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【データで語る日本の教育と子ども】 第2回 放課後のもう一つの学校、「学習塾JUKU」を考える

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海外の研究者や実践家に向けて、日本の教育の状況をデータで解説するコーナーの2回目。英語サイト・中国語サイトと連動しています。今回は、放課後に多くの子どもたちが通っている「学習塾」について取り上げたいと思います。

私的な補習教育は、日本だけでなくアジアを中心に多くの国々で行われています。筆者が以前にかかわった「学習基本調査・国際6都市調査」では、調査対象の小学5年生が学習塾に通う比率は、「東京」で51.6%と約半数。都市部の調査だったので全国平均よりも高率でしたが、「ソウル」では72.9%、「北京」では76.6%とさらに高い結果でした。アジアの都市部ではいたるところに学習塾があり、その教育熱の高さに驚かされます。マーク・ブレイは、そうした私的な補習教育について「影の教育シャドウ・エデュケーション」と名づけています。それは今まで、公教育の陰に隠れて、あまり陽の目を見ませんでした。ときにその存在は批判されることさえありました。そんな補習教育に、研究の光が当たり始めています(たとえば、Mark Bray. 1999. The Shadow Education System:Private Tutoring and its Implications for Planners.など)。民間の補習教育(以下では、その代表として学習塾を取り上げる)が、その国のなかでどのような役割や機能をもっているのかは、極めて重要な研究テーマです。

それでは、日本では、どれくらいの子どもが学習塾に通っているのでしょうか。それは、教育制度や受験とどのようにかかわっているのでしょうか。また、そこには課題はないのでしょうか。放課後のもう一つの学校ともいえる学習塾の存在から、日本の教育の現状を考えたいと思います。

学年ごとの通塾率

最初に、日本ではどれくらいの子どもが学習塾に通っているのかを確認しましょう。図表1は、1万6千名規模の全国サンプリングの調査(「学校外の教育活動に関する調査2017」)で算出した学年別の通塾率です。調査は、母親を対象に行い、子どもが過去1年間に学習塾に通ったかどうかをたずねました。ここでは、「学校の補習をするための塾(補習塾)」「受験勉強をするための塾(進学塾)」「計算や漢字などのプリント教材教室」「理科の実験教室」「算数・数学教室」「国語・作文教室」「英会話・英語教室」のいずれか1つでも通っているケースを「通塾者」としています。

ちなみに、文部科学省が行っている全国学力・学習状況調査(2017年)の結果では、小学6年生の通塾率が46.3%、中学3年生の通塾率が61.2%でした。私たちが行った調査と、ほぼ一致しています。

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図表1で学校段階ごとの推移を見てみると、いくつかのことがわかります。

第一に、小学生の通塾率は平均して30%を超える程度ですが、小学2年生から6年生にかけて少しずつ塾に通う子どもが増えていきます。

第二に、中学生になると通塾率はさらに高まります。そして、中学3年生で58.0%とピークを迎えます。中学生は、半数以上が塾に通っています。

第三に、高校1年生になると通塾率は一気に低下します。高校生のうちは30%前後で推移しており、それほど多くの生徒が学習塾に通っているという印象は受けません。

このように、日本では中学生がもっとも学習塾に通っています。それは、高校入試という関門があるためです。しかし、関門という点でいうと、人生でより大きな意味をもつ選抜は大学入試のようにも思います。なぜ、通塾率は中学生で高く、小学生や高校生はそれほど高くないのでしょうか。ここには、日本の教育制度や入試制度に関わる要因が影響しています。

以下では、通塾の背景にあることを、学校段階ごとに考えてみましょう。

小学生と学習塾

まずは、小学生が通う学習塾についてです。それを考えるために、通塾しているケースだけを取り出して、どのようなタイプの学習塾に通っているのかを算出しました。その結果が、図表2です。

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これを見ると、小学校の低学年(小学校1~3年生)のうちは、「進学塾」や「補習塾」に通う子どもは少なく、「英会話・英語教室」や「プリント教室」に通う子どもが多いことがわかります。「進学塾」や「補習塾」は教科の学力を高めることを目的にしていますが、それよりも読み・書き・計算などの基礎的な力や英語能力を高めることを優先しているようです。この段階では、図表に示した学習塾以外にもスポーツや音楽、芸術などの習い事をしている子どもがたくさんいます。保護者の多くは、学習よりも多様な体験を子どもたちにさせることを志向しています。

ところが、小学校の高学年(小学校4~6年生)になると、少し様相が変わります。「英会話・英語教室」と「プリント教室」の比率が減るとともに、「進学塾」が20~30%になります。小学校高学年の通塾率は40%程度(図表1)でしたから、全体で考えると1割の子どもが「進学塾」に通っている計算になります。その理由の多くは、「中学受験」です。

