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【比較から考える日中の教育と子育て】 第4回 中国における大学受験映画 (2)

渡辺 忠温(中国人民大学教育学院博士後)

2013年8月30日掲載
2. 「高考映画」の特徴と社会的背景

芸恩網」で映画の興行収入を見ると、「全城高考」は上映一週目(2013年2月4日-2月10日)で206万元(2013年2月4日のレートで日本円約3050万円程度。以下同)、その後一週間ごとに40万元(約590万円)、39万元(約580万円)、となっている。それに対して、「高考1977」は、上映一週目(2009年3月30日-4月5日)が230万元(2009年3月30日のレートで日本円約3300万円)、その後一週間ごとに350万元(約5300万円)、220万元(約3160万円)となっている。「高三 Senior Year」についてはデータがない。数字の上で見ると、いずれも爆発的にヒットした映画とは言えないし、もちろん、映画にとって興行収入が全てではない。むしろ考えるべきなのは、なぜ2000年代後半以降、受験をテーマとした映画が制作されるようになったのか、という点であろう。

ひとつは、中国における青春映画の多様化の流れがあるだろう。中国映画の歴史の中では1930年代から(胡清・蔡海波,2010)、またテレビドラマとしては1980年代から(王宏,2010)若者を主人公としたいわゆる「青春もの」が撮影されていた。その後、学校を舞台とした「学園もの」が出てくるのは1990年代に入ってからのことである。90年代から2000年代にかけて「学園もの」は物語の内容的にも徐々に多様化していき(胡清・蔡海波,2010)、2000年代になって「大学受験もの」が出てきたのも、その流れの中でのことであろう。また、2つ目の原因としては、高考における競争の激化とともに、大学生の増加(募集の増加)によって、「高考」という経験が多くの人に共有されるようになった、という点もあるのではないだろうか。つまり「高考」の受験という経験が広く共有されてはじめて映画の題材としてふさわしいものになってきたのである。

受験映画の中国的特徴についていえば、青春映画の発展過程においては、アメリカや日本、韓国など諸外国の青春ドラマ、学園ドラマ、受験ドラマ(や映画)の影響を多分に受けている。したがって、日本の類似した映画やドラマと似た部分も多いのだが、中国的な特徴もいくつかある。

まず、ここで挙げた3つの映画に関する限り、日本の受験ドラマと比較しながら見た時に、中国の受験ドラマは「精神的なものの強調」といったものが前面に出ているような気がする。例えば日本のドラマの「ドラゴン桜」のように、「受験テクニック」といったものはあまり出てこない。これは、彼らが「受験テクニック」を軽視しているということではない。それは当然のこととして、さらに激烈な高考競争に勝ち残るためには精神的な面での向上が重要、ということであろう。

また、家族愛や師弟愛についても非常に重点が置かれている。たとえば、受験生への親の期待や進路選択への干渉、子どもの親への愛情などである。ただ同時に、この点については、日本の受験映画、ドラマも、人間関係を中心に描くことが多いため、実際の受験をめぐる人間関係の比較的大きな日中間での違い(日本と比較した時の、中国における受験をめぐる親子間、教師-生徒間での人間関係の濃さ)が映画においては少し薄められる感じもする。

もう一点は、歴史との関係である。「全城高考」の範先生は50年かかって進士(科挙の科目)に合格した孟郊の言葉を引きながら、生徒に向かってつぎのように言う:「高考と古代の科挙には大きな違いがある。しかしながら、試験合格者として発表された時と試験に落第した時の気持ちは古代も今もきっと同じだよね」。また、「高三」の王先生も王国維の文章などを引用しながら、生徒たちに受験にのぞむ心構えを伝える。先行研究におけるアンケート調査などでも、「現在の高考に科挙の歴史が影響している」と答える人は多いのだが(呉薇,2006)、「影響」という場合に、制度的な影響以外に、こうした心理的な面での影響も大きいと思われる。

3. 高考に向けた受験生の動機づけかた

「高考1977」の時期において、受験生たちを高考にむかって「焚き付ける」要因には事欠かなかったはずである。その点で「高考1977」の受験生には、あまり迷いがない(実際には準備期間も短く、迷っている暇もなかったのかもしれないが)。特に、10年間下放の身にあった彼らにとっては、「出世」の機会だったはずである。この状況は、竹内(1991;1996)が述べるような日本の明治期の大学受験生の「立身出世主義」に似ている。「大学受験に合格すること」が素朴に社会における地位の上昇を意味していた時代であり、そのことに疑いを持たなかった時代なのである。日本の場合と違う点をあげるとすれば、日本の場合には単純に将来の夢として大学進学があったのだが、1977年の中国の受験生たちにとって高考は、子どもの頃に夢見て一度は諦めざるをえなかったものである。つまり高考制度の復活はただ「本来あったはずのものへの回帰」にすぎなかったはずである。また、中国の受験生にとっては、高考を受験することが、「下放」されている地域から開放されて故郷に帰る、ことにつながっているが、日本の明治時代の受験生の場合には、多くは逆に故郷を離れていったのである。

