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【被災地レポート】第8回 震災から半年―現場の生の声―

要旨:

50周年を迎えた日本の国民皆保険は世界でも類を見ない素晴らしい制度であり、日本の医療における質・ケアのレベルが高く、医療へのアクセスが良いことは、先進国の中でも高く評価されている。世界的な医学雑誌でも日本の長寿医療に関してとても深い考察が多く見られ、大変読み応えのある内容である。しかし、高齢化社会における問題については取り上げられていても、その裏側にある少子化問題については触れられていないことが多い。震災後、妊産婦支援活動を続けてきたが、半年たった今の母子のニーズは、場所不足(保育の場、お母さん同士が話せる場、子どもを遊ばせる場)、職場や学校という枠組みから取りこぼされてしまう母子のストレスへの対応、保育士・保健師・教師・医療者など支援者への支援であった。
『ランセット』誌は、1823年に創刊された英国で最も権威ある医学雑誌の一つとされています。医療改革をもたらすような質の高い臨床実験の報告や、グローバルヘルス(国を超えた協力・連携が不可欠となっている地球規模の課題としての保健医療)に対しても深く関与しており、世界のあらゆる地域の研究・分析も幅広く掲載しています。現在では医療の最新ニュースと臨床研究を世界各国に伝える媒体となり、ウェブ版のthelancet.comについては、1996年の開設から現在までに200万人のユーザーが登録しています(『ランセット』日本特集号プレス・リリースより)。

9月に刊行された『ランセット』日本特集号には日本の保健医療制度に関わるあらゆる分野の専門家が海外の専門家とともに執筆した以下の6本の論文が所収されており、日本の保健医療分野の成功を明らかにするとともに、日本が現在抱える、あるいは将来抱えるであろう深刻な課題について論じています。

なぜ日本は長寿社会なのか
  • 世界一の長寿国という地位は危うし(コメント)
  • 日本の医療費設定:いかにして医療費を抑制してきたか
  • 日本の高齢者ケア:世界の基準として
  • フクシマから6ヶ月:世界は日本に支援をよせてくれた。今こそ日本が世界を援助し、グローバルヘルスにおいて中心的役割を担う時である
  • 日本型保健制度の将来:人間の安全保障に基づく改革、地方自治体の役割強化、質の向上、グローバルヘルスへの積極的参加、フクシマの災害後の効果的な対処
  • 日本の自殺(コメント)

長寿医療に関して、とても深い考察が多く見られ、大変読み応えのある内容ですが、この中では高齢化社会における問題については取り上げられていても、その裏側にある少子化問題については触れられていませんでした。

読みながら、被災地支援を始めた4月上旬のことを思い出しました。

夜中に避難所で子どもが泣いてうるさいとクレームを受け、赤ちゃんを抱いて車の中で泊まっていた母子。段差の多い高校の避難所で、ベビーカーの操作に苦労する親子。妊婦だから、子どもだからといって食料の分配に格別の配慮があるわけではなく、災害後一週間一日一個のおにぎりとカップラーメンを食べていたという妊婦さんからの話。

私自身、都会の地下鉄に子どもを抱いて乗り込んで、席を譲ってもらえることはめったにありません。ベビーカーで地下鉄に乗ると迷惑がられて肩身が狭いので、4人の子どもの手を引き、おんぶして乗ったこともありました。子どもに対する温かいまなざし、子どもを持つリスクや負担を引き受けている親に対する心配り、「可愛いお子さんですね」という微笑み、それがなくて、この国で子どもを産みたいと思う人が増えるでしょうか。

震災からもうすぐ半年。私たちがお母さんと子どもたちの支援活動を通じて感じるのは、「赤ちゃんの笑顔、お母さんの愛情、人間同士のサポートは何物にも代えがたい宝物」という変わらない原則です。最近、このような地道で継続的な活動により、メディアや産業界の受け止められ方が少しずつ変わってきているのを感じます。子どもの心のケアに関しては、多くの報道が見られます。また、Softbankの孫正義さんが1億円の子どもサポート基金を設立し、私たちは地元のお母さんたちが申請書を書くお手伝いをしました。

現在、地域復興において、子育て支援の優先順位は、はたして低いのか?家族のサポートが後回しにされていいのか?というところに気付く人が増えてきたのでしょう。母親たち、子どもたちの心に負った傷の深さを考え、将来に与える影響を考えると、ますます親子に寄り添ったサポートが必要であることを痛感します。 今後も「子どもや母親の傷をいやすことは、他のことよりも優先されていいことである」「地域復興は、若い人たちが子どもを生み、新しい家族をつくりたくなるような土地作りから」を基本に被災地のお母さんたちや若きリーダーたちが大切にされるよう支えて行きたいと考えています。


私たち妊産婦支援チームのメンバーが、この8月、一ヶ月の間に子育て支援センターや新生児訪問で耳にした生の声を、いくつかお伝えします。

  • 「震災で亡くなった方が周りに多いので、お産のことを話せる場がない。」
     私たちが産婦人科医や助産師だと知ると、お産のことを自ら話してくれる方がちょこちょこいらっしゃいました。保育士さんも、上記の理由からお産のことを聞きにくいので、専門家がさりげなく聞いてくれるとありがたい、とおっしゃっていました。


  • 「自宅や実家が住めなくなり、両親や義理の両親と同居をせざるを得なくなったことによるストレスを感じる。」
    こう訴える方は少なくありません。それでなくても住居が狭い、というのはかなりのストレスです。


