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【中国】 中国における早期の子育て事情 「一人っ子」「市場経済化」「早期からの教育」の各政策のもとで

要旨:

1980年に始まる中国の一人っ子政策は、経済発展の大前提として文化大革命期に膨張した人口を抑制して、人口全体の資質向上を求めるまさに国家レベルでの人的資源論的発想に基づくものである。国家が国民の出産と育児のいとなみ(生育行動)を徹底管理し、「優生・優育・優教」を求めるこの壮大なプロジェクトの枠組のもとで、80年代以降の一連の教育改革は行われてきた。また教育改革の一層の質的変化を要請したのが、90年代半ばの計画経済国家から社会主義市場経済国家への体制転換であった。さらに、知的基盤社会となり国際競争も激化する21世紀の到来を目前に、中国政府は、全人民の資質能力の生涯発達を可能にするために、経済発展レベルの異なるあらゆるエリアの全教育段階において、学校と家庭・地域社会との連携を強化して「資質教育」(原文は「素質教育」)を推進していくことを取り決め、その中で「早期からの教育」にまずしっかりと着手することを国の指針として打ち出している(中共中央国務院「教育改革の深化と資質教育の全面推進に関する決定」(1999))。
ともあれ、「八十後(パーシュィホウ)」と呼ばれる一人っ子第一世代誕生からすでに30年が経過したということは、一人っ子たちが親となり育児を担う時代となったことを意味する。本稿ではこうした背景のもとでの中国の子育てが現在どのようになっているかについて、ここ数年来参加した調査研究活動にもとづき管見の限りではあるが、述べてみたい。

Keywords;
一人っ子, 一人っ子政策, 一見 真理子, 中国, 子育て, 学前教育, 幼児教育, 幼稚園, 早期教育, 父親子育て
中文
中国における乳幼児期のケアと教育の制度―基本設計とそのオプション―

筆者はかつて、本誌の「世界の幼児教育」特集(2003年2月)において、中国における乳幼児の保育・教育の制度について解説を行っている。この説明は今日も有効なので再度振り返っておきたい。中国では、0~6歳の教育は包括的に「学前教育」と呼ばれ、基本的に、「幼児教育」は3~6歳の「幼児園」教育を指す。幼児園は教育部門管轄の教育機関である。0~3歳児は、衛生部門管轄の「託児所」が保育する。「幼児園」と「託児所」は合わせて「託幼」機関または「託幼」事業とよばれ、親の就労をバックアップする福利厚生機能と子どもの保育(ケアと教育)機能の双方を兼ね備えており、年齢段階による所管の区別があるのみで、日本のような幼・保の二元的制度が並立しているわけではない。託幼機関は親の就労ニーズに合わせて、全日制、寄宿制、半日制、季節制をとることが可能で、中でも「全託」と呼ばれる寄宿制は、社会主義中国特有の保育制度といえる。中国の就学前段階の基本的な制度設計は以上のようなものであったが、以下のような問題点や新たな動向がある。

(1)1980年代までの託幼機関(集団保育)
託幼機関(集団保育)は、元来が国家建設のための基幹産業(国営企業・農村の人民公社あるいは生産大隊)、政府機関、人民解放軍、大学等における福利厚生施設としてまず誕生している。また民間の集団(コミュニティ)立の地域の機関もあるが圧倒的に不足しており、0~6歳までの集団保育の利用率は、1987年にユニセフが行った抽出調査では、平均16.7%(都市部で42.3%、農村部で9.9%)でしかなかった。託幼機関の利用は一般庶民に関して言えば高嶺の花であり、家庭での保育が主体であった。

(2)農村部への普及対策
その後、92年に中国が子どもの権利条約を批准し、国をあげて保育サービスの普及と充実に取り組んだ結果、90年代には幼児園の就園率は40%台に入ることができた。

とくに農村部への普及のために、従来の託児所・幼児園以外に、小学校付設の「就学前クラス」(原文:「学前班」。当初は1年保育が主であったが、その後2年・3年保育も徐々に増加)や、親教育も含めた巡回型の「ノンフォーマル就学前教育」等の新しい方式がこの時期に登場した。

(3)一人っ子政策による変化
一人っ子政策の開始以前は各家庭の子どもの数は多く、新生児の世話のために上の子どもが寄宿制保育に預けられることや、母親の就労のために産休明けからのゼロ歳児保育の利用もよくみられた。

ところが、一人っ子時代になると、家庭での手厚い育児を保護者が望むようになり、寄宿制保育やゼロ歳児保育の利用が急速に低下した。とくに後者は一旦ほぼ消失したといってもよい。

(4)「中国児童発達計画要綱」による展開
90年代以降の中国は、子どもの権利条約に基づく「中国児童発達計画要綱」によって、子ども関連政策が大きく展開した。衛生・教育・労働・人事・人口計画・女性等の各部門が共同して、0~14歳の子どもの発達保障に取り組み、モニタリングを強化して実績をあげつつある。この中で、妊娠・出産・育児の時期の親を対象とした親教育(原文:「家長教育」)プロジェクトの追跡調査が行われ、親教育の有効性が確認されたため、各自治体での、親教育の取り組みがここ20年間で格段に進んでいる。そして90年代末には「親子園」という新たな乳幼児期の親子を対象とした保育サービスの登場につながった。

