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【被災地レポート】第2回 被災地の妊婦さん・お母さんたちの不安やニーズとその対応について

要旨:

震災後、日本プライマリ・ケア連合学会、東日本大震災支援プロジェクト(PCAT: Primary Care for All Team)より石巻市および南三陸町への被災地支援に派遣された。被災地での母子保健の現状把握と妊婦さんや産褥婦のニーズの掘り起こしについての活動を報告する。
不確定要素の多い妊婦さんには今後の住環境に関して方針を決めるのが難しい。安心してお産に臨めるよう、優先的に住環境を整える必要がある。ピア・カウンセリング(同じような状況に置かれた仲間同士交歓できる場)、人の役に立てる機会の提供、通常とは異なる栄養改善方法のアドバイスが必要である。
English
震災後、現地の妊婦さんや産褥婦さんがどうされているのだろうと気がかりで仕方がありませんでした。いくつかの団体の派遣医師リストに登録したところ、日本プライマリ・ケア連合学会、東日本大震災支援プロジェクト(PCAT: Primary Care for All Team)より声をかけていただき、4月1日から3日間、石巻市および南三陸町に行ってきました。

私に与えられたミッションは、被災地での母子保健の現状把握と、妊婦さんや産褥婦のニーズの掘り起こしでした。


1. 妊婦さんと一口に言っても、それぞれの家族環境を考えると複数の要素があり、今後の方針を決めるのが難しい

自分と生まれてくる赤ちゃんのことだけを考えたら、分娩前後は親戚の家に身を寄せればよいけれど、上のお子さんたちの小学校のこともあります。上のお子さんが友達と離れてさびしい思いをしたりしないよう、分娩後はこの地方に帰って来たいということ、夫の職探しのことなど、先の見えない状況で悩み事は尽きません。 次の避難先や仮設住宅を考える際にも、病院へのアクセスがよいところでないと、満期になってから常に冷や冷やハラハラしてしまいます。 赤ちゃんが生まれたら避難所での生活は無理、と思うものの、今の病院の状態ではお産後3日間で退院となってしまいます。仮設住宅や親戚のうちに戻れば上の子のお世話、家事が待っています。もう少し、産後にゆっくりできるところがあれば・・・。

仙台市の宮城県立こども病院や、JA山形中央会「共同の杜」が、妊婦さんが産前産後に家族と一緒に安心して住むことが出来るプロジェクトを立ち上げています。被災地で情報不足の妊婦さんにこのような情報を提供し、行政や支援団体とうまく連携して、施設までの移動手段や戻る場所を確保できれば、お産前後の大変な時を安心して過ごせるのではないかと思います。

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災害支援チームミーティング


2. 同じような状況にいる妊婦さん友達が欲しい・専門家のアドバイスが欲しい

被災地から多くの方が避難してしまったことで、それまで身近にいた方と遠くなってしまいました。電話も通じません。女性にとって、自分の立場や苦労をわかってくれる友人との語らいは何よりも安心でき、元気になれるものです。

また、被災地の食環境は、今までの常識から言えば妊娠には良くないのではと心配になることが多いようです。妊娠中の食事は鉄分や繊維を多く含んだものがいいと両親学級で指導を受けていたのに、そこで得た知識がそのまま当てはまらない場面もしょっちゅうあります。私も、栄養面で不安を抱く妊婦さんからよく相談を受けました。

私自身の妊婦経験と専門的立場から、どんな環境にあっても妊婦さんに必要なことは以下の3つだと思います。
 (1)妊婦さん同士のネットワーク
 (2)保健室の先生のように気軽に相談できて、きちんとした知識を持った周産期専門家
 (3)自分をいたわってあげられる時間

「何を知っているかよりも誰を知っているかが重要だ」
医療や保健とビジネスが緊密に結びつくハーバード公衆衛生大学院で、私はことあるごとにネットワーキング(人脈)の重要性を教わりました。情報難民になっている被災地の妊婦さんをみて、ぜひピアグループ(同じ疾患や症状に苦しむ仲間同士の会)や、専門家と相談できる場を作りたいと考えています。

妊婦仲間だけでなく、出産経験のある先輩ママさんのほか、産婦人科医、小児科医、内科医、眼科医、助産師さん、栄養士さんを集めて妊婦さん会のようなものを作れないか、ガソリン問題などで顔を合わせられる機会がなくても、電話やメールで参加できるようなネットワークの方法がないか、携帯電話に配信するタイプのメーリングリストを作れないかなど、構想を膨らませています。


3. 人の役に立ちたい

避難所では支援者の方々に助けられてばかり。とってもありがたくて、申し訳なくて、お風呂に入れなくても、眠れなくても、文句は言えない。

周りの方のお世話になっているだけではなく、誰かの役に立つことで自尊心が回復することもあります。たとえば、避難所でお会いした妊婦さんからは、お姉さんの友人で自分と同じような時期に分娩予定日を迎えている人の安否がわからないので調べて欲しいと頼まれました。私が、産前産後の安心できる環境を作ってもらえるよう、県に働きかけてみますとお話したら、自分だけでなく、ほかの困っている妊婦さんにも同じことをお願いしますとおっしゃるのです。自分も大変な中で、人の心配までして・・・と胸を打たれました。「大丈夫!何とかします!」と答えながら、どんな立場にあっても人は「自分が誰かの役に立っている」と感じることが大事なのだと痛感しました。

