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【比較から考える日中の教育と子育て】 第7回 「楽しさ」の中で伝えられる「日本文化」 ―北京「ニッポン塾」の活動―

要旨:

本稿では、中国人の父親と日本人の母親のもとで生まれた子どもを対象に、お母さんたちの手で運営されている、北京の「ニッポン塾」の活動内容を紹介する。また、インタビューを通して、活動の運営方法やねらいなどについても話をうかがった。
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中国人と日本人の父母の間で生まれた子どもは増加傾向にある。厚生労働省が発表している 2012年の人口動態統計によれば、日本人の父親と中国人の母親のもとで生まれた子どもは 4,041人、中国人の父親と日本人の母親のもとで生まれた子どもは 1,316人であり、1990年の時点で、前者が1,264人、後者が 375人だったことを考えれば、 25年ほどの間に、3倍程度に増加していることがわかる。

国籍と民族が異なる両親のもとで生まれた子どもは、その周囲に二つ以上の文化・言語が存在する環境で育つことが多く、その発達過程のなかで言語習得、文化習得、文化的アイデンティティの形成は、いずれも重要な課題である(鈴木, 2004; 2005)。北京では、中国人の父親と日本人の母親のもとで生まれた子どもたちを対象に、月に一度お母さんたちが「ニッポン塾」という活動を続けている。「ニッポン塾」は、いわゆる日本で言う「塾」のように、学校の勉強や受験勉強を教える場ではなく、そうした文化的な面での子どもたちの成長をサポートする活動である。

以前から「ニッポン塾」の活動に興味を持っていたのだが、このたび「ニッポン塾」のご厚意で、 2013年9月14日の活動の様子を見学させていただくことができた。そこで、今回は、北京の「ニッポン塾」の活動の様子とインタビューの内容をレポートすることにしたい。

1 「ニッポン塾」の活動の様子

会場は、北京市朝陽区のあるビルの一室。朝の9時過ぎぐらいから徐々に子どもたちとお母さんたちが集まりはじめた。

<この日のタイムスケジュール>
 9:30   ゆうき組が集まり、勉強タイムスタート
 げんき組が集まり、勉強タイムスタート
 10:00   ひよこ組が集まり、勉強タイムスタート
 10:30   全体で集合、自己紹介
 10:40   秋祭りの準備
 11:00   秋祭りスタート!
 12:00   閉会

9時半からは、一番年長のグループである「ゆうき組(小学生)」の子どもたちが集まってのお勉強タイム。日本語のプリントに取り組んだり、夏休みの出来事を日本語で発表したりしていた。

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また、毎回日本語で書いた日記を提出させているとのこと。提出された日記の文章は、お母さん二人が手分けして間違いなどを訂正していた。

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10時少し前ぐらいからは「げんき組(3~5歳)」の子どもたちが、単語カードを使って、反対語の勉強をしていた。カードを使って神経衰弱のようにペアを作って遊んだり、片方のカードを読み上げて、反対語を答えるゲームなどをしながら勉強をしていた。

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10時ごろからは「ひよこ組(0~3歳)」の子どもたちが集まり始め、カードでしりとりをしたり、プリントで勉強をしていた。

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10時半からは全体で集合して自己紹介の時間。このとき、今月のお誕生日の子どもにはメダルが贈られていた。

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10時40分ぐらいからは、秋祭りの準備。各年齢グループに分かれてお母さんたちと一緒に作業。そして11時ぐらいから、縁日のスタート。わなげや、ペットボトルを使ったボーリング、リボンを使った金魚すくいなど、工夫をこらしている様子が見られた。おみこしを担いで室内をねり歩いたり、最後にはあみだくじ大会もあった。

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<輪投げ>

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<リボンを使った金魚すくい>

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12時ごろにみんなでさよならのあいさつをして閉会。この日の活動はこれで終了。お疲れ様でした。

2 お母さんたちへのインタビュー

活動後にお時間をいただいて、「ニッポン塾」の運営をされている玄番登史江さんはじめ、お母さんたちにお話をうかがった。

--まず、「ニッポン塾」の活動について、毎回参加されるお子さんたちの人数や開かれる頻度など、基本的なことから教えてください。

いつも参加されるのは20人ぐらいで、クリスマス会など特別な行事がある時には、多くなりますね。一番多い時で40人ぐらいでしょうか。今は基本的には毎月1回、土曜日の午前中に活動しています。以前は会場代が無料だったために、クリスマス会以外は会費は無しでした。今年から、有料の会場を借りているため、会費を30元(11月1日のレートで483.81円)いただいています。

もともとは「子ども会」という団体があって、和華の会(中国人を夫に持つ日本人妻の会)のお子さんだけではなく、ほかの国の文化を持つお子さんたち(父親が日本人、中国人以外の外国国籍のお子さんなど)も含めて、日本語教育を行う、という活動をされていたと聞いたことがあります。ただ、お子さんの日本語のレベルに開きがあったり、異文化間の問題が様々にあって、なかなか統一的な活動が難しくなった、という話はうかがったことがあります。その後、だいたい2000年頃から、今の運営の人たちのひとつ上の代が、「ニッポン塾」の活動を始められたとうかがっています。2008年頃に、今の私たちの代で運営を行うことになりました。

--会の運営はどのように行われているのでしょうか?