(5)「早期からの教育」による変化
とくに99年以降の「早期からの教育」政策に着手以来、0~3歳の年齢段階は主に衛生部門によるケア主体であったのが、教育部門による教育も重視されるように変化している。従来の託児所は、単独では存続しなくなり、教育機関である幼児園の託児部ないしは「小小クラス」(1歳児または2歳児からの保育)として、合併吸収されることが多くなり、いわゆる「託幼一体化」が進んでいる。このような園では、未就園の1~2歳児に対して対外的な親子園サービスも行うことが多くなっている。

(6)ベビーシッタ―の急増
0歳からの家庭保育には、一人っ子政策採用後、父母のほかに両方の祖父母が熱心に参加することが多くなり、その支援が得られない場合には、家政婦も兼ねる住み込みのベビーシッター(農村からの子育て経験のある出稼ぎ女性)の雇用が急増した。

ベビーシッターに関しては、質の問題があり、改善が求められていたところ、2003年には、中国政府による職業資格(労働部と社会保障部が認定)として「育嬰師」が登場した。専門訓練を受けた「育嬰師」は、乳幼児の生活上の世話、看護、教育(運動能力・知的能力・社会性の発達を促す)が任務で、家庭訪問が主体となる。また例えば、幼児園で低年齢むけの親子園・親子活動サービスを行うためにも、従来の幼児園教師が育嬰師資格を新たに取得するようになっている。


誰が子育てを担うのか―日中比較

経済発展と少子化の進む東アジア諸国では、いずれも熱を帯びた子育てが展開しているが、中国の場合は、少子化に自ずと至ったのではなく、国家が強力に介入して人口抑制を行っているため、妊娠・出産・育児への緊迫感は、他国と比較にならない。

当然ながら、かけがえのない子どもを学業で成功させることへの願望も非常に強い。市場経済化への移行は、幼児教育への営利タイプの教育産業の参入を招き、以上のような親心理を巧みにとらえた経営者が早期教育のメニューを豊富にとりそろえ、本来の遊びの余地をなくすような傾向も顕著にあらわれている。子どもたちも、幼いときから親の期待にそむかず健気に学習負担に耐えて努力している。この様子は、最近NHKをはじめ多くのルポルタージュでも明らかにされているが、それはあたかも圧力釜の中に置かれたかのようなプレシャーに満ちた子育てである。

(1)中国での母性意識調査
筆者は、2007年11月に南京市と上海市においてそんな一人っ子の保護者と保育者、将来の親予備軍の一人っ子である学生たち総計64名に、母性意識(3歳までの子育ては誰が子育てを担うべきか)についての国際比較アンケート調査の一環としてインタビューを行う機会を得た。そのときの経験から、興味深い事例を2つあげておきたい。

第1は、「3歳までの子育てに生みの母親が専念しないとその後の子どもの発達に影響する」と思うかどうかについて尋ねたときの反応で、いわゆる「3歳児神話」*についての意見交換である。第2は、父親の育児への関わりについてである。

(2)3歳児神話―日本と中国からの見え方
日本で長らく信奉されていた3歳児神話は、1998年の『厚生白書』ですでに否定されており、母親ひとりが育児を担うよりも、就労の場合もそうでない場合も適切な保育サービスを利用しながら、よりよい子育てを進めていくのが望ましい、との結論が導かれている。アンケートによれば、子育ての関係者の意識は、日本の場合は保育者ほど「3歳児神話」を否定し、親・大学生の場合は肯定派が否定派よりも若干多いという結論が出た。

一方、夫婦共働きが基本原則の中国では、長時間の集団保育が定着している。また子育ては前述のように祖父母世代も関わる家族の一大事であることも含めると、子どもの愛着対象(育児の担い手)は複数あって当然の環境で、先行研究によっても中国での複数マザリングは指摘されている(R.シデル(1980))。実際に、母親一人だけが育児に専念していないこの国では、3歳児神話は否定されるものと我々は当初予測していた。ところが、ふたをあけてみると、3歳児神話肯定の回答比率は、立場を問わず中国のほうが有為に高い結果が出たのである。このことはどうみるべきか。

専門家の見解はこうだった。中国では現在一人っ子が親になり、育児の面倒な部分を引退後も元気な祖父母世代に任せる傾向が強くなっている。老人による育児には良い面もあるが子どもを慎重に扱い過保護にしやすい欠点がある。親は、とくに生みの母親はもっと育児にも意識を向けて、責任をもって子どもを育てるべき、というのである。