被災地においても、上記のような妊婦さん同士のゆるいネットワークを作ることが必要です。不要になったベビー用品を持ち寄って譲り合うなど、妊婦さん同士がボランティア精神でサポートし合えるようになると、妊婦さん自身の喜びにつながります。


4. 長引く避難所生活で栄養バランスが悪くなるのが心配

実際に目の当たりにした災害時の栄養問題は下記のようなものでした。
 ●食事回数・量の減少
 ●弁当やインスタント食品が増えることによる塩分過多
 ●野菜・果物・豆製品・魚介類・牛乳の不足
 ●水分不足

状況により、今までとは違う発想でビタミンなどを取るようにしましょう。例えば、果実ジュース・野菜ジュース、強化米、栄養素強化ゼリー、バータイプの食品、栄養ドリンクなどで不足しがちな栄養素を補給することが出来ます。お薬には抵抗があるかもしれませんが、飲む量をキチンと守れば赤ちゃんに悪い影響を与えることはありませんので、総合ビタミン剤を取ることも考えましょう。また、できるだけ温かくして横になるようにした方がいいのですが、同時に、妊婦さんは血が固まりやすい状態になっており、エコノミー症候群になりやすいことがわかっています。脚の下にまくらを入れるなどして脚を上げて寝る、足の指やかかとをこまめに動かす、などで予防しましょう。

被災地の妊婦さんへの栄養面と感染症予防については、第3回で詳しくお伝えします。


最後に

被災地の皆さんの力になりたくて現地に行った私ですが、恥ずかしいことに、私自身が励まされ、学ばされることの方が多かったように思います。

忘れられない体験の一つとして、避難所での子どもの創造力があります。妊婦検診をしている脇で、小学校二年生になる娘さんが、おじいちゃんのお誕生日にと、プラスチックのお椀を逆さに伏せ、その上に折り紙で作ったろうそくを立てて、バースデーケーキを作っていました。ちょうどこの日がおじいちゃんのお誕生日とのことで、何もない避難所で、手に入る材料とはさみでケーキを作り、折り紙でおじいちゃんのメダルを作ってあげていたのです。娘さんは私が手放しで褒めると本当に嬉しそうです。妊婦さんも、ニコニコしながら娘さんの頭をなでています。私は、胸が詰まってしまいました。何度も写真を撮り、焼き増しして送りますと約束しました。家族写真が流されてしまった中、このような記念写真は宝物です。そして、「こういうときだからこそ、子どもが未来の希望なんだ!」「子どもの存在、子どもの発想は、みんなに喜びを与えるんだ」と、心から思いました。余震に脅え、食事のために並ばなければいけない避難所の体育館で、折り紙のバースデーケーキを囲んだその家族がとても温かく見えました。

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手作りのバースデーケーキ

また、宿泊施設の浴場を被災されている方に無料開放しているところがありました。浴場の中で、言葉少なに体を洗う人々。でも、赤ちゃんがいると、空気が一変します。外部から来た私はどのように話しかけたらいいのかわからなかったのですが、「かわいいですね」「何ヶ月くらいですか」「むちむちして、表情も豊かで、上手に育てていらっしゃいますね」「母乳ですか!偉いですねー。」と、ここから会話のきっかけができ、お互いの気持ちがほぐれ、ほのぼのする会話が始まったこともありました。

私たちが被災しているご家族を応援する時は、「妊婦さんのこと、本当に心配しているんです」「人様にお世話になっていると遠慮しないでください。お腹の中で赤ちゃんを育てている妊婦さんは、それだけですごく大事な仕事をしているんです」「出産で一番大変なこの2~3ヶ月だけ、無理をせず人に甘えてもらえませんか」と話すだけで十分ではないのでしょうか。励ますよりも、希望を語るよりも、ただ、会えて嬉しかったです、あなたのことをずっと気にかけています、と言うだけで心が通い、温かいものが流れるような気がしました。

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共に働いた医療ボランティアと

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筆者プロフィール
report_yoshida_honami.jpg 吉田 穂波(よしだ ほなみ・ハーバード公衆衛生大学院リサーチ・フェロー・医師、医学博士、公衆衛生修士)

1998年三重大医学部卒後、聖路加国際病院産婦人科レジデント。04年名古屋大学大学院にて博士号取得。ドイツ、英国、日本での医療機関勤務などを経て、10年ハーバード公衆衛生大学院を卒業後、同大学院のリサーチフェローとなり、少子化研究に従事。11年3月の東日本大震災では産婦人科医として不足していた妊産婦さんのケアを支援する活動に従事した。12年4月より、国立保健医療科学院生涯健康研究部母子保健担当主任研究官として公共政策の中で母子を守る仕事に就いている。はじめての人の妊娠・出産準備ノート『安心マタニティダイアリー』を監修。1歳から7歳までの4児の母。
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