  • 「生活環境の不安定さから、家族がそれぞれストレスを感じている。」
    母親は、経済的にも、精神的にも、夫婦関係や親戚との関係にも、先が見えないと落ち込んだりイライラしたり。子どもにとっては母親が心理面のシェルターですから、母親の不安な様子を見ると自分も不安になります。また、夏休みに学業面やメンタル面で十分なケアが受けられなかったり、友人と会う場所が確保されないということもあるようです。子どもが一日中家の中にいるため、ちょっとくたびれてしまっている保護者もいます。子どものアイデンティティの確立にとって重要な存在である、友達の転校、教師の異動が見られるのも、この夏休み前後なのだそうです。


  • 「震災時に妊娠中だったので、避難生活や栄養状態が不十分だったことから妊娠中自分が胎児に悪影響を及ぼしてしまったのではないか。」
    周りの人に「発達障害が出てくるのではないか」「羊水検査を受けたほうが良いのではないか」と言われて不安になったそうです。それでなくても自分の精神面が不安定だったことから、お腹の赤ちゃんに自分のストレスや恐怖が伝わったのではないか、塩分が多い健康に悪い食事ばかり取っていたし・・・と、自分を責めたくなってしまうそうです。


  • 「自宅は津波の被害から免れましたが、周りの被害の大きさから、自宅にいれば一番安全、子どもをつれて外に出るのが怖くなってしまった。」
    なかなか出かけることができないお母さんがいます。また、周りに依然としてがれきが残っていることから、空気の汚染を心配し、小さい赤ちゃんを外出させるのをためらっているお母さんもいました。


  • 「子どもを土の上では遊ばせたくない、プールに入れたくない。」
    子どものことを思って、放射線のことを心配しているお母さんもいました。心配ではありながらも、「どうして心配しなければいけないのかわからない」と、漠然と理由のない不安を抱えていらっしゃる方も、とても多いのです。「粉塵(土ぼこり)はどうして体に悪いのですか」と、知識がないために困っていらっしゃる方に質問をされましたが、聞かれた私自身、「ゼロリスク」を求めるような日本全国の報道には困ったな、と感じました。


  • 「お母さん同士で集まってお話できる場や子どもたちを遊ばせる場が欲しい。」
    こうしたニーズは非常に高いので、現在、私たちは仮設住宅や子育て支援センターで井戸端会議の場をこまめに開催したり、ママサロン、手芸の会などを開催している助産師さんや地元のリーダーを応援しています。

    保育所併設の子育て支援センターでは、活動施設を壊滅した保育所に貸しています。そのため現在子育て支援センターの活動場所は、玄関ホールの一角のみで、利用者は10~20組以上の母子です。この場を求めて遠く他地域からやってくる母子もいますが、スペースの関係で受け入れに限界があり、もともとの利用者であっても河北地区以外に居住の親子は断らざるをえないこともあります。同様に、保育園、仮設住宅の集会所、高校など、損壊を免れたわずかな公的施設を間借りして子育て支援センター活動を行っているところもあり、のびのび遊べる場所が不足しています。


  • 「この春オープン予定だった子育て支援センター(スタッフは正式に決まっていなかった)が、津波で流されてしまいました。現在は保育士2人で活動を開始しようと、他の子育て支援センターで学びながら活動中。週に2日、公民館で出前の活動をしていますが、プレハブやキャンピングカーでもいいので拠点となる場所を作れないか、と頭を絞っています。」


  • 「自分の時間がほしい、子どもを預ける先が欲しい。」
    お母さんたちは、かなり疲れています。しかし、恐怖を体験して不安定な子どもたちはなかなかお母さんのそばを離れようとしません。保育園は再開しても一時保育が再開していなかったり、サポーターが被災しているため活動できないファミリーサポートセンターも多いようです。自分ひとりでゆっくり考える時間がほしいという気持ちは決して贅沢で甘えた要求ではありません。私たちは、親子をアンパンマンミュージアムに招待してお母さんと子どもたちが離れられる時間を取ったり、ボランティアスタッフが子どもたちと遊んだりと、短い時間しか取れないのを申し訳なく思いながらも、いろんな方法でお母さんが休めるようサポートしています。

とりあえずはこんなところでしょうか。

今後のことについて、またご報告させていただきたいと思います。そして、今後、子どもを育てやすい街づくり、子どもを産みたくなるような街づくりにするにはどうすればいいのか、私たちに何が出来るのか、みなさんから色々なアイディアやアドバイスをいただければ幸いです。


【被災地レポート記事一覧】
筆者プロフィール
report_yoshida_honami.jpg 吉田 穂波(よしだ ほなみ・ハーバード公衆衛生大学院リサーチ・フェロー・医師、医学博士、公衆衛生修士)

1998年三重大医学部卒後、聖路加国際病院産婦人科レジデント。04年名古屋大学大学院にて博士号取得。ドイツ、英国、日本での医療機関勤務などを経て、10年ハーバード公衆衛生大学院を卒業後、同大学院のリサーチフェローとなり、少子化研究に従事。11年3月の東日本大震災では産婦人科医として不足していた妊産婦さんのケアを支援する活動に従事した。12年4月より、国立保健医療科学院生涯健康研究部母子保健担当主任研究官として公共政策の中で母子を守る仕事に就いている。はじめての人の妊娠・出産準備ノート『安心マタニティダイアリー』を監修。1歳から7歳までの4児の母。
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