日本では、90%以上の子どもが無試験で地元の公立中学校に進学します。しかし、約8%が私立中学校に進みます。また、全体では1%に満たない生徒数ですが、各地域に公立の中等教育学校(中高一貫校)が設置され、人気を集めています。これらの学校には試験による選抜があり、小学校4年生ごろから準備が必要と言われています。

ただし、中学受験は都市部が中心です。私立中学校への進学は東京都では26%ですが、ほとんどゼロというエリアも存在します。このため、大手の進学塾は都市部で教室を展開しており、地方の小学生には進学塾に通う機会そのものがあまりありません。

このように見てくると、小学生のうちの学習塾、とくに中学受験につながる進学塾は、「格差」がキーワードになりそうです。一つは、上述した地域による違いです。もう一つは、家庭による違いがあります。中学受験の準備や私立中学への進学には相応の教育費がかかるので、年収が高いほど有利です。また、教育に対する関心が高い、高学歴の保護者ほど子どもに中学受験をさせる傾向があります。こうした観点から誰が進学塾に通うのかを分析すると、属性による偏りが見られます(図表3)。特別な中学校に進学するための競争が局所的に過熱しているのが、小学生の状況です。

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中学生と学習塾

続いて、中学生について確認しましょう。図表1からは、通塾率が中学1年生47.1%→中学2年生50.8%→中学3年生58.0%と上昇することがわかります。さらに、図表2の内訳においては、「英会話・英語教室」の比率が下がり、「進学塾」の比率が上がっています。また、中学1年生と2年生は「補習塾」が一定の割合を占めていますが、これは学校の定期テストの対策が重要なためと思われます。学校の成績は高校進学の選抜の資料として活用されるからです。

日本の高校進学率は98.8%。高校受験は、ほとんどの子どもが経験する全員参加の競争です。これは、中学受験や大学受験との違いです。しかも、公立高校の入学試験は、都道府県ごとに特徴があります。学校の成績をどこまで加算するか、どのような出題傾向にあるか、伝統的にある学校の序列のなかで志望校に受かるにはどれくらいの学力が必要かといったことが、都道府県ごとに異なります。

学習塾は、この地域ごとに異なる高校受験に対して、いかに合格させるかの手立てに長けています。さらに、学校がそうした高校受験についての情報を十分にもっていない、ということも、通塾を促進する要因になっています。日本ではかつて受験競争が激しく、学校で受験指導が熱心に行われていました。しかし、1990年代前半に、指導の過熱を是正するため、文部省(当時)は学校に民間業者の模擬試験をやめるように通達を出しました。その結果、学校では志望する高校に合格可能か判断ができなくなり、学習塾に通わざるを得ないという皮肉な状況が生まれました。

高校受験は全員が参加する競争と述べましたが、そのことを裏づけるように、中学生の通塾率には、小学生に見られるような属性による偏りが少ない傾向があります。図表4をご覧ください。

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都市規模による違いでは、「人口5万人未満」の自治体に住む中学生の通塾率は低い傾向にありますが、それ以外は30%台前半で大きな差はありません。年収による差はもちろん見られます。しかし、「年収400万円未満」の世帯の中学生でも22.7%が進学塾に通っています。母親の学歴についても、若干の差は見られますが、「大卒」と「非大卒」の差は6ポイントです。「非大卒」だと子どもを進学塾に通わせない、という感じではありません。

このように、ほぼ全員が参加する高校受験によって、より多くの子どもたちが学習塾に通う状況が生まれるのが、中学生の特徴です。本稿では通塾だけを取り上げていますが、中学生は学習行動全般に「格差」が小さくなる傾向が見られます。

高校生と学習塾

それでは、高校生になると状況はどう変わるのでしょうか。図表1で確認したように、中学校3年生で58.0%だった通塾率は、高校1年生になると26.3%と半分以下になります。高校2年生も3年生も、30%前後でそれほど増えるわけではありません。このように通塾率が下がるのには、いくつかの理由があると考えられます。

一つは大学進学が全員の競争ではないことです。2017年度の大学・短大進学率は、57.3%。長期の変化で見ると、18歳人口は減少する一方で、大学は増加しています。1970年代までは2倍以上あった志願倍率は、今日では約1.1倍。極端に言うと、大学を選ばなければ勉強をしなくても入学できる環境です。上位大学の合格は依然として難しい状況があり、競争は局所的には存在します。とはいえ、高校生全体を巻き込んでのものではありません。図表5に示したように、進学塾に子どもを通わせるのは都市部の高年収・高学歴の世帯です。年収が低かったり、保護者の学歴が低い世帯の子どもの通塾率は低く、ここにも格差が存在します。

