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【比較から考える日中の教育と子育て】 第4回 中国における大学受験映画 (1)

渡辺 忠温(中国人民大学教育学院博士後)

2013年8月30日掲載

要旨:

本稿では、中国の大学受験(高考)に関する映画:「全城高考」、「高考 Senior Year」、「高考1977」をとりあげ、その内容を紹介する。また、それらの映画の中から見える中国における高考の特徴や歴史に関連した事柄、1977年に高考が復活した頃と現代の受験生の違い、中国の教師がいかにしてクラス全体の受験に対する意識を高めるか、などについて論じる。

キーワード: 受験心理, 大学受験, 懲戒, 校則, 進路選択, 高校生, 高考
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中国では毎年6月初旬に(以前は7月だった)全国統一の大学入学試験である「高考」が行われる。「自主招生」方式の試験*1も増加してきたものの、主に各大学での選抜が中心となる日本の大学入試方式とは違い、中国では主にこの6月初旬の高考の結果によって、進学先の大学は決まってしまう。したがって高考が行われる6月は受験生にとっては不安と緊張に苛まれる時期であり、「黒色六月」と呼ばれたりする。また、中国における高考は、社会的な注目度も高い。

6月初旬に、学校の前に長蛇の列をつくって子どもたちを待っている受験生の親たち、交通規制、テレビや新聞での報道、試験後に高校の掲示板に貼り出される「状元(成績優秀者)」の名簿といったものは、毎年同じように繰り返される、ある意味「見慣れた光景」である。しかしながら、高考は現在様々な変化の中にある。日本でも現在「高大接続」問題の解決策の一環として、審議会などで高大接続テストの導入、TOEFLの導入など大学入試改革について活発な議論が進められているが、中国でも高考改革が進んでおり、ここ最近の主な動きとしては、自主招生の拡大、異地高考(戸籍がない場所で高考を受験できる制度*2)の推進といったものがある。また、大学進学状況についての近年の変化でいえば、高校卒業後に海外の大学にそのまま進学する、「洋高考」といった現象も増加してきている。 夏休みは、中国の来年度の受験生にとっても、日本の受験生にとっても、受験準備を進める上で大事な時期である。そうした受験生たちにエールを贈る意味もこめて、今月は「高考」をテーマに扱った中国映画を三本紹介し、また、中国の大学受験の特徴と変化についても考えてみたい。

1. 中国の「高考」映画:「全城高考」、「高三 Senior Year」、「高考1977」

中国映画の作品について網羅的に調べることができるデータベースが見当たらなかったため、私が見落としている映画もあるかもしれない。しかし、そもそも「高考」に関連した映画はそれほど多いわけではない。本稿では中でも特に「高考」に関連が深い、以下の三つの作品を紹介する(なお、これらはすべて日本未公開の作品である)。


全城高考(監督:鐘少雄 2013年公開)

まずは今年公開されたばかりの「全城高考」について紹介する。この映画は、ある重点高中*3(日本の高校にあたる。注を参照)を舞台とした、高三9組の班主任(担任)範一本先生と生徒、その親たちの物語である。物語は高考30日前の2012年の5月7日から始まる。物語の中では、クラスの中の男子生徒2人、女子生徒2人がクローズアップされる。

勉強も歌も運動もあらゆる面で優秀で、自分を「天才だ」と自称する男子生徒、秦鵬は、高考についても必死に準備するといったことはない。高考一ヶ月前のこの時期になっても、たびたび遅刻し、放課後はバスケをし、ギターを弾く。範先生に対しても「書を読む(学問をする、という意味もある)ということは無用の書物を読むことではなく、学校で勉強するということは点数を追求することではない」と言い放つなど、反抗的である。それに対して高考に対しても前向きで大学に進学する希望も人一倍強い賀帆は、父親がさまざまな問題を抱え、家庭も貧しいため、大学進学の夢が叶うかどうかもわからない。賀帆と恋愛関係にある林葉は、以前から父母の間に存在していたある問題に受験前のこの時期になって初めて気づき、激しく動揺する。また、秦鵬と会うと喧嘩ばかりしている(実は仲が良いのだが)女子生徒、任洪生は、自分が進学したい大学や専攻について父母と意見が合わず対立する。範先生と生徒たちは、様々な困難に出会い、悩みながら、また時には対立しながらも、支えあってともに高考へと立ち向かっていく。