現在は12,3人ぐらいでメールでやりとりをしながら、打ち合わせなどをしています。(年齢段階ごとの)各組に分かれての活動(勉強)については、各組の運営の担当者がいるので、それぞれで各組の活動内容をまとめてもらっています。全体の活動として何をやるかについては、みんなで話し合っています。

最初の「子ども会」の頃から、活動をするお母さんたちの状況というのも変わってきています。上の世代のお母さんたちというのは、留学に来て、留学先でお知り合いになって結婚される、という方がほとんどでした。そうすると主婦の方が多くなります。私たちの世代は、お母さんたちが仕事をもっていたり、外に出ていなくても在宅で仕事があるという方がほとんどです。そうすると、一ヶ月に一回の活動のために別途集まって打ち合わせをする時間がとりにくくなるので、無理せず、片手間でできる活動をしましょうと。出来る範囲でやりましょう、ということですね。

準備に時間がかけられなくなったことで、学習内容も変わってきています。昔は文集を作って発表したり、紙芝居をやったり、一人ひとりで出し物をやったりしていましたが、今はそこまで時間がかけられない。とりあえずメールで内容の打ち合わせをして、準備は当日その場でするということもあります。

--「ニッポン塾」に参加するお子さんたちの中には、日本人学校に通われるお子さんもいらっしゃいますか?

「ニッポン塾」に参加しているお子さんたちは、みな現地校(中国の学校)に通っているお子さんたちです。普段は別々の学校に行っていて1ヶ月に1回ここで会うという感じですね。日本人学校に通われているお子さんと現地校に通われているお子さんの間には、どうしても日本語力の差が生じてしまうので、なかなか統一的な活動が難しいということがあります。「ニッポン塾」では、現地校に通っているお子さんたちに、日本語のブラッシュアップ、少なくとも最低ラインの日本語能力の底上げができれば、と思っています。

お母さんによって、お子さんの日本語について、目指すレベルは違うとは思いますが、「この場では、日本語しか使わない」というのは、最低限のルールになっています。いちばん上の「ゆうき組」ぐらいになると、中国語と日本語を対比させたりしながら説明したりもしますね。

ほとんどのお子さんが、簡単な日本語は話せるのですが、ひらがなとかカタカナを書くとなると、差が出てきます。同じ世代でも、読める子読めない子、書ける子書けない子が出てきます。話す方は、普段ご家庭である程度話されているので、そこまで差が出ないのですが。

--今日も、読み書きをされていたと思うのですが、読むのと書くのは重点的にやらないとだめなのですか?

だめですね。読み書きというのは、どうしても子どもの集中力が切れやすい内容です。どうして最初に30分から1時間、決まった時間を設けて日本語の学習をしているかといえば、普段は学校の宿題などで忙しいので、せめて「ニッポン塾」に来た時は、日本語を書く授業を設けてあげたいという思いからです。日本語にはひらがな、カタカナもありますし、漢字の簡体字(中国で使われる)と繁体字(日本で使われる)では形が似ていても書き順なんかがちがったりするので、大変だと思います。

--今日は秋祭りが全体の活動だったと思うのですが、毎月の活動内容は、毎年決まっているんですか?

毎月日本の行事をやる、というのは基本的にはありますが、行事がない時には、ハンカチ落としや、花いちもんめ、など、日本語を使って遊べるものをやっています。あと、普段学校の宿題などが大変で、体を使った遊びをしていなかったりするので、体を使う遊びも取り入れるようにはしています。ゴム縄とかあやとりとか折り紙とか、そういう活動もしますが、お母さんたちも昔を思い出したりしながら参加されていますね。基本的には、中国の学校では学べない、日本の学校に行かなければ遊ぶ機会がないこと、また、子どもたちが集まらないとできないことを面白く学べるように工夫しています。

ただ、毎月なにかしら行事はありますね。去年だと、4月はお花見で大きな模造紙に桜の花を貼ったりしました。5月は兜を作り、6月はてるてる坊主、7月は七夕、8月はお祭り、去年はサンダル飛ばしゲームをしました。9月は敬老の日におじいちゃんおばあちゃんに手紙を書こうとか。10月の国慶節前後は会場がとれなくて、去年は「面愛面(中国の日本式ラーメン、日本料理のチェーン店)」の工場見学に行きました。11月はクリスマス会の準備、12月がクリスマス会で、1月はお正月、2月は春節でお休みになり(中国人家庭での行事に追われるので)、3月はひなまつり、といった感じです。

去年のクリスマス会は、ゆうき組は紙芝居、げんき組はジェスチャーゲーム、ひよこ組は歌と踊りの出し物を行いました。

--「ニッポン塾」に参加されるお母さんたち、あるいはお子さんたちの動機といったものにはどんなものがあるのでしょう?

