さも減るのではないかと頑張っています。全くのボランティアですが、避難所に出向き、お母さんや赤ちゃんや小さい子どもに接していると本当に楽しく、これが私の原動力となっています。現在、妊産婦支援に関わってくださっている産科医、小児科医の先生が笑顔で活動を継続していただけることが私の喜びであり、無償で協力してくださっている先生方の活動が継続できるよう、支えて行きたいと思います。

自分だけで地道に頑張るのではなく、それを読者の皆さんとシェアできること、読んで下さる方がいること、子育て中の親として、被災地のお母さんたちの事を敏感に受け止めてくれる方がいることにとても励まされています。このレポートを読んでくださって、ありがとうございます。被災地で大変な負荷を一人で背負っているお母さんのことを思って下さる皆さんに、この場をお借りしてお礼を申し上げます。

非被災地の我々にできること、それは、このような子育て中のサポートの必要性について、周りと話したり、新聞やFacebookへの投稿などで社会に投げかけたり、子育て中の若い家族への支援の優先順位が低くていいのか、ということを議論したり、今からでも出来ることがたくさんあるということを発信したりなど、いろいろあります。また、ずっと思い続けている事、DoingではなくBeingのサポート方法もあると思うのです。

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震災後に産まれた赤ちゃんと


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筆者プロフィール
report_yoshida_honami.jpg 吉田 穂波(よしだ ほなみ・ハーバード公衆衛生大学院リサーチ・フェロー・医師、医学博士、公衆衛生修士)

1998年三重大医学部卒後、聖路加国際病院産婦人科レジデント。04年名古屋大学大学院にて博士号取得。ドイツ、英国、日本での医療機関勤務などを経て、10年ハーバード公衆衛生大学院を卒業後、同大学院のリサーチフェローとなり、少子化研究に従事。11年3月の東日本大震災では産婦人科医として不足していた妊産婦さんのケアを支援する活動に従事した。12年4月より、国立保健医療科学院生涯健康研究部母子保健担当主任研究官として公共政策の中で母子を守る仕事に就いている。はじめての人の妊娠・出産準備ノート『安心マタニティダイアリー』を監修。1歳から7歳までの4児の母。
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