この映画の主なテーマは(もちろん人によって様々な映画の見方があって良いのだが)、現代中国の若者の価値観と成長過程の多様性と、様々な愛情(男女間の愛情、師弟間の愛情、親子の愛情)の描写にある。また、登場人物も現在の高考受験生のいくつかの典型例をそれぞれ代表したものになっており、彼らに起こる問題も現代の高考受験生の典型的な問題となっている。


高三 Senior Year(監督:周浩 2006年公開)

次に、「高三 Senior Year」は福建省の或る普通高中(日本の高校にあたる)での、高三7組の担任王錦春先生とその生徒たちの一年間の出来事を追ったドキュメンタリー作品である。映画の中では、次のような人物が登場する:網吧(ネットカフェ)でのネットゲームに夜な夜な出かけ、懲戒処分を受けてしまう生徒、自信のなさからたびたびドロップアウトしそうになる生徒、恋愛をしていていつも二人で一緒にいる生徒、わずかな稼ぎの中で子どもの大学進学を夢にもつ農村の親、などである。また、以下のような場面が描かれる:授業の様子、王先生がクラスルームで生徒に受験の心得などを語っている様子、学校の中での共産党の党員候補(特に共産党入党に積極的な学生)に対する授業の様子(党の基本知識や価値観などについて通常の授業の他に集会のような形式で特別に行う授業。終わり頃のシーンでは評決によって共産党への入党が許可されている)、寄宿舎の中での様子、高考を直前に控えて親が寄宿舎を訪れ、栄養のつく食べ物や飲み物(朝鮮人参など)を差し入れている様子、高考の一日の王先生と生徒たちの様子、など。有名な作品とは言えないが、1時間半程度の短い時間の中に、このクラスでの高三の一年間のありとあらゆる出来事が丁寧に「記録」された良作だと思う。現代の中国の高校の状況と抱えている問題点の一部を知るには、非常に良い参考資料だと言える。

「全城高考」と比べれば、ドキュメンタリー作品なので、よりリアルである。「全城高考」に出てくる秦鵬のように、なんでも出来て高考に対して超然とした態度でいられる「天才的な」生徒は出てこない。成績優秀でこの映画の語り手となっている林佳燕も、映画の中で常に不安と緊張感について語っている。つまり、「ありのままの高校三年生」の姿の描写がこの映画の主なテーマと言えるだろう。


高考1977(監督:江海洋 2009年公開)

「全城高考」「高三 Senior Year」が現代の高考受験についての映画であるのに対して、「高考1977」は今から40年前の高考をめぐる物語である。物語は、鄧小平の復活を「時事ニュース」で知る場面から始まる。時代背景について解説しておけば、1966年から1976年までの文化大革命時期(期間については諸説ある)*4において、大学への入学は、統一入学試験ではなかった。「下放」された先の各単位(職場)からさらに上級の部門に推薦され、そこで審議されることによって大学に入学可能な者が決まるといった選抜方式だったのであり、人間関係に依存した(つまり、推薦者との関係によってはいくら能力が高くても大学に進学できない)狭き門だったといえる*5。劇中に出てくる若者たちのように、その間、本来であれば大学に入学していてもおかしくない年齢の若者たちが、大学に行く夢を絶たれて地方の農村などに下放されていた。1977年に中央政府が試験による大学入学者選抜制度(高考の復活)を発表したのち、そうした長期に渡り学校から離れざるを得なかった若者たち(中にはすでに高い年齢に達した者もいた)がこぞって試験に参加した。ちなみに1977年の高考の参加者は570万人であり、そのうち27.8万人が大学に合格した。当時もかなり狭き門だったと言えよう。