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もう一つは、高校が大学受験にしっかり対応していることです。中学校と異なり、高校は多様です。高校入試で生徒が学力によって振り分けられるため、大学に進学する生徒が多い学校(進学校)と就職や専門学校など多様な進路に進む生徒が多い学校(進路多様校)が生まれます。普通教育を中心とする高校だけでなく、工業、商業、農業などの職業教育を重視した専門学科をもつ高校もあります。こうした高校のタイプによって、大学進学率が異なります。また、同じ進学校であっても、難関大学合格者を多く輩出する高校と中堅大学の合格者が多い高校では、指導が異なります。それぞれの高校が、生徒の進路に合わせて教育をし、進学実績を競うため、学校の指導で受験対策が済んでしまうという状況があります。これは、受験指導の多くを学習塾が担っている小学校や中学校との大きな違いです。

それでも、高校生と学習塾の関係は変化していると感じます。子どもたちの学習行動を調査している「学習基本調査」を経年で見ると、高校生の通塾率だけが上昇しています。調査対象である高校2年生の通塾率は、1990年12.7%→1996年15.0%→2001年19.8%→2006年25.3%→2015年27.2%という具合です。学習塾の影響が強まっています。

これにも背景があります。かつて、大学受験予備校というと、大講義室でたくさんの生徒が講義を受けるというのが一般的でした。しかし、今ではその授業が映像化され、いつでもどこでも優秀な先生の講義を受けることができます。全国各地に、こうした映像授業を提供する学習塾が増えています。

さらに、大学志願倍率の低下によって、浪人生が少なくなりました。これは大学受験予備校にとって、死活問題です。この状況に対応するため、予備校は浪人生ではなく現役生に対するサービスを拡充させました。今では、ほとんどの学習塾が、「現役合格」を目標に掲げています。これも、高校生が学習塾に通いやすくなった要因と考えられます。今の子どもたちは、自分たちのニーズに応じた手厚い指導を学習塾に求めます。大学入試が多様化していることもあり、学校では対応できないニーズを学習塾が吸収するようになっています。

学習塾のこれから

学校段階ごとに学習塾の状況を解説してきました。最後に、現状の課題やこれからのあり方について、簡単に触れておこうと思います。

私は、日本において学習塾の社会的地位が高まっていると感じています。かつて学習塾は、受験競争を煽り、「正しい教育」をゆがめる必要悪として扱われてきました。しかし、今ではそうした雰囲気はありません。むしろ、公教育の不足を補うものとして社会から期待され、ときに頼りにされる場面も出ています。今日、学校教育には社会からさまざまな要請があります。その要請にこたえるために、公教育が民間の力を借りようとする機運もあります。こうしたことは、民間教育が状況に対応して、よりよい学習の機会を提供しようと努力してきたことと無関係ではないと思います。

一方で、学習塾は社会にある格差を拡大する機能を内在しています。たとえば、最難関とされる東京大学の入学者のおよそ半分が、私立の中高一貫校を卒業しています。そして、中高一貫校に入るには、小学生のときに学習塾に行くことが欠かせません。これは、都市部の高年収・高学歴層に有利な状況です。個々の子どもの能力育成の観点から考えると、学習塾を否定することはできません。しかし、社会全体では、学習塾に行けない子どもが本来の能力を開花する機会をもてていない可能性があることに配慮が必要です。

また、学習塾はどうしても、短期的な成果を重視します。それが顧客のニーズである以上、仕方ない部分があります。しかし、教育は、すぐに成果が見えなくて大事なことがたくさんある世界です。「公」が不足するところを「私」が補い、「私」が不足するところを「公」が補う。民間教育も不足があることを自戒して、相補関係のなかで子どもの資質・能力を高めていくことが求められています。

筆者プロフィール
Haruo_Kimura.jpg 木村 治生(きむら・はるお)

CRN主席研究員、ベネッセ教育総合研究所主席研究員。
ベネッセコーポレーション入社後、子ども(乳幼児~大学生)、保護者、教員を対象とした意識や実態の調査研究、学習のあり方についての研究、教育市場(産業)の調査などを担当。文部科学省や経済産業省、総務省から委託を受けた調査研究にも数多く携わる。東京大学客員准教授(2007年、2014~16年)、追手門学院大学客員研究員(2018年~)、横浜創英大学非常勤講師(2018年~)、文部科学省「中高生を中心とした子供の生活習慣づくりに関する検討委員会」委員(2013年)、「中高生を中心とした生活習慣マネジメント・サポート事業」における選定委員会委員(2017年)、光り輝く「教育立県ちば」を実現する有識者会議委員(2014年)、富山県学力向上対策検討会議アドバイザー(2014年)、草加市子ども教育連携推進委員会専門部会委員(2014年~)など。専門は社会調査、教育社会学。
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