一方で、「全城高考」や「高三」の中に出てくる現代の高考受験生たちは、迷いながら受験生活を送っている。彼らの多くは、大学に進学することがその後の将来の生活を決定すると信じているが、受験競争の激しさから、不安を感じている。また、徐々に大学受験に対する一種の「信仰」にもゆらぎが生じてきている。たとえば、「全城高考」の主人公のひとりである秦鵬は、高考のために必死で勉強することに対して否定的であり、そのために範先生としばしば対立している。「高三」でも、王先生は、大学には受かりたいが、それよりもネットでゲームをしながらお金を儲けることを楽しむ生徒、また教室の中にいると自分は「行屍走肉(歩く屍や肉。精神のない空っぽの身体。)」のようだと書き置きして学校を去ろうとする生徒、などの対応に追われる。王先生は「現在の子どもは、時代が下っていくにつれてますます教えにくくなる。なぜなら多くのことについての彼らの考え方が私たち(の世代)とは異なるからだ」とつぶやくが、そうした多様な価値観を持った受験生たちをどう高考にむけて指導していくか、ということは教師たちにとって頭のいたい問題でもある。

そうした生徒たちの気持ちを受験に向けて鼓舞するうえで、三本の受験映画において印象的だったのは、教師たちが受験を「集団戦」としていることである。そのためには、クラスの生徒たちの気持ちを団結させなければならない。「全城高考」において、様々な事件が起こったため、三回目の模試におけるクラスの成績がかなり悪かった。範先生は、「担任として君たちの退化には全責任を追わなければならない」と言い、突然校庭を走り始める。すると、生徒たちもみんな校庭に出て範先生のあとについて走り始め、口々に「北京大学を受けたい」「南開大学を受けたい」などとさけぶ。つまり、先生がクラス全体の責任を引き受けたことにつられて、クラス全体の気持ちがまとまったのである。

また「高三」では、王先生は試験の成績が悪かったためにクラス全体が他のクラスの生徒に馬鹿にされたことを話し、「私は非常に腹が立った。」「君たちはまさか何も心を動かされないのか?私たち7組全体を愛し誇りに思うべきだ。他の人に見下されるべきではない」とクラスの生徒たちに呼びかける。そして、学級会を開いて、受験に向けてのそれぞれの生徒の考えをみんなの前で発表させ、最後にみんなで一緒に歌を歌う。

こうしたクラス全体で将来の希望をお互いに発表させ、共有させるやりかたは、私はこの映画以外でも実際に中国の高校で実施している学校をいくつか聞いたことがあるのだが、白井(2006)も薦めているように、逆に日本の学校でも実施してみてもいい方法かもしれない。

ただ白井(2006)の述べていることと少し違う点は、中国のこれらの学校の場合にはある面では個人戦からクラス対抗の集団戦に置き換えているだけ、といった点も指摘できるのであり、その場合、個人の不安やストレスをみんなで共有することでやわらげる、といったものが「主」目的なのではなく、ただ競争の対象が移ったにすぎないのである。

「高三」の中でも、王先生はクラスの成績が悪かった際に、ある先生とすれ違った時に、その先生が得意げに王先生のクラスの試験の成績を聞き、その先生のクラスと比べても成績が悪く、腹が立ったこと、を生徒たちの前で話している。

それはクラス間での競争であると同時に先生同士の競争でもある。高考についてインタビューをしていると、「先生にとってはクラス全体の成績が大事。なぜならそれが先生に対する評価になるから」というセリフを聞くことがある。王先生がテスト後に他の先生とすれ違った時の話も、まさに先生同士の競争が存在することも示している。

また、競争しているのはクラスや先生だけではない。クラスの中での同学(クラスメイト、あるいは同じ学校で学ぶ学生のこと)の間での競争もある。たとえば「高三」の中で、ある生徒はクラスのみんなに向かって「クラスの中では競争もある、しかし私たちは敵ではない、団結すべきだ」という言い方をしている。つまり、団結を呼びかけなければならないのは、その前提として同学同士の競争が存在しているからである。

まとめれば、中国的なクラス内の一致団結は、必ずしも「美しい協力関係」とはかぎらない。つまり、「競争している者と競争している者の間での協力関係」なのである。


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筆者プロフィール
Watanabe_Tadaharu.jpg渡辺 忠温(中国人民大学教育学院博士後)

東京大学教育学研究科修士課程修了。北京師範大学心理学院発展心理研究所博士課程修了。博士(教育学)。
現在は、中国人民大学教育学院で、日本と中国の大学受験の制度、受験生心理などの比較を行なっている。専門は比較教育学、文化心理学、教育心理学、発達心理学など。

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