中国の親教育では、「科学的な育児」というのがキャッチフレーズになっている。そこではエビデンスのある情報が絶えず流され、親の育児意識を規定しているようだ。例えば「母親が育児に専念すべし」という見解のルーツは、胎児の頃からの母子相互作用に関する研究である。中国における「早期からの教育」重視政策は、このような形で育児の現場に着実に影響力をもちはじめている。ただし、何から何まで血縁を重視するのではなく、科学的根拠のある適切な子どもとの関わりのできる専門家が、育児に向いていない親をサポートすることも大切である、との見解も立場をこえて共通にもたれていることも、インタビューでは明らかになった。

(3)父親の育児参加をめぐって
以上のインタビューには、熱心な2人の父親が仕事を休んで参加してくれた。

父親1(3歳の男児をもつ)
子どもが小さいうちは、母親の存在は大きく重要だ。中国では生後3カ月の産休のときに母子の絆を形成させる必要があるだろう。ただし4カ月目(産休明け)から子どもの世話は、祖父母や他の人に頼まなければならない。幸いわが家では子どもの世話は親族が交代でみてくれた。今気になるのは、貧しい農村地域では、母親の多くが出稼ぎをするため出産後1カ月ぐらいですぐ祖父母に預けてしまう点だ。これは、子どもの成長にとってよくないことだと思う。

父親2(3歳の女児をもつ)
3歳までの子育てにとって母親は非常に重要だ。しかし、全責任を母親が負うのではなく、家族と社会全体が負担すべきだ。私の妻は一人っ子なので生活能力が欠けていて、初期の子どもの世話は父親の私が担当した。現在私も多忙になり妻も育児に慣れてきたので、今は妻が主になっている。妻の母親が孫の生活面の面倒を良くみてくれ、絵本の読み聞かせなどの教育面は、妻が担当している。

いずれも母親の存在の重要性を強調しつつ、周辺がともに育児すべきであるという見解である。ちなみに、2006年にベネッセが発表した東アジア地域5都市の幼児の生活調査では、育児については日本とソウルが男女分業型で、北京・上海・台北の中華圏3都市が男女共同参画型であることが明らかになっている。とくに後者3都市は父親の日常の帰宅時間の早いことが幸いして、家事と育児への参加の度合いが東京・ソウルよりもはるかに高い。参加率が最低なのは、帰宅時間の最も遅い東京である。(なお、この調査を踏まえた東アジア四都市の「乳幼児の父親についての調査」結果は、本年の父の日に公表予定である。)

最後に前掲のインタビューで明らかになった点にも触れておこう。

回答者たちは、実は「生みの母親」という言い方をせず、「生みの親(両親)」という男女一対になったとらえ方をしていたことである。これは、中国の伝統的な陰陽二元論に基づくもので、父親の男性的役割と母親の女性的役割の双方がそろって初めて健全な育児が可能であるという考え方が共通に存在していた点が印象的だった。育児に関して男女共同参画ではあるが、求められる役割は、男女有別(男女別あり)で必ずしも北欧のようなジェンダー・フリーではないところが中国の子育ての特色である。

以上は、グローバリゼーション対応としての早期の教育重視政策の中での伝統回帰傾向といえるのかもしれない。


*[注] 宮坂(2007)らによれば、母親が孤立無援の育児をしていない中国には、いわゆる「3歳児神話」は存在せず、むしろ「小学生神話」があるという。子どもが小学生になったら母親が家庭での教育に専念しないと、子どもたちが学業で後れを取り、とりかえしがつかなくなる、ということである。


[文献]
・一見真理子「中国の幼児教育―ここ十年の変化と今後」『教育と医学』第51巻2号、慶應義塾大学出版会、2003年
チャイルド・リサーチ・ネットに転載)

・一見真理子「中国:全人民の資質を高める基礎"早期の教育"―競争力と公平性の確保」泉千勢・汐見稔幸と共編著『世界の幼児教育・保育改革と学力』明石書店、2008年

・金田利子(代表)『乳幼児保育における母性意識の国際比較―日・中・米・スウェーデンを対象として―』(平成18-20年度・科研費共同研究報告書)2009年

・陳丹燕・中由美子訳『一人っ子たちのつぶやき』てらいんく、1999年

・朱家雄「中国人からみた"小皇帝の涙"」『東アジア子ども学交流プログラム第1~3回報告書』チャイルド・リサーチ・ネット、2008年

・Benesse教育研究開発センター『幼児の生活アンケート報告書(東アジア5都市調査)』ベネッセコーポレーション、2006年

・R・シデル、石垣恵美子訳『中国の女性と保育』誠信書房、1980年

・宮坂靖子「中国の育児―ジェンダーと親族ネットワークを中心に―」落合恵美子・山根真理・宮坂靖子編著『アジアの家族とジェンダー』勁草書房、2007年



『教育と医学』(第58巻6号)から転載いたしました。
筆者プロフィール
国立教育政策研究所国際研究・協力部総括研究官。
国立教育研究所アジア教育研究室研究員、同国際教育協力室長を経て現職。編著書に『諸外国における保育の現状と課題』(共著、世界文化社、1997年)、『近代日本のアジア教育認識・資料編、中国の部』(共編著、龍渓書舎、2002年)ほか。
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