この映画の登場人物たちも、上海などから来た若者たちであり、黒竜江省の農場で労働していた。彼らにとって、高考の復活は現在の労働に追われる生活から解放されて、学問を修め社会的に成功するチャンスであり、同時に故郷に帰れるチャンスでもあった。しかし、彼らが高考に参加するためにはいくつかの越えなければならない壁があったと言える。

  1. 農場リーダーの無理解
    農場リーダーにしてみれば、高考に参加されてしまえば貴重な労働力が出て行ってしまうことになる。また、彼らにはそもそも知識や学問について重視する価値観がなかった。

  2. 情報の不足
    今日の情報化社会とは違い、当時は中央における高考復活の動きがすぐに伝わるわけではなかった。新華社が正式に高考の復活を報道するのは1977年の10月21日のことであり、実際に中国各地で試験が行われたのが11月から12月であることを考えれば、正式発表後に勉強を開始していたら間に合わない。

  3. 教材の不足
    受験勉強をしようにも参考書やテキストがなかった。映画の中では、倉庫に盗みに入ったりしている。

  4. 学問的空白
    10年もの間学校で勉強していないのだから、いきなり試験を受けても受からないのではないか、という気持ちがあって、試験に参加すること自体に二の足を踏んだりしている。

こうした困難な状況の中で、若者たちは協力しあって高考に挑む。高考受験生たちの努力とともに、当時の時代を描写することがこの映画のひとつのテーマなのかもしれない。

ちなみに、2007年から2008年ごろは、私もすでに留学して北京で生活していた時期であり、雑誌やテレビで高考復活30周年についての特集が組まれているのを時折見かけた。「高考1977」が2009年に公開されたのも、そうした時期に行われたさまざまな活動のひとつ、と言えるかもしれない。

こうした映画の他にも、高考もしくは高校三年生の時期について、関連する映画では「考試一家親(試験一家、の意)」があり(高考自体がテーマと言うよりは受験生を抱えた試験一家の生活を描くコメディ)、テレビで放映された学園ドラマとしては、「十八歳的天空(十八歳の空、の意)」、「陪読(つきそい勉強、の意)」などがある。


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  • *1: 「自主招生」とは、全国統一試験である「高考」の点数による入学者選抜に対して、各大学独自の試験によって学生を選抜する入試方式である。応募の条件や試験内容は各大学によって異なるが、書類審査、筆記試験の他に面接を課す学校も多く、内容的には日本のAO入試や推薦入試に近い。
  • *2: これまでの制度では、居住地ではなく、戸籍のある場所で高考を受験しなければならなかった。そのため、たとえば親が北京で働いていて、北京の学校に通っていても、広東省に戸籍があれば、広東省に戻って受験する必要があった。
  • *3: 中国の教育制度において、日本の中学校にあたるものが初級中学(初中)であり、高校にあたるのが高級中学(高中)である。公立学校の中で、特に予算が多く割り当てられ、教師の質も高く、設備が整った学校が「重点校」であり、大学進学を目指す学生が多く集まる。それ以外の学校が「普通校」である。
  • *4: 1976年前後から毛沢東らを中心に行われた全国的な思想・政治運動。運動の過程で、農村での労働実践を通じた思想改造を目的として、多くの都市部の若者が農村へと「下放」された。
  • *5: この時期における推薦による選抜方式については、大塚(1980)に詳しい説明がある。

筆者プロフィール
Watanabe_Tadaharu.jpg渡辺 忠温(中国人民大学教育学院博士後)

東京大学教育学研究科修士課程修了。北京師範大学心理学院発展心理研究所博士課程修了。博士(教育学)。
現在は、中国人民大学教育学院で、日本と中国の大学受験の制度、受験生心理などの比較を行なっている。専門は比較教育学、文化心理学、教育心理学、発達心理学など。

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