お母さんたちとしては、日本語は母国語の一つとして、自分の両親とは日本語で話してほしいとか、中国で生活しているので、中国の文化に触れる機会はたくさんありますが、日本語に触れたり日本の文化に触れる機会が少ないので、将来日本に行くか行かないかは別として、せっかく中国人と日本人の親の間に生まれたので、そういう機会がほしい、というのはあるでしょうね。

「ニッポン塾」に集まっているお母さんたちの思いとしては、専門的な学習をするんだったら塾に行かせればいいので、それはお金をかければもっといい先生はいるかもしれない。そうではなくて、あなたは日本人ですか?という問題をつきつけられた時に、日本人でもあり中国人でもあるという二つのアイデンティティーを持っている子どもを集めることで、自分たちの持っている悩み、今は「ひよこ組」の子たちはわからないかもしれないですけど、ある程度の年齢になった時、小学生になったり、もっと大きくなった時、自分の気持ちを話せる友達がいたら違うだろうな、そういう場を提供したい、というのが第一にあります。

活動内容的に、どの程度日本語が勉強できるのか、というのはありますが、そういった意味でも、とにかく楽しく活動したい、というのはありますね。

3 感想と示唆

今回見学させていただく中で、素朴に私の印象に残ったのは、お母さんたちの「工夫」である。活動の中でも、お金をかけて道具をそろえるというより、身近にあるものを使っていかに楽しく日本の遊びを再現するか、ということを実行されているように思われた。また運営についても「できる範囲で」活動を続けていくための様々な工夫をされていた。考えてみれば、この「ニッポン塾」という活動自体が、子どもたちの具体的な問題からスタートして、そうした「工夫」の積み重ねによって続いてきた活動と言えるのかもしれない。

また、実践の面からも非常に示唆に富む活動のように思われた。国際児をとりまく環境や人間関係は多様性に富む(鈴木, 2004)が、国際児が国際児であるがゆえに抱える問題があるとすれば、それはそれぞれの子どもが持っている関係性のなかで個別に対処し、考えていくしかないのかもしれない。たとえば「言語習得」の面では、各家庭の言語環境は異なるであろう。「文化習得」の面では、どの程度日本文化に接する機会があるかについても、子どもによって違いがあるだろう。また、「文化的アイデンティティー」をどれだけ意識せざるを得ない環境にいるか、については、それぞれの子どもによって違うだろう。

ただし、「ニッポン塾」の活動が非常に興味深いのは、そもそもそうした問題に対して対応していく際の「土台」のひとつである「子どもたち同士の関係構築」を行おうとされている点だと思われる。平たく言ってしまえば、「悩みを打ち明けられる似た境遇の友達」がいる、というのは、お母さんたちが言われていたように、子どもたちにとって将来非常に大きな財産になるのではないだろうか。

今月は北京の「ニッポン塾」の活動を紹介した。連絡や原稿の確認など、玄番登史江さんには非常にお世話になった。また、「ニッポン塾」の活動をご紹介いただいた三友陽子さん、それから「ニッポン塾」の活動に参加されている、お母さんたち、お子さんたちにも、心から感謝したい。


<文献>
  • 厚生労働省(2013). 平成24年(2012)人口動態統計(確定数)の概況 厚生労働省大臣官房統計情報部 2013年9月5日 (2013年10月5日)
  • 鈴木一代 (2004). 国際児の文化的アイデンティティ形成をめぐる研究の課題 埼玉学園大学紀要. 人間学部篇, 4, 15-24.
  • 鈴木一代 (2005). 日系国際児の文化的アイデンティティ形成: 事例の検討 埼玉学園大学紀要. 人間学部篇, 5, 85-98.
筆者プロフィール
Watanabe_Tadaharu.jpg渡辺 忠温(中国人民大学教育学院博士後)

東京大学教育学研究科修士課程修了。北京師範大学心理学院発展心理研究所博士課程修了。博士(教育学)。
現在は、中国人民大学教育学院で、日本と中国の大学受験の制度、受験生心理などの比較を行なっている。専門は比較教育学、文化心理学、教育心理学、発達心理学など。

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